表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/250

122.私は帰るよ

 えー……っと。これ、どういう状況なんだろう?


 領主館に戻った私達を待っていたドリルちゃんは、私の元に駆け寄ると、両手で力一杯抱き締めてきた。汚れると抵抗したんだけれど、聞く耳を持って貰えない。


 ドリルちゃんの周りにいる町の人々は、領主令嬢がいるせいか、膝をついて頭を下げている。その中にいるアンナさんは、背後からテンション上がった兵士に抱きつかれて、不機嫌そうだ。この状況、恋人のケビンさんにバレたら、嫉妬されちゃうんじゃないの?


「ティナ、ごめんなさい」


 私の首筋に顔を伏せたまま、ドリルちゃんが何故か謝っている。パトリック君辺りが助けてくれないかなと思って、視線を合わせたけれど、気まずげに逸らされてしまった。


「とりあえず、落ち着いて。何事か教えてくれる?」


「あ、薬剤師のお姉ちゃん! お帰りなさい!!

 パパ、この人が私を助けてくれた、薬剤師さんでしょう?」


 空気を読まない少女の声と、それをたしなめる父親の叱る声がする。ドリルちゃん抱きつかれたまま、視線をそちらに向ければ、懐かしい顔があった。


「アムルさん! まだこの町にいたんですか? てっきり逃げたのかと」


 七色紋で娘さんを治した、番頭のアムルさんがこちらを見て、頭を下げている。人形を抱き締めた少女は、私を見て屈託なく笑った。


「薬剤師のお姉ちゃん! ようやく会えた!!

 あの、助けてくれてありがとうございました!!」


 ピョコンとお下げを揺らして、深々と頭を下げられる。


「え……っと?」


 その子が誰か分からずに、反応に困っていたら、アムルさんが娘だと教えてくれた。商会のデュシスにある店を守る為に、一家はここに残ったらしい。そっか、あの時の末期だった女の子か。ようやく記憶が繋がる。


「ああ! あの時の!!

 すっかり元気そうで良かった」


「うん! ありがとう!!

 あのね、薬剤師のお姉ちゃん。

 お姉ちゃんはお姫さまなの?」


 子供の無垢な瞳で問いかけられて、咄嗟に対応できず固まった。そんな私を見て、アムルさんは慌てて娘の口を塞いでいる。


「も、申し訳ございません! リュスティーナ姫!!

 娘のご無礼は、父である私の不徳。どうか、処罰は我が身に」


 そのまま、両膝をつき頭を下げられる。どんどん身体が冷たくなり、口が乾いていくのを感じる。凄く……もの凄く、嫌な予感がする。


「ドリルちゃん?」


 問いかける眼差しを、ドリルちゃんに向ければ、無表情になった領主令嬢・イザベルは、すっと姿勢を正し私から離れる。数歩離れた場所で、以前も向けられた王族に向ける貴婦人のお辞儀をした。


「リュスティーナ姫。ご無事の帰還、この領主イザベル、心よりお喜び申し上げます。さ、お疲れになられましたでしょう? 館でお休みくださいませ」


 ドリルちゃんの合図を受けて、静静と現れた侍女さんに恭しく館の中に誘われた。


「待って! ねぇ、どういう事?

 ……アンナさん!!」


 私が頑として動かない事に気がついた執事さんも、誘導しようと頭を下げたまま館へと腕を向ける。人垣に囲まれ、アルオルからもアンナさんからも引き離されそうになって、堪えきれずアンナさんに助けを求める声をあげた。


「ティナ! 待っていて!!

 出来るだけ早く、クレフ様かクルバ兄さんを連れてくるから!!」


 自分一人では無理だと判断したアンナさんは、抱きついていた兵士に後ろ頭で頭突きを食らわせると、外に向かって走り出そうとした。パトリック君がアンナさんを制止するが、止まらない。数人の兵士がアンナさんを囲んだ所で、魔法の準備が出来たから、状況は分からないけれど、とりあえずアンナさんを移転させた。どうやら、解放の喜びで抱き付かれていたのではなく、拘束されていたのだろう。


 目の前に表示させたマップでは、上手くクルバさん家の中庭にアンナさんを移転できた。あそこにはダビデもいる。冒険者ギルドも近いし、ここからよりも城門にも近い。Bランク冒険者の実力を持つアンナさんなら、何があっても無事にたどり着けるだろう。


