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121.箸休めー領主令嬢の覚悟

「ティナ! お待ちなさい!!

 (わたくし)も行きます!!」


 領主令嬢イザベルは、貴婦人として恥ずべき事だが大声を上げて、対となる物見櫓にいた友人に訴えた。しかし、その声は届かず、呼び掛けられた少女は、数組の冒険者たちと共に、煙を上げる領主館に向けて飛び去ってしまった。


「パトリック、ここは任せます! わたくしは館へ戻ります」


 唇を噛み締めたイザベルが迷ったのは一瞬。イザベルは物見櫓を駆け降りようと、走り出した。


「駄目だ!!」


「お待ち下さい!」


 パトリックと周囲の兵士達に止められて、イザベルの苛立ちは頂点となる。


「何故ですの?! あそこには、町の人びとが! 戦えない人々が避難しているのですわよ?!」


「だからこそだ! 落ち着け! 領主不在の今、この地のトップはお前だ! だからこそ、どう動けば良いのか、冷静に考えてくれ」


 一般の兵士や町人達は、パトリックとイザベルの言い争いを心配そうに盗み見ている。


 自身に降り注ぐ不安そうな視線を浴びて、イザベルは領主令嬢としての己に立ち戻ったようだ。拳を握り、一度深く呼吸をする。


「兵士長! 領主館へ救援を! 何名出せますか?!」


「は! 5いえ、6名がよい所です」


 物見櫓を守る事を優先すれば、その人数すらも厳しいと思いながらも、兵士長は答えた。


「そんな、それで何になるんだ……」


 我慢しきれないと言った風で、手伝いに来ていた町人から呟きが漏れる。その動揺は瞬く間に物見櫓全体に広がる。


「兵士が守ってくれないなら……」


「娘がいるんだ!!」


「ばぁさん!!」


 町人達は手に武器を持ったまま、物見櫓を降りようと階段に殺到する。その入り口に立ちふさがる影があった。


「お待ち下さい! 今、領主館への救援として向かったのは、ティナです!! 彼女ならば、一人でも何とか出来る実力があります!!」


 いつもの受付嬢の制服の上にプロテクターを付けたアンナは、両手を広げつつ、住人達に訴えた。


「皆さんだって、悪辣娘、規格外薬剤師の噂はご存知でしょう? 今までも、このディシスの危機を、何とかしてきた子です! あの子を信じては下さいませんか?!」


「ただの薬剤師だろう!」


「性格が悪いだけの娘に何が出来る!!」


 アンナを押し退け、降りようとする住人達に向けて、イザベルは叫んだ。


「ティナは、リュスティーナは! ただの娘ではありません!!」


「では何だとおっしゃるのか?!」


 激昂した住人の一人が、すりこぎを片手にイザベルに詰め寄った。流石に危険だと判断した兵士が、イザベルを守る為に間に立つ。


「そ、それは……」


「ティナは以前、スタンピードをただ一人で抑え込んでいる。人知れずこの地を救った英雄じゃよ」


 物見櫓の階段から、落ち着いた声が響いた。人々の視線が集中する中、マスター・クレフが階段を上がってくる。どことなくその表情は、苦虫を噛み潰した様にも見える。


「イザベル嬢、どうやら館が危機らしい。対応を相談すべきかと思って参った。皆の者、どうか、この場を守ってくれ。領主館方面は、我ら冒険者ギルドが引き受けよう」


 クレフはそう言うと、力強く頷き、周囲を見回した。領主令嬢を信じきれなかった住人達の一部は、長く冒険者ギルドを率い、伝説とまでなっているクレフを見つめる。


「大丈夫じゃ。出来るだけの事はする。どうか、信じて欲しい」


「マスター・クレフがそう言うなら……」


 昔、大型魔獣の襲撃より、この地を救った英雄パーティーの一人に頭を下げられて、住人達は落ち着きを取り戻した。小さく謝りつつも、持ち場に戻っていく。


 遠く、町の反対側から、断罪の鐘の音が響く。その方向を人々は祈るように見つめた。



「マスター・クレフ、助かりました。お礼を申します」


 澄んだ鐘の音の最後の余韻が消えてから、イザベルはクレフに頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ、救援に来るのが遅くなってすまなんだ。さて、どうするか。 アンナよ。本気でお主はティナ一人でも何とか出来ると思うておるのか?」


