135.ワハシュ首長国連邦……言い難っ!!
「よく来ました。リュスティーナとその一行。こちらは、友好国であるワハシュ首長国連邦の騎士であるオスクロ様です。先の勇者との会談の為にいらして頂きましたが、聞けばそこの狼獣人の知人とのこと。
ご本人の希望により。同席して頂きます。構いませんね?」
冷たい瞳のまま、ダンジョン公プレギエーラは私に確認した。口調は問いかけだけれど、これは拒否を許さないやつだ。同意しつつ周囲を確認すれば、オスクロの他にも、クレフおじいちゃんと知らない老婆がダンジョン公の側に控えていた。
「さて、先に褒賞授与を済ませてしまいましょう。
虚栄回廊の攻略、そしてこの地を脅かす脅威の排除、ご苦労でした」
実の父親を殺した事なのに、プレギエーラは躊躇うことなく言いきった。続けて、褒美の内容に移る。私の希望が通り、一人一つづつの願いが叶えられるらしい。
最初は私からと言うことで、願いを言うように促された。
「私の願いは、私の所有奴隷となってしまった人達の自由です。ダビデ……ここにいない犬妖精も含めた四人の、身分の回復をお願いします」
周囲にいる衛兵たちを含めて、低いどよめきが起きた。
「本当にそれで良いのですか?
普通の冒険者は、自分の地位や名誉、身分等を求めるものですが……」
ダンジョン公の前に並んだ書記官の一人が、正気かと問うように確認してきた。それに迷いなく頷くと、周囲のどよめきが更に大きくなった。
「分かりました。では、この場で3人の隷属魔法は解きましょう。術者をこれへ! もう一人はどこにいるのです? そこにも人を使わさねばならぬでしょう」
プレギエーラの声と同時に、魔術師が入ってきた。淡々と隷属魔法の解除の準備にはいるその人を見ていたら、ダビデについて問われる。
「ダビデは……もう一人の同居人は、先の居城前の戦闘で死にました。私はあの子と約束したのです。だから、自由にしたい。例え、死後であっても」
出来るだけ淡々と答えた。プレギエーラは一瞬驚いた様だけれど、名誉市民章をダビデに贈ると話した。犬妖精が市民と認められる際に必要となる勲章らしい。
「では、隷属魔法を解除致します。よろしいですな?」
私達が話している間に、解除の準備が整ったらしい。二メートル四方の絨毯の上に立たされたジルさんが物言いたげにこちらを見ている。
プレギエーラの命令の声と共に、絨毯に魔力が注ぎ込まれて呆気なくジルさんの隷属魔法は解除された。
それと同時に、長くジルさんの首に巻き付いていた高級愛玩奴隷の首輪も地に落ちる。
アルオルも同じように、絨毯に乗り、隷属魔法を解除された。二人は自由になった首筋を撫でている。
「これでリュスティーナの願いは叶えました。残りの三人もそれぞれ望みを言いなさい」
「俺は……」
「私は……」
「……」
皆、遠慮しているのか望みを言わずに顔を見合わせている。それに書記官が望みがないなら終わらせると、急がせ始めた。
「何を遠慮しているの? ジルさんは、獣人の国に帰るのが目標でしょ? アルオルは失った立場を名誉の回復。ならそれの役に立つ望みを話せばいいじゃありませんか。遠慮は無用ですよ」
私の気楽な口調に同席した人々の咳払いが聞こえるが、今は彼らの望みを口に出してもらう方が先だ。
「しかし……」
「……ふぅ、時間もありません。では、こう致しましょう。
元・赤鱗騎士団のジルベルト殿には、帰還の優遇を。アルフレッド様には、名誉の回復は出来かねますが、この混沌都市の貴族の地位を。
オルランドだったかしら? お前にはアルフレッド様が一家を構えるのに十分な金銭を与えましょう。ただしどのように使用するのもオルランドの自由です」
それでも話さない三人に痺れを切らしてプレギエーラはそう言いきった。
「ティナ様はそれで宜しいのですか?」
何故かアルが私の顔色を窺うよう様に問いかけてきた。それに悩むことなく頷く。
「良かったね、これで目標にひとつ近付けたかも。少なくとも私の所有奴隷してるよりかはずっといいよ」
