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13.箸休めー色々な思惑ー

 〇ケミスの町、冒険者ギルドにて



「お帰りなさいませ、マスター・クレフ」


 通いなれたギルドの入り口をくぐり、挨拶をうける。


「今戻ったのじゃ。しかし、儂はもう、マスターではない。マスター・ジュエリー、いつも言うとるじゃろ」


「マスターはマスターですわ」


 お互いに茶目っ気を滲ませて挨拶を返す。

 ここまでのやり取りは、この10年毎度のことだ。初めてあったときは気が強いだけの少女だったが今ではすっかり、妖艶な美女だ。


 後ろからぞろぞろと入ってきたメンバーを確認して疑問の声を上げる。久しぶりに驚いた顔を見た。


「クレフ殿?依頼は近隣の町で終わらせるハズでは??なぜ、全員が揃っているので?しかも、"女神の慈悲"のメンバーが拘束されていますが、何かございましたか?」


 拘束され、囲まれているギル達を確認して疑問を投げ掛ける。声を荒げないのは、クレフへの信頼が為す技か。


「うん、気に沿わない依頼じゃったが、そなたの顔をたてて参加したがのぅ。やはり少々トラブったわ。ここではなんじゃ、執務室(うえ)を使わせてもらいたい。

 それと、査問官も呼んでおくれ」


 有無を言わせず歩き出す。ケビン達を一瞥すると、ギル達に武器を突き付けクレフの後を追った。

 慌てたように査問官を呼ぶように指示を出すと、ケミスの町を仕切るギルドマスター・ジュエリーも後を追った。


 **


「任務妨害に、民間人への暴行未遂、パーティーメンバーの故意の殺害疑惑、違法薬物を使っての魔物煽動…ですか。それは、あまりに」


 クレフに自分の席を譲り、立ったまま説明を聞いたジュエリーは信じられないと言うように、首を降る。


「任務は何とか成功したがの。森は荒れておってヘル・ハウンドの群れにオルトロスと連戦を余儀なくされたわ。そこの馬鹿どものお陰での」


 隅の床に座らせられ、下を向くギル達を視線で示し憎々しげに伝えた。相変わらず武器を突き付けられている。


「よくぞ、ご無事で。流石、マスター…」


「ふん、運が良かっただけじゃ。いや、ティナのお陰じゃな。でかい借りを作ってしもうたわ」


「ティナ…ですか。民間人の、少女だと言うことですが…」


 そこに扉の外から査問官が到着した旨の報告が入った。

 査問官が中に入り、中央にギル達を集め猿轡のみを外す。

 口を開こうとしたギルに対して、ジュエリーは警告をする。


「質問にのみ答えなさい。それ以外に口を開くことは禁止します。

 正直の所、わたくし自身は、マスター・クレフの証言だけで貴方達の罪を断罪してもよいと考えています。

 今回の対応は、Cランクパーティーに対する慈悲です。

 ギルドの査問官に嘘は通じない。看破系技能も、神託系技能も持っている、ベテランを呼びました。

 覚悟を決めなさい。

 嘘も、誤魔化しも、罪の擦り付けも、貴方達の為になりません」


 どこまでも冷たい声音のままそう宣言すると、始めるように指示を出した。


 半刻後


「まさか、キャサリンとギル以外、全員が被害者で、そして、奴隷に落ちていたなんて…なんて事、恥を知りなさい!」


 査問官の尋問が終わり、重い空気が流れる中でジュエリーの怒声が響く。ギルは諦めたのか虚ろに宙を見上げ、キャサリンは溢れる憎しみを瞳に乗せて全てを睨み付けていた。マリアは恥じ入る様に顔を赤らめて下を向いている。


「ティナにやろうとしたのが、はじめてではなかったのか。しかも、それを、同意の上だと思わせる技能(スキル)に、思考誘導を可能とする毒の使い手か…厄介な」


 執務室に入ってから一言も口を開かなかったマイケルが呟いた。


「ええ、厄介過ぎるわね。さて、罪状も明らかになったことだし、どうしようかしら?……どのような、処断をお望みですか?マスター・クレフ」


 肘を机につき、組んだ手を顎に当てたまま黙考するクレフに声をかける。


「ジュエリー、そなたがここの主じゃて、そなたの思うままにするがよい。じゃが、もし被害者として意見を言わせて貰えるならば、許せることではないのぅ。こやつらは、仲間を売らぬと言う、冒険者としての最低のルールに抵触した。これが同じ冒険者かと思うと、悔しくてならぬわ」


