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169.私の名前は

 とりあえず全員ソファーに座ってもらって話し出す。


「私の名前は高橋 友里。この世界に来る前は三十路のおばさんで、見た目もこんなのじゃなかった。黒い髪に黒い瞳。黄色い肌に決して美人とは言えない、ついでに言えば綺麗だと思われようと努力もしていない外見だった」


 突然話し出した私の言葉に反応できずに三人とも固まっている。嘘じゃないよと先を続ける。


「…………とある事情で死んでこっちに来ることになったんだ。その時、こちらで生きていけるように訓練を受けた。見ず知らずの土地に来るんだ。必死に訓練したよ」


 新しい人生かかってたからねと、ずいぶん遠くなったハロさんとの記憶を思い出して続けた。やり過ぎて大変な目にあっているのはこの際割愛だ。


「待ってくれ、ティナ。なんの冗談だ?」


「ジルさん、冗談でも妄想でもないの。最後まで聞いて欲しい」


 疑問を投げ掛けるジルさんを遮り続ける。死んだ理由は、ちょい悪オヤジとの契約で話すことは出来なかった。もう少しだけ日本の、地球の事を話していた方がいいだろう。


「あちらではね、少し前の100年間、戦争が起きていたんだ。歴史学者達はその時代を『戦争の世紀』と呼んでいたよ。私が生きたのは戦争の世紀の後に、戦争を反省し世界をより良くしようとし奮闘していた時代。『人権の世紀』なんて呼ぶ人もいた。だからこの世界の人たちからすれば、私の考え方は甘いんだと思う。

 仕方ないよね、あっちにいる間、食材であっても死を見たことがなかったんだから。辛うじてある死は身内やペットの旅立ちだけだった」


 何とか話を理解しようとする三人に笑いかける。


「まったく、自分でも笑っちゃうよ。この世界がどう動いているのかも分からないのに、それで王様だよ?」


「リュスティーナ様は支配者に相応しい」


「アル、それはなんで?

 私がゲリエ王族の血を受け継いでいるから?

 さっき話したでしょ。私は確かにフェーヤの娘ではあるけれど、作られた娘だ。血の正統性なんかないよ」


「いえ、血脈が価値がないとは申しません。確かに陛下の出自であれば、対外的に不利となることはないでしょう。他国の王に見下され不利益を被ることもないと思われます。しかし私が申しているのは、貴女様の武力と性格、そして選択です。

 昔からのものなのか、この地に来られてからのものかは存じません。ですが、貴女様が歩んできた道のお陰で、幾人もの者達が救われました。それは事実です」


 必死に訴えるアルにありがとうとお礼を告げ、先を続ける。


「おそらく本気で私の絶対王政となるならば、国家運営やなにやらは全て私の常識に基づいて行うことになる。それは皆の望むことなの? 多分私の常識は世界の非常識だよ。

 もしも、私が体のいい神輿になる方がいいと言うならば、私はそんなの嫌だから逃げるから今のうちに教えて欲しい」


「逃げるって、相変わらずだなぁ」


 呆れたように話すオルランドを睨み付ける。


「…………ティナ、お前は何をそんなに恐れているんだ?」


 ポツリとジルさんが呟いた。


「ん? ジルさん、私が何を恐れると?」


「前からそうだ。危ない場所にはひとりで突っ込む。危険な橋はひとりで渡る。問題は自分で解決しようとし、留めようと呼び掛けても消える。孤高と言えば聞こえはいいが、お前のは少し度が過ぎる。

 なぁ、ティナは……いやユリだったか? お前は何をそんなに怖がっているんだ?」


 悲しそうに見つめるジルさんに向けた笑顔がひきつっていくのが分かる。確かに私は怖れている。不安に思っている。しかし今ここでそれをストレートに聞かれるとは思わなかった。


「……話したくないなら別に構わない。俺は、おそらくアルオルも、お前がティナでも、ゲリエの王族リュスティーナ姫でも、異世界の生物でも気にしない。お前はお前だろう」


「……精神は異世界産だけど、肉体はこの世界の生き物ですよ。

 ええ、認めます。

 私は怖い。

 私は全てが恐ろしい。

 常識が違う。価値観が違う。命の重さも違う。

 誰かを大事に思ってもいいのか分からない。この世界に影響を及ぼしていいかも分からない。

 神様っぽい生き物には、心のままに自由に生きろと言われた。でも、だからと言って、本当に自由に生きていいの?」


 そこで一呼吸おいた。ジルさんとアルオルの顔を順番に見つめる。


「この世界に来て、良くしてくれる人たちもいる。でもその人たちを頼っていいのか分からない。信じていいのか分からない。

 信じて頼って、もしもそれが相手の負担になっていたら? 邪険にされたら?

 私はまたひとりで立ち上がれるの?」


 この世界に来て、初めて弱音を吐いた。今までは自分で出来る、決めたのは私だと己を追い込んでいたのに、こんな簡単なきっかけで心情を吐露してしまった。自分の弱さを嘲笑う。


「ティナ……」


「リュスティーナ様」


「はは、参ったなぁ。ここまで赤裸々に話すつもりなんかなかったのに。私は弱くて優柔不断で、誰も信じられないくらい臆病なんだよ。

 ……デュシスから旅立つ事すらも、一瞬悩むくらいにね」


「それでもリュスティーナ様は我々に自由を下された」


「ティナ、お前は弱くはない。本当に弱いならばそんな悩みは口に出さない。我々に選択をさせようなどとはしない。

 前にも言っただろう?

