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165.戦う覚悟を

「……それをお願いに参りました」


 揺るがない瞳をしたレイモンドさんは、そう言うと頭を下げた。


「出来ればティナ嬢を巻き込みたくはありません。しかし、私とラインハルトが不在の民達では、外まで逃げることは出来ないでしょう。そしてここに籠るとしても、長くは持ちません。

 何とかしようと悩みましたが、ティナ嬢を頼るしかないのです。森の外まで結構です。我々が1週間経っても戻らなければ、死んだと判断し、村人達を逃がして頂けませんか」


「そんなに危険なのですか?」


 死を覚悟しているしている表情のレイモンドさんに問いかける。


「ラインハルトは物理型の前衛で私は後衛。それも吟遊詩人がメインジョブの搦め手を得意とするタイプです。どう考えても活性化した境界の森を落ち着かせるには打撃力が足りません」


 きっぱりと言い切るレイモンドさんに迷いはない。


「どうすれば落ち着くのですか?

 手伝えることなら手伝いますけど……」


 一応、火力オバケの魔法職だし、私で手伝えるなら同行しようかと思って話しかけた。


「邪気濃度を下げる必要があります。魔物を狩るのが一番手っ取り早いのですが、それには一度に大量の魔物を狩らなくてはなりません。

 物理攻撃が主のラインハルトでは難しいでしょう。よしんば出来たとしても、魔物が急激に減ればボスが出てきます。この森のボスは強い。大量の魔物を狩った後の疲弊状態での勝負になります。控えめに判断しても命がけになります。ですが勝たねば早晩、この地結界に守られてすら暮らせぬ土地になりましょう。

 もうひとつ、方法がないわけではないのですが……」


「それは?」


 境界の森の邪気濃度を薄める程に魔物を探して狩る。たった数人では難しいだろう。


 私に詳しく話すべきか悩んでいるのか、レイモンドさんは口ごもった。


「邪気の噴出箇所を攻撃するのです。邪気溜まりの境界の森、その最深部にあります。邪気溜まりは移動することもないので、確実な方法になります」


 しかし……と歯切れ悪く続ける。


「邪気の噴出点は魔物を産み出す始点。近づけば近付くほど、魔物の分布は密になり、強さは増します。

 数百年前、当時の勇者が境界の森を解放しようとした事があります。しかし何度戦っても、邪気溜まりの噴出点を塞ぐことは出来なかったと言い伝えられています」


「勇者でも……」


 勇者は人類の希望。人でありながら、人であることを超越した者達。彼らでも駄目なら、只人であるこの村の人たちでは無理だろう。

 いや、勇者がハルトみたいなノリと勢いで勇者になりましたってタイプなら、方法はなくはないのか?


「勇者は数日に渡り戦い続け、噴出点を不活性化させました。そして定期的に邪気の噴出点を討伐することでその地域を解放したと言われています。ティナ嬢が以前住んでいたゲリエの国にその境界の森はあります。もっとも最近の王政の不安定化により、その取り戻された境界の森は廃棄されたようですが……」


「第6境界の森の伝説ですね。まさか真実だったのですか」


 後から入ってきて、壁際に立ったまま控えていたアルフレッドから実家の森の名前が呟かれる。近くにはジルさんとオルランドも立っていた。


「ああ、そう言えば貴殿はゲリエの元高位貴族でしたか。新たなる可能性と沸き立った解放の地。そして人々に忘れ去られた希望の土地。それが第6境界の森です。

 もしもその地と同じ状態に出来るのであれば、ゲリエ建国時と同じことが出来るでしょう。しかし、そんなことは広域となった境界の森では不可能。

 我々もどうにか死なずに済むように努力しましょう。ティナ嬢、我々の後顧の憂いを無くすためにも、どうか移転の件、受けていただきたい。村の蓄えの中から報酬もお支払します」


 お願いしますと再度頭を下げられた。

 この隠れ里の人々を助けるのに否やはない。でも、ひとつだけ確認したい。


「レイモンドさん、もしも私が移転させたとしても、この村の人達にいく場所はあるのですか?」


 半魔に異種族婚、みんな理由は様々だが祖国に居られなくなった人達の最後の拠り所がここのはず。


「ありません。ですがこの村で座して死を待つよりは生き残る確率が上がるでしょう。

 他の境界の森へ新天地を求めるもよし、祖国に帰るもよし、混沌都市等の我々の存在が許容される場所に身を寄せるのもいいでしょう。

 おそらく生き残るのは半数程度、自由の身でいられるのはその中でも一握り。

 ですがそれでも皆、死に絶えるよりはましです」


 ……それなら認めるわけにはいかないじゃないか。私は世界を見て、ここに住み家を定めた。ここが無くなるのをただ見ているつもりはない。


「お断りします」


「何故です」


「何故でも。

 レイモンドさん、貴方は本気でその選択が、最良なものだと判断しているのですか?

