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128.……お互いにね。

 床の冷たさで目が覚めた。中途半端に寄りかかった変な姿勢のままで寝たせいか、節々が痛い。肘を曲げ、何かから身を守るように固まった腕を、痛みを堪えながら伸ばす。


 ー……何故、私はここにいるのだろう?


 寝た記憶も、この部屋の記憶も朧気で、ゆっくりと視線を上げる。ぼんやりと霞がかかった頭で、ソレを見つけて全てを思い出した。強い吐き気を感じで、口を押さえてえずく。


 ちょうど腰の辺りの高さの台座に、眠るように横たわるダビデは、いつの間にかガラスの様な無色透明のケースで覆われていた。台座部分は、石で作られており、絡まる蔦と花の彫刻がされている。


「ダビデ……」


 あの絶望は夢ではなかったのだと思いながら、小さくダビデの名前を呼ぶ。心が暴走を始める気配がした。きつく目を閉じて、息を吐く。


 私が殺した。

 私が死なせた。

 私があの時、デュシスでクルバさんにダビデを預けていれば、最悪でも死にはしなかったのに……。


 罪悪感と絶望で思考が空回る。冷たいカバーに顔を伏せて、額を押し付けた。


「ごめん、ごめんなさい。私が……。わたしが……」


 口から出るのは力ない懺悔のみ。どれ程そうしていたのだろう。躊躇いがちに扉を叩く音がして、ノロノロと顔を上げる。


「ティナ、そこにいるのか? いるなら、どうか出てきて欲しい」


 扉越しにジルさんの声がする。いつも以上に、静かな声だ。


「……はい。少し待ってください。今、行きます」


 そう言えば、全てを放り出してここに閉じ籠ったんだと思いだし、気が進まないながらも扉に向かう。


「どうしました?」


 扉を引いて開ければ、目の前に顔色の悪いジルさんが立っていた。装備もそのまま、疲労を色濃く残す顔色が痛々しい。


「良かった……。丸一日、音沙汰がなくて心配した」


「1日?」


「ああ、ダンジョン公の居城から去って、約1日だな。動けるようになって、慌てて追いかけても、見当たらず焦った。くまなく隠れ家の中を探したが、ここだけはどうしても開かなくてな。ご主人様の気配がしたから、一縷の望みを託してずっと待っていた。……居てくれて良かった。

 大丈夫か? ダビデは……」


「どうぞ」


 身体をずらし、ジルさんを室内に招き入れる。


「やはり、駄目だったのか」


 部屋の中央に安置されたダビデを見て、一瞬瞑目したジルさんはそう呟いた。淡々と話すジルさんに、カッとなってその顔を振り仰ぐ。


「ジルさん! あの時、何故! 邪魔さえしなければ……!!」


「お前の無事の方が重要だ」


 真面目な顔のまま言い切られて、言葉に詰まる。


「そんな、私ならば最悪でも死にはしなかった。大ケガを負っても、死にさえしなければ、いくらでも、なんとでもなったのに……」


 ジルさんのせいではないと分かっていても、口から出るのは恨み言ばかりだった。私に何を言われても、ジルさんは静かに私を見つめて立っている。


 そんなジルさんの顔を見ているうちに、どんどん冷静になり、当時の状況を思い出す。


「私が、悪いんだ。私の、せいで……」


 泣く権利などないとは分かっていても、声が震える。私の意思を裏切り、溢れた涙を乱暴に拭った。そう言えばジルさんを突き飛ばしてしまった。怪我などはしていないだろうか?


「……ごめんなさい。振りほどいた時に、怪我してないですか?

 私が原因で責められるべきなのに、ジルさんを責めてすみません」


「いや、そんな事はどうでもいい。責めたければ責めろ。泣きたければ泣くといい。だが、頼むから消えないでくれ」


「私は泣く事など許されないですよ。原因が泣いてどうなるって言うんですか。それで許しを求めるなんて無様な事は出来ない。

 ……それで、どうしたんですか?」


「体が冷えきっている。リビングに行かないか? それが駄目なら、せめて毛布を持ってくる」


 慰める様に私の身体を抱き締めたジルさんの胸を、軽く押して離れるように促した。


「……大丈夫です。大したことではありません」


 今は温もりを感じることすら、苦痛だった。誰かと話す事も、考える事もしたくない。それでも、同居人であるジルさん達を戦場に放置してきてしまった事実は無くならない。必死にいつもの雰囲気を出そうと、歪な微笑みを浮かべた。


