126.箸休めー勇者の慟哭
「シャイニングブレード!!」
ハルトの必殺技が道行く魔物を滅する。無駄に格好つけ、剣を華麗に回して鞘に納めたハルトは、爽やかだと自認する笑顔を浮かべた。
「ハルト、カッコいい!」
「流石、主さまでありんす」
思い思いの称賛を送る仲間達の元へ、勇者は戻った。
「これで少しは減っただろ。こういう面攻撃は、ババァの方が向くんだけどな。早く来いよなー」
「ハルト、お疲れ様。ババァってティナちゃん? あの子なら、姉様の方を頼んだから、ここには来ないよ」
いつもの薄布に、シミターを吊るしたギルドマスター・トリープは、ハルトの腕に抱き付き上目遣いに見る。その薄い胸は、ハルトの腕に押し付けられていた。
「そうなのか? ま、ジュエリーとオレがいれば大丈夫だけどな!」
抱きついてきたのを不安の表れと思ったハルトは、トリープの頭を空いた手で撫でながら、安心させる様に強気に笑う。
「ハルト様!」
そんなハルトとトリープの世界に、頬を膨らませたステファニーが割り込んできた。普段は従順に微笑んでいる事が多い少女だが、今日は何処かムッとした顔で、トリープの反対、勇者の空いている腕に勢いをつけて抱きついている。
「どうした? 怖かったのか?」
そんなステファニーを不思議そうに見て、ハルトはトリープと同じ様に頭を撫でた。
「あ、ステファニーばっかりズルい!!」
そんな二人を見た他のパーティーメンバー達も集まってきて、撫でて欲しいとハルトを囲んだ。その一人一人を撫でてやりながら、ハルトは苦笑いを浮かべている。
「オイオイ、どうしたんだよ。そんなキャラじゃなかっただろ?」
「主さま、そうは言うても、勇者になってからの主さまは遠なりました」
「ああ、主が遠くに行ったようで恐ろしい」
年かさの二人は、顔色を曇らせながら、ハルトにすり寄る。浮かべた苦笑を深くし、ハルトが何かをいいかけたところで、ケーラが勢いよく振り返り、幻術の触媒となる竹串を投げた。
「誰りゃ?!」
「ふふ、気が付かれてしまいましたか」
魔物が居らず、ぽっかりと空いた空間。竹串が当たった瞬間、闇が竹串を飲み込んだ。そしてそこにいたのは、身体のラインを際立たせる黒いドレスに身を包んだ、妙齢の美女。そして、その手には鎖が握られており、足下に蹲る男の首に繋がっていた。
「何者だ?」
あまりに禍々しくも美しいその姿に、ハルトは真剣な眼差しを送りつつ問いかけた。そして美女が現れると同時に、震えを感じ始めた、腕に視線を送る。
「トリリン、どうした? 何故震える?」
「かあ、さま……」
ガチガチと歯を鳴らしながら、トリープは美女を凝視し続けている。その顔色は蒼白で、母と娘の再会を喜ぶ色はない。
「ん? 何言ってんだよ。トリリンの母親は死んだって前に話してただろ?」
「あら、トリープ。いけない子ね。ワタクシを死んだと言ったの?」
にこやかに微笑むと貴婦人は、トリープの背後に表れ、後ろから抱き締めた。
「初めまして、勇者様? 娘がいつもお世話になっております」
「なっ?!」
目の前に現れた貴婦人に反応出来ずにいる間に、貴婦人はトリープを抱き締めたまま元の位置へと戻った。
「ふふ、その驚いた顔、可愛らしいですわね。……食べてしまいたい」
犬歯を覗かせ艶然と笑むと、集まってきていた周囲の魔物達に指示を出す。獣に近い魔物達は、冒険者ギルドとその周囲を無差別に襲い出した。
「ハルト!」
「ケーラ、ギルドを守れ! ステファニー、無理はするなよ!!」
慌てて迎撃を開始するハルト達を、面白そうに見つめていた貴婦人は、胸に抱いたままのトリープの首筋にその白い手を這わせた。
「さあ、父様もお待ちよ? 帰りましょうね」
「待て!!」
「あらあら、それは困りますわ。勇者様のお相手は、ワタクシのイヌにさせましょうか。……お行き」
首から一筋の血を流すトリープの姿を見て、激昂するハルトは剣を片手に魔物の中を突出してくる。ハルトの行く手を阻むのは、貴婦人の足元に踞っていた男だった。
「ウィ、マイ、ミレディ……」
虚ろな瞳のまま男はそう呟くと、ハルトに武器を向ける。その額には、青い石が輝いていた。
「何者だ?! そこを退け! 退かなければ殺す!!」
ハルトと、男の戦いが始まった。トリープを片手に確保したまま、戦場を撤退しようとする貴婦人に気が付き、ハルトパーティーの少女達が、戦いを仕掛ける。
「ダ、ダメだよ!! ボクよりも、ハルトの援護に!!
