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162.ペットでも番犬でも

「リュスティーナ様!」


 そう呼び掛けられて、ビクッと体が震えた。その私の反応を見て、隠れ里の住人たちは現れた人影に武器を向ける。


「大丈夫。知り合いです」


 警戒する村人達を宥めながら、レイモンドさんの結界が完成するのを待った。


 魔物を狩り終わり、何となく現れた人影と視線を合わせるのも気まずくて、警戒する振りをして村人達の中に紛れていた。

 レイモンド村長の呪歌が周囲に響く。フルコーラス歌い終わって、簡易結界も完成した。沸き上がった霧が隠れ里を包み外敵からこの村を守る。


「リュスティーナ様……」


 入り口近くに留まったまま、村人達から警戒の視線を浴び続けていた侵入者から、また名を呼ばれた。


「久しぶり、アルフレッド様。二年ぶりくらい?」


 これ以上は引っ張れないと覚悟を決めて、懐かしい顔に挨拶を送る。


 アルフレッドとその後ろに無言で控えるオルランド、両方とも大人になっていた。老けたとまではいかないけれど、随分世間に揉まれたっぽい雰囲気が漂っている。


 初めて会った時の、若さ特有の何でも出来るという輝きは消えていた。その代わり、自分の限界を見定めた上で、地に足をつけて生きていくような、そんな凄みを感じた。


「お久しゅうございます。ようやく見つけることが出来ました。リュスティーナ様、何故このような場所に。彼らは……」


 アルフレッドの視線は住人達の捻れた角や、紅に縁取られた瞳を困ったように見つめていた。


「彼らはこの村の人々だよ。それと出来たらリュスティーナは止めて欲しいかな」


 苦笑しつつ昔の呼び名で呼んで欲しいと頼んだら、無言で首を振られた。何をしにここに来たのか尋ねようとした時、右手に毛皮が擦り付けられるような感触があって驚いた。


「え、あ、ワンコか。君はアルフレッド様の飼い犬? アルフレッド様ったら、いつの間にテイマーに転職したの? それとも後ろにいるオルランドの子かな」


 私の足元にきたワンコは、まったく鳴かず、尻尾を高速で千切れんばかりに振っていた。そんな何故か全力で喜ぶハスキーみたいなワンコの首筋を撫でつつ話しかける。ついでに魔物の血と体液で汚れていた皮毛に浄化をかけて綺麗にした。


「君、強いんだね。助けてくれてありがとう」


 少し落ち着いたのか、お座りをして私の顔を見つめるワンコにお礼を言う。


「どっちの子なの? このハスキーのお名前は?」


 ワンコが大人しいのをよいことに、わしわしと胸元や足の付け根を撫でながらアルオルに問いかければ、何とも言えない微妙な顔で私の方を見ている。


「……ソレの名前はジルベルトと言います」


 しばらく見つめあったままでいたけれど、アルフレッドが大変言い難そうに答えてくれた。


「ジルさん? えっとジルベルト。そうなんだ。でもジルさんに怒られない?」


 我ながら混乱した回答をしてしまう。別れた元同居人の名前を飼い犬につけるって、どうかと思うのは私だけだろうか。言われてみれば面影あるけど。


 ジルベルトと呼ばれた犬は静かに立ち上がり、私の目の前に移動してから腹這いになった。そのまま伏せの姿勢で私を見つめている。


 ――よく躾られてるなぁ。


 感心しながら顎の下を指先で擽るように撫でる。


「……ジルベルト、それでいいんですか?」


 しばらく撫で回していたら、突然アルフレッドがワンコに問いかけた。


「別に愛玩犬(ペット)でも番犬でも使役犬でも構わない。(あるじ)が望むなら、狼でなくてもいい」


 聞き覚えのある声がワンコから流れてきて、驚いて飛び下がる。


「犬が喋った?」


「話さない方がいいなら、今後一生口は開かない。無論、声も出さない。獣人である俺を視界に入れる事が不快なら、主が好む獣の姿でいよう」


 犬ではあり得ない鋭い視線で私を射たまま、ジルさんの声でその獣は続けた。


「ティナ、ようやく見つけた。

 俺の飼い主はお前だ。神子姫であるかどうかなど、もはやどうでもいい。赤鱗やワハシュもお前を探しているが、見付かりたくないと言うなら報告はしない」


 その口調、その雰囲気はまさしくジルさんだ。しかしなんで、完全な狼の姿をしてるんだろう? 獣人って完全な獣の形も取れたのかしら。


「お前の望みは全て叶える。だが俺を棄てることは許さない。

 命の借りがある。

 故郷を救って貰った恩がある。

 祖国から遠く離れた地で恥辱にまみれて死ぬしかなかった俺に、食事を与え、希望を与え、誇りを取り戻させ、再び自由を手にさせた。

 俺に全てを与え、取り戻させ、そして俺を捨て去った主よ。

 これだけの恩を売るだけ売って逃げられると思うなよ」


 最後は歯を剥き出しにして威嚇される。……ジルさんはお怒りだ。


 まったくだと言うように後ろでアルフレッドも頷いている。オルランドだけは不貞腐れたように下を向いていた。


「あーっと、ティナ。取り込み中悪いが、そいつらはお前の知人でいいな?

 お前らにこの村での滞在を許すかは村長の判断になる」


 揉めている私達に割り込んで自警団のラインハルトがジルさん達に話しかけた。


「二人と一匹か? それとも三人か?

