146.まぁ、問題はない
「しかし意外だった。お前のことだから制止を振り切ってでも会うのかと思っていた」
マントを深く被り、ぶらぶらと馬をひいて町を歩いていたらオスクロに尋ねられた。呪いの影響を見つけようと周囲を見回していた視線を戻す。
「ん? いや、ジルさんの今後の人生? 狼生? に迷惑になるようなことはしないよ。あの可愛い人と上手くいってくれるといいね。いつか子供が生まれたら是非抱っこさせて欲しいけど」
「おい。子供を抱いて拐う気か?」
「まさか、是非一度抱かせて欲しいってだけ。きっと毛も柔らかくて気持ちいいんだろうなぁ。髪に顔を擦り付けたい。耳を甘噛みしたい。肉球あるなら口に含みたい」
「…………、ティナお前、思考が犯罪者臭いぞ。まぁ、だが俺たちに肉球はないから無理か。獣相化しなければ、肉球も牙も爪もない。変な期待はするな。あと親の許可なく勝手に抱きつくなよ? 変質者として追いたくはない」
「オスクロってそんな警察官みたいなこともするの?」
「……警察官? なんだそれは、警吏のことか? それならお前限定でなってやるよ。もし子供の誘拐が出たら、一番にお前を疑おうか。特に毛並みの良い子供に注意だな。耳と尾は幼い頃からそのままだからな。ニンゲンは毛皮が好きだし要注意だ」
にやりと笑いながら、オスクロは私の背を軽く押した。冗談を言い合う仲になった覚えはないから、これはオスクロなりの慰めだろうか? まったく、分かりにくい事をしてくれる。
そんな無駄話をしながらの観察だったが、見える範囲で呪いの影響は確認できなかった。日も傾いてきたからと、オスクロに促されて神殿に向かった。
「どういうことだ?」
神殿の入り口にオスクロの声が響く。前には小さくなったワットさん達がいた。まぁ、こうなるんじゃないかなぁと内心不安には思っていたけれど、案の定私の宿泊に関して神殿側が難色を示してきたらしい。
オスクロは問題なく泊まれて、ワットさん達は廊下に雑魚寝。ランダル君と私は宿泊拒否。部屋がないから、庭先で勝手に休めと言われたらしい。
王家の使者と一緒に来なければ、そもそも神殿の門を潜らせないと通りすがりの平神官に呟かれる。
「……まぁ、問題ないよ。それでその庭に案内してくれる?」
憤慨して抗議してくるというオスクロを適当に宥めて、使っていいと許可が出ている庭に向かう。道行く神官達の視線が何処までも冷たい。
「ここです」
「な!? ティナ、待っていろ。神殿側に話してくる。もしもこの対応が変わらないなら、外に宿を取ればいい」
案内された庭は中央に淀んだ池がある小さなものだった。手入れもされておらず、草木が生い茂り地面も濡れ所々に水溜まりがあった。羽虫が飛ぶその庭をみてオスクロが顔色を変え踵を返そうとする。
「あぁ、問題ないから。ここがいいかな?」
そう言いながら比較的足場の良い一角に立つ。隠すのも面倒になって目の前でアイテムボッスクを開いて、隠れ家を設置するためのアーティファクトを取り出した。
「おい」
「まぁ、見ててよ。……これをこうしてっと」
わざとブツブツ言いつつ、アイテムを地面に刺した。そのままカスタマイズをしつつ魔力を注ぎ込む。
目の前に外灯をつけた門が表れた。これも暇潰しに読んでいたマニュアルで見つけた機能だ。門を作れば下り階段は無くてもいい。扉に手を伸ばし押し開きながら、後ろにいたオスクロ達を振り返った。
「ほら、これで宿泊には問題ないよ。ニンゲンの私が宿を探すのもコトでしょ? ランダル君も泊まるといいよ。オスクロ達はどうする? ワットさんやピン君も廊下に雑魚寝よりも快適だと思うからよかったらどうぞ」
隠れ家の中に全員を招き入れながら尋ねた。目の前に現れた室内の作りに全員絶句している。
「これは……」
「前に立て籠った……」
「そう。私の住み家。客間を5つ作ったから良かったら泊まって。奥にはお風呂もある。馬の移動で土埃が凄いだろうからみんな夕飯の前にひとっ風呂浴びてね」
リビングを通り越し入ってきたのとは逆の扉に向かう。今まではジルさん達が寝泊まりしていた寝室と客間が連なっていたが、全て地下二階に移動した。そして同じ位置に客間を5つ作ったのだ。ついでに尋問室や安置所、その他諸々の今日お客さんを泊めるのに不要な施設は全て地下二階に移動済みだ。
お陰で一階部分はすっきりとした。見える範囲に全てあるから説明がしやすい。
「ここがお風呂ね。男湯と女湯に別れてるから間違わないように。隣接してる洗濯スペースは好きに使って」
開いた口が塞がらないままのお客さん達に、お風呂場の使い方を説明する。ついでに洗濯機の説明もしたら、オスクロに頭を抱えられた。
「あの……ティナ様はどちらでお休みに? お部屋が無いようですが」
おずおずと聞いてきたランダル君に、廊下の突き当たりを指差した。
