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152.箸休めー疾くごとく戻れ

「では確かに頼みましたよ」


 王妃フィーネは目の前に(ひざまづ)く一人の男を見据えた。


「は。この一命に変えましても」


 言葉少なく決意を語ると、男は静かに庭園の奥へと消えていった。


「王妃様……」


 古参の女官が王妃の心痛を労る様に呼び掛ける。その声に反応する事はなく、フィーネは冷めてしまった紅茶に手を伸ばした。


「とても危険な状況になってしまいました」


 しばらくしてぽつりと王妃は呟く。お茶の相手をするようにと指示されて、同じテーブルに腰掛けた女官は首を傾げた。


「何故でございましょう? 絶対に逃がさねばならなかったサユース殿は、祖国へお帰りになりました。そしてサユース殿が最後にお作りになった中和剤も王妃様の手の内。

 捕らわれたのは冒険者の娘ひとりでございましょう? 王妃様が憂いることはないと思いますけれど」


 きょとんとした顔で質問してくる自分よりも年嵩の女官に、王妃は苦笑を浮かべた。そして周囲を見回し、人払いが済んでいる事を再度確認した。


 腕に嵌めたブレスレット型のマジックアイテムを作動させた上で、扇を開き口元を隠す。腕に嵌めたアイテムが盗聴を防止する機能がついている物だと知る女官は、知らず知らずの内に背筋を伸ばし身を乗り出した。


「これから話すことは口外を禁じます。長くわたくしに仕えてくれている貴女だから話すのです。良いですね?」


 頷く女官を確認し王妃は声を潜めて話し出した。


「貴女がただの冒険者の娘と話した相手は、残念ながら普通の冒険者ではないのです」


「存じております。あの年でSランクの冒険者と言うことは只者ではありますまい……」


「そう言うことではありません。口を閉じて聞きなさい。

 かの娘の名前はリュスティーナ。正確にはリュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル」


「3つ名? それにイティネラートルとは何処かで……」


 口を閉じていろと命じられたにも関わらず呟く女官を軽く睨んでから王妃は先を続けた。


「ええ、そうよ。あの娘は3つ名。つまりは手出ししてはならぬテリオの年若き娘。

 そして不味いことにそれだけではありません。そなたが思い出せない家名、イティネラートルは消えた聖女、クラサーヴィアのものです。あの娘の父は英雄『妖精王』フェーヤブレッシャー。困ったことにゲリエ王族の血をも受けついているのです」


 女官は緊張のあまり下品にも音を発てて唾を飲み込んだ。


「お、お待ち下さい。では私共は敵国の王族を迎え入れていたのですか?」


「陛下もご存じの事よ。それにあの娘は、ゲリエの王族ではなく『冒険者』として生きることを選んだと聞いています。それでもあの者達に知られれば、格好の攻撃材料にされましょう」


「何故そのような娘を招き入れたのですか。王家の誇りは何処に消えたのです。何故そのように危険な橋を!! 万一でもテリオの民の怒りを買えばっ……」


 悲鳴に近い声を上げる女官を睨み付け、王妃は手に持っていた扇をパチンと音を発てて閉じた。その鋭い音がまるで王妃の叱責のようで、女官は慌てて口を閉じると頭を下げた。


「お黙りなさい。あの時、迷宮都市よりサユース様を招聘するには、あの娘が護衛につく事が条件でした。例え我々王家の体面が地に落ちようとも、これ以上は民を苦しめる選択は出来ないという陛下の慈悲です」


 きっぱりと言いきる王妃に、女官は恥じ入るように頭を更に深く下げた。王妃から溢れ出る覇気に身のすくむ思いをしていたのだ。


「ですがそなたの心配も最もなことです。出来うる限り早くあの娘を助けねば、怒り狂ったテリオが乗り込んでくるやもしれません。そうなれば、10数年前のゲリエの二の舞。あの当時は、フェーヤブレッシャーがテリオを宥めましたが、今この国にテリオと互角にやりあえる戦士はいないでしょう。それは漁夫の利を得た我らワハシュの民が一番よく知ること」


