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172.赤鱗救出

 遠くに赤鱗の旗が見える。少し高くなった丘とも言えない坂の上にいるみたいだ。


「ティナ!」


 ジルさんの警告で視線を右に動かす。


 赤鱗と私達のちょうど中間、不等辺三角形を作る位置に、青を基調とした旗がある。砂塵を纏ったその旗の下には、王都神殿の兵士達がいた。


「本隊も追跡にあっていたか」


「フォルクマー団長は逃走を諦め、戦われるおつもりですな」


 これは師団長と側近の獣人の会話。二人とも狼獣人だ。


 距離としては私達より神殿騎士団の方が近くにいるけれど、視界さえ通ってしまえば問題はない。


「行こう」


 移転慣れしてない人達の為に声をかけてから、赤鱗騎士団の陣地に跳んだ。



「何者だっ!!」


「師団長閣下?!」


 狙い違わず赤鱗本隊の陣地に出たようだ。即座に武器を手にした騎士や従者に囲まれる。


「控えろ! リュスティーナ様の御前である!!」


 師団長さんの一喝で驚きつつも、周囲の人々は頭を下げた。視界が開ける。


 今は戦いのための陣地を作っていたのかな。今は迫りくる王都神殿騎士団に対抗する為に、障害物や投石用の物資を運んでいたらしい。


「リュスティーナ様!!」


 しばらく師団長さんの部下の人々に囲まれて立っていたら、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「来たか」


 チラッとその方向を確認した師団長さんの肩から力が抜けた。


「ジルベルト! 叔父上?! よくぞご無事で」


 私、ジルさん、師団長さんと視線を動かしながら無事を喜ぶと、おもむろに跪く。


「またリュスティーナ様にお目通りを願えるなど、予想だにしておりませんでした。ですがこれで思い残すことはありません。

 この上は我ら一同、誇りを守るため戦います。どうか御加護を」


 よく見れば、フォルクマーさんは足を庇っている。遅れてきたエッカルトさんは上半身を包帯が覆っていた。


「……怪我を」


「これくらいは大したことでは。それよりもリュスティーナ様、ここはすぐに戦場となります。今のうちにお逃げ下さい」


「何が起きたんだ?」


 私達の疑問を代表してジルさんが尋ねてくれた。譲り合う気配がして、フォルクマーさんが話し出した。


「お前を送り出した後、ワハシュの王が変わった」


「虎の王様じゃなくなったの?」


 初っぱなから予想外の事を言われて口を挟む。嫌な顔一つせずにフォルクマーさんが教えてくれた。


「クーデターが起きたのです。ワハシュは首長国連邦です。5人の大首長と通常の首長の合議性で成り立っておりました。

 虎族の陛下にライバルとなる首長はおらぬはずでした。ですが神殿が国王に異を唱え出すと同時に次の王となりえるものを探し始めたのです」


 私に合わせてなのか、虎の陛下と呼んでくれている。


「虎の陛下は神殿と首長たちにより解任。大首長のひとりとなり、領地に戻られました。内々の話ですが、我ら赤鱗の住人の一部を受け入れて下さっています」


 虎族は今の神殿とは仲が悪いから赤鱗にいた人々もまだ安全に過ごせるはずだとフォルクマーさんが話している。


「だが何故赤鱗が」


「異端か? 誰に聞いた」


「街で住人に。残った聖職者や巫女は吊るされた。住人も攻撃の対象になっていた」


「やはり見逃されはしなかったか。だから全員の避難をと提案したのだがな。神殿が……。いや、今はそんな話をしている場合じゃないな。

 新たに任命された首長は霊長類……ゴリラ族。森の賢者と言われた彼らだが、今は権力に目が眩んでいる。

 そして宮殿は神殿に牛耳られてた。我々赤鱗騎士団は異端とされ討伐対象になった。虎の陛下バルド殿も苦しい立場に追い込まれている。我々の討伐が終われば次はバルド殿たち虎族、そして猫科猛獣種族の者達がターゲットになるだろう」


 逃げるようにと再度勧めるフォルクマーさんから目を転じ、後ろを見る。王都の神殿騎士団が向かってくるのとは反対側の坂に、荷馬車と武装していない市民っぽい一団がいる。多分騎士団と同じくらいの人数がいるだろう。


「あれは我々と同行した赤鱗の一族です。他に逃げられるものはみな別のルートで逃れました。彼らもまた死は覚悟しております。リュスティーナ様、どうかお早くお逃げください。

 叔父上、ジルベルト、後は頼む」


 覚悟を決めたフォルクマーさんはそう言うと、神殿騎士団を迎え撃つ準備を再開しようと立ち上がった。


「騎士団長」


 フォルクマーさんを私は呼び止める。

 姿勢を元に戻して頭を下げる相手に問いかけた。


「フォルクマー団長、逃げる気はありませんか?」


「逃げられるものなら逃げております。しかしこれだけの人数、そして万単位での追手。赤鱗を囲んだ討伐軍は5万近い軍勢でした。今、我々に迫るのも1万5千から2万はおりましょう。逃げきることは不可能かと」


