166.広域境界の森戦
翌朝、装備を整えて村を出た。多くの村人達が見送りに来てくれた。心配そうに見送られる中、獣人の姿だったジルさんに数人が「何者だっ!!」と武器を向けて、締まらないことこの上なかった。
獣人の種族進化後に発生するスキル「完全獣化」の事をジルさんが説明したら、納得して謝ってたけどさ。私もそのスキルについては初耳だったから、もっと早くに教えてくれればもふれたのにと少し不服だった。
「……ティナ、機嫌が良さそうだな」
前を歩くジルさん達の背中を見ながら歩いていたら、そう問いかけられた。振り向くジルさんは昔買った鎧に『聖牙』を腰に差した姿だ。
「いや、機嫌がいいと言うか……、破壊力のある画面だなぁと」
わき起こる笑いを噛み殺しながら、ジルさんに答えた。なんというかイロモノパーティーって感じで見てると笑えるんだよね。
アルはかすかに昔の面影を残す全身甲冑。キンキラキンの派手さは上がって更に聖騎士様って雰囲気がビシバシ出ていた。話を聞いたら、スミスさんに修理に出した結果らしい。私たちがデュシスを助けたお礼のつもりだったらしく、持てる技術とツテを総動員して魔改造してくれたそうだ。もちろん魔法加工もがっちりと行われていて、同じくお揃いのフルフェイスヘルメットと盾もある。この重そうなフル装備で歩けるのが不思議だったけれど、そこいらへんも魔法で何とかしたそうだ。
次にオルランドはザ・NINJA☆って雰囲気の紫と深緑のツナギっぽい上下に、黒革のプロテクターを要所要所につけている。見方によっては迷彩柄と言えなくもないその姿に、頭部は鉢がねで眉間を守っていた。
ちなみに私は、オススメシリーズをハーフプレートに変えて、籠手とすね当てとブーツが一体化した防具を身に付けている。どこぞの物語の主人公的なデザインはそのままで、居たたまれないけれど、これからの激戦を考えると昔の黒ローブでの参加は怖すぎた。
そんなてんでバラバラな四人を見るにつけ、統一性のないパーティーだなと思う。
一人一人は普通なんだけど、四人集まると無性に笑える。まさしく即席凸凹パーティーだ。連携も含めて気を付けなくては。
笑う私を見ていたジルさんの耳がピクリと動いた。魔物が近づいて来ている。そろそろ村の周囲、安全区域を抜けるのだろう。
「正面、魔物。数は6。戦闘になれば近隣の魔物も参加してくる。どうする?」
マップを見ながら先行する三人に問いかけた。
「我が君はいかがされたいですか?」
「ティナ次第だ」
間髪いれずにアルとジルさんから答えが返ってくる。オルランドは発言する気もないようで、魔物のいる方向を警戒するばかりだ。
「……邪気濃度を下げたい。無理のない程度に魔物は狩ろう。噴出点までマップで確認できている。協力して貰える?」
了承するみんなにお礼を言いつつ、オープニングの魔法を選択する。
一瞬、魔物もまた人だと話すアルタールの声が聞こえた気がした。だからこそ、一番に手を汚すのは私でなくては駄目だろう。生きていくために他の生き物に手をかける。それがこの世界の生きるということだ。
「ティナ、無理はするな」
「ん?」
「我が君の魔法は我々の切り札。このような序盤からお力添えを頂かずとも勝てます」
魔法の準備をしていたら、私の迷いを感じたのかジルさん達が話しかけてきた。それに首を振って拒絶する。
森の中では射角が取れないから、剣の形にしていた武器を抜く。覚悟は随分前に決まった。今あるのはジルさん達を戦いに巻き込んでいいのかという悩みだけだ。
「久々だし私がやるよ。余裕があるうちに、お互いの実力は把握しておくべきだ。
オルランド、下がって」
肩をすくめてオルランドは同意すると、さっさと私たちに合流してきた。そのままマップを頼りに魔法を使う。
数十歩先で木々がなぎ倒されて、魔物の断末魔の声がする。周囲の魔物も集まりだしている。戦闘開始だ。
威力と効率が上がった攻撃にジルさん達が驚いていた。
「行くよ」
剣を手に持ったまま、まだなぎ倒された木の葉や土で視界が悪い空間に向け走り出した。
