123.新米領主VS冒険者ギルド、時々オバチャン
領主館が騒がしくなる。マップ上も、彼らが到着した事が確認できた。さて、どうなるか分からないけれど、ここから出よう。
無言のまま、アルオルに合図を送る。本当は見張りを私が魔法で眠らせる予定だったけれど、アルオルが対処すると言って譲らなかった。
鍵がかかっていたけれど、魔法で開けて、驚く見張りをアルオルが倒す。後は足を止めずに歩くだけだ。
「自分が何をしたか、お分かりになっておいでかな?」
階段を下りていたら、怒りの滲むクレフおじいちゃんの声が聞こえてきた。アルオルと一緒に声の方向に急ぐ。
「一体何の話でしょうか?」
イザベルの声は緊張をはらんだものだ。
「あ、姫様」
メイドさんの一人が私に気がついて、驚きの声を上げる。勢いよくイザベルも振り返り、私を凝視する。
「一体、どうやってここへ? あの部屋は……」
言いかけて、はっとした様に口を閉じる。まぁ、魔法職を魔力阻害がかかった部屋に見張り付きで閉じ込めていたと、カミングアウトするのは外聞が悪いのだろう。
「私達の実力を甘く見すぎ」
肩を竦めながら、きっぱりと言いきる。悔しそうに唇を噛むイザベルの腰にパトリックは手を回し支えている。
イザベルと話していた集団の中に、ジルさんとダビデを見つけて、笑顔を浮かべる。二人とも表情は固いけれど、大きな怪我はない。良かった、本当に良かった。二人と目があった瞬間、憂いなどないように鮮やかに微笑んで見せた。
「ティナちゃんや。アンナから聞いた。酷い目に合ったのぅ。さ、こちらに来なさい。一緒に帰ろうの」
おいでおいでと手を振るクレフおじいちゃんに近づく。ジルさんとダビデが素早く前に出て来て、ようやく合流できた。ダビデの毛並みを堪能しつつ、ジルさんに顔を向けた。
「ジルさん、大丈夫でしたか? 怪我は?」
「特にない。戦っていて突然特殊個体が滅んで驚いたが、ティナがやったのか?」
「結果的には」
「ほう、そうか。さてと、ティナちゃんや、再会を喜ぶのはまた後にして、今はこっちに集中してくれんかね」
呆れた顔で私達を見るクレフおじいちゃんの背後にはマスター組に勇者に聖人、それと疲れた表情のスカルマッシャーさん達がいる。その中に顔色の悪いアンナさんを見つけて、安心して欲しくて笑顔で小さく手を振る。
咳払いをするクレフおじいちゃんに促されて、イザベルの方を向くと、キツイ視線を向けていた。
「さてティナちゃんや。ひとつ意志の確認をさせて欲しい。
ティナは王族として生きるのかい? それとも冒険者として生きるのかい?」
嘘は許さないと、真剣な表情で私を見るクレフおじいちゃんに、苦笑いを浮かべつつ答える。
「以前、マスター・クルバからも同じ事を聞かれましたよ。私はその二つが選択肢なら、冒険者として生きます。もしも、冒険者ギルドが私の所属を認めないなら、そうですねぇ……無法者にでもなりましょうか」
「無法者になっても、王族は嫌かね?」
「嫌ですね。王族となる利点が一個もありませんから」
「利点ですって? リュスティーナ姫、何を仰っているのですか。貴女の血脈が、お生まれが王としての立場を求めるのです。血からは一生逃れられません。立場には責務が付随するもの。
愚かな子供らしい論理で感情的に話すのは、お辞めくださいませ! 貴女様は既に王族として世間に認知された、姫殿下なのですわよ?」
「お前のせいでな」
怒るイザベルに、氷点下以下のツッコミが入る。ビックリして声の主を探せば、ジョンさんだった。スカルマッシャーの残りの二人も、同じ考えらしく、殺気だったキツイ視線をイザベルに送っている。
睨み合う私達を、執事さんが応接間のひとつに案内した。みんなこれ以上言い争いを廊下で行うのはどうかと思っていたらしく、足早に移動する。
大きな丸テーブルを挟んで、領主イザベルとパトリックが部屋の奥、ギルド組がその正面。私は真ん中よりも少々ギルド組の近くの位置を選ぶ。全員が席に落ち着き、クレフおじいちゃんが最初に口火を切った。
