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161.薄氷の上に築かれた……

「ティナ姉ちゃん、ほら!!」


 農作業の休憩にイタズラ小僧の声と共に何かが投げ渡された。ご近所さん達と木の下に集まって飲んでいた湯飲みを下に置き手を伸ばす。


「……ッ!? あ、ナニ、ちょ!! ヤだ!!」


 ポトンと掌に落ちてきたのは、畑の土の中から良く出てくるカブトムシの幼虫に良く似た物だった。


 ここに来て農作業を手伝い出してから、随分慣れたけれど不意討ちには弱い。悲鳴をあげながら、手から虫を振り落とす。


「アハハ! ひーっかかった!!

 だぁめなんだ、ダメなんだ。ティナ姉ちゃんは、ダメなんだ。こいつは畑を豊かにしてくれる良いヤツなのにそんな風に叩きつけちゃってさ。叱られるよ」


 いたずらが成功した興奮に瞳を輝かせながら私に向かって話す幼児と言ってもよい幼い少年に、母親からの怒声が飛ぶ。


「コラっ!! ヨーゼフ、このおバカ!!

 ティナちゃん、うちのバカ息子がごめんなさいね」


 ヨーゼフの側頭部に生える角に手を添えて、息子に無理やり頭を下げさせながら、母親のイブリストラさんはすまなそうに私に謝ってきた。それに気にすることはないと答えながら、首を振る。


「かあちゃん痛い。何もそんなに怒ることないだろう」


 角から手を離された途端に、ヨーゼフは距離を取って痛みを堪えるように擦っている。イブリストラさんはまだ怒りが収まらないようで、瞳の縁を爛々と深紅に輝かせながら、そんな息子に説教をしていた。


 周囲にいる大人たちや、もう少し大きくなったの子供たちはそんな二人のやり取りを見て笑っている。ここの村では子供を持てる夫婦は少ない。皆がこの村で生まれた数少ない幼子を温かく見守っている。


 見守る住人の半数近くには様々な形状のネジくれた角があり、瞳が赤く縁取られていた。残り半数は様々な種族の人々。エルフ、ドワーフ、人間、草原妖精、鳥人、獣人。種族を問わずに小さな隠れ里を形成していた。


 ――――半魔の村。


 世界を流れて、ここに辿り着いた時には驚いた。境界の森の中に、まさかこんな集落があるなんて、誰も知らないのではないだろうか。


 一年近くの間、世界を見て回った。けれども定住したいと思える場所にも、仲良くなりたいと思える人々にも出会えなかった。何処に行っても、少したつと追手の気配を感じた。しつこいと思いながらも、その内私への興味も失うだろうと適当に振り切って旅を続けた。


 魔物の真実を知ってからしばらくは、戦う事を躊躇した。でも私が戦わなくても相手が襲ってくる。目の前で戦えない住人が襲われた事もあった。分不相応に迷宮に迷い込んだ冒険者を見つける事もあった。


 出来うる限り殺さないように介入して、逃がす事が私に出来る唯一だった。でもある日、とある村がスタンピードに襲われた。前日、飢饉の最中なのに、それでも自分達の夕飯に招待し出来る限りもてなしてくれた農場主の家が魔物に飲み込まれそうになったとき、私は本気になってしまった。


 隠れ家を展開していた村外れの森から飛びだし、全力で魔法を使う。全てが終わった時、守られた村の人々は、瞳に恐怖を浮かべたまま遠巻きに私を見つめていた。


 そこからおそらく足がついたのだろう。行く先々で追手だと思われる人々が待ち構えていた。私を抱き込もうとする勢力は複数あったらしく、血生臭い対立もあった。それがほとほと嫌になって、広域境界の森の深部に逃げ込んだのが一年前。


