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163.押し売り、ダメ! ゼッタイ!!

 チャッチャッチャッと爪が石畳を擦る音を発てて、ジルさんが階段を降りる。その後ろからはアルオルも続いている。


「さてと、ようこそ我が家に。まさか三人が訪ねてくるとは思わなかったので驚いたよ」


 昔のままのリビングで改めてみんなと向き合った。


「ジルさん、いつまでワンコの姿でいるんですか? 戻ったらどうです。獣人の姿に戻ったときに、真っ裸になるなら先に部屋に案内しますけど」


 お座りの姿勢のまま待機しているジルさんに問いかけた。答える気はないようで、プイと横を向かれる。……ほほう。そっちがその気なら私にも考えがある。


「ジルさん、さっき話してたことを実行する気ですか? ワンコモードでいるなら、私も犬として可愛がっちゃいますよ?」


 話しながら両手を頬に当てて、ジルさんの顔を私の視線と合わせた。無言で見つめ返すジルさんに追い討ちをかけるように、今後の予定を話す。


「長旅をしてきたワンコなら、まずは洗ってあげなきゃいけないですよね。女湯で全身くまなく泡だらけにして、丁寧に洗いましょうね。その後は、ドライヤーとブラッシング。お水は皿で出しましょうか。喉乾いているでしょう?

 ご飯も当然専用のお皿で食べましょうね。たまには手で直接食べさせてあげます」


 ワンコの顔で表情は読みにくいけど、ジルさんの顔がひきつり出した。よし、もうちょっと。

 微妙に瞳が笑っていない笑顔で、先を続ける。


「オシッコは隠れ家の中でしたら嫌ですよ。ちゃんと催したら教えてくれれば、お散歩に行きますからアピールしてください。

 それと寝るときはどうしましょうか。寒いとイヤだし、やっぱり抱っこですかねぇ。ワンコと一緒に寝るのは、躾に良くないって言われてますけど、ジルさんなら大丈夫ですよね?」


 首を傾げて見詰めれば、固定していた掌に抵抗を感じる。逃げようとするジルさんの首に抱きついて、ジルさんの口元に唇を寄せた。


「ワンコはカワイイし大好きですよ? いくらでもお世話しますし、貢ぎます。だから、ね?」


 親愛を込めて、頬に唇を押し付けようと顔を寄せたところで、腕の中に感じる感触が変化する。


「やめてくれ」


 腰を下ろし胡座をかいた姿勢のジルさんに、持ち上げられて近くに下ろされた。


「お久しぶりです。ジルさん、ようやく会えましたね」


 きちんと服を着たジルさんに、ジト目を向けながら挨拶する。頑固な狼も私に溺愛されるのは嫌だったらしい。昔は私に捏ね回されるダビデの姿を同情した視線で見てたし、やっぱりこの反応で良かったようだ。


「久しぶりだな。風呂と散歩は勘弁してくれ。一応、これでも成人だ」


「あはは、何を言ってるんですか。犬で良いって話したのはジルさんですよ」


 ワンコ化、毛皮化と手拍子と節をつけてジルさんにねだる。さっきは凄くびっくりさせられたし、今のはかなり恥ずかしかった。これくらいの嫌がらせは許されるだろう。


「……まあ確かにな。分かった、男に二言はない。やりたいなら付き合おう」


 深いため息をつきながら、ジルさんは覚悟を決めたように話した。いや、そこで覚悟を決められると私が困る。添い寝は少し心引かれるけれど、流石にお風呂とトイレはマズイだろう。それとも犬なら、許容範囲なのか?


「もう、冗談ですよ。本気にしないで下さい。せっかく会えたのに、狼の姿でいるなんて言うから少しからかっただけです。

 それに、ソレ……」


 私の視線が止まったのは、ジルさんの首で存在感を示す首輪だ。ワンコ姿の時に飼い犬判定をしたのもその首輪があったからだ。


「プレギエーラのところで外されたものだが、回収しておいた。ティナに与えられた物だ。捨てることはありえない。

 赤鱗で加工をして、衣類や旅に必要な物を収納出来るようにしてある。便利だぞ」


 どこか誇らしげに見せびらかす首には、懐かしい首輪があった。高級女愛玩奴隷用の首輪。私がうっかり買ってしまった黒歴史だ。


「捨てて下さいよ。運搬用アイテムにするにしても、せめて男性用のを買い直せば良かったのに……」


「ん? 主から贈られた初めての首輪だ。捨てるわけがないだろう。これからもよろしく頼む」


「よろしくってさっきも言ってたけど、ジルさんだってアルフレッド様やオルランドにしたって、それなりの立場をもったのに何を言ってるんですか。第一、こんな田舎で何やる気ですか?」


 ジルさんは赤鱗の騎士に復帰したんだろうし、アルオルは混沌都市の貴族とその従者だろう。ここにいて良いわけがない。


 譲り合う気配がした後、私とジルさんのやり取りが終わるのを静かに待っていたアルが口を開いた。


「問題ありません。我が君のお側に(はべ)りお役にたつ。それ以外には何も望みません」


「我が君?」


「はい、リュスティーナ様、我が君よ。どうか今一度お側に。今度こそお役にたって見せます」


 決意を込めて語るアルフレッドに、怪訝な顔を向ける。我が君って、私はそんなものになった覚えはない。


 否定しようとする私に悲しそうな顔になったアルフレッドは私の言葉を聞く前に続けた。


「確かに私は、今まで貴女様のお役に立つと言いながら、何の役にも立たず、命じられた事すら満足に果たしませんでした。ですから信じて頂けなくても当然でしょう。我が身を所有することに躊躇されても納得します」


