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134.これで肩の荷がおりるよ

 気が進まないまま、隠れ家に戻った。入り口すぐの下り階段を降りる。


「ティナ!!」


 私が戻ると同時に、ジルさんに抱き締められる。無事を確かめるように、身体を確認された。


「ただいま、ジルさん。もう、心配いらないって話したじゃないですか。ずっとここにいた訳じゃないですよね?」


「無事で何よりだが、この馬鹿、非常識娘!!

 護衛を置いていくなんて、何を考えていたんだ!!」


 ひとしきり私の無事を確認して安心したジルさんは、私を怒鳴り付ける。必死に訴えるジルさんに苦笑を向けた。


「大丈夫、大したことはなかったから。勇者……ハルトに助けられたよ。それと少しみんなに話したいことがあるんだけど、夕飯の時でいいかな?

 食事はどうしようか。何か作るね」


 アルタールにうっかり殺されかけた事も、魔物の真実を知った事も話すつもりはない。ただ、彼らには喜ばしい事実だけを伝えよう。


「話?」


「うん、ようやく約束が果たせると思う。

 詳しくは後で。急いで作るから、少し待っていて下さい」


 ジルさんの胸を押し、キッチンへと向かう。

 大丈夫だと思ったんだけど、キッチンへと続く扉を開けた所で、これ以上進めなくなった。


「……ティナ?」


「ごめんなさい、何でもないの。すぐに作りますね。

 少し待っていて下さい」


 キッチンを覗いた途端に押し寄せてきたダビデとの記憶を振り払うように、後ろを向いた。今日は、私の部屋にある簡易キッチンで何か作ろう。そう思って歩き出した所で、ジルさんに腕を取られた。


「無理をするな。俺が何か作る。それともアルオルを呼んでくるか? 大丈夫だ、食事の仕度が出来たら呼ぶ」


 そう言って私をリビングに誘導しようとするジルさんに、首を振って否定した。


「今は何かをしていた方が落ち着くので……。ジルさんこそ、ずっと待っていてくれたんでしょう? 少し休んでくださいね」


 悲痛な表情のまま私を見るジルさんに、せめてもの笑顔を向ける。そのまま、自室に降りるために歩き出した。


 人の気配が全くしない廊下を歩き、地下二階に降りた。アルオルはどうしているのか、歩く間、物音ひとつしなかった。


 ダビデが眠る部屋の前を通りすぎ、自室に戻る。小さなコンロと水道位しかないけれど、今日の夕飯くらいなら、何とかなるだろう。


 メインは前に買い込んだ屋台の食事を盛り付ける事にして、付け合わせのジャガイモを茹でる。ザッと洗って手で裂いたレタスモドキとパンで作ったクルトンや半熟卵等を混ぜて、シーザードレッシングで和えた。細かく切った野菜をコンソメで煮込めば簡単夕飯が出来上がる。


 最期に、軽く魔法で作り置きのパンを炙り、バスケットに盛り付ける。……このパンも「もしも僕がはぐれてしまった時には食べてくださいね!」と尻尾を振りながらダビデが差し出してきた物だ。ダンジョンで食べる筈だったのに、こんな事になってしまった。


 知らず知らずに滲んだ視界を乱暴に手で払って、リビングに向かう。




「ティナ様」


 リビングでは私の呼び出しに応じて、全員が待っていてくれた。アルは私の顔を見た途端、深々と頭を下げて動かなくなる。


「なんだか久しぶりな気がするよ? あの時、大丈夫だったの。勝手に家に帰ってきちゃって、ごめんね」


 ダビデを連れて家に戻ってきて以来、初めて会う二人にとりあえずの謝罪を向けた。何故か私の台詞を聞いたオルランドも酢でも飲んだみたいな顔になった。


「ハニー・バニー……」


 二の句が繋げないでいる二人に、テーブルに移動しようと声を掛ける。躊躇いながらも動き出す二人に苦笑しか浮かばない。何がどうしたのやら。


「本当にどうしたの? ……あ、もしかして私がいない間、ちゃんと食べてなかったとか? 食事はキチンと各自で摂るって約束でしょ、なにやってんのよ」


「いえ、食事は頂いておりました」


「なら、なんでそんなに暗いの? 今日はね、喜んでもらえる報告があるんだ。夕飯前に発表するから少し待ってね」


 無理やり微笑みながら、ジルさんとアルオルに座って待って欲しいと伝えた。皆の間を歩き回り、食事の仕度を整えた。


 最後にいつか、ダンジョンの攻略が終わった日に、お祝いとして飲もうと話して買っていた、とっておきのお酒をあける。驚いて私を見る三人を尻目に、全員のグラスに注いで回った。


 料理は全部で五人前、グラスも5つ準備した。そしてもう座る人が居なくなった席にも、お酒を注いで自席に戻る。


 三人の問いかける眼差しに答えるように、グラスを掲げた。


「おめでとうございます。ダンジョン公からの褒美で、皆の自由を得ました。褒美の授受は、3日以内です。ようやく約束を果たせますね。これで肩の荷がおります」


 乾杯とグラスを掲げるけれど、全員呆然として反応してくれない。


「何故だ? 我々はダンジョンの攻略を済ませてはいない」


 ジルさんが代表して問いかけてきた。それに、扉を開ける報酬として求めた事を伝える。何故か、ジルさんが唇を噛み締めてしまった。アルは顔を伏せて小さくなってるし……。お見事と喜んでくれたのは、オルだけだ。そのオルも残り二人に睨まれて、肩をすくめている。


「えーっと、なんでそんなにビミョーな空気になっているの?

