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157.箸休めー王都へ

 赤鱗の旗が風に靡く。疾く如く主の元へ参じようと、軍馬が(くつわ)を並べ鼻息も荒く進軍の合図を待っていた。


 それを遮るは少数の供を連れ現れし国王。遠き祖先よりの因縁もあり、先を急ぐ気持ちを抑え、団長フォルクマーが対話している。


「赤鱗の騎士たちへ告ぐ! 急ぎ武装を解き領地へと戻れ!! フォルクマーよ、何ゆえ赤鱗を動かしたのか!!」


「何を話に来られたのかと思いきや、そのような事でしたか。我ら赤鱗の主が戻った故、お迎えに参るだけです。

 リュスティーナ様さえご無事なら、我らが牙を剥くことはない。ご安心めされよ」


 ――いや、獣相化してそんな事を言っても、ひとっ欠片の説得力もないと思いますがね。


 牙を剥き威嚇したまま王と対峙にする上官に向けて内心ツッコミを入れつつ、エッカルトは気が付かれない様に小さくため息をついた。


 ――……ったく。あっちはあっちで我関せずか。


 エッカルトが転じた視線の先には、王都の方角を一心に見つめる狼がいた。長く虜囚の辱しめを受け、鳴り物入りで復帰した種族進化を果たした若い狼獣人。反発する部下を掌握する為に一戦を交え、瞬く間に全員を完膚なきまでに伸したのは既に伝説になりかけている。


 ぼんやりと空を見つめている風を装っているが、その耳だけはフォルクマーと突然現れた王とのやり取りに注意を払っている。もし長引くと判断したなら、単騎で熱望する主を救出に動くだろう。


「……あーっと、団長、陛下、ここでは人目につきます。どうせ今日は少し先で夜営の予定でした。もう王都の目と鼻の先。ここで休むことにしても行軍日程としては誤差です。姫様を助けるのに何の支障もありません。陛下とは天幕を張りそこでゆっくりとお話になってはいかがですか」


 平行線を辿っている話し合いに割り込み、エッカルトはそう提案した。渋々だが双方それでいいと同意した為に、天幕を張りそこに集まる事になった。





「何故俺までここにいなくてはならない?」


 不服そうに話すジルベルトにエッカルトは落ち着くように宥めて椅子を進めた。席次が決まり、向かいの入り口から国王が入ってくる。


 神に仕える騎士とはいえ、王家には敬意を払う。そう教育されてきた赤鱗の騎士たちは立ち上がり国王を迎え入れた。


「……それでだ。一体何が起きているのだ?」


 ひとしきり挨拶が終わった所で単刀直入に国王は尋ねた。


「祖先より脈々と受け継がれてきた待ち人が現れた。ただそれだけです」


「だから何が……まさか?!」


 ようやく待ち人が誰か気が付いたのか、国王は座っていた椅子より立ち上がった。


「神子姫様が再臨なされた。我らが祖先よりの約定、今果たすとき。例え我ら赤鱗、皆、死に絶えようとも、かの方はお助けする」


「待て、少し待ってくれ。フォルクマー、その言葉だとお前達赤鱗騎士団はリュスティーナを神子姫と断じているようだが確かなのか?」


 頭を抱える国王に、エッカルトは深く頷いている。


 ――国王陛下、お気持ちは凄く分かります。俺もあの人間の娘が、突然我らが救い主である神子姫様だと言われて驚きましたから。


 同情するエッカルトには気がつかず、国王は頭を抱えている。


「……間違いはないのか?」


「当然です。これは愚かな狼の末たる我が一族の総意。あの方は神子姫様です」


 ――……それで確信持てるのはあんた達狼獣人だけっすよ。


「だが、ならば何故、ジルベルトは最初から神子姫だと話さなかった? 分かっていたのだろう」


 咎めるように問いかける国王に、ジルベルトは答えた。


「私自身は気がつくことが出来ずにおりました。ですが今思えば間違いなく神子姫様です。それをすぐに気づけなかった我が身を深く恥じております」


 どうでも良さそうに話を聞いていたジルベルトは突然話を振られて驚いた。しかし長く共に過ごしていて気が付かなかったのは事実。恥じ入る様に下を向いて謝罪している。


「では赤鱗騎士団はこのまま兵を進めると言うのか? 王都には警護の兵士もいる。内乱を起こす気か」


「我らが行うは姫様の救出。引き渡していただけさえすれば何事も起こりはしません」


「それですむはずが無かろう!! 神殿はリュスティーナの処刑を決めている。審議もせずにオルダバンの丘ではりつけの上、四肢を切り取り処刑すると公表したのだぞ?!」


「承知の上です。ですから騎士団を動かしました」


「民に犠牲を強いるつもりか?! 処刑場で奪還を狙うにしろ、神殿に強襲をかけるにしろ、民が無事ではすまい。リュスティーナは我ら王家が責任を持って救出する!! ゆえに兵を引け、フォルクマーよ!!」


