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164.それでも私は恐ろしい

 ピチョン。


 天井に溜まった湯気が床に落ちる音がする。


「なんだってこんなことに……」


 あの後の話し合いは平行線……以前の問題で、まったく相手にされずに押しきられた。


 曰く、捨てるなら捨てて構わない。見えない場所で自ら始末をつけろと言うならそれでもいい。金銭を稼ぎ貢げと言うならばそうしよう。だそうだ。


「何か問題でも」と首をかしげるアルに問題しかないと叫んだ私をジルさんは苦笑して見ていた。


 一年以上も少し壊れたアルオルと共に旅をして、感覚が狂っていた。ようやく私と会って、本来の精神に戻れる気がすると安堵の表情を浮かべていたのが印象的だった。


 その後も、ご飯をどうするのか、泊まる部屋はどうするのかでひとしきり揉めて、最後はごねて主人の時間を無駄にさせんじゃないわよ! いいから客間を使って!! と怒声まじりに命令して、何とか昔通りの部屋割りになった。


 正直、その時点でヘトヘトだった私は、何が原因でアルオルが私と同居する気になったのか聞くのをすっかり忘れ去っていた。


 その後も、風呂に入ると言えば「お背中を」と話す。男に見せる気はないと言いかえせば「ならば目を抉りましょうか」と有り得ない事ばかりを話すアルから逃げるように、風呂場に逃げこんで今に至った。


「アルフレッドって、もしかしたら小さい頃から虐待でもされてたのか?」


 ポツリと口から考えが漏れた。


 だってそうだよね。普通ならこんな反応するはずないし……、よっぽど酷い扱いでもされ続けて、自分に価値がないって思い込まなきゃ、こんなことはしないだろう。


「今度一度、ゆっくり話を聞いてみなくちゃ……。あー……面倒臭っ」


 温泉のルール違反だけれど、ここのお風呂は私しか使わない。罪悪感を感じながらも、仰向けに浮く。


「面倒臭いよ……。なんだってこんなことに。ダビデ、助けて」




 十分に温まり風呂場を出たところで、ビクッと体を竦めた。


「あ、なんだ。オルか。どうしたの?」


 出口から目につく場所で、オルランドが立ったままこちらを見ていた。


 相変わらず声はなく、仕草でついてこいと伝えられる。


「いいけど……。ねぇ、オルランド、声なんとかならないの? なんなら私からアルフレッドに話すけど……」


 アルの名前を出した途端に、ギロリとオルに睨まれた。すっかり嫌われてしまったらしい。


 オルランドに先導されるまま、アルフレッドが使う客間の前に到着した。身振りで静かにと伝えたオルランドは、ソッと扉を開く。




 ―――ヒュッ!! ビシッ!!


 風を切る音と、何かを打つ音が繰り返し聞こえてくる。


 扉の前から避けたオルランドに誘導され、入れ替わるように私は部屋を覗きこむ。


「?!」


 びっくりして声をあげようとしたけれど、後ろからはオルランドに口を塞がれた。


「…………ィーナ様は絶対。その指示を叶えることは喜び。リュスティーナ様は絶対。その指示を叶えることは喜び」


 アルフレッドが上半身裸で正座していた。その姿勢を崩す事なく同じ文言を繰り返しながら、細くて長い鞭を己の背中に振り下ろしいる。鞭が振り下ろされた瞬間痛みに息を呑みつつ、それでも呪文のように繰り返していた。


「我が身の苦痛など、何ほどのことか。リュスティーナ様への懺悔を途切れさせるなど、許されることではない。リュスティーナ様は絶対……」


 苦痛で途切れた文言を謝罪し、己を責め立てながら更に苛烈に鞭を振るう。今日が初めてではないのだろう。入り口から斜めに見える背中には、古いものから新しいものまで鞭痕が無数に刻まれていた。


「何やってるの!!」


 オルランドの手を振り払って、室内に駆け込む。振り下ろされた鞭の先を握って、アルフレッドへの打擲(ちょうちゃく)を妨げる。


「我が君。いかがされたのですか?

 何か我が身にご命令とあれば、わざわざご足労頂かずとも心で命じて下されば十分だと」


 私が自室に無断で入ってきた事を怒りもせずに、申し訳なさそうにアルフレッドが頭を下げる。


 正座のままだから背中がよく見えた。血を流す傷もあれば、瘡蓋になっている箇所も多い。そんなまだら模様の背中を睨み付け、アルフレッドに再度問いかけた。


「何をしていたの。何故、鞭を?」


「ただの日課の苦行鞭(ペニテンシア)です。お気になさらずに」


 すっと鞭を隠し、アルフレッドが答える。顔をあげた瞬間、入り口に控えていたオルランドを冷たく睨み付けたようだ。オルが私をここに連れてきた事に気がついたのだろう。


「日課って……」


「ただの再教育です。二度と我が身可愛さに尊い貴女様の命令を違えることが無き様、二度と雑音に心奪われて躊躇わぬように、我が心身を鍛えておりました」


 背中から血を流したまま穏やかに笑って答えるアルフレッドはそこで表情を一変させて、オルランドを睨み付ける。


「オルランド、誰が我が君を連れてきた。お前はいまだに自らの立場を分からないのか?

