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129.混沌都市の真実

 クレフおじいちゃんと共に、ダンジョン公の謁見の間に入った。お城の中には兵士達の姿はあるが、使用人の姿は少ない。


「ようこそ、勇者・ハルト様。リュスティーナ様」


 一段高い上座に姿勢良く腰かけていた若い貴婦人が立ち上がりながら私達に挨拶をする。


「老クレフも、同行ありがとうございました。

 さて、(わたくし)はダンジョン公プレギエーラ。他人は私を闇月姫と呼びます」


 凛とした口調で話す貴婦人は、病的に白い肌、赤い唇。濡れたような薄墨色の髪だった。ゴシック様式の黒ドレスに身を包み、顔を覆う様にトーク帽から短く黒いベールが垂れている。トーク帽ってこっちでもあるんだ。日本にいた頃には、海外の葬儀の時にご婦人達が被っているベール付の帽子って認識なんだけど、こっちでは普段使いのオシャレ用なのかしら。


「勇者ハルトだ」


「Bランク冒険者のリュスティーナです」


 首から上だけをペコリと下げるハルトを確認し、私だけが仰々しいのも面倒だと思って、年長者に向ける一礼をする。


 闇月姫さんは、おそらくハルトの少し上。ハタチ前くらいかな?


「あなた方が、父、前任のダンジョン公に見こまれた不運な犠牲者であることは知っております。そして、仲間に犠牲が出ていることも、報告を受けております。

 その上で、私は現ダンジョン公として、あなた方にお願いしたいことがあります。私の望みを叶えては下さいませんか?」


 上座から降りてきて、こちらに近寄りつつ、プレギエーラは胸の前で神に祈るかのように腕を組んだ。


「我が両親はどうなろうと構いません。……妹のトリープを助けてください」


「両親はいいのかよ。第一、アンタが、味方だって保証は何処にある?」


 吐き捨てる様に話すハルトを、クレフおじいちゃんが嗜めている。それでも聞く耳を持たずにハルトは続けた。


「アンタの母親に、俺のパーティーメンバーは殺された。そこのババ……ティナだって仲間をアンタの父親に殺されている。

 これが罠じゃないと、何故言える?」


 キツイ視線を送るハルトを見て、プレギエーラとクレフおじいちゃんは元に顔を見合わせた。


「……お主、まさか知らんのか?」


「何をだよ」


「この地が混沌都市となった由縁じゃ。そして我ら冒険者ギルドがこの地から、手を引いた理由でもある」


「……楽園都市と虚栄回廊」


 さっき聞いた二つのキーワードが、無意識に口をつく。それに我が意を得たりと、クレフおじいちゃんは頷いた。


「……こちらへ。座ってご説明致しましょう。

 先代があなた達二人しか、入れない様にしたのであれば、この地の命運を背負っているのは、あなた方です」




 謁見の間に隣接された控え室に通されて、席につく。説明は血の繋がりがあるプレギエーラよりも、クレフおじいちゃんの方が適任とされた。


「さて、それで何処まで知っておるのかのぅ?」


「何も知らねぇよ。知るはずないだろ、俺らはお客人で部外者だからな」


「……初めから説明して下さい」


 怒りからか攻撃的になっているハルトと、無気力で理解を拒絶している私への説明なら、最初から聞いた方がいいだろう。


 それはクレフおじいちゃんも、同じだった様で、子供に教えるように丁寧に話始める。


「今から約20年前まで、ここは楽園都市と呼ばれておった。豊富なダンジョン資源を背景に、種族を問わず受け入れ、常に新しい事に挑戦し共存する。これからの世界の見本となる都市として世界にその名が轟いておったよ。

