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153.箸休めー混沌都市の人々

「何故です! 何故、おばあ様の護衛を救出する為に動くことをしてはならないのですか!?」


 ダンジョン公プレギエーラは、疑問の声を上げる。目の前には移転し戻ってきた祖母サユースとその弟子、そして数人の貴族達がいた。


「プレギエーラ、落ち着きなさい。

 あの娘は立派に護衛の任を果たした。ならば我々が行うことは、ティナの奪還ではない。冒険者ギルドに報酬を支払う事でしょう」


 貴族としての口調で語りだした祖母を、プレギエーラは不満げに見つめた。


「ですがおばあ様! その報酬を受けとるべき相手は、危険な他国に残ったままです。おばあ様を逃がしたことで更に窮地に立たされているかもしれません。

 彼女はこの都市を救ってくれました! その上、おばあ様を救い無事にこの地に帰還させてくれたのです! それなのに何故!!?」


 感情的に話す孫娘の表情を見て、サユースは同じ部屋に控えていた数人の貴族に部屋から出るように頼んだ。息子がこの地を治めていた頃からの忠臣達だ。何も言わずに室内にはプレギエーラとサユースのみになった。


「プレギエーラ、落ち着くんだよ」


「おばあ様!」


 本来の口調になったサユースに対し、ダンジョン公プレギエーラも立ち上がり孫娘として腕をとり語りかける。


「何故です! せめて神殿を通して抗議を伝えるくらいは……」


「あの娘はお前の妹を救えなかった。そして私の息子を手にかけた。何故我々が守るべきこの土地を危険に晒してまであの娘を助ける必要があるんだい?」


「混沌都市を危険に晒す?」


「そうじゃないのかい? あの娘はあちらの兵士を殺した容疑がかかっていた。それにあちらは呪いの他にも他国との戦線をかかえ、国内も安定していない。それだけの火種を抱えても、この混沌都市を飲み込むくらいは容易いことだろう。

 この都市の将来を考えるのであれば、彼らを敵に回してはいけない。せっかくティナが生け贄になってくれたんだ。この後、どう助けるのか助けないかは、冒険者ギルドが判断すれば良いことさね」


「冒険者ギルドはワハシュ首長国連邦にもある」と肩をすくめて話す祖母を絶句したままプレギエーラは見つめた。


「おばあ様、それでは我ら混沌都市は彼女を見捨てろと?」


「見捨てるも何も、そもそも()()()()は果たされた。それならばあの娘は何の関わりもない他国の人間だよ。プレギエーラ、都市を統べるならば情けは禁物。お前は優しいから辛いだろうが何を優先すべきことか常に考え続けなさい。

 いつかは私もいなくなる。老い先短いこの身だ。もしも今回の事が問題になり、誰かが責任を取らなくてはならなくなったら、私を切り捨てるんだよ。いいね」


 静かに「私怨も含まれているからねぇ」と話す祖母を見て、プレギエーラは説得を諦めた。今、この混沌都市を支える重臣達の多くは先代の暴挙を憂いたサユースの息がかかったもの達だ。こうなればプレギエーラが何を言おうとも、自身の意思をスムーズに通すことは出来ないだろう。


「分かりました。おばあ様。では、冒険者ギルドに人を遣わし、報酬を払ってしまいましょう。ただのお使い任務です。誰ぞ選定致しますので、おばあ様はお休みになってくださいませ」


 心の中では、「闇月姫」とも呼ばれる自分を嘲笑しつつも穏やかにプレギエーラはサユースに告げた。孫娘が納得した事に安堵の表情を浮かべたサユースは、同行していた弟子を伴い自らの館に戻り休むと話す。


 そんなサユースを笑顔で送り出し、戻った重臣達にも決定を伝え下がらせてから、プレギエーラは常に身の回りを世話してくれている侍女の一人を手招いた。


「……アルフレッド騎士爵を呼び出しなさい。誰にも気取られぬように、内密によ」


 ひそめられた声に頷き、侍女は滑るように部屋から出ていった。




 侍女から伝言を受け、急ぎ登城してきたアルフレッドは、プレギエーラの自室に繋がる応接間に通されて落ち着かなげに待っていた。


「閣下」


 恭しくかつ優雅に貴族としての挨拶をするアルフレッドは、現在多忙を極めている。他者から嘲られぬ程度の屋敷や人を早急に手配せねばならない。そして最低ランクの騎士爵には領地はない。収入となる術も早急に手に入れなければ、せっかく戻った身分を喪うことになりかねないからだ。


「忙しい中、呼び出してごめんなさい。アルフレッド様、少しお願いしたい仕事が出来たのです」


 柔らかく微笑みながら腰掛ける様にと勧めるプレギエーラへ一礼し、アルフレッドは浅く座りピンと背筋を伸ばした。


(わたくし)の名代として冒険者ギルドへ行って欲しいのです」


「畏まりました。ですか新参者である私で良いのですか?」


 ダンジョン公からの要請を騎士爵ごときが断ることなど考えられない。それでも難色を示す相手に、プレギエーラは大仰に驚いた風を装った。


「このダンジョン公プレギエーラが直に命じているのです。何を躊躇っているのですか?