 怒りのボルテージを下げるように、一呼吸おく。


「ギルのスキルは奴隷紋で封印の上、重犯罪奴隷としてどこぞのダンジョンで働いてもらおうかの。うまくすれば、数年は生き残れるじゃろ。

 キャサリンはその知識を封印し、同じく重犯罪奴隷じゃな。職場は儂にはわからぬ故、商人に事情を伝え、相応しい扱いを求めるのみじゃ。まぁ、愉快なことにはなるまい。

 あとは、マリアじゃが、同情できる所も多いが初期からこの二人に協力してきたとのこと。お咎めなしとはゆかんからの、犯罪奴隷としてしばらく働いてもらおうか。魔法に長けたものじゃ、ギルドお抱えとしても良いと思うぞ?

 まぁ、そんなところかのぅ」


「かしこまりました。ではそのように。女神の慈悲が拠点としていた町には、こちらから詳細を伝えておきます」


 迷うことなく断罪するクレフに、優雅に一礼して承諾するとジュエリーは書面を作り始めた。重犯罪奴隷に刑期はない。生涯を奴隷として過ごすこととなる。


「そんなっ!どうか、慈悲を。我らのメンバーは死にましたが、その他に死者は出ておりません!……ぐっ!!」


 血相を変えて慈悲を乞うギルをロジャーが無言で殴り付け黙らせる。


「ちくしょう!うまくやってたんだ!!あの小娘のせいで台無しだ!いつか、てめぇらも、小娘もみんな殺してやるっ」


「嬢ちゃん、口には気を付けな。お前はもう奴隷なんだ。無駄口を叩くようなら、ちぃっと、イタイ目を見ることになる」


 ナイフを抜いた盗賊のジョンがキャサリンを脅す。

 ジョンの本気を感じ取ったのかしぶしぶキャサリンは口を閉じた。


「すまんがのう、スカル・マッシャー。すこし下でそやつらと待っていてくれぬか?儂はもう少し、ジュエリーと話す事がある」


 頷きジュエリーを残し全員が外に出ると、クレフは立ち上がり応接セットへと移動した。二人は向かい合って座り、視線を合わせる。


「まさかあれほどお怒りとは思いませんでしたわ」


 柔らかく笑みながらジュエリーが口火を切る。


「ふん、儂だとて許せぬことはある。それよりもじゃ、先程話にでたティナの事じゃ。これから話すことは口外無用。よいな」


「畏まりました」


「ティナは正確には民間人ではない。自由人"テリオ族"じゃ。しかも、ポーション作成技能を持ち、魔法を扱う。未成年、おそらく12~13歳の、の。のう、誰かを思い出さぬか?」


 しばらく記憶を探るような目をして固まったジュエリーはしばらくして目を見開いて呟いた。


「まさか、聖女…」


 その声にクレフは頷く。


「そうじゃ、"狂愛"と"血塗れ"が姿を隠して15年。年は合う。世間知らずと言うてもよい社会性に潤沢な知識、底知れぬ豊富な魔力、アンバランスな存在じゃ。おそらくレベルもかなりのものであろう。可能性は高い」


「では…」


「うむ、当時儂はあの二人を守りきれんかった。

 万一、あの二人の子供でないとしても、ティナ自身にも借りが出来たしのぅ。儂はティナに加勢する。

 デュシスの町で冒険者登録をし、技能を使うとなれば、厄介事も多かろう。なぁに、老いぼれたとは言え、元はギルド本部のマスターじゃったからのう、成人するまでの後見くらいは出来よう。お主も一応、知りおいてくれ。

 老い先短いこの身に良い張り合いが出来たわ」


 その日から生き生きとクレフはギルドに入り浸ることとなる。


**************************




 〇デュシスの町の酒場にて



『カンパーイ』


 冒険者酒場に声が響く。


「しっかし、オレたちが世話役ねぇ。ヤキが回ったもんだぜ!」


 ぬるいエールを片手に盗賊のジョンが笑い声を上げる。それに、残りの四人も爆笑しながら同意した。


「よりにもよって、ケビンのこの見た目だぜ?普通の駆け出しなら怖がって近づいてすら来ねぇよ。それをなぁ」


「あぁ、ティナは笑顔のまま、挨拶をして近づいた。しかも、俺達全員に囲まれても怯える風もない」


「宵闇に浮かび上がる白い肌、星を含んだかと思う艶やかな黒髪に、七色の光彩が散った美しい瞳。はじめて見たときには、魔族か魔物が冒険者(われわれ)を化かしにきたのかと思いましたよ」


