145.突撃! ジルさん家
王家が赤鱗の神殿に人を遣わすとの事で、それに同行して赤鱗の町に来た。サユースさんに職務怠慢と怒られるかなと思いながら許可を得るために訪ねた所、拍子抜けするほど簡単にOKが貰えた。王城に戻ったら外がどんな風だったか報告する約束だから、視察込みで許可が出たのかなと思って時間の許す限りあちこち回る予定だ。
「オスクロ、とりあえず着いたらジルさん家に行くの? それとも神殿見物を先にするの」
フードを被り顔を隠したまま馬に乗り、行列の最後尾につく。外に出ると言うことで難色を示されたが、ランダル君も連れてきた。ピン君達四人にオスクロが私たちが乗った馬を隠すように周囲を取り巻いている。
私とランダル君は二人乗り、残りは一人一頭馬を借りられた。
「そうだな。王妃様からジルベルトの母親宛の書簡を預かってきている。最初にジルベルトの家に向かおう。さすがにまだ騎士団に復帰はしていないだろうから、問題なく会えるだろう」
「全員で行くのか?」
「いや、行くのは俺とティナだけで十分だろう。残りはこのまま使節団に同行し、赤鱗の神殿に入ってくれ。今日はそこで一泊することとなる」
「ランダルはどうする?」
「……赤鱗へ。大丈夫だ、赤鱗の騎士団も神殿も無体なことはしないだろう」
怯えて私の服を掴む力が強くなっているランダル君を宥めるようにオスクロは話す。奴隷達への扱いに警戒する私はあの日以来、出来る限りランダル君から目を離さないようにしていた。その他の奴隷さん達は、クルバさんの頑張りに期待するしかないのが悔しいけれど、国家間紛争に手は出せないのだから仕方ない。
今も私が操る馬の後ろにランダル君を乗せて、のんびりと歩かせていた。体重的な問題でも、私とランダル君の組み合わせがお馬さんに一番負担にならないっていうものある。
「本当に?」
「ああ、大丈夫だ。少なくとも暴行を加えるようなことはしないだろう」
渋る私に我々も見ているからと猪獣人のワットさんの説得もあり、ジルさん家へは私とオクスロだけが行くことなった。
赤鱗神殿の領地に向かう道は、巡礼路にもなっている話通り、整備された街道で両脇に畑が広がっている。時々畑の中から弱い魔物が現れたけれど、使節団付きの騎士達が瞬殺したから私の出番は皆無だった。
「さて、我々はこっちだ。ワット、後は任せる。神殿へ着いたら、宿泊の手配も頼む」
山を切り開いて作ったと思われる城壁都市についた。王家の紋章を示す使節団と一緒だったから、何の問題もなく入れた。ランダル君をピン君の後ろへと乗せ直したオスクロは、私を連れて横路に入る。使節団はこのまま大通りを練り歩き、高い位置にある立派な建物を目指すらしい。
使節団に同行して神殿に入ってしまえば、外に出るのは難しくなる。最初にジルさん家に向かう事にした。
横路を進み山の手に向かう。途中オスクロに聞いた話では、狼獣人達の集落は神殿の東に位置している。ジルさんは直系ではないがかなり本家に近い血筋らしく、神殿の近い場所に家があるそうだ。
道の両脇には商店が広がっている。金の縁取りのある赤い丸模様の旗があちこちに飾られていた。同じ模様の布が、お土産屋さんでも売られている。
「あれは赤鱗証だ。この地の旗であり、神殿のシンボルでもある。話の種に買うか?」
「いらないよ。ただ少し懐かしいなと思ってね」
その私の反応に怪訝そうな顔をしたオスクロに苦笑を向ける。生なりに近い白地に金の縁取りはあるとはいえ、赤い丸。まん丸じゃなくて、楕円というか、花びら型だから正確には違うのだけれど、慣れ親しんだ形だ。昔は気にしたこともなかったけれど、少し感傷が沸き起こる。死が身近にはない平和な世界が無性に懐かしかった。私は疲れているのかもしれない。
「ほら、こっちだ」
オスクロに案内されるまま馬を引き道を歩く。程なくジルさん家について、用件を告げると居間に通された。
「オスクロ大尉、ご無沙汰しております。そしてそちらは……」
入ってきた獣人のご婦人がオスクロに挨拶し私に視線を転じた。王城から出るときに着用者の匂いを誤魔化す能力があるマントを渡された。室内に入っても深く被ったままだったが、ようやくオスクロの許可が出て、マントのフードを外した。
「人間?」
「はじめまして。ジルベルトさんのお母様ですか? 私はリュスティーナと申します」
「リュスティーナ……では夫が話していた」
警戒の視線を向けるジルさんの母親に、笑顔を向けた。