 恐れるな。命令しろ。助けてやる」


「……うーん、初めて仔猫ちゃんが人間に見えたな」


 宥めるジルさんとアルの声の後に、オルランドがしみじみと語っている。内容を聞き咎めたアルから鋭い叱責が飛んだ。


「……申し訳ありません」


「アル、いいから。オルランド、何よ、今まで私は人間に見えなかったの?」


「ああ、化け物のようだったな」


「黙れ! オルランド」


「アルフレッド、少し黙っていて」


 私への不敬だといきり立つアルフレッドを叱責する。出会ってから数少ないオルランドとの本音トークのチャンスを逃したくはなかった。


「オルランド、私が化け物って?」


「今の仔猫ちゃんの告白を聞いて納得できたが、反応が善良過ぎて気持ちが悪かった。全体的に甘い判断だが、政略に関しては不気味な程に通じ、警戒心も高い。アンバランスで底が見えない。好きなもの、思い出、そんな話もしない。(いびつ)で不安定。

 それが俺がお前に下していた判断だ」


「今は違うと?」


「ああ、年相応の小娘に見える」


「精神年齢は結構いってるんだけど」


「何も分からないヨチヨチ歩きの異世界人だろう」


 肩を竦めるオルランドに私も吹き出してしまった。確かに転生して6年目、まだ6年だ。


「では、丁寧にこの土地をどのようなものにするか決めていかなくてはならないですね」


 オルランドを睨んでいたアルフレッドも私の緊張が解けたことで、切り替えたのか話を進めた。


「うん、そうだね。

 アルフレッドにはゲリエを始めとした人間社会の運営について。

 ジルベルトには、獣人の国関係。

 オルランドは、情報収集や諜報なんかの知識を教えて欲しいかな。

 もちろん、私が知る範囲の元の世界のことも話すよ。でも私は政治家でも王族でも、貴族でもない、ただの一般国民だったから詳しいことは期待しないで。

 ……怖いな、選択を間違えたら皆が不幸になりかねない」


 そこでまた怯える私に、ジルさんがため息をつきつつ手を伸ばした。


 久しぶりにギリギリと力を込めて頭を握られて、涙目になる。


「痛いよ! なんで握るの!!」


「悩むな。いや、悩んでもいいが思い詰めるな。誰でも初めての事は緊張する。恐怖も感じる。だがお前には俺たちも、レイモンド殿も、デュシスで出会った冒険者達もいるだろう。奴らだってお前には感謝していた。一声かければ、みな駆けつけてくる。

 案じていても何も変わらない。一歩踏み出してみろ。転ばないように、怪我をしないように、俺たちが見ていてやる」


 決然と話すジルさんに、苦笑が漏れる。


「ジルさん、少し会わない間にすっかりお父さんっぽくなりましたね」


「当然だ。俺は3人の子を持つ父親だからな」


 頷くジルさんの顔をまじまじと見つめる。


「子持ち?」


「……ティナがワハシュから消えてすぐに祝言を上げた。上手く子にも恵まれ、お前を探しに出る二月(ふたつき)程前に産まれたよ」


 落ち着いたのを確認して旅に出たのだとジルさんは続ける。


「はあ? え、何、どういうこと!?」


 頭を掴んでいた腕を振り払い、ジルさんに詰め寄る。


「アルオルは知ってたの?」


「ええ、本人から旅の途中に聞きました」


「なんで! ジルさん、なんでここにいるの!!」


 生後2ヶ月の三つ子ちゃんを置いて父親がなにやってんのよ!


「何をそんなに焦っているんだ?

 大丈夫だ。子供の面倒は一族で見る。不自由はない」


「いや、そうじゃなくて。いや、いや、あり得ないでしょ。一番かわいい時期よ? え、今、なら子供はいくつ」


「一歳ちょっとか?」


「私を見つけた事を報告しないって話してたけれど、それでワハシュに戻れるの? というか、ここに今いていいの?」


「だから何を訳の分からないことを言っているんだ。

 子供は一族が赤鱗の騎士として無事に育てるだろう。俺はお前の側を離れる気はない。俺の忠誠はおまえにある。安心しろ」


「安心出来るもんですか!

 ワンオペ育児、駄目!!

 例え親や身内が手伝ってくれたとしても、全てをお願いできる訳じゃないんです。母親にどれだけの負担がかかっているか。

 ジルさん、すぐに帰りますよ! 誠心誠意謝って下さい。大丈夫、私も一緒に行って謝りますから!!」


「だから落ち着け」


「ジルさんは落ち着き過ぎです!」


「俺は赤鱗の一族だ。イングリッドもそれを承知で嫁いだ。お前が最優先。何も問題はない」


 肩を竦めるジルさんを引きずり立たせながらアルオルに向き直った。


「アルオル、私はちょっと赤鱗騎士団まで行ってくるけど、二人はどうする?」


「お供を」


「面白そうだから同行する」


「オッケー。手土産……は準備している暇はないか。適当に魔石でも……。

 うん、ほら、ジルさん!! 行きますよ!!」


「おい、ティナ。下手に赤鱗の地を踏めば逃げられ……」


 何か言いかけたジルさんを遮り、私たちはジルさんの実家がある赤鱗騎士団の本拠地へと移転した。





「悪辣女王、裏話」にバレンタインssを含む2本を2/14以降に投稿しています。ご興味のある方はご覧になってください。

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