「で、ですが王妃様。ならば、あの危険なテリオの民だと神殿が気がついているのならば、何故あの娘を捕らえたのでしょうか?」


「愚かな事を。テリオが我らの地に滞在したのは50年ほども昔の事。テリオ族の見分け方を知る者も少なくなっています。現に女官として長くわたくしに仕えるそなたもあの娘を見て、テリオ族とは気が付かなかったでしょう?」


 呆れたように女官を見てから、辺りを圧倒していた覇気を収めた王妃はそう言うと憂いを込めて空を見上げた。


「神殿も年若い人間の娘を辱しめるような事だけはすまいとは思いますが……。あの者達がどうか最後の一線だけは越えぬことを祈りましょう。

 最悪、呪いで国が滅びる前に、物理的に消滅しますからね」


 最後は冗談めかしに苦笑を浮かべた王妃は、立ち上がり愛する夫のいるであろう方向に顔を向けた。


「どうか一刻も早く、この窮状が陛下に伝わりますように。陛下、お早いお戻りを心よりお待ちしております……」







 ******




「陛下! お休みの所、失礼致します!!

 王妃様より急ぎの書簡が参っております!!」


 馬を駈り夜陰に紛れて近づいてきた不審者を発見した兵士は、慌てて国王の天幕に飛び込んでいた。


「何事だ。騒々しい」


 連日の移動の疲れから寝台に横になっていた国王は、夜目がきく瞳を月明かりに輝かせて起き上がった。


「申し訳ございません。しかし、王妃様よりの緊急の書簡。それも我らと入れ違いになったとの事で既に数日が過ぎていると運んできた者が訴えておるのです。……朝までは保たぬでしょう。どうか、お目通りを」


 朝まではという言を受け、国王は不快げに鼻を鳴らした。確かに当初の予定とはルートが随分違っている。本当に王妃からの使者であるなら、ここに辿り着くのも大変な苦労をしたはずだ。それもこれも、神殿の嫌がらせ……。そこまで考えた時、風が異臭を運んできた。

 近くに既に使者が来ているのだろう。澄んだ夜気の中、微かに血と腐敗匂がしていた。


「連れてこい」


「感謝致します」


 礼をし下がった兵士は程なく他の兵士に左右から支えられ、歩くのもやっとと言う風情の軽装の男を連れて戻ってきた。


 兵士達の後ろには、今回の視察の同行者として連れてきた側近達もいる。何を聞いたのかは知らないが、一様に暗い表情だ。


「御前をこのように汚れた格好のまま、お目汚しをし、面目次第もございません」


 地面に倒れ伏し呻く様に話す男に、国王は楽にするようにと声をかける。肩や足の複数に簡単に巻き付けられた包帯が見えた。一目で手遅れだと判断し、一刻も早く楽にしてやろうと国王は報告を促した。

 

「王妃様より、書簡をお預かりしております。そして伝言も承っております。どうか陛下、お人払いを。妃殿下より、陛下のお耳にのみ入れるようにと厳命されております」


 鬼気迫る表情で言い募る使者の要求を受け入れ、渋る側近や護衛達を無理やり追い出した国王は椅子に腰掛け先を促した。


「望みを叶えてくださり、感謝致します。ですがあまりにも迂闊ではありませんか?」


「ふん。時間がないのであろう? そなたの顔に覚えがあった。故に王妃からの使者であろうと思っただけだ。お前の上司であるオスクロも現在呼びにやっている。さっさと報告をしろ」