手放して喜んだら、何故か傷付いた様に瞳を反らされた。まだ病んでるのかと思ってオルランドの方を見れば、こちらもまたビミョーな顔をしている。
「……さて、では、褒美はこれで終わります。
そしてここからは、私、ダンジョン公からのお願いです。聞いていただけますね?」
私達の間に流れるビミョーな空気を断ち切るプレギエーラの声がした。アルオルへは退室の許可が出たけれど、ここに残ることを望んだ。
「高レベル薬剤師にして、魔術師である冒険者のリュスティーナに、私ダンジョン公プレギエーラからの公式要請です。
こちらにいるオスクロ殿と同行し、通称・獣人の国、ワハシュ首長国連邦へ行って下さい。仕事の内容は我が祖母の護衛です」
クレフおじいちゃんの脇にいた高齢女性が一歩前に進み出た。
「はじめまして、お嬢さん。ウチのバカ息子が迷惑をかけたね」
「サユースおばあ様!!」
「お黙り、プレギエーラ。この子と勇者には、ウチのバカ息子とその嫁が迷惑をかけた。それを謝罪しないままではいられないよ」
ピシャリとプレギエーラを黙らせた、ショールを肩にかけたおばあちゃんは、驚く私達の方をみて更に口を開いた。
「さっき勇者にも謝って協力を求めたんだけどね、そう言うことならお嬢さんの方が適任だと言われたのさ。
ワハシュ首長国連邦……あぁ、言いにくい!! 通称で失礼するよ、オスクロ殿。獣人の国では今、ウチのバカ息子が関わったと予想される事で、大混乱なのさ。
それを呪術師である、母親の私が何とかするために、獣人の国まで行くことになった。まぁ、これでもバカ息子に呪いの手解きをしたのはこのババだ。何とかなるさ。
ただ、周りが心配してねぇ。寄る年波には敵わないと説得されて、護衛と助手を連れていくことにしたのさ」
領主一族とは思えないハスッパな口調に目を白黒させていたら、畳み込む様にそう話された。
「いや、私、呪いなんて知りませんが……」
「ああ、大丈夫さ。呪いならば私が何とかするよ。それよりも怖いのはそれ以外だった時さね。
高レベル薬剤師で魔術師のお嬢さんなら、薬を作ることも出来るだろうし、万一の時には増援を求め、移転でこっちに戻ることも出来るだろう? だから、同行して欲しいのさ」
「いえ、私は……、私の生まれを考えれば、行かない方がいいでしょう」
一応、敵国王家の血族だからね。万一同行して、ジルさんの立場が悪くなったら嫌だ。
「ティナちゃんや、ここにいる者達はティナちゃんの出自を知っておる。そして、オスクロ殿を通して、内々にじゃが、ワハシュの国王にも、庇護の約束を取り付けた。
頼むよ、獣人の国を助けておくれ」
クレフおじいちゃんからも頼まれて、驚いてしまった。
「それは、Sランクとしての命令ですか?」
「違う。ただティナちゃんが受けてくれると言うなら、ギルドを通しての正式な依頼としよう」
「……でも」
私とクレフおじいちゃんが揉めている間に、オスクロはジルさんと何かを話していたようだ。断片的に聞こえた会話で、オスクロはジルさんに「本当にいいのか」「覚悟は出来ているのか」と問いかけている。
「ジルさん?」
不穏な内容が気になって、ジルさんの顔を見上げたら、何でもないと言うように首を振られた。
「ならば我々も」
アルフレッドが当然の様に同行を求めて来たけれど、それは周囲の人々が認めなかった。確かに、つい先頃まで、敵国の公爵だったアルフレッドだ。身の安全を保証できないと言われても仕方ないだろう。
「構いません。それに、私に悪意が集中するならば、ティナ様も動きやすくなるでしょう?」
「冗談言わないで。
それと、アルフレッド様、あなた様はもう貴族にお戻りになったのです。その様な口調はお改めになってください。今までありがとうございました」
お互いの立場が逆転した事を印象付ける為に、わざと口調を変えて、貴族に対する一礼をする。そのまま静かに頭を下げ続けていたら、アルフレッドが踵を返す音がした。
ダンジョン公へと退室の挨拶をして、アルオルは去っていった。残ったメンバーに再度ワハシュ首長国連邦……言いにくい国名のジルさんの国に同行するように頼まれた。