「さて、今回の被害者の意思は確認できた。その上で、領主令嬢・イザベル殿。貴殿が今回、我ら冒険者ギルドの構成員に対し行った、暴挙について聞かせて頂こうか」
腕を顎の下で組み合わせ、イザベルを睨むクレフおじいちゃんからの威圧感が凄い。前にオルランドに向けて怒った時の数倍だ。マスター組は顔色ひとつ変えずに、自分達も威圧している。
慣れないハルトとサーイさんは落ち着かない様に、視線をさ迷わせている。
「暴挙とは?」
「気がついておらんのかね? やれやれ、イザベル殿、貴殿には失望した」
「な?!」
いきり立ったパトリックが立ち上がりかけるが、スカルマッシャーさんが睨み付けて、席に座らせる。
「どういう事でしょうか?」
「今回の被害者であるリュスティーナは、ギルドの正式な構成員じゃ。それもSランク昇進が決まっておる、新進気鋭の次世代を担う冒険者じゃよ」
Sランクと言われて、驚きのあまり目を見開いてしまった。私はBランク、確かA以上は試験が必要だったはずだよね?
「S? そんなはずはございません。リュスティーナはこの地を離れる時点でBでしたわ。そんな速度でランクアップなどあり得ないこと」
鼻で笑って否定するイザベルに、クレフおじいちゃんは深々とため息を吐く。
「成人を迎える時点のギルド上層部で、リュスティーナの評価は最低Aランク相当という共通の認識じゃった。ただ本人が旅に出ると言うておったから、この地のマスター権限で与えられる最上位の、Bとなっておっただけじゃよ。それはそなたも知っておろう?
そして、今回の「罪人の谷・特殊個体発生事件」の功績により、その立役者である、勇者ハルト、聖人サーイ、女王ティナの三名については、特例でのランクアップが決まった。勇者と女王はその戦闘力によりSへ、聖人はAじゃな。
なおこれは、ギルドの公式決定である」
サーイさんもハルトもまったく驚いていないから、もう既に聞かされていたのだろう。私と目があったサーイさんは、大丈夫だと言うように、柔らかく微笑んでくれた。
「さて、そのSランク冒険者であるリュスティーナの出自を、領主であるそなたが本人の承諾なく勝手に広め、あまつさえ本人を拘束した。これは、冒険者ギルドの自治を脅かすものである」
「そうですわね。Sランクは世界でも数人しかおりませんもの。ギルドでも主力中の主力。切り札を通り越して、奥の手となるメンバーですわ。それをこちらに一言の断りもなく、本人の同意もなく、国に縛り付けようとは……」
出された紅茶に口をつけながら、唇を三日月型に吊り上げ、マスター・ジュエリーが補足する。その瞳は冷えきっている。
「わたくし共、冒険者ギルドも嘗められたものですわね。
この地に冒険者は要らないという、意思表明かしら?」
ようやく状況が分かってきたらしいイザベルは蒼白になっている。
「でも、私にそれを教えてくださったのは……」
すがる様にアンナさんを見るイザベルは、それが失言だと気がついて途中で話すのを止めた。でもそれで許す人達じゃない。
「そちらに情報を流したのは、我々デュシスの冒険者ギルド職員だと言うことは、報告を受けています。それは許される事ではない。
デュシス冒険者ギルド、チーフ受付嬢アンナ」
クルバさんは、揺らぐ事のない声でアンナさんを呼ぶ。今まで私達に向けていたどこか親しみやすい声ではなく、冷たく強いギルドマスターとしての声だ。
背後で控えていたアンナさんは、返事をすると一歩前に出る。
「ギルド職員規約違反につき、お前を受付嬢の職から解く。ギルドの私物は速やかに撤去するように」
「……分かりました。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。長い間お世話になりました」
「叔母様!」
「イザベル様、ギルド職員はその立場上知り得た秘密を、決して漏らしてはならぬのです。例えそれで死ぬことになっても、です。私はギルド職員としての、バランスを失い、信頼を失墜させ、ギルドに不利益をもたらしました。もう、職員では居られないのです」
