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136.このバカ息子がっ!!

 神殿間移転を終え、目を開けたらそこは、もふもふパラダイスだった。


「あー……、こりゃ酷いね」


 多種多様な獣人に目を奪われていた私の耳に、プレギエーラの祖母が呆れたように言い放つ声が響く。


「サユース殿?」


「詳しくは王に話すよ。会えるんだろうね?」


「はい、すぐにも」


 サユースの要求に、周りの獣人達が頷き、神殿の奥へと案内された。


「久しいね、陛下」


「お久しゅうございます。呪い師サユース殿」


 奥の部屋には、立派な虎耳をつけた壮年の男が、待っていた。サユースさんとは知り合いだったようで、お互いに挨拶している。一国の王に対するにはぞんざいな口調と、ただの一領主の祖母に対するものにしては丁寧な口調を誰も不思議に思っていないようだ。


 すぐにでも話を始めたい国王を制して、サユースさんは私を示した。


「……その娘が」


 チラッと私に視線を流した虎耳陛下は、固い表情のままサユースさんに確認している。


「そうさ。この子が新進気鋭のSランク冒険者、通称悪辣薬剤師の女王サマさ。この土地にも、噂くらいはもう届いているんだろう? 王の名で安全を保証したんだ。下手な事をしたら許さないよ」


 私の方をみて顔色を変えた側仕えの獣人達を見据えて、サユースさんは釘を刺した。居心地の悪さを感じながらも、虎の王様に頭を下げる。


「……よい、よく来てくれた。礼を申す。それと、我が兵への加勢、レイモンド殿やオクスロより報告を受けておる。合わせて謝意を示そう」


 軽く頭を下げる王様だったけれど、その尻尾は緊張を表すように忙しなく動いている。あー、めっちゃ警戒されてるわ。


「いえ……」


 私が話し出したら、側仕え達から殺気が飛んできた。黙っている訳にもいかないし、どうしろと言うんだろう。


「そなたがジルベルトか」


 どう答えるべきかと悩んでいたら、王様の興味はジルさんに移ったらしい。ヒタとジルさんを見つめて話している。


「はっ!」


 対するジルさんも、元騎士らしい礼儀正しさで対峙していた。こんな緊張したジルさんを見るのは初めてかもしれない。


「長く辛酸を舐めさせた。そなたに苦労は、筆舌しがたいものであったろう。よく無事に戻った」


「もったいなきお言葉です」


「別室で赤鱗の団長が、そなたの父を伴い待っている。ここに同席する必要はない。早く下がって、元気な姿を見せてやりなさい」


 わたしと話していた時とは一転して、労るような表情になった王様は、入ってきたのとは反対の扉を指差し、ジルさんに許可を出した。当然すぐ動き出すだろうと思っていたジルさんは、直立不動の姿勢になった。そのまま固い声で国王へと話し出した。


「陛下、お言葉は大変嬉しく思いますが、どうか同席を認めて頂きたく」


「何故だ?」


「そこにおりますリュスティーナには、囚われた我が身を救って貰った恩義がございます。それを返さずに、辞することは出来ません。どうか、同席をお認めください」


 深々と頭を下げて頼むジルさんにも、周囲から悪意の視線が飛ぶ。さっきまでは同情と心配の視線だったのに……このままじゃダメだ。


「陛下、どうか少しの間、発言をお許しください」


 急速に悪化するジルさんへの空気に待ったをかけるために、口を開いた。表面だけは鷹揚(おうよう)に許可を出した国王にもう一度頭を下げてからジルさんに向き直る。


「ジルさん……いえ、ジルベルト殿、今までありがとうございました。ジルベルト殿の加勢で私は生き残れました。だから、恩義を感じる必要はありません。

 ジルベルト殿はその実力で自由を勝ち取ったのです。

 誰に恥じる事がありましょう。誰に(そし)りを受けることがありましょうか。

 どうか、お元気で」


 にっこり笑って、別れを伝える。そのまま、虎の王様に向かって口を開いた。


「陛下、先程私に謝意を伝えてくださいました。その心は誠でしょうか?」


「何が言いたい?」


「どうか褒美を……ここにいるジルベルト殿へ」


「何故だ?」


「ジルベルト殿に頼まれたから、私は彼らを助けました。何も言われなければ、助けも接触もせずに去ったでしょう。ですから、仮想敵対種族である人間(わたし)に謝意を示すよりも、現実として彼らを助けたジルさんへの褒美を与えてください」