ジルさん達の会話が気になっていたから、渋々同意する。出発は明日、神殿間移転での移動をする予定だと言われて、解散になった。
てっきりオスクロと合流すると思っていたジルさんは、私と一緒に隠れ家で過ごすと言う。先に退室したアルオルも荷物を纏めるのに、恐らく戻っているだろう。
今日の内に別れを済ませてしまうべきだなと考えて、足を早めた。
「アルフレッド様、オルランド殿、それとジルベルト様、少しいいですか?」
年長者に対する礼儀を守って話しかけたのに、全員に変な顔をされた。それでもリビングに集まってもらって、財布変わりにしていた無限バックの中から、金貨を取り出した。
三等分に分けておいた金銭を、それぞれに渡す。私の目の前には、ダビデに贈られた名誉市民章がある。
「これは?」
代表して話しかけてくるジルさんに、微笑んだ。
「約束の物。これだけしかなくてごめん。後、これも持っていって」
そう言って取り出したのは、一人1ダースの霊薬だ。市販されていないから、自分で使ってもいいし、売ってもかなりの金額になるだろう。
「こんなに頂くことは出来ません」
中身を覗いたアルフレッドが即座に袋を戻してきた。出会った頃は金銭の価値すら知らなかったのに、凄い成長だね。
「いいから、受け取ってよ。金はいくらあっても邪魔にはならないでしょ?」
「ティナの分は十分にあるのか?」
「当然。身銭切るほどお人好しじゃありません」
きっぱりと言い切ったけれど、信じてはいないようだ。まぁ、そりゃそうか。一緒にダンジョンに潜って稼いでいたから、私の収入についても知られているだろう。
押し問答の末、何とか受け取らせることに成功した。
「ティナ様、その市民章はどうなさるのですか?」
「うん? ダビデに届けなきゃね」
「出来たら、私にも別れを言わせては頂けませんか?」
アルフレッドに頼み込まれて、結局全員でダビデの所へ向かった。
地下二階。新しく出来た扉の前で足を止める。
「ここにダビデが?」
「そうだよ。この部屋の名前は安置所……。ここに安置されている限り、時から切り離されていられる。例え展開し直したとしても、消えはしない」
声も指も震えずに、扉を開けることが出来た。
この部屋から出たときそのままに、ダビデは石の台座に眠っている。透明な覆いを外し、その顔を眺めた。
「ダビデ……」
初めて見るアルオルはこの部屋の異常な空気に圧倒されているようだ。
「我が最愛の友人、ダビデ。
孤独な私に手を差し伸べてくれた優しい友よ。
遅くなってゴメン。自由を手に入れてきたよ。ようやく約束が果たせるね」
そう言いながら、名誉市民章をダビデの左胸に置く。私はこれからも別れを言うことができる。でもアルオルとジルさんは今日で最後だ。だから、ダビデの顔がよく見える場所を譲る。
「すまない、恨んでくれて構わない。聖騎士として、あのときの私の反応は許されるものではない。アルフレッド・カヴァリエーレ・レゾン・クラージュの名にかけて、いつの日か、この汚名は濯ぐ」
「色々と世話になったな。まさか、死ぬとは……。けれど、謝りはしない。俺の優先すべきはアルフレッド様の御身だ。お前のおかげでリトル・クイーンと出会えた。自由になれた。感謝はしている」
「……この地を走る風の様に。天から降る光の様に。
ティナにとって、お前は無くてはならない存在だった。
どうか、安らかに」
それぞれ思い思いの言葉をかけて、去って行くジルさんたちを見送って、私一人が残った。
「ゴメンね、ダビデ。しばらく一人にする。ジルさんが祖国に帰るんだ。でも、オスクロが変な事を言っていた。ダビデと同じくらい、いや、比べられない程、ジルさんにはお世話になってるから最後まで立ち合ってくるね。終わったら、二人で世界を見て廻ろう?」
冷たくなったダビデの鼻にキスをして、覆いを戻した。
アルオルは明日の朝イチにダンジョン公が準備した屋敷に移ることになる。今回の戦闘で混沌都市の貴族にも随分欠員が出た。だからすぐに働ける即戦力は有り難いと、出来るだけ早い時期の出仕を求められているらしい。
五人で過ごす最後の夜は、ただ静かに更けていった。