『広域境界の森』

 いくつかの境界の森が繋がって出来た、巨大な邪気溜まりの森だ。うちの実家がある第6境界の森なんて、子供だましのアスレチックかと思うくらい魔物が強い。


 まともな理性の持ち主ならば絶対に足を踏み入れないその場所に私は逃げ込んだ。そして、鈴に導かれるままにこの村に辿り着く事となる。


 無意識に腰から下げた鳴らない鈴に手を伸ばした。今日も変わらず鈴は輝いている。


 これはぶっちゃけ持っていることすら忘れ去っていたアイテムだ。オスクロと初めて出会った時に、燕尾服の老人、レイモンドさんから貰ったもの。


 その広域境界の森に入ってから点滅していたそれに気がついたのは、森に住み着いて一週間が過ぎた頃だった。


 霧に閉ざされた渓谷でうっかり迷った私は、この鈴のお陰でこの隠れ里に保護された。後から霧にも、見えざる結界にも人を惑わし、この村から遠ざける魔法が掛かっていると教えられて、マップを見ながら歩いてもさっぱり抜けられなかった理由が分かった。


 マップを切って適当に歩けば、外に出られたらしい。その時、スキルに頼りきってはいけないと自戒したものだ。


 鈴はこの村の恩人に与えられるもの。鈴の導きのままに歩けば、この村にたどり着ける。鈴を持つ気配はするのに、延々と迷い続ける私を不審に思った村人が、迷子のお迎えに来てくれたと言うわけだ。


 始めに説明を受けたときに「そんなん知るかっ」と叫んだ私は悪くない。


 ついつい思い出して遠い目をした私に、隣に座っていたドワーフのおばさんがドライフルーツを分けてくれた。有り難く噛み締めつつ、午後の農作業をするために立ち上がる。長く腰を屈めていたから、鈍い痛みがある。口から無意識によっこいしょと気合いが漏れた。


 ――――……カーン! カーン!!


 村外れから金属音が響く。


「全員、家へ!!」

 

 まとめ役の象獣人の奥さんが、荷物を放り捨てて指示を出す。


「ティナ! あの音は、村を守る結界が破られた時に鳴るものだよ!!

 ここしばらく、結界が弱まっていた。村長が修復を指示していたけれど、間に合わなかったみたいだ。皆、自分の身を守るために行動する。ティナも早く隠れるんだよ!」


 そう話すと、獣人の奥さんは自分も家へと走っていった。それと前後して、今度は角笛の音が響く。


 こっちの意味は知っていた。渓谷を抜け侵入者有りだ。これが鳴ったら、高確率で怪我人が出ている。ポーション職人の私の出番だ。


 家に隠れる住人と、武器を手に村の入り口へと走る戦える人々が交差する。その中を私はすり抜けて走る。


 別に私は客分扱いだから、戦わなくても問題はない。けれどもしも魔物が侵入してきているのならば、戦える人間は一人でも多く必要だろう。ここの魔物は洒落にならないレベルで強い。五分に戦えるのは住人の中でも数人だ。


