174.異なる種族が生きるという事
「総員、抜刀!」
戦いに備え、緊張をはらんだフォルクマー団長の声がする。
「ちょっと!」
慌てて止めにはいるけれど、危険だから下がっているようにと言われて、背後に庇われてしまった。
見渡す限りの獣の顔。戦えない市民さん達は、レイモンドさんとは反対側に避難している。混乱して転ぶ人もいるけれど、周囲の人が助け起こして走り続ける。
「弓兵! 構え!!」
エッカルトさんの号令と共に、ロングボウを装備した兵士達が一斉に上空のレイモンドさんに向けて矢を構えた。
「射て!!」
「コラっ!! 止めなさい!!」
私の制止でも止まらなかった弓矢がレイモンドさんを目指す。回避行動をとり、高度を上げるレイモンドさんの周りに結界を張った。
パンッ! バンッ!! ドッカーン!!
とりあえずレイモンドさんの安全を確保出来た事を確認して、上空に火球を打ち上げた。
爆竹の音を数倍にした炸裂音が辺りを圧倒する。
「――――アォォォォーン!! オォォォォーン!!」
私の横で久々にジルさんが遠吠えをした。相変わらず良い声だ。ってそれどころじゃないわ。
「仲間?」
「敵ではない??」
遠吠えを聞いたフォルクマーさんやエッカルトさん、その他狼獣人たちが不思議そうにしている。
「ティナ、今なら大丈夫だ。仲間がすまない」
申し訳なさそうにしているジルさんが今の遠吠えでレイモンドさんが敵ではない事を伝えてくれたのだろう。
窺うような視線が私に集中する。
「フォルクマー団長? さっき私、言いましたよね、先住民がいるって。この土地に住みたくないんですか? なら、どこへなりと消えてください」
声が尖っているのが分かるが、変えようとは思わなかった。レイモンドさんを攻撃するなんて、私は許さない。
「リュスティーナ様、先住民とは? 我々は魔族の下につくことになるのですか」
「魔族? そんなのにはあったことないですよ。あの人は、箱庭の守護者。私を受け入れてくれた優しい村長さんです」
「……ティナ嬢、驚かせてしまったようで申し訳ありません。そちらの狼殿達も申し訳ございません」
上空から子供を抱いて降りてきたレイモンドさんは攻撃されたばかりだと言うのに朗らかに謝罪しなから着地した。
抱き上げていた獣人の子供を地面に降ろして、翼と角を隠す。
「あれ、この子」
「勇気のある子供で、私の姿にも怯えずに、空をどうしても飛びたいとねだられてしまいました。アルフレッド殿から連絡を受けた際、この子と遊覧飛行中でして」
にっこりと笑顔を交わすレイモンドさんと獣人の子供。この子は赤鱗の街で助けた親子の一人だ。
「あれ、赤鱗の騎士様たちだ!
お父さんも皆さんが無事だと知ったら喜びます」
ピョンと跳ねてフォルクマーさん達に、挨拶をする獣人の子供にみんな圧倒されている。少し背伸びをした話し方でフォルクマーさん達にアピールしている。
「えーっと、君、お名前は?」
「ん? お姉さん、街で助けてくれた人だね。僕は山羊族のルフトゥー。ルフって呼んで」
にぱっと物怖じしない笑顔でアピールするルフ君に曖昧に頷く。フォルクマーさん達を説教するつもりだったんだけど、なんかどうでも良くなっちゃったわ。
「山羊、スゲェわ」
「山羊、くっそ度胸」
ボソボソと狼族の大人達が呟いている。
咳払いをしてその空気を切り替えつつ、アルフレッドが話を戻した。
「フォルクマー団長、そして元赤鱗の街の住人の皆さん。我が君が広域境界の森、第8地区を解放されたのは、彼ら半魔半人の村を救う為でした。彼ら半魔を第一の住人として迎え、その立場も権利も保護すると、女王陛下は約束されています。
その約束は冒険者ギルド本部の長老議会議長、クレフ殿の立ち会いで明らかにされた公式なものです。
先程、我が君が仰られた様に、彼らを貴殿方と同様に住民と認める気がないのであれば、すぐに立ち去って貰いましょう」
「…………しかし、奴らは」
「獣人以外の……」
「ヒトですらない……」
悩む様に立ち尽くすフォルクマー団長の周囲では、アルフレッドの言葉を聞いた住民達が不服を訴えるように呟いている。
その不服の声は状況を知った遠い市民たちへと伝播していっている。
やっぱり、種族毎に固まって国を作ってきた人達に、いきなりは無理っぽい。ならば、私はレイモンドさん達を守らなくては。
「…………皆、聞いて欲しい!」
結論を出そうと決めた時、ジルさんが一瞬早く叫んだ。
「今までの価値観を変えるのが難しいのは分かる。だが見た目が少し違うだけで、彼らは無害だ。それどころかこの危険な広域境界の森で、種族が違っても共に手を取り合い生きる術を見つけ実践していた。
今、我々と彼ら箱庭の住人を天秤にかけたら、ティナは……いや、リュスティーナ陛下は我々赤鱗の民よりも、彼らを助けることを選択するだろう」
ジルさんを非難する声がする。何も知らない市民たちは、神子姫が我々を見捨てることはないと怒号を上げていた。
「皆、聞け!
我々は寄る辺無き民となった。死地にいた我々を救ってくだされたのは、何方だ?
その方が我々に土地を下さろうとしている。我々はその条件をどうこう言える立場だろうか?