 当時のダンジョン公はプレギエーラ殿の父上、アルタール殿じゃった。しかし、レベルが低く、安全で豊かであったダンジョンは、ある日を境にその様相を一変させた」


 一呼吸入れて、クレフおじいちゃんが続ける。


「当時の冒険者ギルドマスター・ケッツァーと、ダンジョン公アルタール殿の手により、新たなダンジョンが開かれたのだ。

 それが、この地に点在する7つのダンジョン。ティナちゃんや勇者が攻略していた、『強欲祭壇』や『暴食王座』、今回のスタンピードの引き金となった『色欲夢幻』も開かれたダンジョンじゃよ。そしてその基幹となるのが、さっき見た『虚栄回廊』じゃ」


「なぜ、そんな事を? 豊かに栄えていたならば、わざわざ危ないダンジョンなど、拓く必要はない」


 浮かんだ疑問を素直に話せば、そうじゃのぅと同意される。


「当時、この地のギルドマスターもダンジョン公も、新たな神を信じておってな……」


「新たな神だと?」


 訝しげに首を傾げるハルトに、クレフおじいちゃん続ける。


「そうじゃ。変だとは思うが、失われし至高神様以外にも、全てを生み出す神はおるとゆうておっての。

 確か……豊穣なりし地母神だったか。この地を律する神では、これ以上の発展はない。種族間の憎悪は止まらない。多少血を流しても変化を求めなくては、世界として存続出来ないと話しておった」


「混沌なりし境界を接する世界。

 我らを産み出した神が、我らを見捨てたもうなら、我らもまた神を棄てよう。

 変化を求めるならば、血を流すことを恐れてはならない。

 犠牲になることを、厭うてはならない

 我が身を堕とすことを、躊躇ってはならない」


「なんだよ、そりゃ」


 突然語りだしたプレギエーラに、ハルトが突っ込みを入れている。


「父が……失礼致しました。

 先代ダンジョン公、アルタールがここを去る日に、私達姉妹に話した言葉です。いつか、私達もこの身を捧げることになる。その日まで私にこの都市を預けると笑み、去りました。そして、昨日、先代が戻ってきたのです」


「先代殿にそれを教えたのは、ケッツァー。ひいては冒険者ギルドじゃった。境界の森の管理は我らに一任されておるからのぅ、そこから知ったのであろう」


 よく分からない事を話し出した二人に待ったをかけた。


「話が飛んでますよ。それ、とは? 境界の森がどう関わるのですか?」


「訳わかんねぇ。分かりやすく言えよ」


 クレームを入れる私達に謝罪して、クレフおじいちゃんは、今度こそはっきりと口にした。


「境界の森は、異界との接点じゃよ。そこから、邪気が吹き出しておる。地母神は、その異界の創造神とされている神じゃ。

 太古の時代、何をトチ狂ったのか、今では存在を消された国が二つの世界の境を消そうとした。そしてその世界の住人を、自国の兵力にしようとしたのじゃよ」


「は?」


「また、何をそんな。冗談言ってる場合かよ」


 落ち着いて聞け、これはギルドとこの世界でも一握りの人しか知らない、真実だと、怖いほど真剣に諭される。


「当然、そんな途方もない愚かな計画は、失敗した。じゃが、世界の境は混じってしまったのじゃ。そしてそこから、恐ろしい生き物が溢れた。それが、初期の魔族じゃ。

 我らとて、そのまま座して殺されるつもりはない。話し合いで何とかしようともしたが、根本が違っておっての。どちらかを絶滅させるための戦争になったらしい。

 この地の生き物が行った結果と言うことで、最初は放置していた至高神様も、新たな力を授けて下さり、戦況は安定した」


「じゃがな、人の中には、その邪気を変化として受け入れる者もおったのじゃ。そして、ある日、我らが至高神様はこの地をお見捨てになった。ただし、代理を勤める神々をこの地の生き物から選定しての。

 神の座に空きがある限り、その階を昇る者は、神となる。それが最後の神託じゃったよ」


「何というか、壮大な……」


「もう少しじゃ。我慢しておくれ」


 紅茶で喉を湿らせたクレフおじいちゃんは、話を続ける。


「選定されたのは、人や種族は問わなんだ。候補者の共通点は進化の最終形態に進んでいた、強者のみじゃった。そして、その中の一人が、先代殿じゃ」


「は?」


「あ?」


 今度こそ、私達二人とも硬直する。なに、私らこれから、神から、娘さんを奪ってこいって言われてるの?