「ならば私が逃がします。一時的に安全な土地に避難させることくらいは出来ます。そこからどう生き残るかは皆さんの手腕にかかっていますが……」


 魔力残量、魔力回復薬、そして残された時間を考えればギリギリなんとかなるはずだ。ならなければ、騎士団の人達には悪いけれど、遅延行動をとってもらおう。


「しかし、我ら全員を」


「死にたいのか、死にたくないのか。残された時はあまりありません。すぐに選択を」


 悩むフォルクマーさんに迫る。詳しい条件を話している暇はない。今は逃げるかどうかだけ確認したい。


「非戦闘員もおります。逃れられるものなら喜んで逃れます」


 頷くフォルクマーさんに立って欲しいと話す。ついでにエッカルトさんにも同行して欲しいと頼んだ。


「今から移転させる場所も安全とは言えません。それなりに魔物も出ます。まず騎士団の一部を移転させてその後市民を。

 万一私の移転が間に合わないと判断したら、騎士団の人達には時間を稼いでもらわないといけません。お願いできますか?」


「無論です。我々はここを死地とする覚悟を決めておりました。それが未来に繋がる戦いに変わるなら、一同、喜んで奮起致しましょう」


 快諾するフォルクマーさんにお礼を言って、足を早めた。次は市民の代表の人と話を通さなくては……。


「我が君、彼らは何処に移転させるおつもりですか?」


「森の外。きわの辺りに草原と言うか、荒れ地があったでしょ。あそこらへん」


 問いかけてきたアルフレッドに答えた。広域境界の森の周りには荒れ地が広がっている。アルたちも境界の森に入ってきたならあの辺りの地理は知っているはずだ。街道から離れると危険だから、荒れ地と言っても移転させられる場所は限られていた。

 それだけで大体の場所は予想がついたのか、アルが頷いている。


「あの辺りでしたら魔物も森よりは弱く、小川もあります。一時的に身を寄せるには良いでしょう。ただレイモンド殿には先に知らせておくべきかと思われます」


 アルに、さっきレイモンドさんと連絡をとった通信機を渡す。説明はアルから適当にしておいて貰えるようにとお願いして、市民たちが身を寄せ合う場所に足を踏み入れた。


「フォルクマー団長!」


「どうなるのですか?!」


 騎士達の一団を見つけた市民が駆け寄ってくる。不安そうな大人たちに影響されているのか、そこここで赤子や幼い子供の泣く声がする。


「このお方が助けてくださいます」


「みな、荷物をまとめて集まってください」


 騎士達が散開して、手早く市民たちに荷物をまとめて移動の準備をするように呼び掛けている。


「神子姫様、先行する騎士は何人くらい必要ですか? それと一度に移動させられる人数は」


 この場に残ったエッカルトさんに質問されて向き直る。


「範囲移転を行います。移転可能範囲は大体100メートル四方くらい。後で範囲を線で書きます。何人入るかはわからないです」


 今ここで大体の大きさを書いて欲しいと頼まれて、拾った小枝で円を書いた。エッカルトさんはそれを見ると、市民達を丸の一回り程度小さな集団に分けて集めるように指示を出す。従者の一部が防衛線から抜かれて、誘導に動員された。


「無詠唱で連続移転を行います。魔力は手持ちのポーションで賄えるはず。先陣は誰が?」


「我々が行こう」


 立候補してくれたのは、赤鱗の街から脱出してきた師団長さん達一団だ。確かに彼らなら荷物をまとめる必要もないし戦える。問題はないだろう。


「フォルクマー団長?」


 問題ないと同意するフォルクマーさんを確認して、私の後ろをぞろぞろと歩いていた一団を跳ばすことにする。


「オルランド、おまえも行け」


 アルフレッドがオルランドに指示を出す。一瞬嫌そうにしたオルランドだったけれど、再度アルフレッドに強く命じられて頭を下げた。


「次々送るから、心配しないで」


 そう話すのと同時に1度目の移転をさせる。私も一緒に跳ぶから、一瞬だけあちらについた。風景が変わって驚く騎士達の相手をオルランドに任せて、私はすぐにジルさん達が待つ場所に戻る。


 一応、市民の人達の意思を確認してから移転させようと思っていたけれど、騎士達から説明するから問題ないと、移動を優先させるように頼まれた。


 一つの集団に二人、正騎士と従者がついての移転だ。


「ドンドン送るよ!」


 パンッと頬を叩いて気合いをいれて、次の市民の集団へと移動した。


 最初の間はフォルクマーさんも立ち会ってくれていたけれど、敵が迫るなかの撤退準備を指揮すると離れる。


「ティナ、大丈夫か?」


 流石に連続移転と小走りの移動は疲れる。息を切らす私をジルさんが支えてくれた。市民の人達も移動を少しでもスムーズにするために、集まってくれてはいるけれど、それでも疲労は溜まる。