 貴方を所有していたリュスティーナに届ける報酬をギルドに持っていくのがそんなにも不足ですか? 身分が逆転したのだと本人に分からせるために、直接手渡したいのですか。

 ですが残念ながらそれは出来ません。リュスティーナはワハシュ首長国連邦にて、囚われの身となったとの報告を受けています。私達混沌都市はあの娘との契約は果たされたと判断し報酬を()()()()()()()支払います。貴方は私から託されたものをただ届けてくれば良いのです」


 いっそ傲慢な程キッパリとプレギエーラは話すと、同意するように頭を下げたアルフレッドに向けて扇を振り退出を促した。


 ――――……私に出来るのはこれくらいです。ティナ、貴女は奴隷達と良い関係を築いていたようだから、どうか一刻も早くギルド上層部へ貴女の窮状が伝わりますように。


 アルフレッドが去った扉をしばらく眺めていたプレギエーラは、次の予定が迫っていると伝える執事の声で、ダンジョン公闇月姫としての冷たい表情を取り繕い外へと歩き出した。





 ******





「マイ・ロード。闇月姫はどのような用件だったのですか?」


 濃紺の髪を肩口で緩く縛った青年は、表情を曇らせる主を心配そうに見詰めながら問いかけた。


「オルランド、私をマイ・ロードと呼ぶことは禁じたはずだ」


 いっそ冷たいとも取れる口調で叱責をするアルフレッドだか、その表情は憂いを帯びている。


「申し訳ございません、アルフレッド様。ですが禁じたのはティナ……」


「リュスティーナ様だ。呼び捨てにすることは許さない。言い直せ」


「申し訳ございません。リュスティーナ様の命令。ハニーバニーとの縁が切れた今、守る必要はないのでは?」


 その言葉には答えずにアルフレッドは足を早めダンジョン公の居城を出た。行きには持っていなかった宝箱を小脇に抱えている。主に荷物を持たせることは出来ないと、オルランドが預かると話すがそれにも反応がない。仕方なくオルランドはアルフレッドの後ろに控え歩いていた。


「ッ!?」


 ダンジョン公の居城を出て小路に入り、人が切れたタイミングで突然アルフレッドはオルランドに向き直り、胸ぐらを掴み上げると近くにあった石の壁に叩きつけた。


 一瞬呼吸を詰まらせただけで、抵抗もせずになされるがままになっているオルランドは不思議そうにアルフレッドを見つめている。主であるアルフレッドは自由になったその日からずっと何処か不安定で虫の居所が悪かった。


「何かご不快な思いをさせてしまいましたなら謝罪致します。どうか何が気に障ったのか教えて下さいませんか?」


 そんな主をを宥める微笑みまで浮かべて話したオルランドを見つめるアルフレッドの瞳は何処までも冷たい。一体何が起きているのか分からず、オルランドは困惑を深めた。


「お前には感謝してる。私……いや、俺が最悪の時に側にいて苦難を共にしてくれた。だが、オルランド、俺はお前を許さないだろう。それは俺の弱さが原因なのは分かっている。だがきっかけとなったお前を許すことも出来ない。

 今はそんな時間もないから後に回すが、よく考えておけ。自分を憎む主に一生を捧げ仕えるか、新しい主を探すか。今ならば俺を棄てていい。新たな生を歩くことを許してやる。だが、俺と共に生きることを望むなら…………。

 俺がお前なら、迷わず新しい主を探すな」


 突然そんな話を言われて、驚きを露にしたオルランドへ、アルフレッドは自らを軽蔑するかの様に乾いた笑みを浮かべた。


「リュスティーナ様が獣人の国で捕らわれたらしい。詳細は不明だ。出来る限り急いでギルド上層部へ、クレフ殿へと伝えねばならない。どうする? 来るか?」


 自身を壁に叩きつけた時に落ちた宝箱を広い、ハンカチで汚れを落としたオルランドは、膝を屈してアルフレッドへと答えた。


「はい、無論です。アルフレッド様が行かれる道ならどのような所にでもお供致しましょう」


 そんな完璧に従順な従者を怒りを込めた瞳で睨んでから、アルフレッドはギルドへと向かい足を早めた。



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