ヤツは、前任のギルマスだ! 強いんだよ!! ……うぐッ」
トリープは必死に叫ぶが、拘束する腕の力が強くなったのか、一声呻くと意識を失った。力なく下がった頭に接吻を送りつつ、母と呼ばれた貴婦人は咎める様に話し出した。
「あら、トリープ、ダメな子ねぇ。そこのイヌより、ワタクシの方がずっと強いのよ? 警戒させるなら、ワタクシの方でしょう?
うふふ、でも、そんな現状認識が甘いのも、可愛らしい所だけれど」
「トリープを放しなさい!」
「五月蝿い娘ね。久々の母と娘の再会に水を差すなど無粋の極み。少し反省なさいな」
貴婦人のドレスが靡き、見えない攻撃が辺りを圧した。石畳の道は、裏返り、弾き飛ばされ、轢弾となって少女達を襲う。
「キャャャャ!」
「グッ!!」
「ア、アァァァァ!」
「ギャッァァァァアア!」
続けて放たれた黒い焔にまとわりつかれ、少女達は悲鳴を上げると地面に倒れ伏した。そのまま動かない少女の一人、狐の尻尾を踏みつけながら、貴婦人は勇者に視線を送る。
勇者もまた攻撃を受け、身体から煙を発しながらも、貴婦人を睨み付けた。
「何をする!!」
「躾のなっていない子供に、少しだけお仕置き致しましたの。何か問題は御座いまして?」
「ふざけるな!」
怒り狂ったハルトの一撃を、男が素手で受けた。当然切り捨てられると思っていたハルトは、その硬い手応えに目を見開いた。
「ミレディの慈悲により、進化したこの体。一筋の傷もつけられると思うな」
「お前は、いや、お前達は何者なんだ!!」
前ギルマスと言う男と、貴婦人を睨みながら、ハルトが問いかける。視線の先には、青い石と対になる指輪があった。
「クスッ、こちらの子は随分ダメな子ね。もう一人のお客様は、それはそれはいい反応をしてくれたわよ?」
チラリと呻くハルトパーティーを見つめながら、腕をひと振りする。黒い炎で作られた蝙蝠は、狙い違わず少女達を貫いた。一度衝撃で体を大きく揺らし、動かなくなった仲間達をみて、ようやく貴婦人を脅威と判断したハルトは、手加減せずに飛びかかった。
「グッ?!」
「ミレディには、手を出させん」
「ふふ、そうね。少し遊んであげなさい。その間だけ、少しお話をしてあげるわ」
「話、だと?!」
剣撃を交わしつつ、ハルトは貴婦人に意識を送る。その隙を逃さずに攻撃してくる前ギルマスに、肩を浅く裂かれて苦痛の声を漏らした。
「ええ、私達が誰かと聞いた、貴方の疑問に答えてあげるわ。
ああ、ほら、足がお留守よ? 気を抜けば、わが君に会う前に終わってしまうからね? 頑張って」
クスクスと笑いながら、貴婦人は唄う様に語り出した。
「ワタクシは、闇月姫と月光姫の母にして、この都市の新なる支配者、黒の公爵の妻マリーツァ。異世界からのお客様の案内人を自負する者」
「な?!……ぐっアァ!! ……お前は何故、それを知っている?」
前ギルマスに切られ、踏みつけられながらも、ハルトは問いかけた。止めを差すのを視線で止めつつ、貴婦人マリーツァは柔らかく微笑んだ。
「あら、ワタクシの夫は、呪術と時を操る魔族の大貴族ですもの。それくらい分かりますわ。これでも、神の一柱とされていたこともあるのですわよ?
