149.どうすればいいと思う
「一応聞くけど、ランダル君って戦えるの?」
隊列の一番後方に陣取って、のんびりと馬を歩かせながら、後ろに乗っているランダル君へ問いかけた。腰に手を回しなよと何度か話したのだけれど、頑として拒否したランダル君は後ろにある鞍に手をついてバランスを取っている。
何でと問い詰めたら、事故が恐いと答えられた。男衆の視線の先には私の胸。あー……個人的には気にしないんだけど、青少年としては大問題かと納得して、この変な乗り方となったのだ。
「え? あの、その」
驚いてバランスを崩しかけたランダル君に謝りながらオスクロ達へと顔を巡らせる。いきなり話し出した私に他のメンバーも驚いているみたいだ。
「少し前と距離を空けようかと思うんだけど、そうなると護衛の人達と離れるからさ。自分の身は自分で守るとしても、戦えるかどうか一応確認しておこうかなって」
首だけを後ろに向けてランダル君に笑いかける。オスクロは元より、ピン君達も簡単な武装をしている。私は自前の武装があるし、そもそも魔法主体の中遠距離攻撃型だから問題はない。ランダル君だけが不安要素だった。ダビデの二の舞は御免だ。
「……戦えません。武器も防具もないですし、そもそも平民で大した戦闘訓練を受けたわけでもないので」
申し訳ないと続けるランダル君に首を振った。
「なら、もし襲われたら私にしっかりしがみついてね。これでも冒険ギルドから他国の要人の護衛任務を言いつかるくらいには戦えるから、心配無用だよ。落っこちないようにだけ注意してて」
「おい、ティナ。何を考えている?」
「ん? 少しオスクロに聞きたいことが出来ただけ。ほら、前の人達に聞かれるとまた面倒なことに成りかねないし、私は人間だしね。声の届かない位置まで離れよう」
何を聞きたいのかは話さずに、オスクロを促した。困った顔をしたオスクロはしばらく悩んで、俺も話したいことがあると前の人達に少し離れると許可をとってくる。
理由は何にしたのかと思っていたら、私のお腹の調子が悪いからゆっくり行くと話したらしい。まぁ、仕方ないとは言え、あんまりな嘘だと思うよ。ジト目でオスクロを睨んだ。
「それで、先に話を聞こうか。何だ?」
十分に王家の使者達が離れた事を確認してオスクロが口を開く。ピン君達は私たちの少し離れた前後を囲み、魔物の襲撃に備えている。
「……赤鱗ってさ、無くなったら戦争になるの?」
「フォルクマー殿の話か。まあ、そうだな。良くて現王の失脚。悪くて内乱。最悪は国が瓦解するだろうな」
この国の置かれた現状は知っているかと尋ねるオスクロに、何も知らないと否定する。
「この国で力を持っているのは、まずは王家。次に神殿。そして軍部だ。神殿は赤鱗を祀るものと、神々を祀るものと2派ある。軍部も王家寄り、両派神殿寄り、そして民の兵と分かれている。王家が一枚岩なのがせめてもの救いだが、これは現王陛下が政敵を全て排除した為だ。その時に恨みもかっている。隙があれば敵に回るものもあるだろう」
誰かに聞かれることを恐れるように、声を低めてオスクロは話し出した。
「赤鱗を使うにしろ、使わないにしろ、何処かからは不満が出る。
使い失えば、赤鱗を祀る騎士団と神殿、そして神子姫様を慕う民から恨まれよう。
使わなければ、助からなかった民やその家族、赤鱗を使うべしとする一般神殿、軍部から非難されるだろう。
もし、今使えばそれらから非難されぬかと言えば、そうではない。何故もっと早く使わなかったのだ。早く英断をしていれば、犠牲になる民も少なかっただろう。ゲリエとの戦争も、かの国を叩き潰す千載一遇のチャンスを不意にする事はなかったと問題にされるだろう。
どういう選択をしても、八方丸く収まることはない。この国は荒れるだろうな」
