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158.三十六計逃げるに如かず

 神殿騎士達の一団から攻撃魔法が放たれた。狙いはさっきまで見ていた巨大狼。近くにいる人たちの事は配慮に入れていないのか、無差別攻撃だ。


 恐怖で顔を歪める住人。何が起きているのか分からないといった呆然とした表情のまま攻撃魔法を受け中に舞う人々。


 もうもうと巻き起こった土煙の隙間からそんな悲劇が見える。攻撃を仕掛けた神殿騎士達は居合わせただけの人々を巻き込んだにも関わらず顔色ひとつ変えていない。


「ティナ!!」


 少し土煙が落ち着いた頃、下から呼び掛けられた。


「オスクロ!」


 黒地に一本線の旗の下。王妃様を庇うように立つオスクロの側にはワットさんとゴンド&ガンバが立っている。ゴンドとガンバは怪我をしているのか、包帯だらけだ。


「ランダル君を!!」


「任せろ。とりあえず降りてこい」


 手招くオスクロに拒絶を伝える。今の私は罪人らしいし、それを王家の人達が救っては内乱の種になるだろう。非戦闘員のランダル君さえ無事なら私はなんとでもなる。


 怒鳴るオスクロの声を聞き流して、さっきまで巨大狼がいた辺りへと視線を戻した。


 ――……え? ジルさん!?


 むき出しになった地面にただ一人立つのは、ジルさんだった。デュシスで買った防具に剣。獣相化した頭部。もう頼ってはいけない私の保護者みたいな人。


 周囲を囲む神殿騎士達に武器を向けられているけれど、余裕そうなその立ち姿に不覚にも泣きそうになった。何で赤鱗騎士団に戻って謹慎中だったジルさんがここにいるのか分からなくて混乱したけれど、一目でも会えて良かった。これでこの国で思い残すことはない。


「赤鱗騎士団よ! 王家よ!

 そなたらは神の慈悲を拒絶するのか。

 我が神々の代弁者。我が意志が神の意志!!

 異端者たる娘を殺せ! 神々へと捧げよ!!

 従順たる子らよ、頭をたれよ」


 野太い咆哮(ろうほう)が耳を打つ。声を発したのは法王と呼ばれていた獣人だ。周囲にいた民衆は反射的になのか、膝を折っている。立っているのは国王旗の面々と赤鱗騎士団と呼ばれた人々だけだ。


「法王よ。此度は勇み足でありましたな。

 その娘は何も罪は犯しておりません。それどころか、我らワハシュの賓客となるべき娘。無礼を謝罪して頂きたいものです」


 風に靡く芦が如く垂れた頭を避けるように、騎乗した虎の王様が供を連れて現れた。


 逃げるタイミングを窺いつつ、虎の王様と霊長類っぽい法王の会話を聞く。


「おお、陛下。あの異端者に毒されてしまうとは口惜しい。あの娘は我が国の国宝を奪い、失わせ、和を乱した罪人です。王妃様が持つアイテムがその証。そして御身の盾たる兵士を害した者でもあります。赦すことも見逃すことも出来ません。

 さあ、ご英断を」


「何を言っているのやら。赤鱗? 本当にそれを使ったのであれば、赤鱗騎士団が救出に動くはずがなかろう。この地を囲む旗を見よ。団長自らリュスティーナを救いに駆けつけた。これが答えであろう?」


 何か言いたげな法王を制して王様は続けた。


「それに我が盾にして剣たる兵士を害しただと? その()()()()()()()はそこにおる。直答許す。そなたらはリュスティーナに害されたのか?」


「違います。我々が襲われたのは、仲間だと思っていた獣人にです」


「嘘を申すな!! ならばその獣人は魔術師であるリュスティーナに操られていたのであろう!!」


 慌てて否定する法王を他所行きの口調で回答したゴンドは睨んでいる。


「そぅ言うがねぇ、猊下、俺たちゃ苦楽を共にした戦友に殺されかけたんだがねぇ~。しかもその魔術師に罪をきせなけりゃ~ならないって、襲ってきた奴も心苦しそうに話していたぜぇ?」


 敬意の欠片もない口調でガンバが続ける。


「何を言うか! ならばその戦友とやらを連れて参れ!! それが出来ねば、人間に囚われた兵であるそなたらの言など信用できるか!!

