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138.帰還者を待ち受ける運命

 全員に飲み物が行き渡った所で、オスクロが口を開いた。


「何処から話すか。リュスティーナ殿はどこまでこの国の事を知っている?」


「ジルさんの故郷で、ゲリエと喧嘩中。獣人が作る国家で最大の国。言いにくい国名の強国?」


 キーワードだけ並べたら、間違ってはいないと苦笑された。呼び方を変えて欲しいと頼む私に頷き、オスクロは頷く。


「ならこの国が、神子姫様を奉っているのも知っているか?」


「前にジルさんに少し聞いたかも。伝説になってる神の御使いさんだっけ?」


 不敬なと怒る(いたち)と狐の獣人はオスクロに睨まれて、小さくなる。他国出身の私に、この国の人々と同じ信仰を求めないでほしい。


 それに神子姫とやらは、私の黒歴史を紐解く事になりかねないから、出来たら触りたくない。と言うか、まだ私だって確定した訳じゃないし。そうだよね、こんなに神様やらなにやらが、近くに存在する世界なんだもん。私とは限らないよ。気のせいだ、そうだきっと気のせい。


 自己暗示をかけつつ続きを促せば、オスクロは苦く笑っている。


「まぁ、間違いではない。我々の国では救世主とされているから、その認識を不用意に言うなよ。特に赤鱗や神官達に聞かれれば、背教者と言われかねん。

 それでだ、現在ゲリエ軍国との戦争の理由が、神子姫様が降臨された「神々の慈悲」その所有権を争ってのものだ。故に、今回の戦いは聖戦と言われている」


「へぇ」


 どうでもよいと思っているのがバレたのか、ますます苦く笑いながら先を続ける。


「聖戦で相手に囚われそうになったら、一人でも多く敵兵を道連れにし、気高く死ね」


「は?」


「軍で一番始めに教え込まれる考え方だ」


 おーい、この国の偉い人、何考えてるのよ。訓練された兵士は貴重品でしょ? サクサク死なせてどうする。……ああ、それで獣人は生来闘えるものが多いに繋がるのか。例え消耗したとしても補充は簡単。


「だから、ピン達の様に敵国に囚われた上で、死にもせずに救出されたものに対する風当たりはキツイ」


「ティナさんの対応が、ボクらが助けられてから目にした中で、一番慈悲深いものでした。あの時はそんな事になるとは全く考えもしていなくて、申し訳ないことをしました」


 それまで大人しくしていたピン君が話に割り込んでくる。ピン君の言葉に、他の獣人達も深く頷いていた。


「ティナさんはボクらの怪我を治し、隷属魔法を弱め、敵を滅ぼし、そして逃げられる場所まで送ってくれました。それに、ゴハンを奪われて、怒り狂う狼獣人の事も諌めてくれた」


「俺が赤鱗の狼に殺されかけたのも、止めてくれたな」


 静かに口を開いた猪獣人は深く頭を下げる。


「本当に申し訳ないことをした。あの時話したことを撤回するつもりも、否定するつもりもないが、君に関してだけは認識を改めている」


「撤回するつもりも否定するつもりもないって。つまりは人間は獣人の為に存在すると?」


 あの時集団に囲まれれ口々に罵倒された事を思いだし、ついつい態度に侮蔑が表れてしまった。私の視線を浴びた猪のおっさんは気まずそうに下を向く。


「すまん、そこは譲れない。レイモンド殿にも諌められたが、どうしても同等とは思えない。……人間は(もろ)い」


「脆い?」


「さっきの子供にしろ、騎士と呼ばれる強いものも、牙も爪も持たない。身を守る毛皮も持たない。

 たかだか武器を取り上げられただけで、戦う術を失う。心が強いのかと思いきや、そんな事もない。我らの国で、奴隷として扱われれば、すぐに絶望して身体を壊す」


 事実だけを述べているのだろう、猪獣人にどう答えようかと悩む。確かに人間の皮膚よりも、獣相化した獣人の方が丈夫だろうしなぁ。頭ごなしに否定しても受け入れられないだろうし。