 村長としての貴方はそれでいいと?」


 言外に私を利用しろと要求する。レイモンドさんは私がどれくらい戦えるか知っている。ケルベロス戦しかり、境界の森に迷いこんでからしかり……。私の火力なら、この地の邪気を薄めることも難しくはないだろう。まぁ、それなりに命の危険も伴うけれど、ここの住人が戦うよりはずっと有利だ。


「しかし……」


「戦えない住人と、戦う意志と力を持った者。村長としての守るべきはどちらですか?」


 更に迷うレイモンドさんにため息をつきつつ問いかけた。これで駄目なら夜間に一人で突撃しよう。


「しかし……、貴女は戦うことを嫌いここに逃げ込んだ。それを」


「そして私は逃げることをやめて、戦う覚悟を決めた。もし邪気の噴出点を目指す最中に私が迷うならば、同行した人が死ぬでしょう。だからレイモンドさ……いえ、村長に一緒に来てくれとは言いません。

 数日の間、時間をください。私が仕掛けます」


「それは認められません。貴女は薬剤師であり、この地から脱出する為の切り札です。危険な目に合わせるわけには」


「ならば私はこの村を出ます。今、この村を徒歩で出れば結果は同じ。私は戦うことになるでしょう」


 平行線を辿る話し合いにイラッとして、キツイ声音でレイモンドさんの話を遮った。


「なら俺達も同行する」


 睨みあう私たちに割り込んできたのはジルさんだった。アルオルも賛同しているようで、ジルさんの発言を静かに聞いていた。


「レイモンド殿が心配しているのは、魔法職のティナひとりで攻略させる危険性だろう? 俺達は活性化した境界の森を抜けて、ここまで辿り着いた。実力はあると自負している。

 俺達が前衛をつとめ、ティナが後衛として火力を振るう。それなら危険は少なくなるだろう」


「我が君の盾となるのは当然の事。喜んでお供致します」


「アルフレッド様のご意志のままに」


 三者三様にレイモンドさんに訴えている。


「しかし……」


「駄目と言ってもどうせ突撃しますから、どうせなら私を上手く活用して、この村の役に立たせたらいかがですか?」


 ジルさんとアルオルの同行については何も言わずに、レイモンドさんに笑いかけた。


「本当にお願いしても?

 命がけになりますよ」


「クドイ。住む場所を守るのに男も女もありません。守る意志と実力があるならば、動かなくてどうしますか」


「申しわけありません」


 レイモンドさんは深く深く頭を下げた。


「何とお礼を申していいか分かりません。貴女の勇気に感謝を。ならば明日討伐に出ましょう。ラインハルト達にはこの村を守って貰う事とし、私は同行しましょう」


 私たちだけを危険な目に合わせるわけには行かないと判断したのか、レイモンドさんは同行すると話す。


「いえ、それはいけません。もしも私がダメだったときを考えると悪手でしょう。レイモンドさん、さっき村の財産を渡す話をしていましたよね?

 Sランク冒険者を雇いませんか? 今なら驚きの破格で雇われますよ」


 悩むレイモンドさんだったが、万一を考えて私の提案に乗ってくれた。冒険者として雇われたのは私だけだ。ジルさんとアルオルを説得するのにも、都合がいい。


「……置いていこうとしても、無駄だぞ」


 レイモンドさんとの打ち合わせが終わり、そんなことを考えていたら、ジルさんに釘を刺される。


「雇われたのは私だけですよ」


 苦笑しつつ待っていて欲しいと頼んだけれど、頑なに拒否される。


「アルオルは命令すればいいけど」


「私たちの同行を認めねば、ジルベルトの負担が増えます。それは我が君の本意ではないはずで御座いましょう。どうかお供を」


 留守番を命じようとしたところで、アルフレッドから頼まれる。余計な心配だと話すジルさんだったけれど、確かアルが話すのにも一理あった。


「でも危険だから。皆を危険に突っ込ませるわけにはいかない。守れるとは限らない。怪我をさせるかもしれない。……ダ、ビデの二の舞になるかも。今回は本当に余裕がないんだ。だから皆は待っていて欲しい」


 ダビデの名前を出した時に、みっともなく声が震えた。2年も経つのにあのときの事はまだ消化しきれていない。自然と己の女々しさに自嘲が浮かぶ。


「ならば死なぬように互いを守ればいい」


「ええ、我が君はご存じないでしょうが、我々とジルベルトの連携も随分上手くなりました」


「リトルキャット。君が自分勝手な判断で突撃したら、無理をしてでもアルフレッド様も犬っころも追うだろう。その方が危険だとは思わないのかい」


「……自分勝手って、オルにだけは言われたくない」


 調子が戻ってきたらしいオルランドの軽口に、顔を覆いながらも答えた。


 閉じた瞼の裏に浮かぶのはダビデの最期。恐怖が私を襲っていた。


 パンッ!

 胸元を吊り上げられたと思ったら、頬に軽い衝撃を受けた。軽く音を発てて頬に当てられた掌はそのまま私の顔を固定する。


「悩むな。二年前程、俺達は弱くない。お前と一緒に行動できる程度には成長したつもりだ。信じろ、大丈夫だ」


「…………ジルさん、痛い」


 悪いと話して手を離すジルさんの胸元に、拳を軽く打ち付ける。


「そんなに言うなら、もう一度頼りにしちゃいますよ?」


「ああ。頼れ」


「アルオルもホントにいいのね?」


「我が君のお心のままに」


「致し方なしかな」


 一歩後ろに下がって、ニヤリと笑う。そのまま未来を悲観して恐怖に震える手を握りしめ、出来るだけ軽く話し出す。


「そこまで言うなら、その命預かります。私の目的の為に、命を張ってください。その代わり、私は皆を信じ戦います」


 すっと3人とも跪いて頭を下げた。その下げられた頭に向けて命令を発する。


「死ぬことは許さない。この地を守るために、境界の森を攻略するよ! 手伝って!!」






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