そこからはなし崩しに戦闘を続ける。アルタール戦の前に種族進化を果たしていた私の魔力は更に上がり、効率も良くなっている。スキルを使いドロップ品の回収の手間を省けば、ひとりでも広域境界の森を踏破できる実力はある。
「我が君!」
飛び出してきた魔物を鎧で受け止めて切り捨てようと身構えていたら、後ろからすり抜けるように前にたったアルフレッドに庇われる。
「ッ!」
「アル!? 危ないよ!!」
小さく息を呑むアルフレッドに慌てて警告を送った。
「ティナが十分に戦えるのは分かった。次は我々の番だな」
魔物の正面に立ったジルさんが剣を煌めかせながら話す。無言で盾を握っていた手を振っていたアルフレッドも頷く。
「オルランド、正面へ」
「はい、アルフレッド様」
今度は見ていて欲しいと頼まれて、ジルさんとオルランド、そしてアルフレッドが闘いだした。ただアルフレッドは私の護衛のつもりなのか、前線に立つことはない。
オルランドがトリッキーな動きと投擲武器で魔物を狩る。ジルさんは装甲が厚い魔物を中心に一対一の闘いに持ち込んでいた。聖属性を付与した剣が煌めく度に、面白いように魔物の皮が切り裂かれていた。
「強くなったね」
私と一緒に戦況を見守るアルフレッドへ呟いた。
「お褒めいただき光栄です」
私へと頭を下げつつ、アルフレッドがジルさんに防御力向上をかけている。その後に手傷を負い始めたオルランドへ治癒を飛ばした。
「すっかり連携出来てるし……」
前までの仲の悪さとぎこちない連携を思い出していた。あの頃はなんだったのやら。
「一年近くも共に戦ってきましたので。我が君の噂を聞く地はみな高レベルの迷宮でした。連携せねばお会いする前に散ることになったでしょう」
「え? 一年って。ねえ、アルフレッド様、貴方、混沌都市の貴族でしょ。ジルさんもそんなに長く仕事を離れられると思わないし、本気で大丈夫なの?」
「私はまだ混沌都市に籍がありますが、名代を立てております。我が君が気になさることではありません。ジルベルトは我が君の探索の名目で長く離れていると聞きました」
問題はないから安心して欲しいと微笑んだアルフレッドを信じきれずに眉をしかめる。
「……ああ、我が君、境界の森も本気になったようです。魔物が」
話を反らすようにジルさん達が戦っている先を指差された。
ザワザワと森が揺れている。マップで確認したら、スタンピードが起きたときのように、邪気の噴出点を中心に次々と魔物が産み出されていた。
「邪気の噴出点に意思があるのかは知らないけど、危険を感じたってことかな?
ジルさん、アルオル、手伝う。ここからが本番だから、油断しないで。進行方向はこのまま真っ直ぐ!! 魔物の防御はどんどん厚くなっている。気合い入れて突破するよ!!」
道を示すために、超特大の雷の槍を放つ。目的地までは貫けなかったが、それでも目指す方向くらいはわかるだろう。
木が燃え尽き開けた視界が、次々と湧き出す魔物に埋められていく。
一歩前に出るのも大変な思いをしながら、剣を振るい魔法を放つ。
「ティナ!」
「ぃった!! この!!」
ジルさんの警告に反応しきれなくて、飽和状態の波状攻撃の一部をまともに受けた。怯んでいては呑み込まれる。本能的な恐怖に晒されながら、魔法を使う。慌てて3人ともが私の側に寄り、一塊になった。
「ティナ、大丈夫か?」
「へーき。アル、ありがとう」
顔色を変えて私に治癒魔法をかけているアルフレッドへお礼を言った。
「礼など……。御身を守りきることが叶わず申し訳ございません。この上は私を生き餌に先にお進み下さい」
真顔で謝罪し囮になると語るアルフレッドの顔を見つめた。
顔色をなくしたまま更に謝罪するアルフレッドへ魔物は容赦なく襲ってきている。的確に盾で魔物を捌きつつ、アルフレッドは私の命令を待っているようだ。
「いや、囮は不要だよ。それよりも、まだ対処できる? ジルさん、アルオル、少し制御の厄介な魔法を使います。しばらく守ってください」
私を中央に円陣が組まれ、ようやく落ち着いて魔法を行使する状況になった。
昔、何度か唱えた魔法を懐かしい思いで詠唱する。
『原始の混沌 始まりの終わり
全てを飲み込む 貪欲なる静寂よ
我が意に従い 今ここに!