「はい。ご子息にお世話になった人間です。オスクロ隊長にご無理をお願いして来てしまいました。突然の訪問をお許しください。それでジルさんは……」
「ジルベルトに会わせることは出来ません」
きっぱりと否定されて驚いたけれど、よくよく考えれば当たり前かな。私は敵対種族だしねぇ。逆に私をここに連れてきたオスクロが慌てている。
「お待ちを。こちらに王妃様からの書簡もあります。ジルベルトとここにいるティナは友好的な関係を構築していた。友人がどうしているか気になり、ここまで訪ねてきたのです。どうか面会をお許し頂きたい」
「そちらのお嬢様と、うちの愚息が親しくさせて頂いた事は夫からも聞いています。ですが息子はこの短期間で種族進化を果たしていました。いったいどれ程大変な戦闘を繰り返したのか。それに今、息子が人間と会うことがプラスに働くとは思えません。どうかお引き取りを」
深々と頭を下げられて、帰るように促された。
「ならせめて手紙を。もしくはオスクロ隊長に伝言を頼む事は出来ませんか?」
それも人間との関係を騎士団と神殿に調査されている最中のジルさんの為にならないと、お母さんに断られてしまった。
追われるように下男に見送られて門の外に出る。
「まさか会えないとは思わなかった。すまない」
「ん、問題ないよ。少なくともお母さんはジルさんを大事にしてくれてるって分かったから」
「このまま赤鱗に行くのか?」
「まさか。遠目に一目だけでも見てから行く」
その私の回答に驚いた顔をしたオスクロを連れて、壁伝いに門の死角になる場所まで誘導した。もちろんこっそりマップ機能を使って人の動きも観察している。無詠唱で飛行と姿隠しの魔法を使い、ジルさん家の中へ戻る。
マップの表示を見る限り、ジルさんは家の裏手にいるみたいだ。動きもないし、誰が近くに見張りにたっていることもない。
オスクロに進む方向を指差して、さっさと足を早めた。塀を乗り越えた時には動揺していたオスクロだけれど、私が動き始めた事で諦めたのか、足音もたてずに着いてきていた。その身のこなしは流石は特殊部隊の隊長と言えるもので、隙がなくしなやかだ。
庭先を突っ切り、屋敷の裏手に回る。窓の小さい倉のような建物が並ぶ場所に行き着いた。
ジルさんは木製の倉が建ち並ぶ中で唯一石壁の奥にいるらしい。屋敷から人がジルさんのいる場所に向かっていることに気がつき、別の建物に隠れて見守った。
布の覆いをかけたお盆を持った姿勢の綺麗なお嬢さんが歩いてきている。ピコピコと動く耳と尻尾は黒い犬耳だった。
「あれはイングリッド嬢だな」
私の耳元でオスクロが囁いた。空気の流れを操って音も匂いも漏れないようにしているはずだが、イングリッドと呼ばれた黒狼獣人のお嬢さんは耳をぴくりと震わせている。
不味いかもと身を固くする私たちだったが、どうやら気のせいと判断したらしく、ジルさんがいるはずの建物の前まで進んだ。お盆を横に置き、鍵を取り出し開ける。その後にノックをしてしばらく待つと、ジルさんが現れた。
ジルさんが鍵付きの建物に幽閉されていることに気がついた私が飛び出そうとした所で、後ろからオスクロに羽交い締めにされた。
「落ち着け。ジルの顔を見ろ」
そう言われてジルさんの顔を観察した。穏やかに微笑みながらイングリッドさんからお盆を受け取っている。そのまま招くような仕草をして、イングリッドさんと二人、奥へ消えていった。
「穏やかだったね。あの黒狼のお嬢さんはどういう子なんだろう。ジルさんと仲良さそうだったけど」
「イングリッド嬢はジルベルトの許嫁だ。アイツが捕らわれたと聞いても、もう戻らないから他の誰かに嫁に行けと言われても頑として拒否し続けていた。絶対にジルベルトは戻ると言ってな。ずっと待っていたんだ。喜びもひとしおだろう」
「でもなんで、ジルさんは閉じ込められてるの?」
「本来ならば拘束施設に行くべき所を、自宅療養を許された。だが外聞も考えて、ジルが自分から閉じ籠っていると思った方がいいんだろうな」
「なら私が無理に会うのも無粋かな。疑われている最たる原因だし。きちんとお別れが言えなかったのは残念だけど帰ろう。オスクロ、神殿に向かおっか」
「やれやれ、いきなり魔法を使ってここに忍び込んだ時には驚いたぞ。運のいいことに誰にも出会わなかったから良いもののどうする気だったんだ」
肩の荷が降りたと言わんばかりのオスクロに苦笑を向けて、一番近い道に向かって馬を歩かせた。