「うーん、その分ヒトは魔力を持つからねぇ。それに好奇心と、逆境から脱出するための手段の構築は得意なはずだよ。それが人間である特徴かな」


「ああ、確かに我々では思い付かないような事をし始めるな。発明とか奴隷どもは話していたか。牙が無ければ、石を砕いて牙の代わりにし、毛皮が無ければ、植物と泥を纏って防具とする」


 押し黙った猪獣人に変わって、オスクロが感心した様に続けた。その内容を聞いて、耳を疑う。


 武器(きば)なし、防具(けがわ)なしで、捕虜に何させてんの? イヤな予感しかしないんだけど。もし予想通りなら、それは発明というより、生き残るための涙ぐましい努力って言うんじゃないのか?


 私の表情から非難されていることに気がついたのか、慌てて話題を元に戻す。


「まぁ、そんな事は今は関係ない。どうでもいい事だ。

 銀麗鱗を得たジルベルトは王にその功績を認められたと言うことだから、心配することはない。民からも受け入れられるだろう。

 だがそれ以外の帰還兵達は、自らの潔白を証明しなくてはならない。一番手っ取り早いのは、再度の従軍だな。帰還兵のみの部隊がある。そこで潔白が証明されるまで戦い続ければ良い」


 帰還兵の運命を聞き表情を曇らせた私に、オスクロは安心させるためにジルさんは大丈夫だと念を押す。そして、続く兵士達の従軍の話で、周囲の空気が更に重くなった。


「使い潰されて、死ぬだけだろ」


 オスクロと私のやり取りを、観察していた鼬獣人が吐き捨てる。いつか何処かで聞いた単語だ。彼らの握りしめられた拳が白い。


「帰還兵で組織された部隊に配属になって、生きて故郷に帰れるヤツは、一握りだ。ほぼ全て潔白が証明される前に死ぬ」


「そうだよな~。だから俺たちは収容所に残ったんだよな。今回、悪辣娘さんの"護衛"を大過なく過ごせば、自由になれるしな~」


 間延びした口調で、狐獣人が茶々を入れた。ただしその瞳に浮かぶものは何処までも冷たい。初めて出会ったオルランドを思い出して、背筋が震えた。


 一瞬震えた私を怯えていると判断したのか、オスクロが狐さんを叱責している。私は別に狐さんに怯えたわけではない。アルオルを思い出させる狐さんの瞳に、押さえつけている感情が吹き出しそうになっただけだ。


「すまん。これでも君に対して、悪意のない人選をしたのだが、どうしてもの場合は他を探す」


「いや、平気。最初に比べれば、随分良いし」


 もう一度すまんと謝ったオスクロは、残っていたお茶を飲みきり席を立った。


「そろそろ俺は行かなくてはならない。何かあったら、連絡をよこせ。何もなくとも1日一度は顔を出す」


 後は任せたとピン君達に指示して、オスクロは部屋を出ていった。どうやら仕事があるらしい。廊下からオスクロの声がしていたから、何かさっきの奴隷君に命令でもしたのだろう。


「意外だったなぁ」


 十分にオスクロが離れるまで待って、狐さんが口を開いた。


「?」


 視線だけで疑問を投げ掛ければ、肩をすくめて苦笑する。


「いや、人間の扱いを知っても、俺たちの扱いを知っても、動揺ひとつしない。自分につけられた護衛が悪意を伝えても、それを当然のように受け止める。

 ……変なヤツだなぁ、アンタ」


 しみじみと呟く狐さんは、呆れ半分興味半分だ。


「変かな? 所変われば常識も変わる。ゲリエの国では、獣人を虐げるのが常識。この国では、人間を虐待するのが常識。ただの来訪者でしかない私が、国ひとつのあり方に関して、どうこう言うことは出来ない。