「無理はしないでくれ。頼む」


 首を振って拒絶する私に諦めたのか、ジルさんは外に来客が待っている事を教えてくれた。


「外?」


「ここには、我々以外入れないからな。ダンジョン公の使者が、外でずっとご主人様を待っている」


 ジルさんと一緒に、渋々外に向かう。道すがら姿が見えないアルオルの事を尋ねた。


「あいつらなら自室だ。怪我はない。気にするな」


 アルオルの名前を出した瞬間に、ジルさんの雰囲気が変わった。何故か怒っているようだ。そのまま、ジルさんに先導されて、隠れ家の外に向かう。アルオルは疲れて休んででもいるのだろう。ジルさんも、私の事など放っておいて、休めば良かったのに……。


「女王サマのリュスティーナか?」


 知らない貴族が、天井に穴が開き青空が見えるリビングで待っていた。戻ってきた時には気が付かなかったけれど、やはり魔物の被害にあっていたらしい。

 見知らぬ貴族の隣にはハルトもいる。その貴族が恭しく懐から取り出した手紙を一瞥する。


「何故これほどまでに時間がかかったのかは分からぬが、ダンジョン公闇月姫閣下より、書簡をお預かりしてきた。直接手渡せとの厳命だったゆえ待ったが、普通なら不敬罪だぞ? さぁ、慎んで受けとるように」


 尊大に言い切る貴族を、無感動に見つめた。呼んでもいないのに勝手に押し掛けてきて、挨拶もなく自己紹介もなく、この貴族は何をしたいのだろう?


「お断りします。何の御用事かは存じませんが、今は聞けるような状態ではありません。お引き取りを」


 イラつく心のままに、きっぱりと言い切る。頭の中に微かに残った理性は、ジルさん達を自由の身に出来るダンジョン公の不興を買うのは得策ではないと囁いていたが我慢できなかった。


「な?! 無礼な!! 」


 椅子を蹴倒し、立ち上がる貴族をぼんやりと見つめる。


「娘! たかが平民であるそなたが、その様な無礼、許されんぞ! そこへ直れ!」


 激昂して、腰に下げた乗馬鞭に手を伸ばす貴族を、無表情で見つめた。すぐ近くにあったレシピアを抜かないのは、せめてもの温情だろうか? それとも、ダンジョン公の命令が果たせなくなるのを気にしているのか。


 何故私がこの貴族に鞭打たれなければならないのか、意味は分からないけれど、今の気分なら殴られるのも良いかと思って、指差された床にゆっくりと移動する。


「……そこまでにしてくれ。多分、一撃でも入れたら、絶対に協力してくれなくなる」


 それまで黙ってこちらを見ていたハルトが、初めて口を開いた。


「よう、ヒデェ顔だな」


「……お互いにね」


 よく見れば、ハルトの目の下にはくっきりとクマが浮き、顔色も青白い。唇も荒れていたし少し血も滲んでいた。私は寝起きだからきっとハルト程酷い顔ではない。


「……ダビデが殺られたのか?」


 躊躇いがちに問いかけられて、内心驚きながらも頷いた。


「そうか。ババァとダビデにはまだ会えてなかったからな。他のメンバーも異常に暗かった……」


 目を閉じたハルトに、今度は私が問いかけた。


「そっちは……」


 何があったのかと続けようとしたけれど、それよりも早く、ハルトが答える。


「二人、やられた」


「二人?」


「ケーラとミレースだよ」


「……そう。キツイね」


 何と言って慰めていいか分からずに、目を閉じてその死を悼み頭を垂れる。今の私に出来るのはこれくらいだ。


「マリーツァと言う、黒いドレスの女に殺された。トリープも拐われた。闇の公爵とやらが、俺とお前を待っている」


 狐の獣人と、巨乳で盗賊な少女の二人を殺されたと言うハルトの瞳は恨みと怒りで濁っている。


「……なんで私とハルト?」


「俺らの事をお客人と呼んでいた。神とこの地を繋ぐそうだ」


「はは……」


 意味不明であんまりなその呼び出しに、思わず乾いた笑いが漏れた。そう言えば、あの時のアルタールと名乗った公爵も、変なことを言っていた気がする。


 安寧と真実だったか。そんな高尚なものに興味はない。

 今はそんなことよりも、ただダビデを返して欲しい。


 詳しいことは闇月姫から話がある、だから手紙の招待を受けて、一緒に居城に来て欲しいとハルトに頼まれる。


「……私は」


 何もする気が起きない私に痺れを切らしたのか、腕を掴んで揺さぶられる。


「頼む、手を貸してくれ。待ちきれなくて、俺一人で入り口まで行ったが、開かなかったんだ。あの扉は俺達が揃わなくては開かないと言われた。

 俺は必ず、仇を取る。俺の身内だ。俺の恋人達だ。

 どんな物語だって、ヒロイン殺されて泣き寝入りするヒーローなんかいないだろ? だから、戦うのがどうしても嫌なら、入り口を開いたら帰っていい。扉を開けるだけでいい。頼むよ、手を貸してくれ!」


