143.庭園での出会い
オスクロに案内されて細い道を何度も曲がり、階段を登った先に庭園はあった。どうやら私やランダル君が他の人に会わないように、裏道を歩いてきたのだろう。誰ともすれ違わなかった。ここから自力で帰れと言われても、部屋に辿り着ける気がしない。まぁ、スキルを使えば何処でも行けるけど、王宮はダンジョンじゃないしなぁ。
王城でも比較的深部にあると言う空中庭園は、会議で疲れた高官や城に勤める女官、王族等の憩いの場所らしい。遠くにチラホラと人影は見えるが、私達に気が付くと、そそくさと小道に入り消えていく。
「ほら、こっちだ」
オスクロはそんな周りの反応を気にした風もなく、遠くに見える温室の方向へ案内してくれる。
「綺麗だね」
萎縮して小さくなっているランダル君に話しかけた。空中庭園は二つの建物を繋ぐ回廊の役割も加味されているようで、美しくも実用的に作られている。
花壇には赤やオレンジ、黄色を中心とした鮮やかな色彩の花が植えられ、樹木の濃い緑と美しい対比を描いていた。
「はい。確かにキレイです」
オロオロと落ち着かなげに視線をさ迷わせていたランダル君は、私に話しかけられて弾かれたように答えた。
「ほら、ここだ。中は年中暖かいから、南方でしか見られない植物も多い。休憩するためのスペースもあるから寛げるだろう。好きに見て回るといい」
私たちを温室に案内したオスクロは役目は終わったと言わんばかりに後ろに下がった。ランダル君にどこに行きたいか聞こうと思ったけれど、彼もまた伏し目がちに後ろに控えている。仕方がないから、そぞろ歩きを楽しむ事にした。
「へぇ……綺麗だね」
原色系の鮮やかな花々が多い中で、唯一と言っても良い、薄いピンクから中心になるにしたがい白に変わる小薔薇のような花を見つけて声を上げる。
「ああ、それがフィーネだ。我らの国花」
「私はこの花好きだよ。でも何だかこんなに原色系の華やかな花が多いのに、清楚と言えば聞こえいいけど、地味なフィーネが国花って少し違和感があるかも。ずっとこの花が国の花なの?」
香り高く咲き誇っているフィーネに近づきつつ、オスクロに尋ねた。
「ええ、この花はこの国が建国された当時から、国花に指定されています。本来この花が咲くのは、神々の慈悲と呼ばれる建造物の周囲のみ。それも夏の一時だけです」
女の人の声で答えられて、ビックリしてフィーネから視線を外し振り向いた。フィーネに続く小道の一つから、細身の貴婦人が歩いてきている。その後ろには数人の侍女が控えているから、かなり高貴な立場なのだろう。
近づいてきた貴婦人は青白い顔をしていた。頭部にある虎耳も心なしか毛づやが悪い。
「はじめまして。貴女が噂のお客様かしら」
体調が悪そうなのにも関わらず、穏やかに慈悲深く微笑んだ虎耳の貴婦人は私を見て問いかけてきた。
「はじめてお目にかかります。噂がどのようなものかは存じませんが、呪い師サユース殿の護衛でしたら私で間違いありません」
貴族に対する一礼をしつつ丁寧に答える。気がつけばオスクロは膝をつき、ランダル君に至っては遠く離れた場所で土下座している。
「やはりそうでしたか。では、夫が話していたのはやはり貴女なのですね。少しお話をしませんか?」
そう誘われて、フィーネの花の近くにあるベンチに誘われた。お付きの侍女達が手早くお茶の仕度を調える。
「私の名前はフィーネ。お名前を伺っても良いかしら」
場所が調った事を確認した虎耳の貴婦人は、私に話しかけてきた。肉食系の獣人なのに、迫力はあまり感じない。それどころか弱々しいようにも感じる。
「私はティナ……。失礼しました、リュスティーナと申します」
いつもの癖で略名を名乗ろうとしたら、近くに立って控えているオスクロに咳払いをされてしまった。慌てて本名を名乗る。
「そうなのですね。ではリュスティーナ様、ジルベルトを無事に帰還させて下さったこと、感謝しております」
「ジルさん?」
「ええ、ジルベルト、ジルは次の世代の赤鱗を担う一翼と見込まれていました。あの子が囚われたと聞き、夫や友人達も悲しんでいましたの」
貴婦人は微笑み、ほんの少し頭を下げた。その仕草にあちこちから、息を飲む音がする。