 そう焦りながら、村の入り口へ足を向け走り始めた。





「ティナ! こっちだ!!」


 入り口脇にある物見櫓の下に、戦える住人達が固まっている。手に持った武器は返り血に汚れている。既に一戦終わったようだ。


「状況は?」


「結界が破られた。見廻りに出ていたヨシュアがやられた。怪我をしながらも、アベルは戻った。今、アベルの家族を呼びにやっている」


 自警団の長である額から一角を生やしたラインハルトさんが沈痛な面持ちで私に話した。


 人垣の隙間から大怪我をおったアベルさんの姿が見えた。ポケットからポーションを取り出し、アベルさんに駆け寄る。私の登場に周囲の人々は安堵しているようだ。


「すまんな、ティナ。助かる。備蓄のポーションは襲撃で尽きた」


 ポーションを使い怪我を治した所で、アベルさん一家が慌てて走ってきた。


「ティナ姉ちゃん! とうちゃんは?」


 ヨーゼフとイブリストラさんは私の顔を見るなり問いかけてきた。この村での私の立場は薬剤師だ。怪我や病気の村人は私が治している。


「大丈夫」


 アベルさんの脇を空けながら、安心させようと頷いた。


「村長!」


 隠れ里の入り口から、燕尾服の老人が向かってきていた。頭からは2対の角を生やし、その背にはコウモリのような羽がある。


 何も知らない人が見たら確実に魔族だと悲鳴を上げる、そんな姿をした人がこの村の頼りになる優しい村長さんだ。低空で滑空してきたその人は私達の前で地面に足をつけた。


「皆さん、無事ですか?

 アベル、あなただけでも無事で何より。魔物がすぐにこちらに来ます。結界を張り直すまで、堪えてください」


 いつも通り丁寧な口調だけれど、その表情は焦りの色に彩られている。疲労が残ったらしいアベルさんは家族と共に、家へと戻っていった。


「レイモンド村長、私がやりますか?」


 私ならばこの村全体に結界を張って、魔物を迎え撃つことも容易い。オスクロと出会った戦闘で、ケルベロスとタイマンを張った私を見ていたレイモンドさんならば、私が戦える事を分かってくれるだろう。


 世界から拒絶された憐れなる犠牲者達の守護者。そしてアリッサさんの養い親。そして世界がその存在を拒絶した順わぬ民(まつろわぬたみ)の守り主。伝説の冒険者となった初めての半魔半人の英雄。



「ティナお嬢様、貴女だけが戦うことはありません。これはこの村全体の問題です。我々半魔と世界から弾き出された住人達がやるべきこと。戦いを望まぬ貴女が引きずり出される事ではありません」


 迷うことなく拒否するレイモンドさんに言い返そうと、口を開きかけた。


「魔物だ!!」


 渓谷へと続く村の入り口に、数匹の魔物が現れた。すぐにこの村を蹂躙しようと突撃してくる。


 迎え撃つ半魔を中心とした村人達と一緒に、私も武器を抜く。


「ティナ嬢?!」


 下がるようにと咎めるレイモンドさんに、苦笑いを浮かべた。


「村長、私だってこの村の住人のつもりです。住む地を守ることくらいさせてください」


「……感謝します。ですが、無理はしないで下さい。貴女はもう十分に戦った。自身の平和の為だけに行動しても、誰も貴女を咎めることはない」


 レイモンドさんには私が何故この森に逃げ込んだか全て話していた。だからこそ、優しい彼は私が戦う事を嫌がる。


 ポロロンと竪琴を爪弾きながら、村長は魔物との戦闘を開始した。


 後から後から湧いて出てくる魔物への対応に追われていると、疲労した半魔達の連携が崩れ始めた。


「ステファン!」


 レイモンドさんが体勢を崩した村人に警告の叫びを上げる。私は攻撃を避ける事は間に合わないと判断して、ポーションを取り出した。


「なん……で、……イヌ?」


 渓谷の入り口から飛び出してきた大柄な犬が、村人を襲おうとしていた魔物の喉首へと噛みついていた。


 そのまま唸りながらも、魔物の首を食いちぎる。


 ――犬、すっごい強い!!


 突然登場した犬に全員がポカンとする中、犬は次の魔物に飛びかかっていく。


「皆、手を止めるな!!

 一時的なものですが、簡易結界を張り直します!! ティナ嬢、申し訳ないが手を貸して欲しい」


 一番始めに事態を理解したのは、年の功と言うべきか、レイモンドさんだった。結界の唄を奏でる間、魔物を抑えておくように指示を出している。


 物見櫓に飛び移り朗々と謳い始める。


「……リュスティーナ様!!」


 もう少しで簡易結界が完成するという頃合いで、渓谷から武装を整えた影が飛び出してきた。


 再び湧いてきた霧から飛び出してきたその人影は、肩で息をしながらも私を見るなり叫び声をあげた。




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