 どこか感心したような表情のまま、国王は少しの間黙考していた。そして何かを決めたのだろう、側仕えに赤鱗の騎士団長達をこの場に呼ぶように伝えた。


「ティナ」


「クレームは聞きませんよ。何なんですか、全く。これからジルさんはこの国で生きるんですから、帰った途端にこの国の人たちを敵に回してどうするんですか。

 子供じゃないんですから、もっと賢く生きてください」


 周囲に聞き咎められないように、小声でジルさんに訴えた。私を悪役にしても構わないと言うか、そもそもその覚悟でこっちは来てるんだから、あんな風に波風をたてられると困ってしまう。


 憮然とするわたし以上に、怒りを隠しきれていないジルさんは、私の肩を掴んで向き直される。


「ティナ、俺はお前を売ってまで、保身に走る気はない。

 いいな、そんな事は二度と言うな」


 声が高くなったジルさんの口を慌てて塞ぐ。


「声が高い! 誰かに聞かれたらどうするんですか」


 揉める私達の背後から咳払いが聞こえて、動きを止めて振り向いた。虎の国王陛下が何とも言えない顔でこっちを見ている。


「……いや、すまん。仲がいいのだな。少々予想外だった」


 微妙に声が震えているから、笑いたいのを堪えているのだろう。手を振って続けるようにと言う王様に、どう反応していいか分からずに二人で顔を見合わせた。


「あはは、流石、噂に聞いていた通りだ。これで分かったろう? この子は普通のゲリエの民とは違う。どちらかと言えば、何物にも囚われない、テリオの民だ。まぁ、それすらも凌駕しているらしいけどねぇ」


「その様ですな。

 では改めて、リュスティーナ……ティナと呼んで良いだろうか? ティナ、ようこそ、獣人の国へ。ジルベルトの事は心配無用だ。どうせ先程の空気を感じて、反感を覚悟での褒美の要求であろう。これからの対応を見ているがいい」


 パチンとウインクひとつを私に送った虎の国王は、先触れの声に答えて、赤鱗騎士団の人々を室内に招き入れた。


「よう来た」


「陛下もご機嫌麗しく。この度は、赤鱗の騎士が無事戻ったと聞き、参上いたしました」


 入ってきたのは若い黒狼と、壮年の灰色狼、それに黒狼の副官らしい熊のおっさんだった。黒狼はジルさんと同世代、灰色狼は顔立ちが似ているから、ジルさんのお父さんだろう。


 肉食系の虎、狼、熊の獣人達が一部屋に集まると、圧迫感がある。そして何より、既視感も感じる。何だったかな?


「……この、バカ息子がッ!!」


 物思いに耽っていたら、風を感じた後に私の後ろから肉を打つ音がした。慌てて振り向くと、灰色狼の獣人(推定ジル父)がジルさんを殴り倒した所だった。


「ゲドルト殿!」


 私と同じように慌てたオスクロが、割って入っている。


「どの面下げて帰って来た!!」


「オヤジ殿、申し訳ない」


 怒鳴り付けるおっさんに、ジルさんは反論することも抵抗することもなく謝っている。追撃とばかりに拳を振り上げた灰色狼の腕を、熊獣人が押さえた。


 何とか宥めようと奮闘する熊さんを尻目に、若い黒狼は驚く私達に説明してくれる。


「赤鱗騎士団は、虜囚の辱しめを受けることを良しとはしていません。しかもジルベルトは傍系とは言え、赤鱗の神子姫に選ばれた狼の末裔。ゲドが怒っても仕方がないのです。

 ……私個人としては、剣を抜かなかったことを誉めてやりたいと思います」


 苦笑しつつそう言うと、羽交い締めにされ、それでもまだ足で蹴ろうとしているゲドルトの方に顔を向けた。


「このッ!! 何故、先日脱出部隊と共に帰還しなかった! 大層な口を叩ったと思ったら、今度は帰還しただと?! お前の誇りは何処へ消えた。この恥さらしがっ。せめてもの情けだ。これでけじめをつけろ!!」


 そう言って、熊さんを振り払い、短剣をジルさんに向かって放った。鞘に入ったままのそれは、石の床に当たって、甲高い音を発てた。


 唇を噛み下を向くジルさんと、任せておけと話した虎の国王の顔を交互に見る。誰も動かないなら、私が動く。その意志が伝わったのか、虎の国王は片眉を上げて私を見つめている。


 ゆっくりと躊躇いがちに、短剣にジルさんの手が伸びた所で、我慢しきれずに口を開く。


「あんたに何が分かるのよ」


 いつもよりも数段低い声になったのは、ご愛嬌だ。ついでに普段は抑えに抑えている魔力の制御を止めた。


「お前はなんだ、小娘。我が家の事だ。人間が口を挟むな」


 灰色狼はゴミでも見るような目で私を見る。そして吐き捨てるように言いきった。


「口は挟ませて貰う。何故なら、つい昨日まで、ジルベルトを所有していたのは私だからね」


 私も同じく吐き捨てるように言い放つ。私の顔を驚いたように見た灰色狼は、次の瞬間、怒りに顔色を変えた。


「お前が! 息子を所有していただと?!