 どうせ人に膝を屈し、その足を舐めて生き延びたのであろう!! この恥さらしどもめが!!」


 法王の近くにいた司祭と呼ばれていた男が鋭く言い放つ。よく顔を見れば、ピンと一緒に来た司祭じゃないか。


「民よ! 罪なき我らが子らよ。

 呪いに苦しみ、戦に苦しみ、魔物に苦しむ憐れなる獣人達よ。娘を捧げよ。神は断罪をお望みである!!」


 形勢不利と判断したなら法王は民衆を味方につける事にしたらしい。魔法で拡声して民に語りかけている。どうなることかと見守っていた民は法王の声に後押しされるようにまたボルテージをあげていた。


「民よ! 罪人に惑わされし赤鱗騎士団を止めよ!

 我らが神の尖兵よ! 娘を断罪せよ!!」


 法王の言葉を受けて、民衆が赤鱗騎士団にその身を盾にして立ちはだかる。私と虎の王様達の所にも新たな兵士が向かってきた。


「リュスティーナ!! お願い、これを使って下さい。私達獣人ではこれを国土全てに広めることは出来ないのです。

 呪いさえ解ければ民も落ち着きます。貴女の魔力ならばアイテムを使うことも余裕のはず。どうか貴女の身を助ける為にも、これを使って!!」


 王妃様から指示を受けてオスクロが私に向けてピンクの小瓶を投げ渡してきた。中には細かい砂のようなものが入っている。


「どうか、早く!!」


 国王の護衛と神殿騎士達が揉み合っている。上空にいる私には届かないから、また攻撃魔法を準備し始めている、


 とりあえず蓋を外そうと手を伸ばす。


 パリィィィィィン!


 澄んだ音を発てて小瓶が割れた。塵のように広がったピンクの砂が光を反射して輝く。


 私の周囲を渦を巻くように漂っていた砂は次第に私の魔力を吸収して大きくなっていった。砂を吸い込んで噎せないように袖で口と鼻を覆う。


 勝手に魔力を吸収していたピンクの砂は限界を迎えたのか、虹色に輝いて上空に打ち上がる。無数に枝分かれし空を覆い地上に降り注ぐ。


 ――綺麗だけど派手だなぁ……。


 キラキラと虹色に輝く砂は見える全てに降り注ぎ、接した場所で黒い何かを吸いだし光の泡となって消えていく。雨垂れが打つ如く、光の泡は次々と弾けて消えた。


 わあああぁぁぁ!!


 私達に憎悪を向けていた群衆が今度は歓声を上げる。


「身体が!」


「呪いが消えていく!」


 どうやら呪いの被害者もいたらしく、腕を突き上げて喜びを示していた。丘に歓声が満ち、そして頂上からまたそれぞれ頭を垂れていく。


「神子姫様!」


「ティナ!!」


 丘の中腹からジルさんと赤鱗の制服を着た狼顔の騎士さんが登ってきていた。


 ん? 神子姫様?


 何処にそんな生き物がいるのかなぁと思って、周囲を見渡したけれど誰もいない。まぁ、そりゃそうか。この国で安定的に宙に浮ける人っていないもんねぇ。


 一縷(いちる)の望みをかけて見渡した私の目に飛び込んできたのは、私に向けて頭を下げる獣人達。神殿関係者以外はみな一様に膝を屈し、頭を下げている。


「うわぁ……」


 壮観とも言える光景だけれど、それを向けられているのが自分ならひきつった声しか出ない。


 逃げよう。


 自然にその言葉が頭に浮かぶ。


「赤鱗の騎士よ! 騙されてはならぬ!!