「姫様? 何故、邪魔をなさるのですか?」


 咎めるドリルちゃんと、不安げな町の人々。膝をつきながら上目遣いで私達のやり取りを盗み見ている。


「アルオル、こっちへ」


 緊急事態だと判断し、アルオルを呼び寄せる。そのまま歩いて向かっては、どうせ二人も拘束されかねないと思ったから、呼ぶと同時に私の背後に移転させた。


 無言で控えるアルオルもまた動揺を隠しきれていない。そりゃそうだよね。同居人が姫呼ばわりされて、平気な人はなかなかいない。私なら友人がいきなり大勢にプリンセスと呼び掛けられたら、確実に笑う。深刻な表情を維持出来ているだけ、アルオルは頑張っている。


「……中へ」


 ただし当事者の私は笑うに笑えない。どうやら、私の出生がバレた事は確実だけれど、何がどうなっているのやら。


 何処までも他人行儀に恭しい領主館の人々に先導されて、館へと足を踏み入れた。








 今までとは段違いの豪華な部屋に招き入れられて、外に複数の見張りが立つ気配がした。一度汗を流してから、晩餐の時にでも話を致しましょうと、イザベル嬢はそう言ってさっと何処かへ去っていった。


 館の中の空気は重い。そんな中、お湯を運んできたメイドさんから、ようやく少しだけ話を聞けた。物凄く怯えていたから、最後はアルオルに詰め寄られて半泣きだったけど。


「何て事を……」


 今後の事を考えると、頭が痛い。そして、さっきの私、よくやった。アンナさんを逃がして正解。


「ティナ様」


 アルが控えめに私の名前を呼んでくる。とうとうバレたかと思いながらも、アルオルの方に顔を向けた。嫌われるかな。


「何?」


「……本当なのですか?」


「うん。そうだよ。私の父の名前はフェーヤブレッシャー。母はクラサーヴィア。騙すような事をしてゴメン」


 怒られるかなーと覚悟しつつも、出自を認めた。まぁ、これで一緒にはいられないと言われたら、クレフおじいちゃんにでも、アルオルの身の振り方を相談しよう。もう少し我慢してくれれば、自由の身にできるんだけど、正直、残念だ。


「……左様ですか」


 暗い表情のままアルはそう言うと、壁の前に立ち動かなくなった。どうやら何かを悩んでいるらしい。また変な方向に突っ走らなければ良いけれど。アルだしなぁ……。


「……ジルさんは大丈夫かな。ここにいるよりも、ジルさんを迎えに行きたい」


 ポツリと本音が漏れた。広域マップと奴隷紋を併用して確認したから、生きているのは分かる。でも、怪我をしていないか心配だ。


「そもそも、何で私はここに居なきゃならないのさ。私は森生まれの森育ち。貴族でも王族でもない。ただの冒険者だよ?

 ……あー、段々腹立ってきた。

 自分達の都合を押し付けるんじゃないわよ。

 何で私がデュシスのトップを張らなきゃならないの。

 何で人生捧げなきゃならんのさ!

 ふざけるなよ!

 私の人生は自分で決める!!

 例え、神だろうと、親だろうと介入はさせない!!」


 実感と共に尽きることなく涌き出す怒りに、我慢しきれず拳を握って立ち上がる。

 ダンダンと右足を踏み鳴らしながら、荒ぶる心のままに続けた。


「それを、何?!

 高々、少し付き合いがあっただけで!

 私の出自を知っていただけで!

 何故、私がここの駒にならないといけないの!?

 縁はあっても、恩も義理もない土地だよ!?

 ふざけんじゃないわよ、全く!!

 本当にふざけんな!!」


「なら逃げるかい? リトルクイーンなら簡単な事だろう?」


 一息に叫んで息切れしたタイミングを狙って、オルが話しかけてきた。不機嫌な顔のまま、オルランドを見つめる。


「逃げてどうなんのよ。この地で知られたって事は、その内ゲリエの王都に聞こえていく。きっと追われるよ。イザベルだって私を諦めるとは思えない」


 ここを見ろと言うつもりで、室内を指差した。豪華な室内、整えられたアメニティ。寛げと言わんばかりのお茶とお菓子。でも、出入口には見張りが立ち、室内全体に魔法阻害の術がかかっている。私の魔力の方が上だから関係ないけどね。外を見られる大きな窓は嵌め殺し。空気の入れ換え用に、小さな天窓があるだけだ。


 ここは、貴人を幽閉する為の場所なのだろう。イザベルはここから去るときに、デュシスを訪ねた王族をもてなす為の部屋だって言っていたけれど、信じられるものか。


 肩を竦めて、壁際に控えるオルランドの姿を見て、少しだけ冷静さが戻ってきた。


「……ゴメン。ただの八つ当たりだよね。オルランドは悪くない。今のは私が悪い。ごめんなさい」


「まあ、八つ当たりする元気があるのは良いことだよ。

 それで、ハニーバニー、どうする気だい?」


 苦笑しながらオルランドは私の意志を確認してきた。


 多分、盗聴されているんだろうなと思って、魔法を使って確認すると、やはり空気穴を通して、会話が聞かれていた。空気穴を風で囲い、その一部を真空にする。これで聞かれることはないだろう。


 一応の用心に、アルオルを手招き、ソファーに座らせる。そしてソファーを中心に結界を張った。


「とりあえず、これでいいかな?