 夢見るように出会いを描写するマイケルに冷やかしの声が上がる。


「だまらっしゃい。俺以外も全員言葉を失っていたでしょう。あの、女喰いのギルだって見とれて声も出なかった」


「あれは危なかったな。とっさにクレフ殿が自分の所で休むように話したから事なきを得たが、あのまま(ギル)に渡していたら今頃どうなっていたか」


 ジョッキに残ったエールを飲み干し、ケビンは思い出すように言った。


「あん、リーダー、どーにもならなかったと思うぜ?そもそも出し抜かれて、お嬢ちゃんに助けられただろ。寝起きの腹に、連打で入った解毒剤の打撃、なかなかのもんだったぜ」


 全くだ。というようにロジャーは頷き、女将に空になったジョッキを掲げることで、追加を注文する。


「ロジャー…、喋れや。お嬢ちゃんもお前と1つ屋根の下で困ってたんじゃねぇのかよ。しっかし、あのクレフ殿がなぁ……」


「ああ、ジョン、眠れるキマイラ、ギルドの裏マスターとも呼ばれるクレフ殿がな、あれほど怒るとは…。しかも、ティナへのあの入れ込みよう。俺達は運がいいのか、悪いのか」


「カイン、確かに市場でのクレフ殿は恐ろしかったですね。あの奴隷商も驚いたことでしょう」


「あれは本気で攻撃する所だった」


 ぼそりと、追加のエールを口に運びつつロジャーが呟く。

 あのときの事を思いだし、暗くなるテーブルをウエイトレスが怪訝そうに見ながら通りすぎた。


「なにはともあれ、俺たちスカル・マッシャーがティナの世話役だ。クレフ殿の被後見人に何かをやる冒険者(バカ)はいないと思うが、目を配っておこう」


「くく、それだってよ、箔付けの名義貸しみたいなもんだろ。冒ギルの裏マスターが後見人、ここのギルドが後ろ楯の子供に手を出すやつなんかいるのかよ。精々人の良いティナが利用されねぇ様に、知恵を付けてやる程度だろ」


「なにはともあれ、今回は大変な依頼でした。今日は飲みましょう!」


 冒険者達の夜はまだまだ長い。



**************************


 〇ある商人の自宅にて


「旦那様、お帰りなさいませ」


 訓練の行き届いた老執事が今日も完璧なタイミング、完璧な礼儀で上着を受けとる。いつもは満足感とともに、慰めともなるその眺めも今は何処か空しいものだった。


「旦那様??」


 普段は一礼して無言で去る執事が伺いをたてる。


「今日は少々疲れた。書斎に酒を準備してくれ。妻には言うな」


 一瞬肩を揺らし動揺を押し隠すと、一礼して下がった。


「旦那様、こちらを」


 高級品である氷を惜しげもなく使ったロックの蒸留酒を差し出す。


「ああ、ありがとう。……私も年をとったものだ」


 一口酒を含みしみじみと言う。特に相づちを打つわけでもなくただ控える執事に話す。


「今日、久しぶりにクレフ殿が来店された。犯罪奴隷とテリオ族の少女、そして護衛を連れてな。犯罪奴隷は元Cランクだ。大きな利益になる」


「それは、おめでとうございます。しかし、テリオでございますか。それはまた珍しい」


「ああ、凄かったぞ。あれほどの一族の特徴を表す人物を見たのは久しぶりだ」


 さようでございますか。と静かに相槌を打ちながら、減っていたグラスに酒を継ぎ足す。主の様子から、本題はまだだと察した為だ。


「また逆鱗に触れてしまった…」


 しばらくたち、ポツリと漏らす。


「あれほどお怒りになったクレフ殿は……。正直、覚悟をしたぞ。まだあれほどの牙をお持ちとは……」


「ですが、今もこうしておられます。クレフ様も本気ではなかったのではございませんか?」


「お前はあの顔を見ておらんから言えるのだ!!思い出しても震えが来る」


 そう言う主の持つ酒は波だっている。激高したまま、立ち上がり、そして力尽きたように椅子に再度沈み込む。手に持った酒が零れ、その袖口を濡らしたのにも気がついていない。


「同行していたテリオの少女が宥めてくれたのだ。その場はそれでしのげたが、後で再度訪ねておいでになった。……ジュエリー殿とご一緒にな」


「なんと…」


「あの少女はギルド預りとのこと。決して手を出すなと、釘を刺されてしまった。闇での売買も許さぬと、手を出せば我らが相手だとな。恐ろしかった、十六年前(あのとき)の再来のようでな。」