「お断りします。王家の招待を受け神子姫様は囚われた。もう4日になりますか。神殿が人間を誠実に扱うかどうかも分からない。我らが戻るときは神子姫と共にです」


 平行線を辿る話し合いに一石が投じられたのは、王都からの使者が会談の場所に飛び込んできた為だ。息を切らし疲労を隠しきれない使者に王が報告を促す。


「王妃様よりご伝言です。リュスティーナの護衛につけていた兵士達の一部を保護。そのもの達の報告により、護衛の中に神殿の手の者が混ざっていたとの由。

 その者達の報告を元に神殿へと抗議の使者を送ったところ、半殺し……ご無礼を致しました。大怪我を負い放逐されました。

 また神殿に放った手の者の報告から、リュスティーナ自身もかなり厳しい扱いをされているようです。王妃様は現状を打破する為に、処刑場への臨席を決定されました。

 出来うる限り時を稼ぎますが、今の神殿は全く聞く耳を持ちません。出来る限り早いお戻りをとのご伝言でございます!!」


 王への報告を受け、それまで静かに座っていたジルベルトが立ち上がった。そのまま王へと一礼し出口へと向かう。


 本来であれば止めるべきフォルクマーも立ち上がり、軍を動かすために指示を出し始めた。


「待て! ……ああ、分かった! 俺の敗けだ。この脳筋狼どもめが!!

 お前達だけで動いても、王都近くの守備兵に止められる。時もない。互いに無駄な消耗は避けるべきであろう。

 第一、王家の使者に手を出すとは許しがたい。

 ワハシュの王として、赤鱗騎士団に助勢を求めよう。

 我ら王家の目標は神殿を諌めること。そなたらはそなたらの目的の為に動けばよかろう」


「すぐに動きます」


「だから待てと言っているだろうが。

 使者を送る。それで王都の兵を動かす。赤鱗を止めぬようにとも命じなければなるまい。処刑場にはオスクロに命じ、兵を仕込ませておこう。

 お前達は目立つ。オルダバンの丘を囲むように隠れて配置し、チャンスを見て救出に動け。

 あとは俺が何とかする」


 その後冷静さを取り戻したフォルクマーを中心に、明日の布陣を確認することとなった。





 *****


「神子姫様!」


 引き出された少女を見て、狼獣人のひとりは押し殺した悲鳴をあげた。


 ――……堪えろ。まだ布陣が完成していない。


 エッカルトは飛び出そうとする騎士を制して拳を握る。


 前回別れてから10日もたっていない。しかし神子姫の窶れ具合は遠目に見ても明らかだった。


 もっと丘の中央に近い場所に布陣したジルベルトの暴走を心配して、おそらく待機しているであろう場所に目をやる。


 何事もなく静かなままであることに安堵の息を吐きつつ、決まった手順を頭の中で反芻する。


 ――まず配置が完了し次第、王家と我ら赤鱗の旗が周囲に立つ。その後神子姫様及び王妃救出に動く。最優先は神子姫様の救出。速度が大事だ。大外からだが、一番槍はジルベルト。囲むは団長フォルクマー。そして俺は後詰めか。


 神子姫(リュスティーナ)に何かあれば確実に狼獣人達が暴走する。決してしくじりは許されない。身の引き締まる思いで、エッカルトは短槍を持つ手に力を入れた。


「神子姫様がっ!」


 部下達から悲鳴が漏れる。神殿の処刑人が張りつけにされた神子姫に向けて槍を突き刺していた。


 許可を求めて見つめる部下達にエッカルトは首を振る。


 ここからではどんなに急いだとしても間に合わない。それに噴き出すべき血も見えず、匂いも流れてはきていない。まだ時はある。


「副長! 旗が!!」


「良し、動くぞ!

 全隊、武器を抜け!! 冷静に! 刃向かう者以外、決して傷つけるな!!

 これは我らが神をお救いするものであるが、我が姫神は慈悲の神!! 無駄な血を流し、哀しませてはならぬ!!」


 暴走しがちな若者達を率いて、エッカルトは身を起こした。


「あのバカ!! 何をやっているんだ」


「副長、あの巨大な狼は一体?」


「落ち着け!! あれはジルベルトだ。古狼種は完全獣化の能力を持つ。大口の神とも言われた狼の原種に戻っただけだ。

 囲みを乱すな!」


「は!!」


 初めて古狼の完全獣化を見、動揺する若者達を叱責しエッカルトは遠く神子姫を見つめる。


 流石に飛び出してきた巨大な狼に驚いたのか、顔が狼の方を見ている。丘の中腹まで突出した巨大狼に神殿の護衛から魔法が飛ぶ。


 巻き込まれて市民が数人吹き飛んだ。辺りには血臭と悲鳴が満ちているのだろう。初めて強い血の匂いを感じた。標的になった狼はと探すが、影も形もない。


 その変わり、ぽっかりと空いた空間に、武装を整えた一人の若い狼獣人が立っていた。神殿騎士達が武器を片手に狼を囲む。


 ――……ったく、それだけ目立てばあちらも、目的が果たせるな。


 小さく舌打ちをしつつ視線を神子姫がいる丘の上に転じれば、それまではいなかった王の旗を持った一団がいた。



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