124.デュシス独立宣言
「すまん、今、何と言うたのかの?」
「ですから、ヤハフェとその一味です。死体ゲットしましたし、イザベル様も構わないよね?」
あっけらかんと話したら、全員絶句してしまった。
「何でそんなに驚くんですか? また魔物になられると困りますもん。強制成仏してもらおうかと思うのって、そんなに変ですかねぇ?」
「リュスティーナ姫、あの者達をデュシスの地に葬るのは、領主として認められません」
イザベルが墓地の利用を拒否してきた。そこは予測済だから別に良い。それに彼らだって、ここに葬られたくはないだろう。
「そこはしゃーないです。アルオル、ヤハフェ達って何処に葬った方がいいとか、希望ある?」
唯一の身内に確認する。私に話しかけられて、アルオルは驚いたようだ。目を見合わせてから、オルランドが答える。
「ハニー・バニー、爺様も仲間達も死すればそれまでと覚悟はしていたはずだ。葬るのは何処でも構わない。
しかし、本気かい? 本気で墓を作る気か?」
「本気だよ。闇に生きる系の人達だから、そう答えるのは分かってたけどさ、生きてるオルランドとか別の身内や知人友人が墓参りするのに、何処が良いとかあるのかなと思ったんだけど、本当に何処でもいいのね?」
念を押したら、迷いなく頷かれた。なら、場所は一択かな?
あそこにすれば、前から気になっていた事も解決するし……。
******
森に祈りが響く。
初夏まであと少しの時期だから、花が咲き誇り緑も濃くなっている。
ここは実家、第6境界の森だ。誰の支配地域でもない場所で、とりあえずの安全が確保されている所など、ここぐらいしか思い付かなかった。
サーイさんにヤハフェ達のついでに、私の両親の葬儀を行って欲しいと頼んだところ、驚きながらも快諾してくれた。そして両親の葬儀となったら、色んな人が参列したいとごねた。コッソリと小規模に身内だけでやるつもりだったのに。
具体的に言うと、マスター・クルバ、アンナさん、スカルマッシャーのみんな、クレフおじいちゃんに鍛治屋のスミスさん。イザベルも来たいと言われたけれど、そこは間髪いれずにお断りした。
スミスさんは、アルオルの防具の修理を頼みに行った所で、同行していたクレフおじいちゃんから聞かされていた。スミスさんとクレフおじいちゃんは昔、パーティーを組んでいたらしい。
アルオルの防具の修理は少しかかるとの事で、取り敢えずいつもの物よりは防御力は落ちるけれど、革製の代用品を渡している。
ここに来たがったスカルマッシャーさん達は、同じく見つかったロジャーさん、カインさんの葬儀の準備があると、デュシスに残った。
ヤハフェ達は一ヶ所にまとめて葬る。その上に、オーナメントを建て、サーイさんに祈ってもらって、簡単な葬儀はおしまい。
ついでに、私が両親の武器で作ったお墓の方も、弔って貰って、長くお墓も作れなかったと、気になっていた事のひとつが片付いた。
少し別れが言いたいというクルバさんを待つ間、簡単に掃除した実家でお茶を飲む事にする。アルオルもヤハフェたちと少し話すと言って、ここには来なかった。
「ここが、姉様の……」
アンナさんが感慨深げに、部屋の中を見回している。雨漏りしてきているから、おそらく近々廃屋になると話していたら、何を思ったのか、大修復大会になってしまった。
アルケミストと鍛治屋であるクレフおじいちゃんとスミスさんが音頭をとって、ジルさんとダビデが屋根に上がる。穴の空いた屋根を補修しつつ、新たにペンキを塗る。
特殊な薬剤を屋根に染み込ませることにより、強度が上がり、雨漏りにも強くなる……らしい。ついでに、魔物避けの効果もあるとか。アルケミストの秘薬だと、どや顔したクレフおじいちゃんから貰った。
ただし、乾くまでかなり強烈な臭いの発する薬剤で、ダビデもジルさんも噎せていた。空を飛べる私は、壁にその薬品を塗り込む。
「何をしているんだ?」
しばらくワイワイと直していたら、戻ったクルバさんに呆れられた。戻ったアルオルも含めて、何故か総出で実家の補修をする事になる。サーイさんもいつの間にか、刷毛を片手に手伝ってくれていた。ちなみに刷毛等の道具は、スミスさんが準備してくれた。
「サーイさん、今日はありがとうございました」
聖人なのに罪人の葬儀を行って、更には実家のペンキ塗りまでさせちゃったサーイさんに、お礼を言う。まったく気にしていない様で微笑みながら、お役にたてて良かったと言われ、やっぱり好い人だなぁと確信した。
