170.箸休めーダビデの大冒険1
風が吹く草原にピョコンと茶色い頭が覗いた。さっと丈長の草に隠れるのと前後し、別の場所に白い頭が覗く。
「食いしん坊は左から」
「はい。きかん坊は?」
「右から行く」
囁く声が風に溶ける。下草を揺らさないように忍び寄った二つの影は、草原の切れ目にいたウサギの魔物に飛びかかった。ボロを着た二人のまだ若い犬妖精だ。
「いってぇ!!」
「きかん坊!!」
弱いうさぎ型の魔物とはいえ、まだ若い彼らにとっては強敵だ。一角うさぎの体当たりを受けた茶色い犬妖精が悲鳴をあげた。
「このっ」
一回り大きな犬妖精がうさぎを取り押さえて、手に持っていた岩で殴る。茶色い犬妖精もすぐに起き上がり、うさぎを殴った。
「……やった、のか?」
「うん。一角うさぎのお肉、ゲットです!」
うさぎが消えた後に残った肉の塊をみて、犬妖精達が歓びの声を上げた。
「食いしん坊、お前、スゴいな。本当にうさぎが狩れるなんて思わなかった。だって俺らコボルドだぞ」
「きかん坊が手伝ってくれたからです。ボクひとりじゃ辛かったですよ。コボルドだって頑張れば強くなれます。ボクはそれを知っていただけです」
大柄な体に似合わぬ、穏和な微笑みを浮かべた白い犬妖精はふさりと一度尻尾を振った。
「さすが、1日3食の食いしん坊だな。妙な知識もあるし、体も俺達兄弟で一番デカい。特に喰うことにかけては、大人顔負けだ。ホント、なんであんなにウマイもんを作れるのか……。食い意地が張ってるからか?」
「きかん坊、ボクは食いしん坊じゃありません! おじょ……」
「何だよ、食いしん坊。何を言いかけたんだよ。かあちゃんだってお前ほどよく食べる子供はいないって話していたじゃないか」
「いえ、なんでもないです。お肉が獲れて良かったです。さあ、お母さんも心配しています。村に戻りましょう」
「肉を持って帰ったら、かあちゃん喜ぶかな。のんびり屋や、チビすけもきっと駆け寄るぜ」
無邪気に喜び村へと足を早める兄弟を追いかけ、歩き出そうとした食いしん坊と呼ばれた犬妖精は、一瞬誰かに呼ばれた気がして、草原を振り返った。
「……お嬢様?」
「……おーい! 食いしん坊!! 早く来いよ」
「今、行きます!!」
村に戻った二人を待っていたのは、大人たちの説教だった。
「この、きかん坊に食いしん坊!! 勝手に村の外に行くなとあれだけ言っておいただろう」
「だけどよ、腹が減っていたんだ!
村の男たちはこの前の奴隷狩りの時に、捕らわれたり殺されたりした。住む場所も変えなくちゃならなくなったから、畑だってなくなった。
このままじゃ、飢え死にしちまう!!」
必死に訴えるきかん坊を、大人たちの迫力に怯え涙を浮かべた兄弟たちが見つめている。
「ボクらが生き残るには、魔物を狩って食べるしかありません。それはみなさんも分かっているのではないのですか?」
静かな口調で話し出した食いしん坊に、大人たちの視線が集中した。
「だが子供ばかりで」
「ボクらはまだ幼いですが、協力すればうさぎくらいなら狩れます。大人は村を捨てて逃げるときの怪我で戦えない。怪我をしていない人たちだっている。それに新しく畑を作るのに忙しいのでしょう?」
食いしん坊と呼ばれている若い犬妖精に問いかけられて、大人の犬妖精の内、数匹が視線をそらした。積極的に村を作るでもなく、食べ物を求めるでもない、怯えているだけの自分を恥じているのだろう。
「……みなさん、息子達がご迷惑をおかけしました。きかん坊、食いしん坊、謝りなさい」
遅れてきた中年の犬妖精が頭を下げた。艶のない毛並みに、痩せてサイズが合わなくなった継ぎの当たったエプロンドレスが痛々しい。
「おかあさん」
「かあちゃん!! なんで!? 俺たちは皆の為に」
「それでも和を乱してはいけないわ。謝りなさい」
「……ごめんなさい」
「悪かったよ」
母親に諭されて、頭を下げる若い犬妖精に周りを囲んだ大人たちからため息が漏れた。その中のひとりが、うさぎの肉に手を伸ばす。
「あ! それはボクらの」
「うるさい! これは村のみんなのものだ。お前たちだけが食べるものじゃない」
