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148.認めよう。心当りあります。

 私の目の前には巨大な絵画が飾られている。三枚組になっているらしく、正面と左右に別れていた。


 ついさっきまで、ジルさんの幼馴染のイングリッドさんがいたけれど、フォルクマー団長さんの命令を受けて騎士達が連れ去っていった。乱暴はしないで欲しいと頼んだけれど、どうなるか。一応、私も王家のお客さん扱いだし、変なことにならないといいなぁ。


「リュスティーナ殿?」


 ぼんやりと考え事をしていたのに気が付かれたのか、熊獣人のエッカルトさんに声をかけられた。


「大丈夫ですよ。イングリッド嬢は赤鱗の血統では無いとは言え、旧家の出です。そしてここの巫女でもある。何も心配されることはない」


「あ、そうなんですね」


「はい。ですので気になさらず。それどころか、勝ち気な方なので不快な思いをさせて申し訳ない」


 すまなそうな顔をしたエッカルトさんは大きな体を縮め謝罪してきた。この場にいる騎士団員はエッカルトさん以外は狼獣人だ。筋肉質であることに代わりはないが、体格には大きな差があった。


 ジルさんも含めて狼獣人は、細身のしなやかな筋肉が全身を覆っている。対して熊獣人のエッカルトさんは、脂肪と筋肉の黄金比率、俗に言う筋肉ダルマというやつだ。


 ピン君が一番小柄で筋肉の感じられない体型。次はゴンド&ガンバの鼬&狐の獣人。オスクロは厚み的には一番薄いけれど力強さを内封した肉食系獣人。ここからは肉ダルマ系統で、猪のワットさん、熊獣人のエッカルトさん、宮廷料理長のマギラスさんと続く。おじいさんとおじさんの境目にいるマギラスさんは筋肉と言うよりは贅肉のビール腹だけどね。


「リュスティーナ殿?」


 思えば種族の特徴が出るんだなぁとまた現実逃避していたら、不思議そうにエッカルトさんに呼ばれてしまった。苦笑をして覚悟を決め、目の前の大作を眺めた。


 1枚目は天空に輝く人影から放たれた光が、地面を蠢く魔物を薙ぎ払っている。重く暗い空と輝く人影の対比が美しい宗教画だ。


 2枚目は絵画左に怪我をした倒れ伏す多種多様の獣人。中央に祈るように手を組んだドレスの姿の輝く人影。顔は見えないが口元はぼんやりと微笑んでいる様にも見える。右側には元気になって喜び、一部は膝をつく獣人達。老若男女様々な人々が涙を流し、喜びを爆発させていた。


 そして最後、3枚目。幼さを残した少年が空に浮かぶ輝く人影に跪いている。恐らく人影から少年に向け渡されたであろう紅に輝く丸い物が人影と少年の間、絵画の中央に描かれていた。これが恐らく赤鱗だろう。立った耳と尻尾のある少年の側には熊と虎耳を持つ兵士が立っている。


 ――――あー……、うん。この風景、心当りあるよ。認める。美化200%だけど、確かに身に覚えがある。


 そう言えばジルさんに初めて出会った時にも、狼少年の面影があるって思ったんだっけ。


 食い入る様に3枚目の絵画を見詰めていたら、部下の人達に指示を出し終わったのかフォルクマーさんが躊躇いがちに話しかけてきた。


「リュスティーナ様、ご感想はいかがですか?」


「見事な宗教画ですね。あの輝いている人が神子姫様ですか?」


「はい。お姿は誰も知らぬ救い主様。慈悲深き救世主。主神メントレ様より遣わせれた我らが神」


「顔も知らないって、なら何で神子姫……女の子だって思ったんでしょうね」


 コレがあのときの私なら、三十路も半ば過ぎた死人のおばちゃんだったんだけどなぁ。


「愚かな祖先のただひとつの功績です。あな……いえ神子姫を噛んだ狼獣人は一瞬、神の匂いを感じました。血の匂いと共に感じたのはえも言えぬ変わった薫り。その後探し回って、海近郊の種族が使う調味料に近い物と判明しました。ですがそれだけでもなく。700年経ちますが、探しても見つからぬ不思議なものだったと伝わっています。我々はその匂いを代々魂に刻み、いつの日か誓いを果たせる日まで、あの方をお待ちしていました」


 熱に浮かされた様な瞳に、情熱を込めた口調。赤鱗を祀る騎士団の団長さんはやはり熱心な神子姫の信奉者らしい。


「……神子姫様は赤鱗を使うことをご不快に思われるでしょうか」


 熱く神子姫と別れた後の狼獣人達の歴史を語っていたフォルクマー団長は、ふと深刻そうな表情に変わり私を見つめ尋ねてきた。


「またいきなりですね。私は神様じゃないし分からないですよ?」


「ですが貴女は神の慈悲を受けた獣人でも、呪いにかかっている訳でもない。神子姫様を信奉もされていない我らの国で出会った事が奇跡の様な存在です。どうか、貴女の感情でいいのです。

