132.愚かなる甘い娘よ!
死んで貰うと言って襲いかかってきた公爵にむけて、武器を構える。こいつ相手の時は魔法は使えない。いつもの戦い方を封じられたようなものだから、緊張し、唾を飲み込んだ。
管理者オススメシリーズを、長剣に変える。重装甲のまま、公爵の一撃を受け止めた。
「ほう?」
驚いたと言うように、公爵は片眉を上げた。
「魔法を封じれば、簡単に倒せるかと思ったが一筋縄ではいかんか。メントレに与えられた力に胡座をかくだけの、小娘ではないと言うことだな。……面白い」
ニヤリと嗤った公爵は、剣を振るう速度を上げる。
完全に人間の形をした相手と殺り合うのは、転生前の訓練以来だ。この前のヤハフェたちは、どこかここかに、人と違うところがあった。だから、迷いはしても殺せもした。公爵はその真紅の瞳と、病的に白い肌に違和感を感じるくらいで、後は「ヒト」だった。防ぎながらも、攻撃に打って出られない。
「……バカにしているのか?」
しばらく防いだ後、少し距離をとった公爵は、不快げに私に問いかける。
「なぜ?」
防戦一方だったけれど、それでも重い一撃を守り続ける間に息が切れた。言葉少なく返すのに精一杯の私を怒りが籠った視線が貫いた。
「何故、やり返して来ない?」
「あなたが『ヒト』だから」
短く返した私に、激昂した公爵から飛来した火の玉が掠める。熱さとじわじわと侵食してくる火傷の痛みに顔が歪んだ。
「愚か! お前は自分を殺そうとする相手を、人だからと手心を加えるのか?!」
「私たちの世界では、人殺しは悪いことだから……」
この期に及んでと言われるかも知れないけれど、人殺しにはなりたくない。
「平和な国からきた愚かでか弱い娘か。ならばこの世界で生きるのは辛いだろう。仲間が簡単に死ぬ世界だ。昨日親しく話した相手が、今日は敵となる。また会おうと別れた友が、死体となって転がる世界だ。
お客人よ、そんなに心優しいままならば、生き抜くことも出来まい。ここで殺してやるのも、ひとつの慈悲」
「ハッ! 何を言ってるのよ。そもそも殺す気でしょ。
……殺されるくらいなら、殺せると思ったんだけどなぁ」
公爵に向けた剣先が微妙に震えた。トリープのお父さんを、私は殺せない。
「……甘いな。お前はもう立派な人殺しだろう」
吐き捨てる様にそう言われて、肩が震える。何を言ってるんだろう。私は魔物は殺しても、人間を殺した事はないはずだ。
「魔族……否、魔物くらいはその手で始末してきているだろう?
そもそも、魔物とはなんだと思う?」
甚振る様に攻撃を飛ばしつつ、私に向かって問いかける公爵の瞳は、怒りと憎しみで煮込まれたマグマのようだ。
防戦一方で答えられない私に向かって、舌打ちしつつ先を続ける。
「魔物とは、異界の住人。魔族とはその中でも力強き者達。
この世界に囚われた時に変化し、理性を喪った哀れなる一般市民達だ。もう初期の魔物はほぼすべて狩り尽くされているが、ボスクラスは初期の市民らの生き残り。
ある日突然、この世界に喚ばれ、魔物や魔族と呼ばれ、狩り殺される哀れなる異世界人。
『ヒト』を殺せぬ弱き娘よ! そなたのヒトはこの世界の住人だけか?! そなたにとって『ヒト』とはなんだ!! 然したる覚悟もなく、この地に来たのか?!」
「そ、んな……」
魔物が元人間? それも、非戦闘員? なら、私は今まで何を殺してきたの?
「ふざけるな! そなたらにとっては、この地は二度目の地であろう。だが、我らにとっては唯一無二の世界!!
己の希望を果たすために! 己の望みを叶えるため!! 血を吐く思いで、生にかじりつき、希望にその手を伸ばす土地だ!!」
特大の闇の玉が私の身体を打つ。防御する為に、頭を抱えて丸くなったまま、私はただ耐えていた。
一頻り攻撃を放ち、公爵から荒い呼吸音が聞こえる。致命的な攻撃は防いだけれど、あちこち痛い。呻きながら顔を上げた。公爵は激情を逃すかの様に、肩で息をしていた。
「お客人よ、ではさらばだ。覚悟もなくこの地に来た己を恨め。このような絶望の地に、お前を落としたメントレを憎め。
……お前が生きていても、何も出来ることはない」
眼前に剣の鋭い輝きが迫る。それでも私は、覚悟を決められないでいた。
「ぐっ?! マリーツァか?」
うめきながら、公爵は後ろに飛び下がった。そのまま、壁の方を見ている。
「なんと言うことだ。何故……」
顔を覆った公爵は、そのまま立ち尽くしている。私も起き上がり体勢を整えた。
「……お客人よ。すまんが遊んでいる暇は無くなった。死ね!!」
それまではまだ猫がネズミをいたぶるような気配があった。無言で襲いかかってくる公爵に、余裕はない。皮膜の翼をはためかせ、立体的に攻撃を繰り出してきた。
悲鳴を押し殺して、何とか攻撃を捌き続ける。死ぬと言うことが、すぐ近くに感じられた。
「……ッ! のぉ!!」
何度目かの攻防の後に、今度は私が大きく距離を取る。
「……何故抵抗する? 大人しくしていれば苦しませはせん。
甘い娘よ、弱い客人よ。そなたがこの地に来たのは、無意味。何も出来はせん。誰も助けられはせぬ。
ならば、その命貰っても良かろう? 二人の娘と、我が支配する地の為に、その命、捧げよ!!」
「うるさいわね! 抵抗するに決まってんでしょ?!
