139.小さな嫌がらせ
想像してみて欲しい。
王城で出てきたご飯の蓋を取ったら、黒い雪崩が起きた所を。
叫び声を上げる表情を浮かべたまま、固まった私を。
狐と鼬のおっさん達が、ニヤニヤ笑いながら他の蓋がされたままのご飯の覆いを開けた所を。
予想に違わず、それぞれの蓋から、食べ物ではないと私の本能が訴えるモノが現れた衝撃を。
素早く獣相化した狐と鼬のおっさんが素手で掴み上げて、ソレをひょいと口に放り込んだ衝撃を。
諸々合わせて限界を迎えた私が、細く甲高い悲鳴を上げて、魔力を暴走させても、仕方ないと思う。
「ティナさん、落ち着いて!!」
ピン君が爆風で逆立ったままの毛並みのまま、ソファーに半分隠れたまま私に向かって叫んでいる。その横には猪のおっちゃんがいる。こちらは爆風でもびくともしなかったのか、特に変わりはなかった。
「嬢ちゃん、落ち着け。これはただの珍味だぞ~」
同じくテーブルをバリケード状にして防御した陰から覗く、狐さんは、ウネウネと蠢く白い丸々としたソレを口に運び食い千切った。
「な、ななな! 嫌! こっちに向けないで!!」
私に向かって差し出された皿には、丸々と太った白い芋虫が山となっている。下からはキッシュが覗いているから、付け合わせかトッピングのつもりなのか?!
「ほれ、旨いぞ?」
テーブルのもう一方の端から顔をのぞかけた鼬さんの手には、緑色の細い生き物がいる。しっぽと手足は黒い大きいイモリっぽい生き物だ。
鼬さんの手から逃げようと身を捩らせているが、がっしりと捕まって逃げられそうにもない。暴れるそのままに、鼬さんは尻尾を食い千切り、足を指で毟る。
そのまま、まだピクピクと痙攣する後ろ足を私に差し出した。
「ほれ。食わず嫌いはいけないからな。試しに食べてみろ」
狐も鼬も私の反応を楽しんでいるみたいで、にやついたまま虫と爬虫類を私に向けて差し出してくる。
「ゴンドさん、ガンバさん、刺激しないで下さい!!」
更に顔をひきつらせた私に危機感を感じたのか、ピン君が狐と鼬のおっさんに向けて叫び声を上げた。猪のおっちゃんは埒があかないと判断したのか、室外に走り去っていった。
「いやぁ、そんな事を言ってもな?」
「ああ、これはマギラス殿が作った食事だろう? 残すと不味い」
「確かにそうかもしれませんが、ティナさんの嗜好に合わない食事なら、無理強いする訳にはいかないでしょう!」
制止する声を聞くことなく、鼬と狐のおっさんはテーブルの陰から出て来て、皿を私に突きつけた。
「ほれ、嬢ちゃん。食べてみれば、案外旨いかもしれない。口開けろ。放り込んでやるから」
つまみ上げられたソレは、拘束を外そうと左右に身体を捩っている。
「!!」
ブンブンを首を振り、両手で口を押さえる。それでも突きつけられるソレに耐えきれず、もう一度魔力の制御を失った。
私の体から溢れ出た魔力は、私が拒絶する全てを弾き飛ばし、部屋を破壊する。そのまま、一撃目でダメージが入っていた扉と窓を完全に破壊した。
奥に繋がる扉も壊れて、ベッドルームが見えた。走って逃げ込みつつ、アイテムボックスから隠れ家を出して、床に設置する。そのまま足を止めるとこなく逃げ込んだ。
拒絶する私の意思そのままに、誰も入れない様で入り口を叩く音がする。私を呼ぶピン君の声と、やり過ぎたと謝る狐と鼬の声もするけれど、出ていく気にならなくて耳を塞いだ。
王城の一部屋を破壊したのだから当然だけれど、周囲に人が集まってきている。喧騒の中、さっき出ていったオスクロが戻ってきたようだ。息を切らせているのか、呼び掛ける声も途切れている。
「ティナ! 何事だ!! 出てこい!!」
「イヤ!」
「落ち着け。何があったのか知らんが、とにかく出てこい」
「嫌!!」
押し問答をしている間にもギャラリーはどんどん増えている様だった。だが、喧騒が大きくなる一方だった外が、水を打ったように静まり返る。
「客人が立て籠ったと言うのは、ここか?」
ドスの効いた声だけが聞こえてくる。静まり返った外が気になり扉に近づいた所で、大きく扉が軋んだ。
「客人、俺の料理の何処が気に食わんのか知らんが、良い度胸だな? 出てこい、文句があるなら、聞いてやる」
「マギラス殿、落ち着いて下さい!」