 口を挟む余裕もなく先を続ける。大股で二歩近づき距離を積めたアルフレッドは深々と頭を下げている。


「ですが今後は決して逆らわず、意見せず、御心のままに行動することを約束します。どうかリュスティーナ様、愚かな私に今一度機会を与えては下さいませんか?」


「機会を与えるも何も……」


 そもそもアルオルと私の人生の利害は一致していなかった。だからアルがどう行動しても私が怒る筋合いはないと思っていたんだけど。そう続けようと思ったけれど、言い方がキツいかなと思って口ごもってしまった。


「……やはり信じては頂けませんか。では、リュスティーナ様、我が君よ。私の覚悟をご覧に入れます」


 スッと膝をついたアルフレッドの体を中心に、床に魔方陣が現れる。


『我、アルフレッド・エーレ・アークイラ・ベルセヴェランテは、我が身、我が魂、我が誇りにかけて誓う。

 我が肉、我が意思、我が魂、我を我とする全てにおいて、その最期の一欠片まで主たるリュスティーナ様に捧げる。これを妨げることは例え己の意思であろうと認めない』


「ちょっと!!」


 魔方陣はアルフレッドの身体から出た光を吸収し、鎖模様の文字となり、アルフレッドの身体に巻き付く。明らかに嫌な予感がするその状態に抗議の声をあげた。


『我が命はリュスティーナ様のもの。我が身はただの生きた肉。我が意思は雑音。選択の全てはリュスティーナ様の御心のままに。

 我が身を捨てるも自由。活用するも自由。

 苦難も疲労も屈辱も全てはリュスティーナ様の意思ひとつ。私はそれを喜んで受け入れる』


 アルフレッドがひとつ言葉を紡ぐ毎に、アルフレッドに巻き付く鎖が多くなる。


『我が君が私の誓いを受け入れずとも、この誓いが破棄されることはなく、無効になる事もない。そして誓いの抜け道を探して、自由を求めることもしない事を、我が命にかけてここに誓う。

 我らが世界の理よ、ここに誓約は捧げられた』


 私の抗議の声を無視して、最後まで語りきったアルフレッドは満足したようににっこりと微笑んだ。


 鎖のような文字で雁字搦め(がんじがらめ)になっているのに、晴れやかと言ってもいい表情に寒気がする。


「ちょっと!」


「ご命令を」


「意味わかんないから!」


「ただの誓約です。これで私は貴女様の命令に逆らうことは不可能です。お心安らかに何なりとご命令下さい」


 ゆっくりとアルフレッドの身体の中に光で作られた鎖文字が沈み込んで行くのが、非常にシュールだ。


「……隷属魔法の源流になった誓いだ」


 笑顔のまま跪き指示を乞うアルフレッドと、状況が理解できていない私を見かねて、ジルさんが割り込んできた。


「違えることなき魂の誓いだ。これを世界の理に捧げれば、その強制力は季節が廻るように、川が流れるように不変となる。

 あまりの強制力と誓いに対する判定基準の厳しさから、使い勝手が悪いとされて、隷属魔法や呪印が出来た」


「つまり?」


「文面から判断して、アルフレッドは今後一生、お前に逆らうことは出来ない。逆らえば死ぬ」


「死ぬだけでは済みません。私は魂を賭けましたから、魂ごと破壊されて二度と救いは求められぬでしょう」


「はぁ?! 何やってんのよ!! そんなの今すぐ破棄して……!!」


「無理だ。アルフレッドはお前が誓いを受け入れようが入れまいが、破棄を禁じた。捧げられたのはお前だが、賭けられたのはアルフレッド。誓いの対象もアルフレッド。そして自分自身に向けて破棄も無効化も拒否し、誓いの効果を弱めることも禁じた。まったく、恐ろしい奴だ」


 呆れ返ったようにジルさんは話している。


「狂ってる……」


 せっかく手に入れた自由を捨ててどうする!?


 全力でツッコんでやりたかったけど、それ以上に恐怖が勝った。そして、こんな状態なのにオルランドは一言も言葉を発しない。やはりアルフレッドが言った声を捨てさせたってのは本気らしい。本気でこいつらの間に何が起きたんだよ。何が起きたか知らないけど、私を巻き込まないでくれ!


「お体の中に違和感があるのがお分かりになりますか?」


「違和感?」


 アルフレッドに問いかけられて、意識を内側に向けた。確かに今まではなかった「何か」があるのがわかる。


「それは私が捧げたモノの入り口です。中にオルランドの誓約も含まれております。そこに向け命じて下されば、どんなに距離が離れていようとも常に我が身に伝わります」


「え? なら私の感情とか状態とかもアルフレッド様に伝わるの?」


 何となくだけど、アルの感情っぽいものが感じられて慌てて確認した。


「まさか。主から何かを頂くことはありません。これは私の一方的な隷属。私に隷属するオルランドもまた貴女様の支配下。どうぞ御心のままにご活用下さい」




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