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159.箸休めー変容し始める世界

 実りの時を迎え喜びに沸き立つ頃、とある神殿の中庭で見馴れぬ軍服姿の一団が、個々の武装に身を包んだ者達と対峙していた。


「では確かに送り届けた」


「……ああ。貴国の対応に感謝する」


 油断なく視線を交わす者達の背後にはそれぞれの旗があった。ひとつはこの地を統べる領主のもの。もう一方は黒字に一本線、少し前まで敵国だったはずの旗だ。


 デュシスの領主からどうしてもと頼まれて、名代を受けたクルバは大仕事をひとつ終え、知らず知らずの内に肩から力が抜けていた。


「しかしワハシュがな」


「ええ、まさか我々人間の囚われ人を無条件で解放するとは思いませんでした」


 護衛として側に立っていた名のあるAランク冒険者、スカルマッシャーと呼ばれた相手は解放され住民たちとの再会を喜ぶ戦争捕虜達へと視線を流しつつ雑談に興じている。


「……神のご希望だからな」


 ワハシュからきた揃いの軍服達の中から、ひとりだけ異なる武装を整えた騎士が歩み出て会話に混ざった。護衛中に私語は不味かったかと肩をくすめるスカルマッシャーに、その相手は笑いかける。


「私はフォルクマー。ジルベルトの従兄弟です。

 スカルマッシャー殿とお見受けするが間違いないだろうか? ジルベルトより噂はかねがね聞いていました。

 従兄弟がこの地にいる間、便宜を計ってもらったと聞いています。ありがとうございました」


 軽く頭を下げて謝意を伝える騎士に、スカルマッシャー口々に否定した。


「しっかし、あのジルが赤鱗の団長サマのイトコかよ。それに今回の捕虜の無条件返還もティナの希望だからって……。なぁ、団長さんよ、ウチの妹分は一体全体何をやらかしたんだ?」


 ヒョイと顔を覗かせて気楽な口調で問いかける相手に瞬時に怒りが沸く。しかし神に対する不敬への怒りよりも、親しい子供を案じる瞳をする冒険者達の表情を見て感情を押し殺し、フォルクマーは静かに答えた。


「リュスティーナ様は、ワハシュ首長国連邦を救ってくださいました。そして我らの非礼を罰する事なく去ってしまわれた。

 我々はリュスティーナ様を探しております。皆さんは何か、リュスティーナ様の足どりをご存じではありませんか?」


 フォルクマーに真摯に見つめられ、スカルマッシャーは顔を見合わせた。更に言い募ろうとするフォルクマーを制止する声がかかる。


「フォルクマー団長、それくらいで。ティナの足取りは冒険者ギルドすら掴んでいません。彼らも聞かれても困るでしょう」


 ちらりとギルドの代表であるクルバの表情を窺いながら前に出てきたオスクロはフォルクマーを宥めている。


「しかしオスクロ殿。この半年、杳としてとしてリュスティーナ様の足取りは消え、我ら赤鱗から出した探索隊からも吉報はない。もし彼らがリュスティーナ様と友人ならば何か知っているかも」


 無表情で言い合うオスクロとフォルクマーを眺めていたクルバはため息混じりに声を発した。


「残念ながら我々冒険者ギルドもティナの居場所は掴んでいない」


「だそうです。ではマスタークルバ、ランダルをよろしくお願いします」


「承知した。望むなら人を手配し、郷里まで送ろう。もし故郷が失われているのなら、生活に困らないようになるまで面倒はみる」


 きちんとした格好に身を包み、オスクロの陰に立っていたランダルはクルバに手招きされ、人間達の集団まで足を進めた。


「あのオスクロ様、フォルクマー様、ありがとうございました」


「気にするな。ティナにお前を頼むと言われたからな。これは王家と国の決定だ」


「神子姫様が君の身の振り方を憂慮されていたのなら助勢はする。人の地に戻り幸せに生きるが良い」


 向き直って礼を言うランダルに二人は国から持たされた袋を渡した。中には少しだが金が入っている。生活を立て直す足しになるだろう。


 中身を覗いたランダルはその黄金の輝きに驚きを隠しきれないでいる。


 消えたリュスティーナが最後まで気にしていた奴隷(ランダル)、そして個人的に交流があった奴隷達(デュシスの住人)を礼として故郷に帰す。それが王家と赤鱗騎士団が話し合って決めた対応だった。


 それに強固に反対した神殿の対応と、不審がり警戒する人間への対処に手間取り随分時間がかかってしまっていた。


 爽やかな風を受け、フォルクマーは空を見上げた。


「神子姫、今どちらにおいでですか?