私は赤鱗騎士団の団長として、リュスティーナ陛下の慈悲にお縋りする。皆も心得て欲しい」
「しかしっ!!」
「……ここで生きたくないなら、無理にとは言わない」
それでもごねる市民に向けて、我ながら冷たい声が出た。驚いた視線が集中する。
「何か勘違いしているみたいだから、はっきり言っておくよ。
私は慈悲の塊ではない。あなた達、赤鱗を助けることになったのは偶然。私の大切な仲間の家族がそこにいたから。
レイモンドさん達の生活と文化を守ると私は約束した。だから、あなた達よりも、私はレイモンドさん達を優先する。
自覚して。あなた達はついでに助けたに過ぎない」
「神子姫様っ!?」
「そんな生き物になった覚えはない。私は私だ。貴方たちの象徴でも、神でもない」
言い切ったら周りが静かになった。フォルクマー団長が少し市民たちと話させて欲しいと頼み、側から離れた。
「村長さん、いい人だよ!」
暗い顔で話し合う大人に向けて、山羊族のルフ君が叫んだ。
「レイモンドさん、ごめんなさい」
「こちらこそ少々迂闊でした。半魔である我々は少しずつ周囲に溶け込んでいく様にせねばならなかったのです」
騒がせて申し訳ないと頭を下げるレイモンドさんに慌てて否定する。
「……これで良かったのかもしれません」
「アルフレッド? なんで??」
「混乱している今だからこそ、彼らに半魔の村を受け入れさせることも出来るでしょう。これが安定してからでは、意固地になったかもしれません」
「そんな……」
「本心はどうあれ、一度種族として受け入れる事を決めれば、後が楽です。違反する者への処罰もしやすい」
冷静に話すアルフレッドの顔は、貴族のものだ。
「お、ここにいたか。
リトルキティ、流石だ。全員移転させるとは思わなかった」
暗くなった雰囲気が気楽な口調で壊された。
「お帰り、オル。遅かったね」
「ただいま、リトルキティ」
パチンとウインクひとつで挨拶してくるオルランドはすっかり元に戻ったなぁ。あまりの軽さにアルフレッドとジルさんに怒られているけど。
「おいおい、ジルベルト。お前の大事な人たちを探してきた俺にご挨拶だな」
「大事?」
オルランドに促されて、数人の人影が近づいてきた。
「ジルベルト!」
「バカ息子、無事だったか!」
「あなた!!」
「イングリッド、それにオヤジ殿に母上か」
各1人ずつ子供を抱き上げた狼獣人がジルさんに駆け寄る。
「陛下!」
私達がいることを思い出した壮年の灰色狼が、慌てた様に膝をついた。その反応に、二人のご婦人も子供を捕まえたまま頭を下げる。
この人は一回会ったことあるな。名前が思い出せなくて、無言で見つめていると狼獣人のジル父が話し出した。
「ジルベルトの不肖の父、ゲドルトでございます。神子姫にお目にかかれて光栄でございます」
「母です」
「妻です」
それに続いて、ジル母とイングリッドさんも挨拶してくれた。二人にも前に会ったことがあるんだけど、気がつかれてないのかな?
「ご無沙汰しています。
ゲドルト殿、ジルベルト殿のお母様、そしてイングリッド嬢」
私に挨拶されてキョトンとした三人に苦笑を浮かべる。2年以上も前に一度会ったきりだから忘れられても仕方ない。
「オヤジ殿は以前陛下に会っている。俺が戻った時に……」
ジルさんが説明をしている間に、私が誰だか気がついたのだろう。全員顔色を悪くしている。
「オヤジ殿は分かるが、母上とイングリッドはどうしたんだ? ティナとは初対面だろう」
「いいえ、いいえ、ジルベルト。違うの。違うのです。陛下! 知らぬこととは言え、二年前のご無礼、平に御容赦下さいませ!!」
ジルさんのお母さんはそう言うと額を地面に擦り付けた。
「何があったのだ」
慌てて問いかけるゲドルトさんに、小さな声で私を追い返した事を伝えていた。
「……申し訳ございません!!」
ゲドルトさんも地面に突っ伏して動かなくなってしまった。抱いたままの子供は潰さないように配慮しているからいいけれど、立って欲しいな。
「わたくしは謝りません」
守る様に、もしくは盾にするかのように子供を抱いたイングリッド嬢は、気丈に私を睨んでいる。
「あの時はあれが最良の選択でした。それは陛下もご存じでしょう?」
挑みかかるように見つめるイングリッドさんに迷わず頷いた。
「なにがあったんだ?」
ひとり蚊帳の外のジルさんが不思議そうにしている。
「お母様、この人だぁれ?」
「じーじ、くるしい。はなちて」
「ばーば、いじめる。だめっ!!」
大人たちの不穏な空気を感じてそれまで固まっていた子供達が一斉に話し出した。ちなみに誰と聞かれたのはジルさんだ。
さっきから思ってたんだけど、一才ちょっとにしては3人とも大きい。人間なら幼稚園児くらいじゃないのか?
「この人がお父様よ」
私に向けていた表情をがらりと変えて、にっこりと笑いながらイングリッド嬢が子供たちに教えている。
「子供ホントに一才ちょっと?」
「……一般的には人間よりも獣人の方が幼少期が短いのです。だから違和感があるのでしょう」
呟いた私にアルフレッドが律儀に返してくれた。
「そんな事も知らずに、私達を受け入れると?」
敵愾心に溢れたイングリッドさんの反応に、残りの家族が驚いている。
「なんと申しますか……。
ジルベルト殿のご婦人の趣味はなかなかのようですね」
揉めているジルさん一家に聞こえない様に、近づいて囁くレイモンドさんに、アルオルが深く頷いている。
「あーあ、痴話喧嘩なら、ほかでやれば良いのに!」
空気を読まないルフ君の声は、荒れ地に良く響いた。