 その娘はそなたらの宝を奪いし盗人。

 おお、そうだ。確かその娘に所有されていた獣人がいたな? その者が神々の秘宝を盗み娘に渡したのだ!!」


「待たれよ。我らが赤鱗は奪われてはおりません。領地にある神殿に奉られております」


「その証拠はあるのか。先程その娘が使ったアイテムには原始の神々の慈悲が必要。

 神殿騎士よ、神官達よ! その娘の手先となった狼獣人を捕らえよ!!」


 ただ一人装束が違うジルさんを指差して法王は弾劾する。武器を手に抵抗するなと叫び近付いてくる神殿騎士達。伏せていた顔をあげ、民衆も咎めるようにジルさんを冷たく見つめている。


「やめて!」


 ジルさんに迷惑をかけるわけにはいかない。それに私は神殿に安置されている赤鱗を使ってはいない。覚悟を決めて叫んだ。


「黙れ、異端者!!」


 憎悪を込めて叫び返される。


「ジルさんは、ジルベルトは無関係よ!!

 見なさい!!」


 アイテムボックスを開き、巨大なドロップアイテムを取り出した。持ち上げることは出来ないから、そのまま魔法で宙に浮かべる。


「竜だ!」


「赤いワイバーン?」


 私の背後に浮かんだソレを見て人々が呟く。遠く立ったまま警戒していた赤鱗騎士団の面々は慌てたように跪いた。


「私が使ったのはコレよ!!

 国王陛下に1枚お預けします。ご確認下さい」


 手近にあった鱗を1枚引き剥がして、国王へと投げ落とした。


「神子姫!! どうかこちらへ」


 跪いたまま語りかけるフォルクマーさんに苦笑を浮かべる。


「私はティナですよ。神様じゃありません」


「ティナ! 一度降りてきてくれ。安全は保証する!! 何を犠牲にしても守ってみせる!!」


 必死に手を伸ばすジルさんに苦みの増した笑みを向けた。私のせいで味方に刃を向けられている。


 ここで降りてはジルさんを頼ってしまうだろう。イングリッドさんにも言われたように、私が関われば関わるほど、この国でのジルさんの幸せは遠ざかる。


「いえ、そう言うわけには……。ああ、そうだ。

 ジルさん、これを貰ってくださいな」


 宙に浮かべたワイバーンの喉の辺りに、たった1枚。黄金の逆鱗を見つけて引き剥がした。


 逆鱗は素材としてかなりのレア度を誇る。原始のワイバーンの物なら、献上品にしても売り払っても良い値段がつくだろう。私に出来る唯一の事。どうかこれで私など忘れて幸せになって。


 そんな事を考えながらジルさんの前に鱗を移転させる。


「オスクロ」


「何だ?」


「悪いけど後よろしく。ランダル君を任せたね。神殿にだけは引き渡さないで」


「無論。だがとりあえず降りてこい。疲れているだろう? 休める場所を準備する」


 手招くオスクロに首を振る。


「ワットさんもゴンド&ガンバもお世話になりました。どうかお元気で」


「待て! 何処に行く気だ」


 鱗を受け取ったジルさんが焦ったように声をあげる。


「私は冒険者としてここに来たんだ。だから仕事が終わったら帰るよ。

 ジルさん……、いえ、ジルベルトいままでありがとうございました。その鱗が貴方の役にたちますように。売っても、捨てても、壊しても構わないから。

 じゃ、イングリッドさんとお幸せに」


「リュスティーナ、お待ちなさい!」


「神子姫様、どうかお待ちを!!」


「ティナ! 行くな!!」


 事情聴取がしたいのか、必死に引き留める人々の声を振り切り移転する。


 これ以上ここにいても居心地が良くなるはずがない。それに元神子姫の中身が私だとバレたなら、それこそ異端の罪で殺されかねない。法王を始めとする神殿の人々と、赤鱗騎士団、そして王家の火種にしかならないだろう。引き留めてくれる優しい人々に甘えてはいけない。