 どうか今一度、我らが前に……」


 祈りは風に乗り静かに消えた。





 *******



「まだあの小娘の居所は掴めないのかっ!!」


 豪華な王座の間に怒声が響く。手に持っていた書類を投げつけられた文官は恐怖に小さくなりつつ、必死に謝罪した。


「申し訳ありません! ですがリュスティーナ殿下の足取りは影も形もなく。冒険者ギルドから情報を取ろうにも我がゲリエの者は警戒されます。やはりギルドマスターを始末したのは……」


「黙れ!!」


 鋭く腕を振り下ろされた文官が逃げていく姿を捉え、レントゥスは憔悴を隠しきれない主君に視線を向けた。


「なんだ!? 元はと言えばお前が小娘を捕らえられなかったせいだろうが!!」


 立ち上がり振り下ろされる腕を避けようともせず、レントゥスは静かに頭を下げた。乾いた打擲(ちょうちゃく)音が王座の間に響く。


「申し訳ございません」


「謝罪する暇があれば、あの娘、リュスティーナとかいう者を捕らえてこい!!

 その小娘がいれば憎っくきワハシュを押し返すきっかけになろう。まったく、王族の血を受け継ぎながら、敵国の恩人になるなどと恥を知れ!」


「しかし何処にいるのか……」


「ならば探せ!!

 あの娘はゲリエの王族!

 国の為に役立つのは当然の義務である!!

 レントゥスよ! これはそもそもデュシスであの娘を捕らえ損ねた貴様の咎である。あの娘を捕らえるまで出仕はまかりならん!!」


 王命を受け、騎士団長レントゥスは王座の間から退出した。その背を追い、ひとりの貴族が声をかけてきた。


「団長殿……」


「これは伯爵」


「陛下のあの反応……」


「お言いなさるな。国土の8割が喪われ、陛下もお心を痛めておいでなのでしょう。国護れぬ騎士に慈悲は不要。今は国難の時期です。一心にお仕えし、凌がねばなりません」


「団長はそれでよいのですかな? 貴殿だけならばこの国を捨て去ることなど容易いでしょう?」


「何をおっしゃるやら。我が忠義はゲリエと共に」


 腫れてきた頬を笑みに吊り上げ、レントゥスは足早に廊下を去っていった。





 ********




 とある都市の窓のない厚い壁に囲まれた強固な部屋がある。室内にいた二人の男は盗聴に警戒しつつ会話を始めた。


「それで御老の隠し玉……リュスティーナとかいうテリオは見付かったのか?」


「申し訳ありません、グランドマスター。長老サイドの防御が厚く、接触することはいまだに叶いません」


「眠れるキマイラを揺り起こした娘。あの妖怪ジジイの失脚の危機を救い、2カ国から追われるSランク冒険者か。あの娘さえおらねば、今頃ギルドの改革はもっと進んでいただろうに。口惜しき事だ」


 考え込む様に呟く現ギルド本部マスターを見て、懐刀と呼ばれている男はうなずいた。


「その娘に関しては、職員に最優先で情報を上げるように命じてあります。しかしその娘、一度現れたギルドにまた現れることはなく、接触が難しくなっております。時に国を跨いで現れますので出現地の予想も難しく……」


「それでこそ御老の隠し玉。

 味方になれば、妖怪の影響力を廃するのには打ってつけだろう。探せ。そして何としても我々の陣営に引きずり込め。

 ………御老の考えはもう古い。我ら冒険者ギルドは世界の狩人でのみいられはせん。各国と協調し、各自の国にて最大の効果を求めなければならない」


「はい。おっしゃる通りです。境界の森の侵食は止まらず、国同士のいさかいもなくならない現在、中途半端なギルドの立ち位置は、ひとつ間違えば滅びに瀕します」


「冒険者ギルドは無法者の集団にあらず。今後は各国支配下に入り、最大の利益を求めなければならない。冒険者達各自の自主性に任せて仕事をさせてはならん。サボるものも多くでるからな」


「その為に所属員にノルマを新設なされるのですね」


「ああ、だがあの妖怪の妨害にあい、今回は可決出来なかった。世界は滅びに瀕していると言うのに、何を甘いことを言っているのか」


 悔しそうに唇を噛むグランドマスターは何かを振り切るように首を振った。


「ともかく、そのテリオの娘の確保が先だ。眠れるキマイラが目覚める程に寵愛している冒険者。どれ程の実力があるかは知らんが、きっと我々の役に立つ」


 首肯(しゅこう)した二人は次なる議題へと、話を変えていった。





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