 魔力遮断、空気遮断、読唇術封じに、結界を真っ黒にして内部を覗かせない様にして……、あと何か思い付くのある?」


 アルオルに穴はないかと尋ねたら、驚きながら首を振られた。


「お嬢様は、デュシスと敵対なさるのですか?」


 私の警戒っぷりを見たアルが心配そうに話始めた。


「今は未定。イザベルの出方次第かな……。せっかく助けた町を滅ぼすのもね」


「滅ぼす気かい?」


 真顔で「場合によっては」と即答したら、アルオルの警戒心も一段上がったようだ。それまでは困惑が主に占めていた空気を、警戒と覚悟に変える。


「……さっきアンナさんをマスター・クルバの自宅に飛ばした。あそこには私の弱点(ダビデ)がいる。アンナさんなら、確実に気がついて対処してくれると思った。

 マップで確認している、町の現状、聞く?」


「お願い致します」


「アンナさんは、クルバさんの家から出てないけれど、どうにかしてマスター組と連絡をとったんだと思う。今、マスター・クルバの家には、主だった所だけでも、クレフ老、クルバさん、ジュエリーさん、勇者、聖人がいる。スカルマッシャーさんやジルさんはいない。私のマップの範囲にはまだ入ってないみたい。

 クルバさん家の周りは、夜勤組の冒険者が十重二十重(とえはたえ)に囲んでいる」


「そこまでお分かりになるのですか?」


「まあ、個人的に知ってる人なら、大体ね。見ず知らずの人はここまでは分からないよ。

 恐らく、冒険者ギルドも何らかの動きをするはずだ。それが私に関係するものであるかどうかは、分からないけれど。

 だって、デュシスの危機は終わったからね。ヘルプで来た各地の精鋭は、帰らなきゃいけない。ここまで大騒ぎになったんだ。領主に挨拶ひとつなく、帰還は出来ないよね?」


 頷くアルオルを確認して、腹に力を入れた。


「冒険者ギルドのヘルプ人員が帰るなら、私も混沌都市に帰る。そのつもりでいて」


「しかし、それでは」


 アルが驚いて口を挟むけれど、語気を強めて先を続けた。


「ゲリエの追っ手はすぐには来ない。

 私は混沌都市の救援としてここに来た。ならば、他の冒険者が帰るのに、ここに残る理由はない。

 安心して欲しい。私は一度口にした約束は出来る限り守る。

 でも時間との勝負になると思う。次にダンジョンに潜ったら、多少無理をしても攻略を目指すよ。長い休みを取る予定だったけど、それは絶望的。約束破ってゴメン。許して欲しい。

 でも、せめて自由の身にするって約束は守るからね」


 例え私が危険な立場に追い込まれても、彼らは一人も欠ける事なく自由の身になって貰う。それが二年近くも、彼らの人生を拘束してしまった私に出来る唯一の事だ。決意も新たに、マップを睨む。


「あ……ジルさんだ。スカルマッシャーさん達も欠けてない。良かった」


 城門にジルさん達の反応が出た。城門から真っ直ぐクルバさん家に向かっている。走っているにしても早いから、もしかしたら馬でも使っている?


 ジルさん達がクルバさん家に到着し、しばらくして動きがあった。


 マスター組とサーイさんを初めとした、この地に関わりの濃い人々が一斉に領主館を目指し、移動を開始したのだ。


「アルオル、動きがあったよ。冒険者ギルドのメンバーが、ジルさんとダビデを連れて、ここに向かっている。彼らが領主館に着いたなら、ここから出て合流しよう。

 予備武器を渡すね」


 当然の用に、この部屋に入る前に、アルオルの武器は取り上げられた。私の武器はこの町に戻る前に、アイテムボックスに格納済だったから無事だ。


 私が冒険者ギルドのメンバーに合流したからと言って、歓迎させるとは限らないけれど、この状況を変化させる良いきっかけになるだろう。


 もしも、ゲリエとの関係を重視し、冒険者の資格を剥奪すると言われたら、即座に皆を連れて混沌都市へ移転しよう。そこで、冒険者資格の剥奪が知られる前に、迷宮を攻略してしまえば良い。


 最悪の事態を想定しつつ、私は結界を解除し、マップを睨み付けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