私は、確かに守れなかった! でもどんな事をしても、残ったメンバーとの約束は守る!!
貴方はあなたの目的の為に!! 私は、自分のエゴの為に!! 例え死ぬことになっても、恨みっこ無し!!」
走って距離を詰めてくる公爵に向けて叫んだ。私の雰囲気が変わった事に気がついたのだろう。公爵の足が止まる。
「私の名は、リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル! 貴方が恨む調律神メントレより、名を贈られし転生者!
私の命を狙うのであれば、我が望みの為に、私は貴方を倒す!!
いざ、尋常に勝負!!!」
ガラじゃないのは分かっている。それでも、自分の覚悟を決めるために、ブンッと勢いよく剣を振り、公爵を指した。
私の感情に引き摺られる様に、魔力が体の外に放出される。
魔法が使えそうな手応えを感じて、試しにカマイタチ状に変化させて公爵へと打ち出す。
「ほう……。お客人よ、まさかそなた、種族進化を済ませておるのか?」
カマイタチは難なく防がれてしまった。武器を握り直した公爵は、興味深そうに私を見ている。
「種族進化? 知らないよ。でも、魔法を使えるのは好都合。
さて、第2ラウンドと行きましょう」
無詠唱で、完全治癒を自分自身にかける。私が治癒魔法を使いこなす事に、公爵は驚いているようだ。
お互いに魔法で強化し、殺し合う。足は止めない。手も止められない。迷えば即殺される。そんな攻防が続いた。
「母なる闇よ! かの娘を喰らえ!!」
「虚無塵!!」
黒い靄と虚無の蛇がお互いに喰い合う傍らで、公爵と剣を交わす。上段から振り下ろされる剣を防ぎ、トリプルスペルで、反撃した時だった。いきなり、公爵の体勢が崩れる。
「……な? ガハァ??!!」
口から血を吐き、身を二つに折る公爵は、それでも私の首を狙って、剣を振るった。
「……くっ! ハァ!!」
海老反りに仰け反り、剣を避ける。その反動を使って、公爵を切る。
避けられるか、防がれるだろうと思って放った攻撃は、公爵の胸に吸い込まれた。
「え? なんで??」
公爵の胸から生えている私の剣の柄を見ながら呟いた。
「地母神が負けたか……」
それまでの戦意を消して、公爵は静かに呟いた。
「お客人よ、娘を頼む」
そういうと、柄に添えていた私の手を上から握り、剣を振り抜いた。突然変わった雰囲気に、対応できなかった。
顔に公爵から吹き出した血がかかる。生暖かいはずの液体は、冷たく冷えきっていて、腐敗臭がした。
ドォォオオオン!!
公爵と戦っていた壁の一角が、弾け飛ぶ。土煙の中から人影が見えた。
警戒して武器を向ける私に、心当たりのある声がする。
「オイ、ババァ!! そこにいるのか?!」
「ハルト?!」
大荷物を抱えたハルトが、土煙の中から現れた。体も装備もボロボロだ。
「無事か?! 良かった。
そいつが、公爵か?」
ハルトの視線の先には、倒れ伏した公爵がいる。少しずつ身体は塵となっている。
「そうだよ。そっちは? ってなにやってんのよ?!」
私が頷くと同時に、ハルトは公爵に近づき、その首に剣を振り下ろした。無造作に掴んだ首を、持っていた大荷物の中に放り込んでいる。
「……証拠はいるだろ?」
冷たい視線は揺らがない。私よりも、よっぽど覚悟が決まっているのだろう。
「あれ……トリリン」
ハルトの背に、トリープがいることに気がついた。手を伸ばそうとしたら、身体を振って拒否される。
「何でよ。意識ないんでしょ? なら、手当てしないと」
力なく寄りかかったままのトリープを見て、ポーションを漁りはじめた。
「いらねぇよ。……わりぃ、駄目だった」
私と目を合わせないまま、ハルトはそう言うと部屋の奥に視線を送る。
「駄目?……え、あ……」
最初は何の事か分からなかったけれど、トリープを鑑定して理解した。そうか、間に合わなかったのか……。
「あそこから、外に出られそうだな」
ハルトの指し示した先には、さっきまでなかった祭壇と、そこに奉られている宝珠があった。
「ダンジョンコア……」
初めてみるコアは、禍々しいものだった。
「壊す」
「だね」
ハルトと頷きあい、ダンジョンコアへと攻撃を放つ。澄んだ高い音を響かせて、コアが壊れると同時に、私達は外へと放り出された。
「うわっ?!」
「うげっ?!」
突然無くなった足場に驚き、悲鳴を上げる。浮遊呪をかけて、落下速度を調整した。
目の前にはダンジョン公の居城がある。そうか、戻ってきたんだ。
私達……と言うか、帰還した勇者・ハルトを見て歓声をあげる人々に向かって、ゆっくりと降りる。私達の到着と合わせて、ゆっくりと居城の正門が開いた。
沢山の人影の中、ハルトに向かって数人が駆け寄ってきている。邪魔にならないように距離をとりつつ、私は控え目に立った。