 喜ばしい事じゃないの。ようやく私から自由になれて、好きなように生きられるんだからさ」


「それで、ティナはどうする?」


「私? 私は私で、平和で安全に生きるよ。気にしなくても大丈夫」


「例え自由になったとしてもっ!!」

 

 今後の予定を聞かれてから答えていたら、アルの思い詰めた声が響いた。驚いてそちらを見ると、立ち上がり、拳を握りしめている。


「何をそんなに動揺しているの?

 一応、完全にダンジョン公の依頼を果たせた訳じゃないからどうなるか分からないけれど、皆の願いも叶うはずだから、これからの身の振り方は心配しないで欲しいかな。それと、今までダンジョンで稼いだ物は全て頭割りにして渡すから、しばらくの生活費にも困らないと思うよ?」


 正直に言えば私の分として、当面の生活費……金貨数枚を貰って残りは全て三人に分配する予定だ。ポーションを売った報酬もあるし、デュシスへ救援に行った報酬も、さっきギルドで押し付けられた。一人頭、金貨150枚にはなるだろう。それ以外にも、ダンジョンドロップ分は各々に渡してある。数年は遊んで暮らせる……とまではいかないけれど、十分に生活できるはずだ。その間に次を考えればいい。


「……その様な事では!!」

 

 激昂するアルに首をかしげた。何に対してそんなに動揺しているのか分からない。


「ハニー・バニーはそれでいいのかい?」


「うん。喜ばしい事だよね。ほら、せっかくのご飯が冷めちゃうから、食べようよ」


 私がそう言って食事を始めたら、残りも静かに食べ始めた。食欲は正直まったくないけれど、余計な心配させたくないから無理に咀嚼して飲み込む。でも、私以外のメンバーも食事が進まないみたいだった。誰一人として話さないリビングに、食器の当たる音だけが響いた。……まったく、何なんだ、このお通夜状態。






「あれ? アル、どうしたの?」


 沈黙が支配する気まずい食卓を終わらせて、後片付けの為に一度自室に戻った。その後、お風呂セットを抱えて、階段を上がった所で、廊下に立つアルフレッドを見つけ声をかけた。


「ティナ様……、少しお時間を頂いても構いませんか?」


「何か用事? なら下に来ればよかったのに」


「地下二階には立ち入るなとのご命令でしたので……」


 随分昔に頼んだ事を言われて、驚いた。今まで何度も無視してたのに、いきなり何を言うのか。私の心の声が聞こえたのか、「今さらですが」とアルフレッドが続けた。


「何処で話す? リビング? 内緒話なら、部屋に行こうか?」


「その様な手間をお願いできる立場ではありません。この場で話を聞いて頂けるだけで十分です」


 思い詰めた顔のアルフレッドはそう言うと、私の前に跪いた。そのまま私の顔を見つめる。


「何?」


 ビックリして問いかけても、アルフレッドは答えない。見つめあったまま、時間が過ぎる。


「……私に何か仰りたいことはないのですか?」


 ようやく話し出したと思ったら、逆に聞かれてしまった。


「何を?」


 いや、話したいと呼び止めたのはアルだよね?

 疑問が顔から出ていたのか、アルフレッドは首を振って下を向いた。


「申し訳ございません。ティナ様から言って頂こうなどと……」


「いや、だから、何を」


 口調が段々と強くなってしまった。今の私の精神状態は良好とは言えない。だからこそ、意識して明るく穏やかに話していたのに。


「……あの時の事です。ダビデを守るよう命じられたにも関わらず、私は躊躇ってしまいました。結果、守るべき対象(ダビデ)は死んだ……。

 どうかティナ様、我が君よ、この愚かな奴隷をお許し下さい」


 手をとられて、謝罪される。ダビデの名前が出たときに、私の手が震えた事を、アルは感じただろう。


「私には我が君が勝ち取られた権利で、自由になる資格などありません。どうか、リュスティーナ様、私を自由になどと、その様なお考えは改めてください」


 切々と訴えられて、怒りが沸き起こる。いつもなら制御出来るその衝動を押さえられないまま、アルフレッドから手を取り戻した。


「何をバカな事を言ってるの?! 自由に資格なんて必要ない!!

