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125.どちらかと言えば俺の身内だよ

 移転場所となるオーナメントの前には、クレフおじいちゃんを初めとした冒険者ギルドの人々と、何故かイザベルがいた。今回は緊急と言うことで、大規模移転をする柱ではなく、オーナメントからオーナメントへ飛ぶことになるらしい。そう言えば、ここに来たときも、祈祷所の中に出たから、あれも緊急扱いだったのかと納得する。


 オーナメント間移動は、少人数しか飛べない変わりに、神殿の中へ移転することになるから、比較的安全なものとなると説明を受けた。神官の消耗も抑えられるらしい。


「ティナちゃんや、準備は良いかね?」


「ええ、アルオルの装備が万全じゃないのが気になりますけど、仕方ありません」


「なら、アルオルとダビデはデュシスで預かるか?」


 クレフおじいちゃんへの答えを受けて、クルバさんが提案をしてきた。確かにアルオルとダビデは留守番していて貰った方が安心は出来る。ただ領主(イザベル)に目を付けられている現状、何処までここで留守番をさせるのが、安全かは分からない。

 無言で悩んでいると後ろから服を引かれた。振り返ればダビデが、悩む私を不満そうにじとっとした目で見ている。


「嫌です。ボクはこの土地でもお留守番でした。確かにボクは弱いけれど、今のボクは人間の駆け出し冒険者くらいの力はあります。どうか、お供を」


「そうですね。主が危険な場所に行き、奴隷が残るなど聞いたことはありません。お嬢様、お供をいたしましょう」


 ダビデとアルにそう言われて、覚悟が決まる。そのまま全員に私が掛けられる最高の防御魔法をかけた。


「全員で行こう。ただし、命大事に。死んだら元も子もないからね」


 はい! と元気に返事をして尻尾を振るダビデの鼻先を撫でる。擽ったそうに身を捩りながら、愛用の解体包丁を撫でた。


「嬉しいです。ようやくボクもお供出来るんですね。ボク、頑張りますから!」


「はは、ダンジョンには一緒に潜ってたじゃない。そんなに気合い入れないで。さあ、行こうか」


「リュスティーナ姫様」


 準備の整ったらしい神官さんに向けて歩き出した時に、イザベルに呼び止められた。つい、冷たい視線を送ってしまう。


「さよなら」


 動揺した表情を浮かべたイザベルに、出来るだけ淡々と感情が溢れない様に気をつけながら一言おくる。


「ティナちゃんや、あちらには勇者と共にジュエリーが救援として赴いておる。何かあったら頼るが良い。後、わしも本部に戻り次第、現状把握と対策を練るつもりじゃ。しばし、頼むぞ」


 そのクレフおじいちゃん言葉に見送られて、混沌都市へと帰還した。



 



 神殿の中は外の喧騒から切り離され、静謐な空気を漂わせていた。ただし、それも一歩外へ出てしまえば、ガラリと様相を変える。


 魔物が大通りを闊歩している。サキュバス、インキュバス、夢と性を渡る魔物達の大群は、住人たちを無差別に襲いつつ、ひとつの方向に向かって歩いていく。


 まだ人間に近い姿をした魔物の後ろには、獣や虫系の魔物の群れ。こちらは住人を餌として認識しているのか、手当たり次第に補食していた。あちこちから悲鳴と怒声が響いている。


 ただし、住人たちだって、ただでは殺られない。混沌都市と言うだけあって、多種多様の種族がいる。冒険者も多いし、元冒険者もいる。そこ、ここで、バリケードが作られ、魔物の侵攻を防ごうと戦っていた。