 恐れ入りましたと頭を下げる男に、再度国王は報告を求める。


「王妃様より、お客人の最後の薬はわたくしが預かっておりますとだけお伝えするようにと」


「何が起きているのだ?」


 王妃からの伝言を聞き、状況の予測が出来ないと判断した国王は書簡を開き目を通す事とした。封を切った所で、許可を求めるオスクロの声がかかり中へと招き入れた。


「……何故お前がここにいる?」


 死に向かって歩いている男を見た途端、オスクロは王都に残してきた部下の一人だと気がつき問いかけた。


「オスクロ隊長、申し訳ございません。神殿に出し抜かれました」


 苦しい息の合間からオスクロへと報告をする声を聞き流しつつ、国王は王妃からの書簡を読む。内容を確認するにつれ、怒りで顔は真っ赤になり手は震え始めた。


「陛下」


 最後まで読み終わったタイミングでオスクロから呼び掛けられ、国王は書簡から目を放した。


「どうした?」


「王都で、リュスティーナが捕らえられたとの報告を」


 何ともなしオスクロへと視線を動かした国王は、役目を果たし満足げな顔のまま仰向けに眠らされている男を見つけた。


「逝ったのか?」


「はい。この者の最後の報告では、サユース殿とその弟子は魔法で城を去った。リュスティーナは私がつけた護衛殺害疑惑を受け捕らわれたとの事です」


「ふん、事実はどうあれ、兵士の殺害疑惑を神殿が調べるなどおかしな事だな。これは我々にこの国を救わせぬ為の嫌がらせであろう。あやつらは、神々がお救い下さらねば許せぬのだ」


 リュスティーナには貧乏クジを引かせたなと苦々しげに話す国王に、オスクロはどうする気かと尋ねた。


「王都へ帰る。容疑が兵士の殺害疑惑ならば、俺から引き渡しを命じれば断れまい。王妃は今呪いにかかっていて正当な判断が出来ん。それゆえ緊急で法王が断罪を行っていると発しているらしいしな」


 王妃からの書簡を振りながら、怒りで歪な笑みを浮かべる国王に、オスクロは膝をついて返事をした。国王と共に王都へ戻り次第、部下を集めて行動しなくてはならない。頭の中で素早く手順を確認する。


「陛下! 失礼致します!

 赤鱗の地に使わしていた者から、火急の書簡が届きました!!」


「今度は何だ!」

 

 慌ただしく差し出された小指程の大きさの木筒を受け取り、オスクロは国王に差し出した。明かりにかざして内容を確認した王は、ぐしゃりと音をたてて紙片を握りつぶした。


「陛下?」


「オスクロ、王都へはお前が先行して戻れ。そこの勇士も連れていき丁重に葬るが良い」


「陛下は何処へ? 妃殿下がお戻りを心待ちにされておるのでは??」


 突然予定を変更した国王に、当惑した表情でオスクロは問いかけた。


「赤鱗騎士団が挙兵しおった。王都へ兵を向ける気だとの事だ」


「な!? 目的は一体」


「分からん。だが今、奴等に動かれては困る。ただでさえ法王が動いたのだ。説得するにも、挙兵した奴等が話を聞く相手などそうはいない。俺が行くしかない」


「お待ちを!!

 陛下の御身の何か事があればそれこそ大事。誰か使者をたて、何が起きているのか確認を!」


「その時間はないのだ。

 赤鱗の狼とは、奴らの先祖が神からの下賜品を与えられた時からの腐れ縁。俺がいくのが一番早く正確だ。

 オスクロ、王命だ。()くことく王都へ戻り、時を稼げ。これ以上状況を悪化させるな。詳しくは王妃の書簡を読むが良い。

 王都にてもしも神殿が王権に従わぬと言うのであれば、荒事になっても構わん。国滅びる事だけは、まかりならん。良いな!」


 投げ渡された王印を受け止めながら、オスクロは言い返そうと口を開く。だが国王のは全く聞く耳を持たず、周囲のもの達を呼び集め、出発の指示をし始めた。


「陛下! お待ちを!!」


「兵も預ける。王妃からの使者も何者かに襲われておる。気をつけて行け!!」


 驚くほど早く出発の準備を整えた国王は、そう言い放つと、護衛の一部をオスクロへと残し、一路赤鱗騎士団の領地へと馬を駆けさせていった。




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