ピン君と猪のおっちゃんが必死に宥める声がするけれど、定期的に隠れ家の入り口が揺れている。外では何が起きているのだろう。あと、おっちゃんは人を呼びにいってたんだね。
「虫は嫌! 爬虫類の踊り食いなんて出来ないから!!」
そう必死に叫んだら、ピタリと静かになった。
「客人よ、今、何と言った?」
最初からドスが効いていた声が更に恐ろしいトーンに変わった。外からか細い悲鳴も聞こえる。
「生きていても死んでいても、虫を食べる風習は私にはない。生きたイモリを食いちぎるのは、私には無理」
「それが、ティナに出された食事の内容か。それに怯えて立て籠ったのか?」
「そう。一皿はムカデっぽい足の多い虫が団子になっていた。カメムシっぽい極彩色の虫がトッピングされていて、蓋を開けた途端に部屋中に飛び広がった。キッシュの皿には、カブトムシの幼虫みたいな白い芋虫が沢山いて、ソースがかかった生きたイモリ擬きの爬虫類がメインだったよ」
恐る恐ると言う風にオスクロが尋ねてきたから、さっき出された食事の内容を伝えた。盛大なため息が聞こえる。小さな声でなんてことだと嘆息する声もする。
「獣人の人たちからしたら、豪華な珍味尽しかもしれないけど、私は無理だから。喰えないから。嫌がらせにしか思えないから」
半泣きで扉越しに伝えたら、歯ぎしりの音がこっちまで聞こえてきた。
「お客人よ、俺はここの宮廷料理人のマギラスと言う。君の料理は俺が作った」
「昆虫料理は……」
「分かっている。君達人間が生食を好まないのも、昆虫を食さないのも知っている。俺は昔、人間の国で冒険者をしていたこともある。今でも友人として付きあっている他種族もいる。分かっている、大丈夫だ」
「なら、何で?!」
「とにかく出てきてくれないか? そんな食事を出してしまったのなら、顔を見て謝罪したい。頼む」
暗い声で言われて、おっかなびっくり扉を開けて外を覗いた。
目の前に白い壁があって驚く。よく見れば油などで付いたと思われる染みがあった。視線を動かせば、随分上に顔があった。白いコックさんの格好をした熊さんがいた。
「灰色熊族のマギラスだ」
「はじめまして」
既に顔と手足を獣相化済みのコックさんに頭を下げつつ挨拶する。大きな体に遮られて、視界は狭いが何とかオスクロとピン君の姿が確認できた。
「それで、食事の内容だか」
熊さんに見下ろされながら問いかけられて、さっきの話をもう一度した。オスクロが護衛達に確認をとり、間違いないとされた途端にため息をつかれた。そして私に虫を差し出した二人は、オスクロに叱られている。
「お客人よ、すまなかった。まさか俺が作ったメシにちょっかいをかける馬鹿がいるとは思わなかった」
歯ぎしりをしながら、マギラスさんはそういうとギャラリーに視線を向ける。殺気の籠った視線に怯えたのか、ギャラリーはさっと視線を反らしていた。
「そこの奴隷」
部屋の隅で小さくなっていた奴隷少年に、マギラスは声をかけた。一度大きく震え、さっき私に食事を運んできた奴隷君は深く頭を下げる。
「答えろ。俺が渡した食事にちょっかいをかけたのは、どんなヤツだった?」
恐怖で歯を打ち鳴らしつつも、奴隷君は首を力なく振っている。答える気がないと見たのか、大股で奴隷君まで近づいたマギラスは、片手で軽々と奴隷君を持ち上げた。流石、熊さん。力持ち。
「答えろ、奴隷。それとも、お前が食材になるか?」
脅されて無言のまま涙を流しブンブンと首を振る奴隷君は、重ねてオスクロからも脅されて口を開いた。
「へ、へいしのかたっです!! これを持っていけって言われて、マギラス様から渡された食事は奪われました」
どうか殺さないで下さいと哀願しつつ、奴隷君は答えた。そのまま、腰が抜けたのか這ったまま私のところまで逃げてくる。
「助けて下さい。僕は、これを持っていかなければ、なぶり殺すと言われたんです。誰に渡されたか話せば、酷い目に合わせるって。同じように奴隷になっている人間全てを責めると言われてっ! そんな事をされたら、僕は奴隷仲間に殺されます! どうか助けて下さい!!」
私の背後に回って、オスクロやマギラスの盾にしつつ、哀願される。死にたくないと泣く少年は、それでも誰も声をかけないと分かると、私に向かって更に懇願した。
「なら、せめて苦しまない様に殺して下さい!