「ティナ様!」


 名前を呼ばれて、誰かと思ったらラピダさんだった。埃と血で汚れた迷彩メイドの格好で、私に走り寄ってくる。


「ラピダさん、何故ここへ? ギルドは無事なんですか?」


「現状をお知らせするようにと、マスター・トリープから命じられました。ギルドは戻った勇者ハルトと、絢爛なる爆撃により守られております」


 絢爛なる爆撃と言った所で、顔を悔しそうに顔を歪めたラピダさんは、気を取り直して続ける。


「魔物の群れは、東方ダンジョン『色欲夢幻』より現れ、町の中央、ダンジョン公の居城に向かっております。その進路にある全てを破壊しながら、螺旋を描くように町を蹂躙しています」


 胸元から取り出した地図を片手に説明してくれる。始点が東方ダンジョン『色欲夢幻』、終点がダンジョン公の居城か。ならば冒険者ギルド、真ん中の神殿、ダンジョン公の居城の順で戦場になるはず。


 ここまで魔物が来ているということは、冒険者ギルドだけでは守りきれていないのだろう。


「それで?」


「ティナ様には、ダンジョン公の救援に赴いて頂きたく。魔物どもの先頭には、今回の侵攻を手引きしたと思われる、はぐれのAランクがおります。ギルドの資料では、接近タイプのはずですが、魔法も使っているとの報告もございます。どうか、それを倒して頂きたいのです。生死は問いません」


 ラピダさんはキッパリと言いきった。はぐれのAランク冒険者を討伐するのはギルドの決定事項か。


「その人が、額に青い石をつけてたって方なんですね。……青い石について、何か聞いていますか?」


 何処まで連絡が来ているのか確認するために尋ねると、ラピダさんは頷きつつ答えてくれる。


「青い石については、デュシスの特殊個体も装着していたとか。そして、我ら混沌都市もその石について、少々心当たりがございます。確信が持てず、扱いに注意が必要となる情報の為、まだお話は出来ませんが……。

 ティナ様、どうかお気をつけて」


 話せないと言いつつも、何かを掴んでいるラピダさんは心配そうにこっちを見ている。


「分かりました。公表しても良くなったら、その心当たりを教えて下さい。やはりこう何度も出てくると、気になりますから。

 では、他に何か気を付けることはありますか?」


 ございませんと答えるラピダさんと別れて、ダンジョン公の居城を目指す。


 螺旋を描いて水が大地を侵食するように、魔物は町に広がり、人々を殺している。悲鳴が響き、生臭い臭いが充満する。


 キッチリと門を閉めて、魔物が入ってこないように抵抗する豪邸も、翼ある魔物には無力だ。館の中から、けたたましい笑い声と悲鳴が響く。豪華な門は逆に助けに行こうとする冒険者の障害にしかなっていない。


「お家は無事でしょうか?」


 走りながら尋ねられて、ダビデに笑いかける。


「まあ、無事じゃないかもしれないけど、大事なものは全てここにあるからね。多少壊されたって問題はないよ」


 隠れ家はアイテムボックスに入っているし、各自私物は自分で管理している。それに、私が大事なのは、同居人である彼らだ。買い直せる物など、正直どうでもいい。それに、所詮貸家だし。


「ティナ、あれを見ろ! どうする?」


 ジルさんが指差した辺りには、魔物に今にも落とされそうになっているバリケードがあった。男達が必死に応戦しているけれど、長くはもたないだろう。今ならまだ助けられるけれど……。


「……オルランド!」


 場所を確認したアルは驚いた様に叫ぶ。それに釣られて、オルランドを見たけれど、何の表情も浮かんではいなかった。それどころか、いつもよりもずっと冷酷で寒々しい視線を送っている。