弱々しく語るアンナさんに、いつもの強さはない。
「そんな……」
「領主様と、ギルドの橋渡しをと思い、行動して参りましたが、今後、その様なことも出来ません。お許し下さい」
頭を下げるアンナさんを支える為に、ケビンさんが腕を差し伸べた。肩を抱かれて、アンナさんはケビンさんの胸に額を押し付けている。
「さて、それともうひとつ、我々からご領主様に報告がありましてな」
呆然とアンナさんを見ていたイザベルは、その声でクレフおじいちゃんに視線を戻す。
「我ら冒険者ギルドよりの救援部隊は、特殊個体の殲滅を確認した故、この地を速やかに離れ帰還します。予定よりも随分長く掛かってしまいましたからのぅ。冒険者達をホームに戻してやらねば」
「……え?」
「長い間のご助勢、感謝致します」
驚き絶句するイザベルを他所に、クルバさんがお礼を言った。
「ああ、そうじゃ、サーイ殿、サークレットを返して頂けますかな?」
クレフおじいちゃんの声を受けて、サーイさんは額に付けていたサークレットを外し、クレフおじいちゃんに渡した。
「これでようやくお役御免ですね。正直、聖人等という立場は、私には荷が重すぎました」
「ふふ、協力感謝する。さて、ティナちゃんや、コレも返そうのぅ」
クレフおじいちゃんから、サークレットを受け取ったダビデは、恭しく私に差し出す。受け取りつつ、首を傾げる。
「あれ、これもう、大丈夫なんですか?
特殊個体は滅んでも、ノーマルゾンビは健在でしょう? 人も減るし、退治に必要なんじゃ……」
「必要だ。本来であれば、どんなことをしても貸し出しの延長を頼みたい。ただ、デュシスがこれだけの事を仕出かして、厚かましくもそんな事は頼めん。こちらは、何とかする。我々冒険者ギルドは、最悪、デュシスから撤退すればいいだけだ」
クルバさんが話すのを聞いて、イザベルは小さく震えだした。自分がやった事が、ギルドの逆鱗に触れるものだったとようやく気がついたらしい。
「そんな……」
「マスター・クルバ、何故そこまで冒険者ギルドはティナに肩入れをするのですか?」
今度こそ絶句したイザベルの代わりに、パトリックが話し出す。どうにかして落とし処を見つけないと滅びの道を歩くことに成りかねないと、その表情は焦りに彩られている。
「ギルドは王権から離れ、世界中で自治を行う団体だ。そして前回、妖精王と聖女がこの国に手出しされたとき、ギルドはこれ以上のゲリエの介入は許さないと決意した。なのに、ゲリエ王都ギルドマスターの拘束、処刑。王都とは関係ないからと、危険を省みず加勢をしていたこの地では、次世代を担う若者の奪取を計画された。
そもそも今回の救援も、ギルド内部では賛否両論あった。それを押してクレフ老により、この地の救援作戦は決行されたにも関わらず、蓋を開ければこの始末。俺はデュシスのギルドマスターとして恥ずかしい。
我らは冒険者ギルドはティナに肩入れをしている訳ではない。我らの矜持を傷つけられた事に腹をたてているのだ」
やらかした本人ではないせいか、パトリックには分かりやすく説明してあげている。
「さて、用件は済んだ。帰ろうかのぅ」
言うだけ言って気がすんだのか、クレフおじいちゃんは席を立った。
「お待ち下さい!」
それまで静かに佇んでいた執事さんが、クレフおじいちゃんを呼び止める。
「皆様のお怒りは分かりました。ですが、この地に生きる我々にも、少しだけ慈悲を頂けませんか?」
直角に体を倒し、頭を下げる。そのまま執事さんは動かない。執事さんが稼いだら時間で、何とかイザベルも復活し、同じように謝罪してきた。
謝罪してもギルド組の態度が変わらない事を確認しすると、今度は私に向けて膝を折る。
「ごめんなさい、ティナ! どうか、許して。この地を助けて」
涙ながらに頼まれて、どうしたものかと目を逸らす。
「では、せめてこの地の独立宣言までいてちょうだい!!