 それに貴方達は、護衛であって護衛でないでしょ?」


「何を変なことをいうなぁ。俺たちゃ、護衛だ」


 苦笑してこちらを見る鼬さんを軽く睨む。


「護衛と言う名の監視でしょ。別にどっちでも構わないけど」


 きっぱりと言い切ったら、更に驚かれてしまった。まぁ、人間の扱いなんかには、内心はモヤモヤしてるけどね。ただ今は、それを非難するだけの気力と体力がない。ジルさんももう大丈夫だろうし、本当は契約を無視して帰りたいくらいだ。


 あぁ、でも、ジルさん父と残りのジルさん家のご家族さんが、ジルさんをどう迎えたのかは気になるかも。歓迎されているならいい。でも、オスクロやピン君達の話を聞く限り、危ないかもしれない。


 勲章ひとつで全てが解決するとは思わない。


 そんな事なら最初から教えてくれていれば、対応策を考えたのに。ジルさんも水臭いんだから。


 考え事をしていたら扉から控え目なノックの音がして、怯えた少年の声がする。


 ピン君が扉を開けたら、カートに乗せられた食事らしきものが並んでいた。銀の覆いで中身は見えないけれど、大小合わせて十以上の皿がある。


「おしょっ、おしょくじっを、お、おおお、お持ちっしま、しししたっ!」


 獣人達に睨まれたせいか、盛大に噛んだ少年は勢いよく頭を下げる。


 そこに運べとテーブルの一角を示されて、おずおずと食器を並べる。音を立てないように、揺らさないように、必死に運んでいた。


 私の誘導された席に7皿、そして他の獣人達の所には二皿ずつ。私の銀覆いだけ持ち手が金の装飾があるからすぐ分かった。


「なんで私のところだけ、数が多いの?」


「王の客人と、その護衛なら食事の内容が違うのは当たり前だ」


「ほら、ティナさんが食べないと、僕らも夕飯にありつけません。普段支給される物よりも、確実に豪華ですから楽しみです」


 少し早い夕食への期待に、皆目が輝いていた。ただ運んできた奴隷君だけは、顔色真っ青で震えている。流石に不憫に思って、何もしないから落ち着いてと話しかけた。一度身体を大きく震わせた後、我が身を守るように両手で抱き締めている。


 変なのと思いながらも、覆いを外してくれるように頼む。残りのメンバーはさっさと自分で覆いを外したみたいだ。照り焼きっぽく焼かれた分厚い肉に、付け合わせのフライドポテトとハムが混ざったグリーンサラダ。少し離れた私のところにまで良い匂いが漂ってくる。


 震えるままさっぱり開けてくれない奴隷君にしびれを切らして、自分で覆いを開けようと手を伸ばした。


 蓋に手をかけた途端、内側から軽い衝撃を感じた。嫌な予感がして、蓋に手をかけたまま奴隷君を仰ぎ見る。


 私と目が合うと、瞬時にそらされてしまった。私たちの間に流れる空気を感じて、ピン君が私を見つめる。


「何かあった?」


「いや……、なんか嫌な予感が」


 ひきつった私の表情と、顔面蒼白を通り越して、土気色の奴隷君を見比べて首を傾げる。口には運ばれてきたご飯を詰め込んだままだ。


 いつのまにやら皆勝手に食べ始めてるし。さっき私が食べないと、食べられないと話してたよね?


 そんな事をしている間にも、私の手は衝撃を感じている。そして他の覆いもよく見れば、微かに動いているものもある。


 口に食べ物を運んだまま、耳だけはこちらに向けている狐と鼬の獣人は、堪えきれない愉悦で唇を震わせている。この二人は、今日の料理の中身を知っているか、予想がついているのだろう。


 ガタンと大きく蓋を揺らし、私の左側にあったひときは大きな覆いがずれた。覆いからはみ出して、毛のない細いものが左右に揺れている。唾を飲み込み、覚悟を決め、勢いをつけて覆いを外す。



 一拍置いてから、室内に私の甲高い悲鳴が響き渡った。





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