「あそこの下り階段の下に部屋があるの。ただ私のプライベートスペースだから入らないでね。さて、でどうすんのさ」
泊まるのか泊まらないのかと、神殿で休めるメンバーに問いかけた。少し揉めたが結局、全員ここに泊まる事となった。
入り口すぐのリビングに戻り、部屋割りを決める男衆を見守る。
「おい、ティナ。食事はどうする? 買ってくるか?」
「素材はあるから、簡単なものでいいなら作るよ」
「そんな! ティナさんに作っていただく訳にはいきません。良ければ僕が作ります」
「ああ、野戦料理になるが俺達も料理は出来る。場所を貸して貰えれば作るぞ」
「ん? キッチンに他人をいれる気はないかな。まぁ、たまには手料理もいいでしょ。……変な物は入れないから安心して」
最後はゴンド&ガンバの問題児への牽制だ。おっさんだけど彼らに突き付けられた虫ご飯は忘れない。
両手を上に上げて降参を伝える二人に苦笑を向ける。一度お風呂解散となって、私も自室に戻った。
「ただいま、ダビデ。今日は少し騒がしいけど許してね」
そんな風に部屋の中央に声をかけて、隅に荷物を置いた。サッとお風呂に入って土埃を落としたら、ご飯を作らなくては。肉食を好む人達だから、メインは肉で決まりだろう。ついでにポテトサラダでも作って、野菜スープもつけようか。
そんな事を考えながら風呂場に向かった。
「……ナさん!! ティナさぁん!!」
主寝室にある簡易キッチンで料理をしていたら、上から私を呼ぶ声がした。大体出来てるし、後は盛り付けるだけになった料理を一時中断して上に向かう。
階段の上ではピン君が顔を覗かせていた。
「どうかした?」
「ティナさんに来客なのですが、押しても引いても扉が開かないんです!」
あー……ごめん。ここそう言えば私の許可がないと入れない仕様だった。すっかり忘れていたそれを思い出して、頭を掻きながら出入り口へと向かった。
「ティナ、来たか」
扉の前に陣取っていたオスクロが私の顔を見て安堵の表情を浮かべた。
「ごめん、扉が開かない仕様なの忘れてた。どちら様が来たの?」
「フォルクマー殿とその副官殿だ。我々の現状を知り、対応に来られたらしい。開けてくれ」
身体を退かすオスクロに頷き扉を開いた。前に王様と一緒に会った黒狼の騎士団長さんと、熊の副官さんが立っていた。
「すまない、入っても良いだろうか?」
問いかけてくる団長さんに頷き道を開ける。内装に驚く団長さん達にソファーを勧めた。
「?!!」
二人は座った途端に驚いた様に立ち上がる。そしてクッションを確認する動作をした後に、また恐る恐る座り直した。そんな二人にオスクロはここではこれが普通だと頭痛を堪える顔で話している。
獣人率が高くなった為か、ランダル君は出来るだけ離れた部屋の片隅でいつの間にか土下座していた。
「……まずは神殿の無礼な対応を詫びさせて欲しい」
深く頭を下げる黒狼の団長さんの垂れた耳を凝視する。その私の視線に気がついたオスクロが咳払いをしつつ、会話の主導権を握った。突っつきたいのを我慢しているのを気取られたかな?
「それで神殿には」
「リュスティーナ殿はこの国を救いにきて下さった方々の一人だ。そう説得したのだか……。もし良ければ、隣接する騎士団で休んでいただこうと思ってきたが、どうやらこちらの方が設備はよさそうだな」
ソファーのスプリングを確かめながらそう話す黒狼さんに笑いかける。
「ええ、何の不自由もしてませんからご心配なく。今から夕飯の予定だったんです。団長さん……っと、フォルクマー様達も良ければご一緒にいかがですか?」
一頻り遠慮する団長さんだったが、熊の副官さんが快諾してくれた為に食事を共にすることになった。よく考えれば王家の使者と一緒に来た同行者に対する謝罪の意味もあったのだろう。それと、もし後々何か今回の対応が問題になったときに、私がきちんと扱われていたと反論する為の材料にするのかな。そんな事をぼんやりと考えながら、出来た食事を上に運ぶ。階段から上に運んでしまえば、ランダル君やピン達も手伝ってくれたから思ったより楽が出来た。
「では頂きましょうか? 口に合わなければ残してくださいね」
それぞれに祈りを唱えて食事に手をつけた。私たちが準備をしている間に団長さん達も騎士団への連絡を済ませたらしい。詰め襟の制服を崩してリラックスムードだ。
オスクロとフォルクマー、それと熊の副官さん、エッカルトさんと言うそうだ。その三人が中心になって会話が進む。
最初は同席を嫌がったランダル君は、目立たないように小さくなって食事をしていた。
「!! これは!!!!?」
和やかに食事が進んでいたのに、スープを一口飲んだ団長さんの驚きの声で雰囲気が変わってしまった。
「え? あ、ごめんなさい。口に合いませんでしたか?