 実の親に向かってその言い方。覚悟は出来ているんだろうな?」


 鞘を鳴らして私を威嚇する狼に、私も負けじと睨み返す。


「覚悟? あるわけないでしょ、そんなもん。

 ジルさんに恨まれるなら、まぁ、致し方なし。殴られるくらいはする。

 でも、実の息子が苦難の末に命がけで戻ったのに、話も聞かない。出会い頭に殴る。短剣を投げ渡す。そんな責め立てる事しかしない自称父親に何かされる謂れはないね」


 フンと鼻を鳴らして、腕を組んだ。睨み会う私達を、虎の国王やサユースさんは面白そうに見ている。残りの軍人達はハラハラしているようだ。ジルさん親子の再会の時には余裕があった若い黒狼も、ピンと耳と尻尾を立てて武器に手を伸ばしている。


「お前達人間が、神子姫様の塔を奪おうと兵を向けなければ、息子が囚われることにはならなかった。こんなことには……」


 恨みで煮詰まった瞳のまま、抜刀して切りかかるジル父を殴り倒そうと拳に力を入れた時、目の前に慣れた背中が見えた。


 カウンターのモーションに入っていたから止められずそのまま背中を殴ってしまう。肩甲骨にクリーンヒットした打撃に、ジルさんの身体は一瞬大きく揺れた。

 それでも、さっき投げ渡された短剣を鞘ごと構えたジルさんは、ゲドルトの一撃を止めている。


「ジルベルト、何故庇う」


「オヤジ殿、やめてくれ。この子は、いやこの方は、俺の恩人なんだ。必ず恩を返すと決めた。どうか頼む、剣を引いてくれ」


 鋼越しに睨み合う親子はお互いに一歩も引かない。息を飲むような緊張感が、部屋を支配した。


「愚か者ども、王の御前である!! 剣を引け!!」


 虎の王様の目配せを受けた黒狼さんが、怒鳴るまでそのにらみ合いは続いた。すかさず跪くジルさん親子に、国王から声が飛ぶ。


「双方、そこまで。ゲドルト、その娘は我が名に掛けて、安全を約束した者だ。無礼は赦さん。ジルベルト、実の父に剣を向けることはまかりならん。止めよ」


 王の威厳とはこう言うことを言うんだろう。耳をへたらせたジルさん親子は口々に謝罪している。


「お客人、リュスティーナよ、怖い思いをさせて済まなかったな。償いはさせる」


「不要ですよ」


 私に対して変わって謝罪してきた王様に、簡潔に伝えた。って言うか、何の茶番だよ、これ。


「ほう? (やいば)を向けられて許すというのか?」


「まぁ、私の立場を考えれば、武器を向けられることくらいは仕方ないかなと。それよりも……」


「分かっておる」


 さっさとジルさんに褒美を寄越せと伝えるつもりが、先を制して頷かれる。


「ゲドルトよ、そちの息子に、銀麗鱗(ぎんれいりん)勲章を授ける。虜囚の身ながらも、同胞を多数助け、祖国に帰した。その誉れを称えるためだ」


「は?! え、有り難き幸せ!!」


 話しかけられた父親は吃りながらもお礼をいった。でも当の本人は驚きすぎて完全に固まっている、


「銀麗鱗は勇敢なる戦士に与えられる名誉ある勲章だ。それを受けるに値する騎士は少ない。ジルベルトよ、これからも励め」


「は……はい」


 これで良いかとイタズラな笑みを浮かべた国王陛下に、苦笑を返した。


「さて、叙勲される騎士を、敵地から戻った他の者達と同じに扱うことは出来んな。自宅療養を認める。落ち着いたら、王城へ参れ」


 後から聞いた話では、敵地で虜囚になった場合、魔法や拷問等で寝返っていることも多いらしい。敵対行動を取らない事を確認するために、一定期間は国の管理下に置かれる決まりになっているそうだ。扱いは敵国で奴隷をするよりはマシだけれど、それでもキツイものだそうだ。


 王城へ戻りサユースさんの話を聞くと言う、王様に連れられて、私は神殿を出る。オスクロが護衛に着いたけれど、どこにも赤鱗騎士団のメンバーやジルさんは居なかった。彼らは領地に帰ったらしい。


 ー……結局、きちんとお別れ言えなかったなぁ。


 そう思いながら、迎えの馬車に乗り込んだ。





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