「アル、知り合い?」


「……いえ。何と申しますか」


 歯切れ悪く口を(むつ)ぐアルへ、更に問いかけようとした時だった。ダビデが驚きの声をあげる。


「お嬢様、あの建物、買い物で見た、アル様達が出てきた建物です。ほら、お菓子を作って貰ったって話してた……」


「ああ、そっか。ジルさんへのお祝いだね。だから気になったのか。

 ちょっとアルオル! 知り合いなら知り合いって言ってよね!!」


 確かゲリエの国から流れてきて、オルランドと馴染みになった人がいるんだっけか? 私だって鬼じゃない。知り合いがいるなら、先を急いでいようとも助けるさ。


 全員に「行くよ!」と声をかけて、バリケードに群がる魔物に後ろから襲いかかった。


 一匹一匹の魔物は大した強さじゃない。問題なく瞬殺できた。バリケードの中に声をかける前に、中から数人の人間が転がるように出てきた。


 あまりの勢いに、魔物にでも侵入されて、中も危なかったのかと警戒する私を無視して、出てきた人達はアルの前で土下座をした。


「若様!! ご無事でございましたか!」


「お助け下さり、感謝致します」


「我らの実力不足、恥じ入るばかりです」


 最後には号泣しはじめた。


「……して、その娘と、(けもの)は?」


 一頻り騒いで落ち着いたおじさんは、ゴミでも見るような瞳で私達を見て、アルに問いかけている。


「我が君だ。無礼は許さない」


 珍しくアルが丁寧語ではない口調で話している。尊大で揺るがない口調。まさしく大貴族の持つ口調と声だ。


「アルも知り合いなの? オルランドのお馴染みさんだったんじゃ……」


 置いてきぼりにされたから、先も急ぐし割り込んだ。私へ振り向いたアルは困ったように笑っている。


「ハニーバニー、どちらかと言えば、俺の身内だよ。接触させるつもりはなかったが、まさかこんなことになるとは……」


 オルランドが乱暴に頭を掻き回しながら答えた。


「……ブルローネ様!」


 突然ダビデが驚いた様に声をあげる。声を辿れば妖艶な色気を漂わせた美女がいた。こんな状況なのに、薄物を羽織っただけで、チラチラと扇情的な下着が見えている。状況を弁えないのは百も承知だが、あまりのエロさに二度見してしまった。


「あら、アルフォンソ、大きくなって。本当にアルフレッド様と一緒にいたのね」


 光沢のある口紅を塗った唇が、艶かしく動く。ついでに、ダビデにウインク付きで投げキッスを贈った。ダビデをアルフォンソと呼ぶなら、それはアルが公爵だった頃に付き合いがあったって事だ。この人たちに対する、警戒心を一段上げる。それはジルさんも同じだった様で、私を守るように間合いを詰めた。


「ブルローネ……愚か者」


 久々にオルランドの冷ややかな声を聞いた。この声は、本気で怒ってる時のヤツだ。


「お頭様、お手を煩わせて申し訳ございません」


 緩やかに一礼する妖艶美女を、オルランドは憎々しげに見ている。……この人は残念美女なのか、それとも故意でやっているのか。


「アルオル、説明して」


 魔物はこうしている間にも、混沌都市を襲っている。いっそのこと奴隷紋で聞いてやろうかとイラつきつつ、声をかけた。けっして残念美女に、色気で負けたことと腹をたてているわけではない。


「公爵時代にお世話になった方々です」


 当たり障りのない言い方で、誤魔化そうとするアルを半眼で睨む。


「ふーん、そっか。

 ……若様にお頭様ねぇ。私はてっきりヤハフェ達の残党かと思ったけれど、違うんだ。

 前に見かけたときも、少し気になってたんだよね……」


 あの時、一瞬だったけれど、アルオルが貴族に対するお辞儀をされていたように感じたのが、今になっても引っ掛かっていた。


「娘! アルフレッド様への無礼は許さんぞ!!」


 カマをかけた私に、アルへと跪いていた中年男性が詰め寄ってくる。この反応、やはりアルオルの関係者、それも部下的な人達だな。


「うるさい。今のアルオルの立場、分かってるでしょ?