「ジルベルトと現・赤鱗騎士団の団長をしているフォルクマーの母親達は、私がまだ幼い頃、侍女として仕えてくれていたのです。でも年が近かった為に友人として付き合っていました。ですから、二人の哀しみ様に心を痛めていたの。これでひとつ憂いが晴れました。本当にありがとう」
紅茶をどうぞと進められて、口をつける。飲み慣れていたものよりも酸味は強いけれど、温室の甘い薫りとの調和は取れていて美味しい。
「えーっと……」
何を話していいのか、何者なのか分からずに話の継ぎ穂を見つけられない。
「最近、夫の話はサユース様か貴女のことばかり。もう少しで中和剤が出来るから頑張るようにと言われております」
「中和剤? なら……」
「ええ、私も呪いに掛かってしまって。先日倒れてしまったわ。息子の事が心に引っ掛かっていたせいでしょうね。ワハシュの烈女と言われた私が恥ずかしいことです」
秘密を打ち明ける様に貴婦人は前屈みになって笑いかけてきた。しっかし、ワハシュの烈女かい。どんな人に捧げられる二つ名だよ。
「貴女が素材を受取りに助勢して下さっている事も存じております。それに、滞在初日で私共の国民が行った無礼な行いも報告を受けています。公式に謝罪する場を設けようと思いましたが、それも叶わず。今回オスクロ大尉にお願いし、ようやく会うことが出来ました」
スッと美しく立ち上がった貴婦人は、膝を軽く折り頭を下げる。さっきよりも大きな悲鳴が周囲のメンバーから漏れた。
「公式に招いたお客様に対し、不快な思いをさせてしまったこと、この場を借りまして謝罪致します。このような事がないよう強く指導致しましたが、不快な目に会ってはいませんか? また若い姫君に何かあったらと思うと、心が痛みます」
「王妃様!」
悲しげに話す貴婦人に、堪えきれなくなったお付きの侍女が声をあげた。その年嵩の侍女に苦笑を向けて王妃様は姿勢を元に戻した。
「おうひさま?」
何となく予感はしていたけれど、それでも驚いて気がついた時には口から疑問が漏れていた。
「気になさらないで。今の私は呪いに打ち勝てず、家内の制御も出来ぬ愚かな婦人です。それでも息子が助かる希望を下さった貴女達の来訪を心より喜んでいます。
夫は赤鱗の神器をも使用すると考え始めているけれど、それは避けてほしいのです。もしも赤鱗を使うとするなら、我ら王家の存続を掛けねばならぬでしょう。
それを避けるためなら、助力は惜しみません。何かあったら教えて下さい」
そう虎の王妃様、フィーネ様は話すと、侍女達に連れられて温室を去っていった。残された私たちは、改めてお茶セットを使い、新しい紅茶を入れる。今度はオスクロとランダル君の席も作った。
「オスクロ、説明して」
今回の王妃様との邂逅の実行犯である、オスクロを見詰めながら説明を求める。
「ジルの母親と王妃様は年は離れているが親友だ。故に会わせるようにと前々から命じられていた。誤魔化してはいたが昨日お倒れになったことで、これ以上長引かせる事は出来ないと判断し今日こちらへとお出まし願った」
「なんで私には何も言わなかったのよ」
「言ったら逃げただろう?」
「……否定はしないけど」
「だからだ。王妃様も陛下も今は難しいお立場だ。呪いの解呪しかり、ゲリエとの戦争しかりな。特に中和剤に赤鱗を使うとなれば、いくら国を救うためと言えども民からの反発も大きいだろう」
「さっきから出てる赤鱗って何なの? 神器って……。自分達が助かることより優先されるアイテムって何??」
「赤鱗はこの国が建国されるきっかけになった神器だ。それを守り奉っているのがジルベルト達赤鱗騎士団だな。下賜されたのがジルベルトの遠い祖先の為、狼獣人が代々団長を勤めている。赤鱗は俺も実物を目にしたことはないが、二つとない原始の清らかなるアイテムという話だ。
ジルの所に行くことがあれば、ついでに騎士団付の神殿に行って見てくればいい。高名な画家の作品でその時の光景が描かれている」
どうせなら王宮へ許可を取り、近々案内しようと話すオスクロに二つ返事で頷いた。是非ともジルさんの近状は知りたい。ついでに神を祀る騎士団見物もさせてもらおうっと。