「いや、いくらなんでも、神相手は無理だろ」


 顔を見合わせる私達を安心させる様にクレフおじいちゃんは頷いた。


「大丈夫じゃ、候補にはなったが、神にはなっておらぬ。それに種族の進化は神の慈悲。異世界の神に帰依したアルタールは、異界の種族に落ちた。それは、20年前に虚栄回廊を攻略した冒険者パーティーからの、報告ゆえ、間違いはない。

 じゃから安心せい」


「アルタールが異界の種族に落ちたのは間違いないでしょう。その子たる私と妹も、種族を変えましたから……」


 そう言ってベールを上げるプレギエーラの瞳は、深紅に輝いている。この色、見たことがある。半魔だったアリッサさんと同じだ。


「アルタールは血族すらも贄とし、異界の神と契約しました。我らは至高神様におすがりし、何とか人としての形は保てましたが、何人ものもの達が、魔物に堕とされました。

 そしてその時から、何故か、私と妹は年をとることはなくなりました。ギルドに協力を求めて調べた所……。いえ、今はこれは申すべきではありませんね。

 勇者ハルト様、英雄のご息女たる、リュスティーナ姫。どうか、妹を救って下さい。この、絡まった宿命から、我ら姉妹を自由にしてください」


 頭を下げるプレギエーラから、もし私達が成功した場合の報酬について、提案があった。


「ダンジョン攻略者と同じ権利ね……」


「まぁ、ここの依頼を受けても受けなくても、やることは変わらない」


「でしたら」


「分かった。勇者の名にかけて、トリリンは助ける予定だった。そしてあの女は、殺す。そのついでに報酬を受け取っても構わないだろ?」


 私に同意を求めるハルトの顔から、ダンジョン公に視線を移し、もうひとつ、お願い事をする。


「なら、私の望みは、私も含めた我々パーティー全員のダンジョン攻略報酬……でもいいですか?」


「それ……は。危険な目に会うのはリュスティーナ様お一人。その様な……」


「なら私は中に入らない。ハルトと一緒に扉を開けたら、帰ります。そして残ったメンバーで通常ダンジョンを攻略するのみ」


「脅す気ですか?」


「まさか。それに、もしそれを認めたとしても、私の願いは(ささ)やかなもの」


「何を望むのかね?」


 試しにと言う雰囲気でクレフおじいちゃんが問いかけてきた。


「ダビデも含めた、私の所有奴隷達全員の自由の身。ただそれだけです」


 ダビデの名前を出すときに、声が震えてしまう。これ以上無様な様を晒したくなくて、唇を噛んだ。


「では、プレギエーラ殿、こうしてはどうかね?

 ティナの提案は受けるが、所有奴隷達の望みは出来うる限り叶えるとの約束にする。さすれば、あまりにも過剰な報酬は削れよう」


 クレフおじいちゃんの取りなして、何とか報酬の話も済んだ。ハルトの方は、帰ってからパーティーメンバーと相談するらしい。






「さて……」


「おう、覚悟はいいな?」


 頷きあって、タイミングを合わせ、扉に手をかける。

 力を込めようとした所で、支えを失って、ハルトと二人、扉の中に転がり込んだ。


「痛ったぁ……。ハルト、大丈夫?……へ?」


 石畳の床に打ち付けた膝を擦りながら、目を上げる。そこには、同じく落っこちたハルトはいない。慌てて周囲を確認する。


 小鳥の唄う声。遠く何処かから子供の歓声も響いてきている。戦いになると覚悟して警戒する私の目の前には、平和そうな美しい中庭が広がっていた。







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