 どっちでもいいが、取り敢えず村長に会ってくれ。結界が落ち着き次第、降りてくるはずだ」


 どうしたものかと頭を掻き毟りつつ、ラインハルトさんは話している。何というか、知人がご迷惑をかけて大変申し訳ありません。


 そんな居たたまれない空気は長く続かなかった。物見櫓からレイモンドさんが降りてきたのだ。


「魔族!?」


 村長の姿に驚いた三人は戦闘体勢となった。


「ストップ!! ジルさんはレイモンドさんとは前に会ってるでしょ!! オスクロと出会った時にお世話になった人だよ。剣を引いて!!」


「しかしリュスティーナ様。村長なる者の姿は、まさしく魔族」


「魔族じゃなくて半魔ね。レイモンドさんはその中でも強く魔族の特徴が出ちゃった人だけど」


「はは、ティナ嬢、構いませんよ。

 君たちがクレフが話していた、ティナ嬢を追いかけてきている元仲間ですか。ようこそ、半魔の隠れ里へ。思いの外辿り着くまでに時間がかかりましたね」


 朗らかに笑いながら、アルオル達へと挨拶をする。地面に足がついたと同時に、レイモンドさんの背中から生えていた翼は収納され、角も空気に溶けるように消えていった。


「ふふ、そう警戒されないで下さい。私は元クリエイターズの一員。君達とも関わりがあったクレフの古い友人です」


 握手を求めて腕を伸ばすレイモンドさんに、恐る恐るという雰囲気でアルフレッドは答えた。


「それはそれは。では我々の事もクレフ殿から?」


「ええ。ティナ嬢を探して旅をする者達がいると聞いていました。もしここに辿り着くならば、貴殿方だろうとも話していましたよ。

 秘密とルールを守れるならば、我々半魔の村は貴殿方の滞在を歓迎しましょう。

 ティナ嬢、よろしいですかな?」


「ルールですか?」


「秘密だと?」


「ここの村長はレイモンドさんです。滞在を許可するかどうかは皆さんが決めること。私が拒否できる事ではないでしょう?」


 疑問の声をあげたアルとジルさんにレイモンドさんは微笑んだ。


「簡単なお願いです。

 我々の村の中で争いは禁止。この村の中で見聞きした事は、外では話さない。種族や文化が違うからと言って、受け入れる事を拒絶しない。この地は助け合って何とか維持できる、箱庭の楽園です。

 異分子を受け入れる余裕はありません」


 穏やかに微笑んで言いきるレイモンドさんの横で、村の住人たちは武器に力を込めている。アル達の回答次第では、叩き出すつもりだろう。


「……分かりました。私はリュスティーナ様のお近くにいられればそれでいい。その為のルールならばいくらでも守りましょう」


「そうだな、異論はない。ティナがこの村にいる限り、俺はルールと秘密を守ろう」


 迷うことなく言いきる二人に、満足そうにレイモンドさんは頷いた。


「そちらの……」


 最後に残ったオルランドへ視線が集中する。そう言えば、再会してから一言も喋ってないなぁ。どうしたんだろう?


「ああ、オルランド(ソレ)にもルールは守らせます。第一、ソレに声は捨てさせました。誰かに話すことなど出来ない。必要とあれば自我も捨てさせます。

 ソレにとって私の命令は絶対。

 オルランド、レイモンド殿から課されたルールは死守しろ。お前の体よりも命よりも重要度は上だ。いいな?」


 冷たい口調で命令するアルフレッドに向けて、オルランドは一礼して命令を受け入れた事を伝えた。淡々と無表情のままアルフレッドの指示に従っている。


 ――アルフレッドはオルランドに一体何をしたんだ?


 得体の知れない恐怖が襲う。


「隷属魔法ですか?

 この地は自由を愛する者たちの土地。あまりそう言ったものは……」


 アルオルのやり取りを見たレイモンドさんは困ったように問いかけた。確かにこの状態で一番に疑うのは隷属魔法だろう。でも、彼らの関係性を知る私にはしてみたら、その選択肢はあり得ない。


「我が君も奴隷を嫌います。これは奴隷ではありません。少なくとも隷属魔法は使っていません。ソレはソレの自由意思において、今の立場になることを選んだ。ご安心下さい」


 ふわりと微笑み、アルフレッドは宥めるように話し出す。その反応にドン引きした村人達は間合いを取ろうと一歩下がった。


「そ、そうですか。では滞在場所ですが……」


 流石のレイモンドさんも動揺を隠しきれていない。そして私も距離をとりたい。何が原因かは特定できないが、アルフレッドが怖い。気持ちの悪い怖さが漂っている。


「我が君のお側に」


「ティナ、昔のように泊めて欲しい」


 レイモンドさんの問いかけに被せて、アルとジルさんに頼まれた。我慢しきれず、数歩下がる。私を庇うようにラインハルトさんが間に立ってくれた。


 確かに今の彼らを他の村人の家に泊めるのもどうかとは思う。何があったのか、私も気になるし……。


「あ、うん。いいよ、ウチに泊まりなよ。

 レイモンドさん、構わないですか?」


 大丈夫なのかと心配する村長に頷き、許可を貰う。住人たちからも心配されたけれど、変わりに三人を泊める猛者は現れなかった。

 結局、私の隠れ家に泊めることとなり、三人を連れて村の奥へと進んだ。





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