淡々とした口調のまま語るオスクロの話を聞いて、ようやくフォルクマー団長が私に問いかけてきた理由が少し分かった。確かにこんなごちゃごちゃした中では、部外者に中立的な意見を聞きたくもなるだろう。
「聞きたいことはそれだけか? なら俺からも聞いていいか?」
「何? 答えられることなら何でも答えるよ」
「昨日の夕飯のスープは何が入っていたんだ?」
「は?」
「フォルクマー殿のあの反応。そして今日の狼獣人達の対応。よほどの物を入れたのだろう?」
「いや、普通の野菜スープだよ。ダンジョン産でもないし、極々普通……あ、唯一違うとしたら故郷の調味料かな? でもあれ、ジルさんにも出したことあるけど、体調も崩さなかったし、遅効性の害になるものじゃないよ」
調味料を少し分けてくれと話すオスクロに、こころよく頷いた。前にジルさんにスープにして出したし、問題はないよね。これで疑いが晴れるなら安いもんだ。
馬の上で液体を扱う自信がなかったから、王都へ着いたら壷かなにかに渡すと言うことで話がついた。そのあとは、少し考え事をしたいと思ったから、王家の使者達へは合流せずにのんびりと馬を歩かせた。
「では、ティナ。俺は報告があるから離れる。妙なことはするなよ。ワット、ゴンド、あとは任せる」
王城に戻り出汁を渡した後、簡単な引き継ぎを済ませてオスクロは去っていった。ピン君とガンバは明日の護衛という事で休んでいる。
サユースさんに帰還の挨拶をし、何かなかったか尋ねる。特筆する事はないと言われて、道中の事を逆に聞かれた。食事としながら報告を済ませ、部屋に戻る。各自疲れただろうから休もうという話になり、別れたのが2時間ほど前だ。
「……なんか、寝られない」
ベッドに横になったまま呟く。諦めて起き上がった。そのまま外套変わりにローブを肩に掛けて寝室を出る。
ソファーに座り、船を漕いでいたワットさんとゴンドが弾かれた様に立ち上がった。
「どうした?」
「ゴメン、寝てていいよ。少し目が冴えちゃって、散歩してくる。近くにしか行かないから」
そのままでと話したが、ワットさんが立ち上がり着いてきてしまった。悪いことをしちゃったなぁ。
ゴンドはワットさんがいなくなり広くなったソファーに早々に長くなり瞳を閉じている。何と言うか、色々とやってくれるおっさんだけど、憎み切れない人だ。
「おい、ゴンド。寝るなよ?」
護衛として起きているようにと話すワットさんにヒラヒラと手を振り返事にするゴンドに苦笑を浮かべつつ外に出た。
目的地を定めずにのんびりと歩く。複数ある月のひとつがちょうど満月を迎えている。明かりがなくても散歩するのに不自由はない。
しばらく歩いて、庭園のひとつに出た。水音に誘われるまま、歩みを進める。
人工的に作られた小さな滝の前に掛かった橋の上に人影があった。
邪魔しては悪いと思って方向を変えようとしたが、それより早く相手に気がつかれていたようだ。鷹揚に手招きをされていて近づいた。
「陛下」
「おう。久しいな、お客人。王妃が君の事を話していたぞ」
側に控えていた護衛を下げながら、虎の陛下はもっと近くにと私を手招いている。ワットさんは虎の陛下に一礼して護衛達の集団に紛れたようだ。
「オスクロから話を聞いた。不快な思いをさせたな」
二人並んで、月光に照らされる滝を眺めていたら、虎の陛下は話し出した。
「赤鱗のフォルクマーが君に随分御執心だったと、オスクロが驚いておった」
何処か揶揄を含んだ声で話す陛下の瞳の奥は、恐ろしく真剣で思い詰めた物だった。
「どうする気なんですか?」
「何を」としらばっくれる虎なのにタヌキな王様を横目で睨みつつ、口許にだけ笑みを張り付ける。ここから先は越権行為だし、私がどうこう言うことじゃない。でも、内乱が起きればジルさんやイングリッドさんが無関係とはいかないだろう。2度と会わないと約束したけれど、彼らが苦難の道に足を踏み入れるのをただ座視する気はない。