 私さえ消えれば、あとは世馴れた大人達で上手く落ち着かせるだろう。








 **********





「…………逃げよう。すぐに逃げよう。何処までも逃げよう」


 ぶつぶつと唱えながら混沌都市の大通りを歩く。とりあえず受けた仕事は終わらせないといけない。


「ようこそ、冒険者ギルドへ……って貴女は!!」


 混沌都市の冒険者ギルドの入口を開けたら、驚いた受付嬢が奥に走っていってしまった。


「無事でしたか! ティナさん!!」


「無事で何よりじゃ、ティナよ。よくぞ戻った」


 奥から現れたのは、ラピダさんとクレフおじいちゃんだった。私が囚われたとの報告は受けていたらしい。


「領主館から連絡は来ておった。救出部隊の準備をと話しておった所じゃ」


「ならサユースさん達は無事に?」


「おう、ティナのお陰でのぅ。任務は終了したと既に報酬も払われておる」


「報告は必要ですか? 出来たら出来うる限り早くこの地を去りたいのですが……」


「うん……まぁそうじゃろうのぅ。領主の依頼を受け、その相手に見捨てられてはのぅ。去りたくもなろう。報酬を準備させる。その間だけ手短に報告しておくれ」


 クレフおじいちゃんが私の報告を受けて頷いている。一通り報告した所で報酬が届けられた。


「ティナちゃんや、これからどうするんだね?」


「まだ決めてません。ただ世界を見て回ろうかと」


「そうか、では落ち着いたらわし宛に連絡をおくれ。どうしているか気になるからのぅ」


 旅立つ為に立ち上がった私に、名残惜しそうにクレフおじいちゃんは見つめている。そんなおじいちゃんに万一問い合わせが来ても、私の足取りをワハシュやデュシス、そしてこの混沌都市の人々に教えないでほしいと頼んで外に出た。


 足早に大通りを抜けて城門をくぐり抜ける。




 街道を歩き出してしばらくたった所でだった。見知った人影が進行方向に現れて警戒する。


「…………よう」


「おひさ。どうしてここにいるのさ」


 少し会わない間に、日焼けし精悍になったハルトがひとり、草原に立っていた。


「教えてくれたヤツがいてな。

 それよりもババァ、これからどうする気なんだ?」


「どうしようか。どうするべきなのかなぁ……。

 私は守りたい者も守れなかった。

 大切な人が、私が側にいては不幸になると言われてしまった。

 何かの役にたてるなら良かったんだけど、出自を否定した私が彼らに手伝えることもない。

 約束を守れなかった私は、誰かに頼る事は出来ない。第一、どんな顔して会えば良いのさ。

 少し世界を見て回るよ。その内やりたいことも決まるでしょ」


 肩をすくめてハルトに答えた。


「ババァ、いや、リュスティーナ。面倒くせぇ性格だな」


「うん、拗らせてる自覚はある。ハルトは吹っ切れてるみたいだね。良かった」


「ああ、悩んでいる暇はない。俺は前に進むだけだ」


「そっか……」


「おう。同郷の(よしみ)だ。何かあったら連絡寄越せよ。出来る手伝いはする」


「はは、狙いは味噌かな? …………まぁありがとう。覚えておくよ、勇者様。

 さぁ、そろそろ行くね。ハルトも頑張って」


 すいと視線を反らして歩き始めた。何か言いたげだったハルトは、一度唇を噛んでから私の背中に向かって語りかける。


「……ババァ、お前、神殿に行けよ!!」


 そんな声を背に受けハルトに向かって後ろ手に手を振り、私はあてどなく歩き始めた。







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