 たとえこの国を救うためであったとしても、赤鱗を我らが喪うことになったらお怒りになりますか? それとも致し方ないとご理解下さると思われますか?」


 何とか質問から逃れようと笑って話したのに、フォルクマー団長は諦めずに更に質問を繰り返してくる。エッカルトさんは不思議そうな顔をしているけれど、その他の狼獣人達はフォルクマー団長と同じ、思い詰めたような深刻な視線を私に向けていた。


「…………そうですねぇ。どんな状況を想定してその質問がきているか分からないので、何とも言えないのですけど。でも、もしも私がその赤鱗の持ち主で、赤鱗を使うことで私の関わりある人々が助かるならば、私は迷うことなく使うでしょう。物は使ってこそです。使われないアイテムなど、砂漠で渇く死にかけの旅人が後生大事に宝石を抱えているようなものでしょう?

 ただもしも赤鱗を使うことによって起きる良いことよりも、私がアイテムを使うことで大きな不幸が撒き散らされるなら、それで酷い目をみるのが私の大切な人達なら、私は己を責めながらも赤鱗を使わないでしょう」


「これでは答えになっていませんね」と苦笑しながら答えたら、フォルクマー団長は首を振って否定した。そのまま思考の迷宮に入り込む様に俯いてしまう。


「意思は己で決めよと言うことですか。甘えるな、覚悟を決めよと」


「は? そんな大層なモノじゃないですよ」


「王家の使者と同行してきたリュスティーナ様ならば、もう聞き及んでおられると思いますが、此度の訪問は赤鱗を供出せよとの先触れです。原始の穢れなきアイテムがこの国の呪いを中和するのにどうしても必要。故に王は近日中に、赤鱗を渡せと命じるでしょう。

 だが、赤鱗は我らのシンボル。神との契約の証。これを手放せば確実に内乱が起きるでしょう。それでも貴女様がそう仰るのであれば、我ら一同、後悔なきようによく考え行動することをお誓い申し上げます」


「大袈裟な。私は一人の部外者として話しただけです。そんなに影響されるなら、うっかり口も開けなくなる」


 一斉に頭を下げる狼獣人さん達に慌てる。なんだかフォルクマー団長は変だ。ジルさんの一件もあって私に優しいのかなぁと思っていたけれど、どうやらそれ以上に丁寧だ。まるで上位者か神にでも対応するかのような扱いに、私が元神子姫の中身だと気が付かれているのではないかと不安になった。


 ――――ジルさんには気が付かれなかったし、大丈夫のハズ何だけどな。何だろう、このイヤな予感。


 私達の間に流れる沈黙を断ち切るかのように、それまで壁際で控えていたオスクロが話しかけてきた。


「フォルクマー団長、申し訳ないがそろそろ。ティナ、王家の使者は昼前にはこの地を立つ。俺達も同行しなくてはならない。そろそろお暇するぞ」


「もうそんな時間? フォルクマー団長様、エッカルト様、それと狼獣人の皆様、人間である私に絵画を見せていただきありがとうございました。とても迫力があって考えさせられる物でした」


「リュスティーナ様、王都にお戻りになるときには我ら騎士団から護衛を出します。後数日こちらに滞在しては頂けませんか?」


 私が帰ると聞いて、フォルクマー団長は引き留めてきた。もう少し滞在してくれれば、赤鱗を直接見る機会も作れるという提案に少し心は動いたけれど、今の私は仕事中だ。


「お申し出はありがたいと思いますが、サユースさんの護衛としてこの地に滞在させて頂いているので帰らないと。気晴らしも含めて昔の仲間、大切な保護者みたいな友達がどうしているのか、どうしても気になって無理を言って出てきたんです。

 だから帰りますね」


 頭を下げて感謝を伝え、オスクロと共に神殿を出る。私達の前後をまた狼獣人達が囲み誘導する。絵画を見ている間誰も部屋に入って来なかったが、外に出て納得してしまった。入り口を武装を整えた騎士達が守る様に封鎖していた。


「なんか悪いことしちゃったね。ここまでしないと私が神殿に入れないなら、別に無理しなくて良かったのに」


「そのような哀しいことを仰らないでください。またいつでもご来訪ください。いつ如何なる時でも、心よりお待ちしております」


 そんな心の籠った丁寧すぎる挨拶と拝礼に送られて、神殿を後にする。私たちが絵画見物をしている間に馬の世話をしに行っていたピン君達は元より、隊列を組み神殿のお偉方だと思われる神官と談笑していた、王家の使者達もその赤鱗騎士団の対応をみて、何事かと目を剥いていた。


「何か凄い注目されてるし。早く後ろに行って、大人しくしていよう」


 人間である私の匂い消す為のマントを深く被って周囲からの視線を避け、一路王都へ向けて馬を歩かせ始めた。







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