私の故郷の調味料を隠し味に入れたスープです。ジルさんには美味しいって言って貰えたから大丈夫だと思ったんですけど! 残してください!! すぐに水かお茶をお持ちします」
震える手でスープ皿を持ち上げた団長さんに慌てて謝った。味が足らない気がして出汁の元を少しだけ入れたんだけど失敗した。エッカルトさんは警戒しながら少量を口に含んでいる。
「団長? 何もおかしな味は感じませんが」
こちらは毒でも警戒したのか、低い声で問いかけていた。
「いや、エッカルト、そういう意味じゃないんだ。失礼な事を口にするな。
申し訳ありません。酷く懐かしい香りの為、動揺致しました」
深く頭を下げた団長さんは、更に震えが大きくなった指でスプーンを握りもう一口スープを啜った。一度蒼白になった顔色は、興奮を表す様に桜色になり最後には土気色になった。えーっと、スープに体調に合わないものでも入ってたのかな? そう言えばアレルギーを確認していなかったと、今更ながらに失策に気がついた。
「あの! 無理して飲まなくても!!
と言うか、顔色を土気色にしてまで食べなくていいですから!!」
あんまりな団長さんの反応に、周囲も何事かと見つめている。私の制止で止まらなかった団長さんは、スープを飲みきり立ち上がった。
そのまま私の席の横に片膝をついて座る。慌てて席を立とうとしたけれど、押し止められてしまった。
「フォルクマー殿!?」
「団長!?」
いきなり跪いた団長さんに周りが驚きの声を上げた。
「明日はどうなさるのですか?」
周囲の反応は完全無視でフォルクマーさんが私に問いかけた。
「えーっと、神殿の壁画を見学させて貰おうと話してはいたんですけど、無理そうなら町を歩こうかなって。ねえ、オスクロ? そうだったよね。それよりもフォルクマー様、立ってください。いきなり何なんですか。何で座ってるんですか」
立ってくれと手を差しのべても首を振り拒絶した団長さんに、自分の事はフォルクマーと呼び捨てにし、敬語も使わないで欲しいと頼まれる。私に向かってそう話した団長さんをみた周りは驚きに目を見開いていた。特に熊の副官さんは驚きすぎて制止するように手を宙に上げたまま固まった。
固まる周囲の反応をまるっと無視した団長さんは、オスクロに明日の予定を確認しているようだ。神子姫の降臨を描いた壁画を見学したいと話すオスクロに、明日自分が案内すると請け負っている。
えーっと、何? 何なの?
ジルさんもご飯を食べたらいきなりデレたけど、狼人族は餌付けされたら跪かなきゃならないって決まりでもあるの!?
種族としてそれでいいの? 騙されないか、それ!!
大混乱中の私をそっちのけで明日の予定は決まったらしい。私に向き直った団長さんは、深々と頭を下げた。それこそ地面に頭が触れるんじゃないかってくらい下げている。気になって見た尻尾はピンと天井を指していた。
「……リュスティーナ様、ではまた明日お目にかかるのを楽しみにしております」
退出の挨拶をして去っていく団長さんを副官さんが慌てて追っていった。
「何だったの……」
「ティナ、お前何をした? フォルクマー殿のスープにだけ何か入れたか?」
疑いの目を向けられて慌てて首を振る。
「確かに作ったのは私だけど、鍋はそこにあるし、盛ったのはピン君だよ。フォルクマーさんのだけに何かするなんて無理だから」
「なら何故、誇り高い狼獣人、それも赤鱗の直系が膝を屈した?」
「知らないってば!!」
まだ疑問符を頭に浮かべたオスクロに今度は私が悲鳴混じりの声を上げる。
その後、食事を再開して話し合ったけれど、団長さんの豹変について結論は出なかった。諦めた私たちはそれぞれの部屋に戻り、朝を迎える事になる。
ちなみに、朝あまりに寝心地がいいベッドだったため、寝坊が続出して大変だったとだけ話しておこう。私はダビデと寝たからいつも通りだったけどさ。
お客様に快適に過ごして貰えた様で良かったよ。