「どうすれば良いと思う?」
黙って私の出方かを窺っていたが、それ以上話す気はないと判断したのか、何をとは言わずに陛下は私に問いかけた。内心、この国の人達は私に聞きすぎだろうと思いつつ、誰かに話したいのかと思い水を向ける。
「上に立つ者は孤独だ。
良かれと思って行動しても、そうとは取られないこともある。
影響が大きすぎて、意図した物とは別物になることもある。
大勢を救うために、絶対に助けたかった誰かを切り捨てなければならないこともある。
そして、そうまでして結論を出したことでも、後になって非難され続けることもある。
けれども上に立つと決めた時、その立場になった瞬間からそれは普通の事で、辛いと、孤独だと、助けてくれと、誰かに訴える権利すら喪う事になる」
出来るだけ平静に感情を廃して語る私を驚いた様に虎の陛下は見詰めている。
「どんな結果になっても後悔しかないのならば、その選択から逃げてもいい。その場から立ち去ってもいい。でもそれを己が許せないのであれば、誇りが、義務感が、選択せよと迫るのであれば、答えを出すしかない。
ねぇ、陛下。陛下が最も大事にするのは何?
後世、他の誰に非難されても、この為に選択をしたのだと答えられるのは何?」
「…………難しいことを簡単に聞いてくれるな」
「うん。国家の運営に敵対種族が何を言うかと、首を絞められるくらいは覚悟してる」
呻くように話す陛下に、キッパリと答えれば、驚きに目を見開かれた。
相手の心に土足で踏み込むような真似をしている自覚はある。嫌われるのも報復されるのも覚悟の上だ。
「……どうすれば良いのであろうな。どの選択が最良のものなのか。俺にはもう分からない。妻も子も呪いにかかった。赤鱗を使わねば助からないだろう。だが赤鱗を使えば国が割れよう。使わなくとも民の我慢は限界にきておる。早晩破綻するだろう」
欄干を握りしめた手は筋が浮かび、力が入っているのが分かる。周囲にいる護衛達から私に向かって殺気が飛び始めた。私からこれ以上話せることはない。あとは王様が結論を出す事だろうと無言で見守った。
「……ふん。若い娘に諭されるとはな。
戻るぞ」
私に向けられた殺気が臨界点を向かえる前に虎の王様は護衛達を振り返った。何かを振りきるように、そのまま振り返ることなく歩き出す。
「お客人、リュスティーナよ。俺は明日から近隣の人心安定のため遠征に出る。サユース殿の護衛を頼む」
月光に照らされる背中にはもう迷いはなく、偉大な国王の物だった。
まだ部屋に戻る気になれず、ブラブラと庭園を散歩した。そしてひとつ覚悟を決めると、まだ明かりのついていたサユースさんの部屋に足を向けた。
「ティナ?」
いきなり意思を持って歩き出した私に不思議そうな声を向けるワットさんに少し思い出した事があると伝える。
深夜の婦人の部屋と言うことで、外で待つと言うワットさんを廊下に残して招かれるまま室内に入った。
「どうしたんだい? こんなに遅く」
まだ中和剤を作っていたのだろう。普段着のままのサユースさんとお弟子さんは怪訝そうな表情をしている。話があると言う私にお茶を入れるため、お弟子さんは隣室に移動した。
「ほら、こっちへお掛け。外は寒かっただろう?」
サユースさんに勧められるまま、ソファーに掛けた。作りかけの中和剤を切りの良い所まで作ってしまうと、サユースさんが作業台に向き直ったタイミングで、アイテムボックスを小さく開いた。服とソファーテーブルの陰になるように気を付けながら、ソレから手近な鱗を1枚適当に引き剥がす。
――――…………覚悟を決めよう。私がコレを出すのが一番だ。