「……苦戦はするでしょうが、あの娘に任せるのか最善かと」


「ひめ……ティナはそれほどに強いのですか?」


 驚いた顔をするイザベルに、アンナは苦笑を浮かべる。


「ええ、あの子は正しく規格外。私達の敬愛する兄様と姉様の真なる後継者。それを証明する為ならば、私はこの命すらも掛けましょう。だからこそ、それを信じたからこそ、スカルマッシャー達もティナをこの場へ戻したのです」


「おい、ティナは一体何者なんだ?」


 耐えきれないと言うように、パトリックが話に割り込んできた。物見櫓の中央に立ったままの、サーイ達も話の内容が気になるようでチラチラとイザベルを見ていた。


「知らぬならば、知らぬままの方が良い」


 強引に話を終わらせるクレフをパトリックは睨むが、真実を知る誰一人として、それ以上話す事はなかった。




 領主館への救援第二段と言うことで、数パーティの冒険者と兵士がイザベルに率いられて、領主館を目指す。イザベルの護衛としてパトリックとアンナが同行していた。


「あそこに不死者が!」


「二人、行け!!」


 所々で遭遇するアンデット達へと少ない兵力を割り振りながら、領主館へと着いたときには、イザベルとパトリック、そしてアンナの三人だけになっていた。


「お嬢様!!」


 慌てた様に、服装を埃で汚した執事が兵士を伴って駆け出てくる。


「戦況はどうなっていますか?」


「つい先程まで、ティナ様が負傷者の手当てを。所有奴隷にも治癒魔法を使わせて下さったお陰で、何とか戦況は落ち着いております。どうか、中へ」


 導かれるまま、領主館へと足を踏み入れる。中庭に差し掛かった時、護衛の一人がそれに気が付き、空を指差した。


「ペガサスだ!!」


「救援か?!」


「背に誰か乗っているぞ!!」


「頑張れ、こっちへ来い! もう少しだ!!」


 怪我をし、疲弊したペガサスは、口から泡を吹きつつ、必死に翼を動かしている。その背にしがみつく様に、人がうつ伏せに倒れていた。


「……ロッキー!」


 近づいてくる人影を確認した執事は、それが領主に同行していった従僕の一人だと気が付き、名前を叫ぶ。


 倒れ込む様に中庭に着地したペガサスから、ロッキーを助け出し、執事は抱き起こす。酷い怪我を負った従僕を見て、メイドの一人がポーションか神官を連れてこようと走り去った。


 上空から領主館に飛び込んできた相手を一目確認しようと、住人達も窓や柱の陰から覗いている。


「イザベルおじょ……、ゲホ、ゴッブ……」


「こちらにおります。無理に話さなくて良いわ。すぐに治して上げます」


「いえ、ど、うか、お聞き、くだ……さい」


 腹と背中から血をながし、荒い呼吸を縫って、従僕は必死に言葉を紡ぐ。伸ばされたイザベルの手を握りつぶす勢いでとった。


「ご、ご領主さ……まは、処刑されま……した。この地は魔物に、くれてやると。この地に残ったニンゲンで……いき、のこったモノは、魔物の仲間。捕らえ次第、好きにして良い……。

 イザベルお嬢様には、懸賞金が……かけられま……した。どうか、他国へ……逃れてください。助けの手はもうきま……」


 イザベルの背後で息を飲む音がする。兵士達の顔色も悪い。

 執事は、最後に残った力を振り絞り、敬愛する主の命を果たした従僕を地面に寝かせた。


「神官様、こちらです。お早く」


 廊下を走るメイドの足音が、虚しく中庭に響く。


「姫様、この人は何て言ったの?

 助けて下さる騎士様は、いつデュシスに来てくれるの?」


 片手に持った人形を、床に引きずりながら、お下げの少女はイザベルに問いかけた。


「こら! ディア!! 