「後、いくつ?」


「3つです。この後、丘の上に戻り騎士団の移動を開始させます。大丈夫ですか? これだけの人数を助ければもう十分です。諦めますか」


 疲労する私にアルフレッドが話しかけた。下から睨み付けつつ、足を早める。


「ふざけたこと言わないで。

 間に合わせる。見捨てない。

 敵は何処まで迫ってるの?」


「一時間程で接触します」


 これはフォルクマーさんが残していった連絡役の正騎士からの報告。足の早さと持久力から、数少ない馬獣人の騎士が選ばれたらしい。


「全員の避難は間に合わないかも。なら戦闘可能距離になったら正面に結界を張り遅延行動をして貰わないと」


 そう会話しながらも、私だけは市民の集団へと入り、移転させた。











「……先遣隊、陣地攻撃可能範囲に入ります!」


「先遣隊と敵本隊の進行方向にある部隊は、開戦に備えろ!」


「次、西面部隊を移動させる。ここからは時間との勝負! ガンガン行くからね!!」


 戦闘が開始されそうだと報告を受けて、進撃ルートに結界で壁を作る。全てを覆う余裕は無いけれど、無色透明な結界を警戒して、進撃速度は落ちるはずだ。


 騎士団も防御優先の遅延活動を開始する。前線で指揮を取るのは副官のエッカルトさん。フォルクマー団長は私に同行して騎士達の避難を指示していた。


 少しずつ丘の上に撤退しながら騎士達は戦っている。


「煙幕を!!」


 フォルクマー団長の指示で枯れ草や移転出来なかった物資に火が掛けられた。良く燃えるように油が仕込まれていたのだろう。 


「さて、もうひと頑張り! やってやるわよ」


 何度目かのポーションをイッキ飲みして、タプタプになったお腹を抱えつつ、気合いを入れる。


「神子姫様のお望みである! 死ぬな!!」


 フォルクマーさんも部下たちに激を飛ばしている。


「最後! 漏れはないね? 行くよッ!」


 眼下に迫る王都神殿騎士団の旗を見ながら、最後の騎士達を連れて移転した。




「「「神子姫様!」」」


 膝をつき頭を下げる人、人、人。


 こうなるんじゃないかなと半分くらい覚悟していたからあまり動揺しなくて済んだと思う。


 最後に一緒に移転したフォルクマー団長が私に一番近いところで跪いた。


「リュスティーナ様におかれましては、我ら赤鱗の民一同の危機を救ってくださり……」


 滔々と語られる前口上を遮った。


「もう聞いているかもしれないけれど、ここは広域境界の森、第8地区の入り口だよ。ここから先、どう逃げるも生きるも自由。好きにして。

 あ、そうだ、ジルさん。奥さんとお子さん達はいた?」


 ドタバタしていて確認し損ねていたけれど、ここにジルさん一家がいないならもう一回探しに行かないと。


「ジルベルトの妻ですか? ならば市民達の中にいたはずです。赤鱗の狼獣人族、特に愚かな狼の末達は最優先討伐対象でしたから、他へ逃げるにしても危険すぎました」


 フォルクマー団長の指示を受けて、騎士達がイングリッドさんを探してくれているみたいだ。


「無事ならよかった。それで今ここには何人くらいいるの?」


 落ち着いて見ると沢山の獣人がいる。


「戦える者が8000名程度。その他の市民がおそらくは1万名超です」


「フォルクマー殿、これからどうなさる気ですか?」


 アルフレッドの問いかけに悔しそうに唇を噛んだフォルクマーさんは首を横に振った。


「今はまだ考えられない。

 何処かに身を寄せるにしても、この人数を受け入れてくれる場所などないだろう。命が助かっただけでも 僥倖(ぎょうこう)。そう思わねばならぬのだろうが……」


「我が君……」


 その返答を聞いたアルフレッドが頭を下げてきた。ジルさんも何かを期待するように私を見ている。そういや、オルランドは何処だ?


「ティナ、頼みがある」


「何? ジルさん」


「お前の国に、赤鱗の民を受け入れてはくれないか? 赤鱗騎士団は戦える。解放したとしても境界の森から、すぐには魔物は消えない。森にいる許可さえ貰えれば、何とか生き抜くことも出来るだろう。初期の食料は、撤退の時に持っているはずだ。寝床も天幕がある。お前に迷惑はかけない」


「わが君の国は産声を上げたばかり。国民を求めています。ならば戦える民を受け入れるのは願ったり叶ったり。ただ……」


 アルフレッドが言い澱んだのは、レイモンドさん達、半魔の村のことかな。


「うーん……」


 悩む私に獣人達の視線が集中する。


「フォルクマー団長、この森には貴殿方の先住民となる人達が住んでいます。彼らを差別せず、危害を加えず、更にその村の住人達が皆さんを受け入れると言うならば、喜んで全員招きましょう」


「国?」


「解放?」


「先住民?」


 ざわつく獣人達をフォルクマーさん達騎士団が落ち着かせた。


「リュスティーナ様!」


 遠く空から私の名前を呼ぶ人が降りてきている。腕には誰かを抱えている様に見えた。


「レイモンドさーん! こっちですよ!!」


 両手を振って合図をしつつ、レイモンドさんが降りてくるのを待った。


「魔族!!」


「総員、抜刀!!」


 レイモンドさんの姿がはっきりし始めたところで、狼獣人達が戦闘モードとなった。


 あー……、獣相化までしてるし。まったくもう。



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