姿なき虚無塵!!』
発現場所を円陣の外に設定した。何かを突き破るように現れた黒い蛇っぽい触手擬きは、私の意思のまま魔物を食い荒らす。制御が面倒なこの魔法は、彼らと別れてからお蔵入りしていた。
「…………移動します」
しばらく魔物を狩ることに集中していたけれど、さっぱり減らないから邪気の噴出点に移動し始める。ゆっくりと一歩一歩進む側から魔物が狩られ、再ドロップし、そしてまた蛇モドキに喰われていく。
端から見ていたら、どちらが悪役かわからない魔法を使ったまま、何とか邪気の噴出点に辿り着いた。
「あれが……」
「邪気の噴出点ですか」
当然ながらジルさん達も初めて見るようで驚いていた。ただ私はコレに見覚えがあった。
渦巻く黒をベースに藍色や銀の光点が点在する、小さなブラックホール的な物。今は輝く光点を吐き出す都度、ボス級と言われる魔物に変じている。
「ミセルコルディアの……」
アルタールの記憶で見たものだ。異世界の地母神の名前に反応したのか、吐き出される光点が増えていく。
「ティナ」
剣を握り直してジルさんが呼び掛ける。
「我が君」
私の前に立ったアルが盾を手に問いかけた。
「リトルクイーン」
武器を手に魔物を警戒するオルランドが久々に声を出した。
「始めよう」
前には邪気の噴出点から次々と産み出される魔物。背後は狩ったとは言えまだ埋め尽くすばかりの猛る魔物達。その中を私の宣言が響いた。
一心不乱に戦って、尽きた魔力を回復しまた戦った。枯渇しかけた体力や飢餓感はポーションで無理に誤魔化した。
何度も何度も気が遠くなるほど噴出点から吐き出される魔物を狩り、そしてとうとう裂けた空間から全ての光点が消えるまで数日はたっていたと思う。
「……終わったのか?」
ドサッと腰を下ろしつつジルさんが呟く。全員息が荒い。
噴出点は沈黙を続けている。
話すことも出来ずに座り込んでいたアルオルへポーションを渡そうとして、種族進化の眠りに入りかけていることに気がついた。
ジルさんに声をかけてとりあえず今日はこのままここに隠れ家を出して休もうと話す。
さて、早く出さなきゃアルオルの寝心地が悪いだろうと疲労で笑う膝を叱咤して立ち上がった時だった。
「ティナ嬢! 御無事ですか?!」
随分と見晴らしが良くなった噴出点の上空から、レイモンドさんが声をかけながら降りてきていた。
「大丈夫ですよ。疲れましたけど、みんな無事です。種族進化が出たので移動は少しかかりますけど」
手を振りながらレイモンドさんに挨拶する。
地面に降りたレイモンドさんは、邪気の噴出点を見て、伝承通りだと破顔した。そのまま私に向き直り膝をつく。
「ティナ嬢、いえ、解放者リュスティーナ様。貴女は今よりこの境界の森の支配者です。我ら半魔の村一同は貴女様を王と認め従いましょう。放逐するも自由。奴隷として扱うも貴女の心ひとつ。
300余年ぶりに現れた解放者に祝福あれ!」
――――……ちょっと待ってくれ。一難去ってまた一難な気がするのは私だけか?
疲れてるんだけどなぁ……。