貴女や勇者様がいなきゃ、人々も納得しないわ。それ以降は決して、この地に縛ろうとはしないから!」
「独立宣言?」
私の反応をどう思ったのか、イザベルは叫ぶようにそう話すと、膝をついて太ももに抱きついてきた。バランスを崩し、尻餅をついたまま、イザベルに問いかける。
「父がこの地へ救援を要請しに王都に言ったのは話したわよね? その父が処刑されたの。だから、次の領主は私がなる。そして、デュシスの廃棄もゲリエ王は決定しているわ。だから、私はこの地の独立を宣言します。生き残るにはそれしかないの」
「え、ご領主様、亡くなったの?」
「ああ、お前が北へ戦いにいっている間に知らせがきた。イザベルには懸賞金がかけられたそうだ」
うわぁ……、イザベルも結構追い込まれてるね。そうか、なら、どうするか……。でも、こいつを助けるのは、何となく嫌なんだよなぁ……。
「クルバさんは逃げないんですか?」
助ける理由を探して、クルバさんに声をかける。何でも言い、何か、助ける理由があれば、助けてもいいかなと思う程度にはほだされていた。
「逃げん。俺はここのギルドマスターだ」
「サーイさんは?」
「私は、スカルマッシャーにニッキーと一緒にお世話になることになりました」
「……クレフ老」
イザベルの手を払い、身を引いて立ち上がり、クレフおじいちゃんを見る。
「ギルド上層部を説得して、押し通した救援です。失敗になっても大丈夫なんですか?」
「少しは困るかのぅ。まぁ、じゃが致し方なし。泥はこちらが被る」
質問を続ける私を、アンナさんとパトリックが期待の瞳で見ている。
「ハルトはどうすんの?」
「帰る。トリリンも待ってるし、いい加減攻略を再開したい」
「イザベル様、その独立宣言とやらは、いつ行うのですか?」
「出ていただけるなら、明日にでも!」
「無理です。
リュスティーナ様、準備に一両日は掛かります。ゾンビ共の現状も確認しなくてはなりません。一週間は頂戴したい」
食いぎみに答えるイザベルに対して、冷静に執事さんがダメ出しを入れた。
「……私に利点はあるか? なら……。
クレフ老、ご提案があります」
その後、イザベルそっちのけで話し合いを続けた私たちは、何とか同意をすることになる。揉めるかなとは思っていたけれど、まさかあそこまで非難されるとは思わなかったよ。
サークレットは冒険者ギルド本部に一時貸し出す事になった。それをクルバさんが借りて、Aランクパーティーであるスカルマッシャーに貸す。スカルマッシャーにはサーイさんがいて、デュシスに残るから、有効活用してもらえるだろう。
そもそも各町への帰還は、3日をかけて行う予定だった。私達はその最後に帰還することにし、3日以内にデュシスが独立宣言を行う場合のみ、勇者やクレフおじいちゃん、そして私が参列することになった。
「さて、ティナちゃんや。お主の利点は何かね?」
ひとしきり打ち合わせが終わり、クレフおじいちゃんが問いかけた。
「クレフおじいちゃん達には、貸しですよ? って事で。
イザベル様には、無理を通して頂きたく。ついでにサーイさん、ちょっとお葬式あげてくださいな」
出来るだけ何でもないことの様に、サラッと要求した。
「葬儀ですか? それくらいはお安いご用です。ですが、ティナの仲間は全員無事では?」
疑問を浮かべるサーイに、言質はとったとニンマリと笑みを浮かべた。他に神官の知り合いはいないから、断られたらどうしようかと思ったよ。
「まあ、ティナちゃんがそれでいいなら、借りておこうかのぅ。
それでティナちゃんや、誰の葬儀をあげたいのかね?」
「ヤハフェ」
その名前を上げた途端、周囲の空気が凍った。