取り替えそうと近づく兄弟たちは、他の大人に阻まれて転がされた。
「これは村で貰う。いいな? 嫌ならばこの村から……」
「もちろんです。村長。私の自慢の息子達が村の為に手に入れた食料です。どうぞお持ちください」
「かあちゃん!」
「しっ! 我慢おし」
「ふん、子供の躾はきちんとするんだな」
頭を下げ続ける母親に、髭が白くなった唯一高齢の犬妖精が吐き捨てた。そのまま差し出された肉の塊を持ち、村で比較的まともな作りの小屋に入っていく。ぞろぞろと村長の後ろに続いていく住人たちが見えなくなるまで母親は頭を上げることはなかった。
「かあちゃん、なんで!!」
「村長に睨まれては、この犬妖精の村にいられなくなるのよ。そうしたら父さんが奴隷狩りにあった私たちは生きてはいけないわ。
ただでさえ、この村の子供は大きくなれないのに」
「だからボクらにも名前をつけないのですね」
「食いしん坊は本当に賢いわね。ええ、死んだときに悲しいのは一緒だけれど、名前を付ける前なら諦めもつく。一人前になったら好きな名前を名乗りなさい。それまでは我慢してこの村で生きなくては。お父さんにも約束したのよ。これ以上、子供達を減らすことはしないって」
「かあちゃん」
「おかあさん」
悲しむ二人につられて、留守番していた兄弟たちも泣き出してしまった。
「さあ、今日は留守番ののんびり屋ちゃんやチビすけも手伝ってくれたから、野草が沢山採れたの。沢山動いてお腹が減ったでしょう? 帰りましょうね」
優しく微笑む母親に連れられ兄弟たちはトボトボと家路についた。
その後も、兄弟たちはうさぎを狩る日々を送るも、三回に一回は大人たちに奪われてしまう。手元に残った肉も、母親や本人達が近所の犬妖精達に分け与えてる為に口に入るのは僅かだった。
それでも他の子供の犬妖精達よりは栄養状態の良い兄弟たちはいつしか、村の若者達の中でも中心的な存在になっていった。
「アニキ達が戻った!」
今日もうさぎを狩って帰った食いしん坊ときかん坊の周りを若い犬妖精達が囲む。
「今日は大猟だ!!」
きかん坊が腕を上げるとそこには5羽のうさぎの肉があった。歓声が周囲に満ちる。
「食いしん坊のアニキ、今日は何を作ってくれるんですか?」
「シチューだよ!」
「ステーキもウマイ!」
「ジャーキーにすれば長く楽しめるよ!!」
口々に訴える子供の犬妖精に向かって、食いしん坊は優しく笑った。
「何にしましょうか。きかん坊は何がいいですか? おかあさん達の好きなものも作りたいですね」
両手一杯の肉を見て顔を綻ばせる若者達の背後から声がかかった。
「ご苦労だったな。では半分は村で貰おうか」
二人の帰還を聞きつけ、当たり前の様に腕を伸ばす大人の腕を一人の若い犬妖精が弾いた。
「何をする!」
「これはアニキ達が獲ってきた肉だ!」
「そうだ! そうだ!!」
「肉は村の為に獲ってきたのだろう!
ならば我々が受け取って何が悪い!!」
「大人はズルい!!
そんな事を言っていつもアニキ達から奪っていく! 村人の怪我が治るまで、村の家が出来上がるまで、畑が出来るまで、そう言って肉を奪う」
「黙れ!! 名無しの分際で!!」
「キャン!!」
「やめろ!」
怒った大人に蹴られた子供を庇うためにきかん坊が飛び出した。
「生意気な名無しがっ!
意気がりおって!!」
「お前たちがいると目障りだ!!」
口々に責め立てる大人をきかん坊は睨み付けた。その視線が気にくわないと更に大人たちの暴力はエスカレートしていく。
「止めてください!」
騒ぎを聞きつけたきかん坊達の母親が駆けつけ、子供達を庇いつつ制止する。その母親に手を上げられてとうとう我慢の限界を越えたのだろう。きかん坊は怒鳴り声を上げた。
「なら、俺たちは村を出ていく!!
畑の収穫も、狩りの獲物も平等に分け与えられない!! こんな村出て、俺たちは俺達で村を作る!!」
「この!
お前らは大人しく我々の為に狩りをすればいい!!」
「アニキ達が出ていくなら、オレも行く」
「ボクもだ」
「この村で子供に食事を与えてくれたのはアニキ達だ。なら……」
口々に一緒に行くと訴える子供達をみて、きかん坊は頷いた。
「村長! 文句はないよな!?