全てが終わって、クルバさん家の庭に全員で戻った。また明日と話し、別れていく皆を見送り、私達も庭に設置させてもらった隠れ家に入る。領主館に滞在するようにとは言われたけれど、断ってクルバさん家の庭にまたお世話になっている。
「お嬢様、お風呂行ってきます」
「ああ、体が臭い。風呂を使っても構わないか?」
中に入った途端、ダビデとジルさんにそう言われる。よほど薬剤の臭いがキツイらしい。私はもう馴れちゃって、あんまり感じないんだけど。
いってらっしゃいと見送って、臭いがキツイなら私もお風呂に入るべきだなと、自室に向かおうと思った時だった。
「ティナ様、少しだけお時間を頂いてもよろしいですか?」
なんだろうと思って顔を見れば、また何か考え込んでいるようだ。先を促すと、私に近づき片膝を立て跪く。あれ、いっつも両膝をついた土下座ポーズが多いのに、今日はどうしたのやら。
アルの過剰反応にもなれてきて、そんな風に観察する余裕ができた。そのまま流れるように、私の左手を捧げ持ち、額をくっつける。
「心よりお礼申し上げます」
何とか聞こえたのはそこまでで、後は一心に何かを祈っている様に固く瞳を閉じたまま、額を強く押し付けていた。しばらくたって、謝りながら私の目を見る。
その瞳に浮かぶのは……何だろう? 少なくともアルの瞳には、今まで見たことはない物だった。強いて言うなら、忠誠? 時々ジルさんやダビデにも浮かんでいるやつが一番近いけれど、それ以上の熱も感じる。アルオルが私に忠誠心を持つなんてあり得ないから、何なんだろうなぁ……。
「…………ティーナ……」
そのまま左の手の甲に軽く唇を押し付けられて、驚きのあまり手を払う。
「びっくりしたなぁ、もう」
「申し訳ございません。さて、我々も湯を使わせて頂きましょう」
さっと立ち上がると、オルランドを引き連れて、アルもお風呂へ向かった。一体なんだったのやら。外人さんのこう言うところ、よくわからん。
唇の感触が残る左手を振りながら、私もお風呂へ向かった。
******
「ここに、デュシスの独立を宣言します!!」
長々とした演説の終わりに、イザベルが独立を宣言する。神殿に入りきれなかった人々も含めて、多くの住人が喜びの声を上げた。
マスター組と勇者、聖人、そして私は来賓席に陣取っている。私だけはどうしてもと頼まれて、貴族っぽいドレスを見にまとっていた。コルセットが苦しい。
とても綺麗と着替えを手伝ってくれたアンナさんやマリアンヌからは誉めてもらえたけれど、正直、違和感が半端ない。他の面子はいつもの格好でいいのに、私だけはドレス着用って差別だ。全力で拒否したんだけど、いつもの格好じゃ不味いし、私の顔を知らない人達も今日は来るから、変装変わりにドレスを着るようにと説得されたんだよね……。
ちなみにジルさん達は、マリアンヌやアンナさんと一緒に、群衆の中にいるのだろう。
イザベルが演壇を降りて来賓席に近づく。クレフおじいちゃんが警戒しはじめた。こんなの、式次第にはない。
「皆様、ここにいる方々が、デュシスの危機を救って下された英雄です! どうか、拍手を!!」
鮮やかに微笑んだまま、町の人々へ私たちを紹介する。警戒したまま、クレフおじいちゃんは手を挙げて民衆に答えている。
そのまま、イザベルは私の前に立ち、貴婦人の……。マズイ!
慌てて来賓席から降りて、イザベルの前に跪いた。
私が誰だか分かっていた人から驚きの声が漏れる。私を知らなかった人々は、周りからアレが狂愛と血塗れの娘だと教えられているようだ。
チラリと来賓席に目をやれば、クレフおじいちゃん達が苦虫を噛んだ顔でイザベルを睨んでいる。イザベル自身はと言うと、一瞬悔しそうな顔をしたと思ったら、それを引っ込めて、貴婦人の真意を見せない微笑みに切り替えていた。
「デュシスの独立、心よりお祝い申し上げます」
イザベルの先を制して話し出す。本来であれば礼儀作法的にNGだけれど、まぁ致し方なし。
「リュスティーナ姫様」
私を相変わらず姫と呼ぶイザベルに、へりくだった笑顔を見せた。
「どうか、ティナとお呼びくださいませ。
私は罪人の娘。自らの出自の責任を取らず、逃げた男の娘でございます。
この地で生きる皆様に、敬意を。どうか、安寧があらんことを」
そう言って、深々と一礼をした。息を呑む音が広がっていく。そりゃそうだろう。王族が高々貴族に膝をついたのだ。ついでに、参列した民衆にも膝を屈した。
立ち上がりながら、イザベルとその向こうにいる民衆に語りかける。
「今日、私はここを発ちます。皆様の勇気と覚悟に敬服しております。どうか、神よ、デュシスに祝福を!!」