それを、そこのイヌに嵌められ、堕とされておしまいに。冒険者をどれ程憎んだことか。この地を見棄てた神をどれ程憎んだことか」
瞳を真紅に輝かせて、マリーツァは続ける。
「でも、ようやく神に一矢報いる時が来ました。貴方達には悪いのだけれど、ワタクシ達の招待に応じて頂きますわよ?
応じずと言うならば、この娘が我らの恨みを果たしてくれるでしょう」
「トリープに何をする気だ?!」
「何故私達が、神に見棄てられたこの地で、娘を作ったと思うの?」
「知らねぇよ! そんな事!!」
「少しは考えてご覧なさいな。異世界のお客様?
いつまでも、神の駒でいては不幸になりますわよ?」
「うるせぇ! トリープを返し、さっさとどっかに行け!
身内の喧嘩にオレらを巻き込むな!!」
「……ダマレ」
その言葉を同時にハルトの太股に、剣が刺された。苦痛に転がるハルトに、容赦なく二撃目を振り下ろしたが、甲高い音を発てて弾かれる。
「お待たせ致しました! ケッツァー様?!」
飛び込んで来たのは、ギルドの受付嬢ラピダだった。武装した腕で、前ギルマスの攻撃を弾き、驚きに声をあげる。
「ラピダか。久しいな」
「何故、貴方が。……奥方様!?」
状況を把握しようと周囲を見、トリープを腕に抱いたマリーツァを見つけ、驚きの声を上げる。驚きと恐怖がない交ぜになった表情のまま、固まってしまう。
自分自身に治癒をかけながら、ハルトは聖剣を杖にし立ち上がった。
「グッ、トリープを返せ」
「あら、まだ動く元気があるのね? 少し見直したわ。
なら、これで……」
また攻撃をする気になったのか、マリーツァの腕が上がった時だった。遠くから地響きと共に、魔力暴走の気配が押し寄せてきた。それと前後し、中指にはまった指輪が澄んだ音を発てて、ひび割れる。
「あら? ……そう、もう一人のお客様が…………。
ここはこれまでね。戻りなさい。ケッツァー」
ラピダから攻撃を浴びつつも堪えた風でもなく、従順にケッツァーは戻る。
「待て!!」
「……自分の実力を過信するのは、ダメよ?
わが君よりの、伝言です。
勇者ハルト。堕ちたる地母神の復活を妨げたければ、……この地を救いたくば、ダンジョン公の居城にある『虚栄回廊』に参られよ。そこで、己と向き合い、我らが主と対峙して頂きましょう。
回廊へのご招待は、2名。それだけ言えば、貴方でも誰と共に来るべきかお分かりよね?
この地に堕ちたるお客人。我らが神と繋ぐもの。
我らが哀しみと恨みを、届けてくださいませ」
最後まで笑みを絶やさず、マリーツァは足元にいたケッツァーと共に、闇に飲み込まれて消えた。
「大丈夫か?!!」
貴婦人が消えたと同時に、ハルトは倒れたまま微動だにしない仲間達の元へと駆け寄り、順に抱き上げた。
呻くパーティーメンバーに安堵の息をつきつつ、回復魔法を掛ける。
「……なあ、おい、ケーラ! 起きろよ!! 起きろって!!
ミレース! しっかりしろ!!」
何度回復魔法をかけても反応しない二人の少女を、ハルトは必死に揺さぶっている。
「……ハルト様」
「ステファニー! 聞いてくれ! ケーラとミレースが、目を開けないんだ」
重い怪我を負いつつも、ステファニーは必死に首を起こし、二人を確認した。そして力なく地面に横たわる。
豊かで滑らかな手触りの狐の尾。小柄な割に、豊満に育った胸、ハルトの好んだ二人の特徴は血に汚れていた。
「……二人は……もう……。ハルト様、どうか、落ち着いて」
「許さない、許さないぞ、闇の公爵!!
必ず、敵は討つからな!!
ミレース! ケーラ!!」
物言わぬ二人を抱き締めたままのハルトの慟哭が、空に吸い込まれていった。