 必死に頼む若者(ハルト)の顔を見て、それくらいならと首を縦に振った。大切な誰かを失ったのに、私とハルトの反応は正反対だ。片ややる気を失い、片や報復に血道を上げる。どちらが正しい反応なのか、私には分からない。


 ハルトの反応は、私には眩し過ぎるけれど、応援したくなるものでもある。


「話はついたか。ならば、こちらを受けとるがいい」


 私達の会話を聞いて、結論が出たと判断したのか、不機嫌な貴族は話に入ってきた。目の前に乱暴に差し出された手紙を今度こそ受け取った。それを確認した貴族は、荒々しく足音をたてて、帰っていく。


 何が書かれているのか確認すると、出来るだけ早くダンジョン公の居城に来て欲しいと言うことだけしか書かれていなかった。全ては会ってから話すと言うことだろうか?


「……分かった、なら行こう」


「ティナ!」


 ハルトと同行して、ダンジョン公の所に向かおうと歩き出した所で、ジルさんに呼び止められる。


「どうしました? 扉を開けるだけの簡単なお仕事です。危険はないから、待っていて下さい」


「そんな訳はあるか! 俺も同行する」


 怒るジルさんに、苦笑を向けた。


「ジルさん、呼ばれてるのは私だけ。

 だから行くのも私だけ。

 殺し合いに身を投じるのは、私だけ。

 危険な場所に足を踏み入れるのも、私だけ。

 ね、待っていて下さい。大丈夫、すぐ帰ります」


「認められない。お前がどう言おうと同行する。今の自分の顔を鏡で見てみろ」


 疲れきった表情を怒りで彩ったジルさんは、足早に私達の方に近づいてくる。


 おそらく私は、情けない顔をしているのだろう。でも今、口論になるのは、正直勘弁して欲しい。誰かを守りながら、気にしながら、戦えるほどの心の余裕はない。


 また誰かが死んだら、私はどうすればいい。


「俺のパーティーも同じ事を言ったよ」


 同じように詰め寄られたと言うハルトは、苦く笑っている。


「そっちはどうしたの?」


「命令した」


 躊躇うことなく言い切るハルトを内心見直す。確かにそれが一番確実だろう。極力避けてきた、魔力が籠った命令を発する。


『ジルベルト、同行は許さない。待っていて』


「な?!」


 ジルさんの意思に反して、体は命令を忠実に実行する。動きが止まったジルさんに手を振って、ハルトと二人、ダンジョン公の居城を目指した。



 沈黙が降りがちな道中だったけれど、お互いにポツポツと失う原因となった戦いの内容を話す。


 襲ってきたのがトリープの母親と、ここの元ギルドマスターだったと聞いて驚いた。逆にハルトは、私の所に黒幕が出た事に驚いていたけれどね。


 そうこうしている間に、ダンジョン公の居城の前に着いた。ダビデを失った広場に着いたらどうなるか、内心不安だったけれど、それ以上に驚く事があって、口を半開きにしたまま動きを止める。


「何、あれ?」


 私が指を指した先には、豪華な両開きの扉があった。広場の真ん中、それも空中に浮き上がり固定させれている。何処にも階段やエレベーターのような移動手段はない。


 重厚な黒檀の板に華美な黄金の装飾。両脇には人間大の、大きな砂時計が浮いている。刻々と砂時計の砂は落ちていた。


「あれは、封印のダンジョン『虚栄回廊』じゃな。

 まさか、また目にするとは思わなんだ」


 ダンジョン公の居城から、見知った声が聞こえてきた。


「ティナちゃんや、また大変な目にあったのぅ。じゃが、お主の魔法で、この都市の住人は大いに助かった。あの、黒蛇の魔法は、ティナちゃんのものじゃろう。前にクルバから報告があった魔法にそっくりじゃからのぅ。虚無塵だったかな?

 さあ、一度こっちに来てくれんかね。今、何が起きているのか、説明をしよう」


「クレフおじいちゃん……」


 優しく微笑んでいたのは、デュシスで別れたクレフおじいちゃんだった。冒険者ギルドのお偉いさんだから、本部に戻ったら状況収集と対策を練るとは話していたけれど、何故ここにいるんだろう?


「わしがここにいるのが不思議かね?

 混沌都市が楽園都市と呼ばれていた頃、当時の冒険者ギルドマスターが道を誤った。その責任を取る形で我らはこの地から手を引いておったが、今回の件で当代に呼ばれての。

 当時の冒険者ギルドマスターが求めたのが、この迷宮だったのじゃよ。詳しくは、中で話そう。

 ほれ、勇者も共に来るといい。本部より出来うる限り、『虚栄回廊』の資料も取り寄せた。少しは攻略の助けになるであろ?」


 ハルトと共に、クレフおじいちゃんと合流する。ダンジョン公が待つという謁見の間へ、足を向けた。




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