にっこり笑ったまま、イザベルを睨み付け、来賓席を通りすぎて降りる。私を追って、マスター組も降りてきた。クレフおじいちゃんは何かをイザベルに話したらしい。
一瞬、貴婦人の仮面にヒビが入りかけたけれど、何とか持ち直したイザベルは、民衆に手を振っている。
「なぁ、ババァ、今の何だよ」
武装を整え、聖剣を腰に差したハルトに声をかけられて苦笑する。
「気がつかなかったの? イザベルは私を群衆の前で紹介し、ここに縛り付けようとしたんだよ。諦めが悪いと言うべきか、根性があると言うべきか」
「とっさの判断としては上出来だったな」
クルバさんが私の頭を撫でつつ、お疲れさんと労ってくれる。
「でもこの調子じゃ、デュシスは貴女の事を諦めないわよ?」
「ま、物理的に距離あけますし、何とかなりますよ。
それに私に構ってる暇は、この土地にはないでしょう?」
冒険者や兵士たちからの報告で、ここと旧ケミスの町を繋ぐ谷には魔物が溢れていることが確認されている。周囲の村も滅んだり、壊滅的な被害を受けたものが多い。
「まぁ、そうじゃの。わしらも目を光らせるからのぅ、そう神経質にならんでも、何とかなるじゃろ。
所でティナちゃんや、仲間の防具は直ったのかな?」
「いや、もう少しかかるらしくて。出来たら、クルバさんに送ってもらうことしました」
「ならば帰還は予定通り、今日の夕刻で構わぬな?」
「はい、よろしくお願いします」
そこまで話をした所で、マリアンヌ達と合流出来た。アンナさんはスカルマッシャーさん達と一緒にいる。受付嬢はクビになったけれど、冒険者資格までは剥奪されなかったアンナさんは、スカルマッシャーさん達に合流して、この土地のために尽くすこと決めた。
サーイさんの額に輝くサークレットがあれば、そうそう危険な目には合わないだろう。
「お父さん、はい、預かってたの」
そう言って、マリアンヌがクルバさんに通信機を渡している。緊急用のものでマスタークラスは、肌身離さず持っているものだ。同じようにジュエリーさんとクレフおじいちゃんも受け取っている。
「ん? 少し待て。通信だ」
クルバさんのが鳴り始めると同時に、残り二つも点滅を始める。
「……こちらデュシスマスター・クルバだ」
「……ジュエリーよ」
「クレフじゃ」
三者三様の受け答えで、通信機が作動する。
「「「ねえ、そこにハルトとティナちゃんはいる?!」」」
切羽詰まったトリリンの叫びが通信機から響いた。
耳を塞ぎながら、クレフおじいちゃんの通信機のみを残し、他は切断する。
「トリープか。ここにハルトもティナもおるが、いかがした?」
口調の変わったクレフおじいちゃんが、冷静にトリリンに話しかける。
「二人とも、早く戻って!
東の迷宮が溢れたんだ!!
ボクらだけじゃ、押さえきれない。
助けて! ハルト!! ティナちゃん!!」
「トリリン、お前は大丈夫なのか? 何だってそんなことに!!」
クレフおじいちゃんから通信機を奪い取ったハルトが怒鳴っている。
「ハルト……、ハルトぉ、ボクもうダメかも。はぐれのAランクが、何かをやったらしいんだよ。ヤツ、魔物の先頭に立って、こっちを襲ってる。額に青い石なんかくっつけちゃってさ……。グズッ……。ボクらは殺されるしかないのかな?」
額に青い石と言うところで、私達は嫌な予感に顔を見合わせた。
「待ってろ! すぐに戻る!!」
駆け出そうとするハルトをジュエリーさんが制する。
「お待ち! 仲間と合流しないで、一人帰ってどうなるの!!
マリアンヌ、ハルトパーティーを連れてきなさい。ハルトはこっちへ。神殿に緊急移転を頼みます!!」
「アンナさん、ダビデ! 脱ぐの手伝って!!」
道の真ん中だったけれど、私も慌ててドレスに手をかける。装備が整わないまま、今回の黒幕が何かをやった土地に戻るのは、自殺行為だ。
最悪切り捨てようと思いながらも、ドレスを引っ張る。
「ティナ、落ち着いて。公衆の面前で裸になるつもり?!」
アンナさんにたしなめられて、神殿の一室に連れ込まれた。ジルさん達は扉の外で待機している。
「ティナ! 勇者様からの伝言だよ!!
先に帰る。急いで追ってこいって」
勇者を見送ったマリアンヌが、ドレスを脱ごうと悪戦苦闘する私に伝言を届けてくれた。
「ハルトは戻ったんだね? なら、大丈夫かな」
ハルトだって、元日本人のチート持ち。何とかするだろう。少しだけ落ち着いて、ドレスを脱いだ。
「皆、混沌都市へ帰るよ!!」
ようやく脱げたドレスを足蹴にして、いつものローブに着替える。武装を整え、廊下に飛びだし走り出した。