「異端落ち事件でございますね。あのときは本当に恐ろしゅうございました。ですが、あの件で(わたくし)は旦那様の目に止まりこの地位を頂いたのです」


 少し落ち着いた風で周りを見渡す主を見て、静かに笑む。


「旦那様は常々、死線を越えてこその利益と申されておいででしょう。今の地位も異端落ち事件をうまく乗り切ってこそのもの」


「うむ、その通りだ。この家も、地位もその時にうまく波に乗ったからからこそのもの。…お前にはいつも助けられるな」


「勿体ないお言葉でございます」


「ふふ、さぁ、そろそろ妻の所に戻る」


 いつもの調子を取り戻し部屋を出る主の背中に無言で一礼し片付け始める。


 長く仕えていればこそ、嵐の時を予感していた。



****************************





 〇ある2通の手紙


 目の前に有り難くもない2通の厄介事がある。

 男は、西日に照らされたそれを何度目になるか、また読み返す。


 一通は走り書きに近い。

『儂はこの手紙と共に訪ねる少女の味方につく。知りおけ、小僧』


 昔世話になった恩人(クソジジイ)からの手紙。


 もう一通は過去の亡霊。一年前にも騒ぎをおこし、もう二度と現れてくれるなと釘を刺した、仲間達からのもの。


『すまん。預けたものを渡してくれ。あとは自力で何とかするだろう。オレと彼女の子供だ』


『こんなに早く手紙を書くことになるとは思わなかったわ。

 預けたバックを渡してね。後はあの子が切り開くわ。迷惑をかけてごめんなさい』


 非常に素っ気ない文面が、無性にあいつららしいと笑いが込み上げてくる。


「バカどもがっ、何もせずに放置するはずがないだろう。最期まで自分勝手なヤツラだ。それでオレたちがどれほど……」


 後に残るは声を殺した嗚咽のみ。



****************************


 〇ある管理者の世界




「ククク…面白い、ユリ、いやリュスティーナか、あいつは本当に期待を裏切らないな」


 燦々と降り注ぐ太陽の日差し、石造りの部屋に毛足の長い絨毯を敷き詰め、黒い革張りのソファーに足を組んで座っている男がいる。


 その前には、リクルートスーツをきた体長50センチ程の妖精がふわふわと浮かんで、共に大画面のテレビを見ていた。


「管理者様、なんだか怒涛の展開、しかも、会う人間のほとんどがユリさんのご両親の関係者とは、少々出来すぎかと思われます」


 不満げな顔のまま、妖精は身ぶり手振りを加えて不服を表現している。


「なんだ、ハロ。俺が何かやっているとでも言う気か?別に何もしてはいないぞ。

 ユリが手に入れた"幸運"の作用だろう。事実、あの世界で自由を求めるなら、後ろ楯は必須だ」


「それですっ!なぜ、あの世界なのですか?!

 あの世界は不安定で、残虐。管理者様の介入が必要と判断されたのではなかったのですか?!」


「おう、よく知っているな、そうだ。あの世界には調整が必要だ。それも早急にな」


「なら、なぜ!

 ユリさんに施した訓練はあくまでも能力のみ。倫理観や思考には手を入れていません。ほんの少し、身を守る際の攻撃性は付け加えましたが、それだけです。危険ではないのですか?」


「危険だぞ。普通にな」


「ではっ!?」


「本人は承諾の上だ。全てを開示した訳ではないから、詐欺だと言われればそれまでだがな。

 その上であいつは運命や思考、職業に制限がかからないならと俺と契約した。

 だから、俺は何も制限しない。求めもしない。ただこうして結果を待つだけだ」


 ぐうの音も出ない被創造物(ハロ)に旅立った魂が"ちょいワルおやじ"と評した笑みを向ける。


「まぁ、せっかくの旅人(おきゃくじん)だ。これぐらいは許されるだろう?」


 手の中にあるのは一機の紙飛行機。先日飛ばしたものより、工夫が凝らされている。次はこれを飛ばしてやろうと、手ずから折ったものだ。


「ーッ!!神の紙飛行機とでも言うつもりですかっ!!」


 穏やかな静寂が支配するはずの楽園に不釣り合いな怒声と、どこまでも朗らかな笑い声が響いた。





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[一言] 神業?紙業?
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