 第一……あの、時……わ、わた……わたしが、アルフレッドに……頼んだのが……そもそもの、約束違反だったんだから。……私が悪い。私の判断ミスだ」


「その様な!!」


 震える声で話せば、慌てた様にアルフレッドに否定される。


「例え奴隷でも、誇りも自尊心も失う必要はない。私は皆を奴隷だと思っていない。やりたくない事はしなくていい。

 ……そんな風に常々話してたのに、いったいどの段階から、皆の意思を無視して危険に突っ込むように命令していたかは分からない。

 ごめんなさい、謝るべきは私だ。

 貴方の意思を無視して、ダビデを守って欲しいと……守って当然だといつの頃からか、思っていた。貴方には自分の安全のために行動する権利がある。

 勘違いして、命令して、ごめんなさい。謝罪にもならないだろうけれど、せめて私が持つ金銭のほとんどは皆に渡すから。これで新しい生活を切り開いて欲しい。

 今はまだ無理だろうけれど、自由になって報復したいと思うなら、抵抗はしないよ。私はそれだけの事をしたんだから」


「リュスティーナ姫!」


「はは、変な呼び方しないで。

 ねえ、アルフレッド様。貴方の望みは、無念にも殺された貴方の身内達の真実を明らかにすることじゃないの? 私の奴隷のままでいて、それが出来るの?

 自由になって、何でも出来るの立場になって、それで、本来の目的の為に動き出せばいい」


「リュスティーナ姫、我が身が側に控えては、不快ですか? お邪魔でしょうか」


「意味分からないこと言わないでよ。私はただの、平民の冒険者に過ぎないから、アルフレッド様の目的の役にはたてない。

 でも、もしも私の希望が叶うなら…………」


「叶うなら?」


「自分を責めないで、幸せになってね」


 泣き笑いの顔をアルフレッドに見られるのは恥ずかしいけれど、なんだか自分を責めているようだから、これだけは言わなくてはと思って話した。唇を噛み締め、拳を握りしめて下を向いてしまったアルフレッドの頭を撫でる。


 驚いた様に私を見るアルフレッドへもう一度伝えた。


「自分を責めないで。悪いのは私。

 ほら、ようやく自由になれるんだから、この後どうするのか考えていてね」


 言いたいことはそれだけだったから、お風呂に行くと話して、アルと別れ廊下の角を曲がった。

 そこに予想通りの顔を見つけて、苦笑を浮かべる。


「オルランドも、お疲れ様。大変だったよね。町にいるお仲間さんにも、自由になれることを伝えておいて欲しい。

 今まで、ありがとう。後、ほんの数日だけ、我慢して」


「リトルクイーン……いや、リュスティーナ、君は」


「おや、名前、呼んでくれるんだ。……アルが少し不安定みたいだから、あとよろしく。それと、今までの私の対応に報復したいなら抵抗はしないから、声かけてね」


 何か言いたいけれど、言葉にならないみたいなオルランドに手を振って、風呂場に逃げ込んだ。まだ近くに二人はいる。

 声が漏れない様に強くタオルを口に押し付けた。


 ー……恨んでない訳じゃない。怒ってないわけじゃない。でも、八つ当たりはしちゃいけない。


 繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせる。


 風呂を上がっても、自分の部屋で休む気にはなれず、ダビデが眠る安置所で時を過ごした。

 食事時にはジルさん達に食べさせる為に、上に上がる。そうして、終わり次第ダビデの所に戻った。


 時々物言いたげな視線は感じたけれど、ジルさんやアルオルが私に話しかけてくることはなかった。


 3日後、ダンジョン公プレギエーラからの招きを受けて、全員揃って、その居城に向かう事となった。クレフおじいちゃんからの報告で、依頼は完遂扱いになったらしい。勇者が先に呼ばれ、私たちは控えの間のひとつで静かに待っていた。


「なんでしょうか、少々、城の中が騒がしいようですね」


 遠くから聞こえる喧騒に耳を澄ませながら、アルが首をかしげた。ジルさんもまた、音のする方に耳を向けている。


「Sランク冒険者リュスティーナ一行。領主様がお会いになります。どうぞこちらへ」


 先触れの人に促されるまま、部屋の外に出た。しばらく歩いた所で、ハルトと出会う。


「よう」


「お疲れ」


「なぁ、ティナ、お前も神殿にいけよ」


 唐突にそう言われて、首を捻った。


「何で?」


「いや、ダビデの弔い? お前を待ってる人? がいるって言うか、良いことがあると言うか……。まぁ、なんだ、ともかく行け」


 ハルトの後ろにはフードで顔を隠した人影が2つ。ジルさんの鼻がピクピクと動いている。


「ジルさん、知ってる人?」


「……いや、一瞬知り合いかとは思ったが、まさかな」


「リュスティーナ一行、領主様がお待ちです。早くして頂きたい」


 まだ話したそうなハルトと別れて、重厚な扉の前に立つ。

 私たちの来訪を告げる声と同時に扉が開いた。


 明るい室内の両サイドには、ずらりと人影が立ち、奥にはダンジョン公プレギエーラが座っている。視線を下にしつつ、失礼の無いように中に進んだ。


「……? オスクロ?」


 私のすぐ後ろでジルさんが呟く。

 ダンジョン公の手前、壁際には確かに境界の森で出会い、双樹の森で別れたオスクロが不機嫌そうに立っていた。











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