 ヤハフェ達の弔いしかり、生き残った草達の救出しかり、我らを救ってくださり続けた我が君をまだ煩わせる気か」


 立ち上がった瞬間すこし揺れたけれど、持ち直してオルランドの元へ向かう。止めるべきかと思ったけれど、何が起きているのか判断するのにはいいかと思ってそのまま続けさせる。


「お前はリュスティーナ様がデュシスにいるのを独断でゲリエ高官に伝えた。ヤハフェ達を手引きし危険に晒した。最後までリュスティーナ様を信じる事なく、あまつさえ私への命令を邪魔するような発言をした」


 詰め寄るアルフレッドをオルランドは無表情で見つめている。


「その結果、どうなった!?

 忠誠を誓った我が君は、最愛の奴隷を失い失意のまま我らを棄て去られた。

 お前の喉を潰しても!

 お前の声を封じても!!

 それでも私は恐ろしい。

 いつかまたお前に影響されて、私はまた愚かな事をしてしまうのではないのか。今度こそ我が君に幻滅されてしまうのではないのかと。

 リュスティーナ様、どうか、我が身を肉壁としてお使い下さい。私の意思など全て捨て去り、ただ便利にご利用ください」


 オルランドを責めていたかと思ったら、今度は私にすがり付いてきた。


「落ち着いて。私は誰かの意思を踏みにじってまで、何かをしようとした事なんかないはずだよ。第一、この前別れたのだって、今後のアルオルの人生を考えたら私と別れるのが一番だった。

 それにアルに忠誠を捧げられた記憶なんかないし。捧げられる理由もないよ」


「心の内では何度も捧げておりました。一度だけ御身に協力を願ったのは、ヤハフェ達を弔った日の夕方でございましょうか。

 ゲリエ王族に連なるリュスティーナ様。貴女様のお父上、フェーヤブレッシャー殿下を担いだのは我が父です。父は殿下に王の器を見ました。

 私は貴女様にこそ忠誠をお誓いしたい。貴女様が支配者にならずとも、冒険者でも、農婦でも良いのです。ただの人である私の忠誠をどうか受け取ってください」


 なんか聞き捨てならないことを色々言われてないか? なんでオルランドがゲリエ高官と繋がってんのさ。ウチの父親をアルフレッドの父が担いだって、クルバさんが話していた王位継承争いでってこと?


「アルフレッド、お互いに落ち着いたらゆっくり話そう。知らないことが多すぎる。でも私は凄く動揺してるから、時間が欲しい」


「かしこまりました」


「とりあえず、命令ね。鞭、禁止。他に自分を痛め付けるような行動も禁止。いいね?」


 そう話ながら、治癒魔法を使ってアルフレッドの背中の傷を癒す。


「な? これは治癒魔法」


「……うん、まぁ。これも含めてお互いに話さなきゃ行けないことが多いのよ。

 ジルさんもですよ?」


 騒いでいたせいかひょいと顔を覗かせたジルさんに話す。


「ああ、やはりあのときのものは治癒魔法だったのか。気のせいかとも思ったんだが……」


「あの時?」


「アルタール戦の直前だ。俺にも治癒魔法を使ってくれただろう?」


 肩をすくめながらジルさんは答える。


「でしたっけ?」


「忘れるな。それに自由の身になったら身の上話を教えてくれるんだろう?」


「でしたね。そうだ、アル、オルの声だけど戻せないの?」


「ご命令とあれば」


 不服そうな顔をしたアルフレッドはオルランドに向けて命令を発した。私が捧げられた誓約と似たものをオルランドはアルフレッドに捧げていたらしい。


「オルランド」


「……ぃ、ァルフ……。ケホケホ」


 空咳を繰り返してからオルランドは改めてアルフレッドに返事をする。


「アルフレッド様、お慈悲を賜り感謝いたします」


「礼ならば我が君に言え」


 無言で私に向けて頭を下げるオルランドにアルは舌打ちでもしそうな表情を浮かべる。


「あー……いいから。久しぶり、オルランド。とばっちりだったね。私は気にしないのに……。

 ところでジルさん、こんなに騒いでたのに随分来るのが遅かったですね」


「上に客が来ていた。相手をしていたら遅くなった」


「え? お客様?」


「村長だ。何かティナに頼みたいことがあると言っていた。上で待っている」


「は? そう言うことは早く言ってよ!!」


 立て込んでいるようだから遠慮したと話すジルさんを尻目に、バタバタと階段に向けて走り出す。


「レイモンドさん、お待たせしてごめんなさい。何かありましたか? ポーションですか?」


 大慌てでリビングに飛び込んだ。


「夜分遅くすみません。明日、境界の森へ邪気を弱める戦いを仕掛ける事になりました。ラインハルトと私と他にも数名が出ます。

 もしも我々が戻らない時には、ティナ嬢の魔法で住人達を境界の森の外へと逃がして頂きたいのです。

 そのお願いに参りました」




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