いつも俺達子供は足手まといの無駄飯喰らいって罵ってたんだ! 構わないよな」
「育てて貰った恩を忘れ、働けるようになったら去る気か!」
「ああ、そうさ!!
それもこれも、自分達がやった結果だろう?!
明日出ていく!! 一緒に来たい奴はこい」
言い捨てて家へと向かうきかん坊の背中に大人たちの罵声が投げつけられていた。
「きかん坊! なんて事を!」
「かあちゃん、ゴメン。でももう限界なんだ」
「おまえ…………」
母親は悲しそうに首を振ると、肩を落とし背中を向けた。
「食いしん坊はどうするんだ?」
「ボクですか?」
「ああ、出来れば一緒に来てほしい」
「それは……」
悩む食いしん坊に兄弟たちも駆け寄って共に行こうと誘う。
「ボクは旅に出ようと思います」
「食いしん坊?」
「きかん坊は強くなりました。もううさぎだけじゃなくて、イノシシの魔物とも戦えます。ボクがいなくても、なんとかなります。
ボクはある人を探さなくてはいけないのです」
「食いしん坊……」
きっぱりと言いきった相手に驚いた表情を浮かべたきかん坊は、次の瞬間怒りに眉をつり上げた。
「なんでだよ!! なんで手伝ってくれない!! 俺たちは兄弟だろう?!」
「きかん坊! おやめ!」
母親が掴みかかったきかん坊を止めた。食いしん坊を助け起こしながら、母親は力なく微笑んだ。
「お前は不思議な子だね。小さい頃からそうだった。話し方も他の兄弟たちとどこか違う。戦い方もまるで知っていたかのようだし、料理も誰に教わったでもないのに、出来ていた。
それはその探さなきゃいけない人と関わっているのかしらね」
「おかあさん……」
「ああ、話しにくいなら話さなくていいわ。可愛い食いしん坊。今日まで兄弟が生き残れたのもお前のおかげ。私は祝福し祈ることしか出来ないけれど、気をつけて旅をなさい。辛くなったらいつでも戻っておいで」
「おかあさん!!」
堪えきれないと涙をこぼす母親に、食いしん坊は抱きついた。
翌朝。まだ日も昇りきらない早朝に、村の入り口には人影があった。
「一緒に行くのはお前たちだけだな」
各自少ない荷物を持った子供達が片手ほどいた。全員これからの生活に目を輝かせている。
「とりあえず、狩場近くのキャンプ地に向かおう。そこで安全な場所を見つけて、村を作る」
「うん!」
頷く子供達をきかん坊の一家は優しく迎え入れた。
「食いしん坊、本当に来ないんだな」
「はい」
「分かった。ここにいる全員が、今から一人前だ。名前を名乗り、責任を果たせ。
俺の名前はウーリだ」
きかん坊が名前を名乗る。その後に続くように子供達も思い思いの名を名乗った。
「食いしん坊、お前の名前は?」
全員の名乗りを嬉しそうに聞いていた食いしん坊が最後残る。その名乗りを聞こうと、全員の視線が集中した。
「ボクですか? ボクの名前は決まっています。ボクの名前はダビデです」
「ダビデか。変わった名前だな。まぁいいや。ならダビデ、元気でな」
「みんなも気をつけて。この村の犬妖精達が何かしてくるかもしれません。十分に距離をおいてください」
「はは、大丈夫だよ! お前の旅路に幸運を」
気配はするが誰一人として建物から出てこない他の犬妖精達を牽制するように、きかん坊ウーリは笑った。腰には魔物を狩って作った牙のナイフがぶら下がっている。
戦わないこの村の住人たちならば、遅れをとることはないだろうと思いつつも、ダビデは一抹の不安を感じ、皆の無事を祈った。
「皆の生活に実りがあらんことを」
「お前の探し人が見つかるように」
互いの幸運を祈りつつ、一家はそれぞれの道へと歩き出した。
某所にて
「メントレ様、なんかダビデ君、強くないですか?」(ハロ)
「うん? あれだ。すぐ死なれても困るしな、周回ボーナスってヤツだ」(メントレ)
「周回……それ違いますよね?」
「まあ、転生チートと言うほどでもないからな。初期から三段階種族進化した状態で生まれただけた。能力値も無論引き継いでいる」
「ちょっと!! それマズイですよ!!」
「うん? 本人は気がついていないし、まぁ、問題はないな」
「メントレ様!? 問題しかありません!!」
「うるさいぞ。大丈夫だ、問題はない」