 アルオル、そんなに私は信用ないの? 正直に話すか、奴隷紋を使われるか、どっちか選んで」


 中年に詰め寄られたまま、首だけ回してアルオルへ問いかけた。このゴタゴタした状況で、嘘を吐かれたまま、先へ進むのは避けたかった。


「申し訳ございません。その者たちは、公爵家の根です」


根?と聞き返す私に、オルランドから補足説明が入る。


「俺が爺様から引き継いだ工作員だ。マイ・ロードの身辺をお守り出来ればと思って、何人か配していた。情報ならば、例えどんな立場であろうとも、役に立つからな」


 アルの謝罪で、踏ん切りがついたのか、すんなりとオルランドが口を開いた。まったく、最初から言えっての。別に怒りゃしないわよ。何でここにいるのがバレたのかは気になるけどさ。


「そう、彼らの事はこれで分かった。偶然にしろ、何にしろ、通りかかって良かったよ。

 防御魔法を掛けるから、バリケードを作り直して、建物の中で隠れててもらう? それとも、他所へ逃げてもらおうか?」


 当然の様に、彼らを守るための算段を始めたら、驚かれてしまった。


「何でそう警戒されるの? 私は喧嘩さえ売られなきゃ、大人しい善人の部類だと、自分では思ってるんだけど。

 アルオルは近々自由の身になる予定だから、仲間と連絡できて良かったね。もっと早く紹介してくれれば、もっと良かったのに。そうすれば、ゆっくり話せたのにさ」


 本音で話しているのに、根の人たちに警戒心MAXで睨まれてしまった。その後、本気で私がそう言っていると納得した根の皆さんは、目ン玉飛び出すんじゃないかと言うくらい、目を見開いて驚いていた。


 お礼を言うアルへ、私が話すよりもアルオルが話した方が、早いからさっさと決めるように急かす。結論が出るまで、ダビデと話そうと近付くと、久々にダビデから抱きついてきた。


「お嬢様、ありがとうございます。

 ブルローネ様は、ボクにお料理を教えてくれた優しい人なんです。助かって良かった!」


 パタパタと高速で尻尾を振りながらお礼を言われる。耳の間から首筋にかけて、指で掻いたら、擽ったかった様で、すぐに離れてしまった。残念無念。全て終わったら、また抱いて眠らせてもらおう。


 この場に残り防御を固めると言う根達へ、オルランドが苦言をおくっているようだ。それに割り込み、バリケードを含んだ建物全体に防御魔法をかける。


「丸一日くらいは保ちますから、それ以上長くなるなら逃げてくださいね!」


 手を振る彼らに見送られ、今度こそダンジョン公の居城に向かった。


 最初からこうすれば良かったと後悔しながら、空を飛ぶ。真っ直ぐダンジョン公の居城を目指していたつもりだったけれど、魔物を避けて進むうち、いつも間にか方向が違っていたのだ。だからこそ、根の人達と出会えたんだから、無駄とも言えないけれど。


「着いた! 居城前の広場に降りる!!

 皆、気をつけて」


 何とか居城が落ちる前に辿り着く事が出来た。ダンジョン公の兵士達が、入り口を守り戦っている。


 ダンジョン公の居城は地下墓地(カタコンペ)の影響か、更地に建っていた。建物の全体的に窓は小さく少ない。かなり高い場所に一ヶ所だけ大きな窓があり、目立っていた。


 居城の正面扉は固く閉じられ、バルコニーに陣取った兵士達が群がる魔物に応戦している。


 広場の真ん中、魔物達の背後に降り立つ。無論、続々と魔物が集まってきているから、私たちもこのままじゃすぐに囲まれてしまうだろう。


 広域破壊呪を唱えようと息を吸う。


「ようやく来たか」


 居城を襲っていた魔物が動きを止めて、二つに割れた。ぽっかりと空いた空間に、知っている顔を見つけて、驚きに噎せかえる。


 限界まで息を吸っていた上で、更に息を呑むと噎せるらしい。


「何故、貴方が……」


 苦しい息のまま、問いかけた。


 ……そこには額に青い石を張り付けたAランクパーティー疾風迅雷のライガがいた。




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