戯れに新しい拷問法を試されるのは、お許し下さい。腰まで地面に埋めて、石を投げる的にしないで下さい。狩りの囮として、生きたまま馬に牽かれるのはイヤです。
せめて食事や睡眠を与えずに、死ぬまで重労働を行う位で、どうか許してください!!」
哀願された内容を聞いて、視線が険しくなるのを止められない。
「この国は、どんな扱いをしてるのよ」
「お前の国と大して変わらん」
「そうだなー、お嬢さんの国で俺たちがやられた事と大して変わらないよ。ゲリエと俺達の国とを比べるなら、ウチの方が随分マシさぁ」
間延びした口調で狐のゴンドがそう言う。怯えた様に奴隷君が私にまた抱きついてきた。奴隷君と接触した場所から、震えが伝わってきて痛々しい。
「……要するに、この子の口から言わなければ良いんでしょ?」
そのまま、大地に残る記憶を再生する呪文を唱えた。以前混沌都市の冒険者ギルドで使った魔法だ。
『刻の砂 流れ落ちるまま 決して戻らず
されど その心 その思いは 大地に宿る
おお 善も悪もなき ただそこにあるモノよ
我が魔力を糧に 刻の砂粒 ひと欠片 遡りたまえ』
私の呪文に反応して、風景が時を遡る。映像の世紀奴隷君が逆再生の様に部屋を出ていく後を追って、オスクロ達と一緒に外に出た。
今回はどの時点にすれば良いのか分からなかったから、逆再生パターンだ。歩く奴隷君はしばらく戻った中庭が見える廊下で、ひとつの部屋に引きずり込まれた。
オスクロとマギラスさんと視線を交わして、部屋の扉を開ける。そこには片手以上は十分にいる兵士達がいた。武器を抜き、奴隷君を脅しているようだ。
「……あいつら」
どうやらオスクロは兵士達に見覚えがあったらしく呟いた。灰色熊のコックさんも、殺気だった笑みを浮かべている。
「お客人よ、助かった。新たな食事を運ばせる。今度は手を出させん。安心して喰ってくれ」
オスクロとマギラスは頷きあって、廊下の奥に消えていった。私が破壊した部屋には戻せないと言うことで、また別の客間に案内された後に出てきたご飯は、それはそれは豪華で美味しいものだった。量は食べられなかったから、奴隷君や護衛、ただし虫を差し出した二人を除く、に半分以上食べてもらった。
そうそう、怯えまくっていた奴隷君の名前はランダル。ようやく聞くタイミングが出来て教えてもらえた。報復防止に、彼は基本的には、私の与えられた客間で寝泊まりすることになった。
ちなみに、その後、私に対する嫌がらせはなかった。灰色熊のコックさんとオスクロが何をやったのかは知らないけれど、一般兵士の皆さんは、私と視線すら合わせることを嫌がる。そこまで怯えられるのも困るなぁと思いながらも、ご飯が虫まみれになるよりはマシかと受け入れた。
時々部屋を出て散歩するくらいで、後は部屋に閉じ籠って四日。その間ジルさんからの連絡はなかった。まだ忙しいのか、私の事をもう忘れられたのか。少し寂しく思いながらも、日々を過ごす。
ピン君達やランダルと雑談することもあったけれど、話が弾むことはなかった。退屈しのぎに、試しに持ち出してみたら出来た、隠れ家のマニュアルを取り出して読む。今まで知らなかった機能が随分あるようだ。
ある朝、同じく閉じ籠っていたサユースさんとお弟子さんが、外に出ると言うことで、護衛に呼ばれた。ようやく何か動きがあるらしい。
「来たね、ティナ。さあ、街に出ようか」
あちらはあちらで護衛に囲まれたまま、私たちは一団となって、城外に向けて歩き出した。