 ご無礼を致しました。どうかお許しを」


 慌てた父親だと思われる男が、少女の手を取り廊下を下がる。従僕の声が聞こえる位置にいた住人達から、人伝に領主の死と、救援が絶望的になったことが広まっていった。


「もう、駄目だ」


「我々も、不死者になるのか……」


「魔物に殺されるくらいなら、いっそのこと」


 真実を知った住人と、情報を求めて中庭に出てきた者たちが、絶望し膝をつく。


 それは、館を守る兵士達にも感染していった。


「諦めてはなりません!! まだこの地には、残ってくださった冒険者の皆さんがいます! 救援に来て下さった方々もいます」


 このままではいけないと、イザベルは周囲を鼓舞するかの様に声を張る。


「ですが、いつまで彼らがいてくれると言うのだ?」


「例え今は防げたとしても、これからはどうなる!」


「身一つで他国へ逃げても、受け入れてくれる所などない」


「この国内に留まれば、殺されるか奴隷だろう?!」


 見捨てられた怒りを、イザベルにぶつける住人達は、どんどんヒートアップしている。怒号が中庭に響く。それを圧する炸裂音が響いた。


「黙れ。お前達は何をした?

 ご領主様は、命をかけてこの地を救おうとした。

 イザベルは戦えない身であっても、城門に立った。

 そんな中、お前達は、この地を救うために、何をしたと言うんだ?!」


 爆竹を炸裂させ、作った静寂の中、怒りを込めたパトリックの声が響く。


「だが! 領主はこの地を守るものだ!!

 領主の一族は、こういう時の為にいるんだろう!!」


「そもそも、コイツらがしっかりしていたら、こんなことには……」


 口々に不満を漏らす住人達は、パトリックにも詰め寄っている。貴族では無い分、それは直接の暴力に簡単に繋がった。


「やめて! お止めなさい!!

 あなた達が今、手をだしているのは、(わたくし)の夫となる者です!! この地を統べる者の配偶者に手をだして良いと思っているのですかッ!?」


 殴られ蹴られているパトリックを見て、イザベルは悲鳴を上げて、口からはそんな言葉が漏れていた。


「……夫?」


「お嬢様、結婚するの?」


「イ、イザベル?」


 兵士とアンナに救出され、イザベルの脇に立ったパトリックは動揺のあまり、イザベルの名前を呟くだけだ。


「そうです! わたくしの恋人に手を出すことは、許しません!!」


 勢いで話した事ながら、否定する訳にもいかず、顔を真っ赤に染めたまま、イザベルは住人達に語り掛ける。


「皆さん、絶望するにはまだ早いですわ。

 この地には、勇者様も聖人様も……そして希望の主もおられます」


 何を言う気だと、アンナは訝しげに眉をひそめた。


(わたくし)領主令嬢イザベルは、今このときより、デュシスの領主となります。この地は勇者様だけではなく、希望がおられます」


「イザベルお嬢様、いえ、ご領主様、何を仰っておいでですか?」


 イザベルは一度瞑目し、小さく謝罪を呟く。その後、覚悟が決まったのか口を開いた。


「今、この地の北で戦っている、皆さんが薬剤師のお嬢さんと呼んでいる冒険者の名は、リュスティーナ・ゼラフィネス・イティネラートル!」


「イザベル! お止めなさい!!」


 イザベルが何を話す気なのか、予想がついたアンナは、飛びかかり口を塞ごうとしたが、周囲の人々に取り押さえられてしまう。


「イティネラートル?」


「聖女様の家名?」


 しばらくして、ティナの家名に心当たりがあった住人から、疑問の声が上がる。


「そうです! リュスティーナ姫は、18年前、この地で起こった大進行を止めた英雄にして、王家最後の希望・フェーヤブレッシャー殿下と、テリオ族の聖女、クラサーヴィア様のただ一人の娘!!

 彼女もまた、この地を救おうと戦っています。

 この国に、この土地に、何の恩義も無いのにです。

 既にティナは、いえ、リュスティーナ殿下は西の森で起こりかけたスタンピードをただ一人で抑え、七色紋の特効薬を作り、この土地を、今は亡き殿下が守ってくだされた、このデュシスの地を何度となく救ってくれています!!

 ゲリエの王から見捨てられたから、何ですか!?

 この地に生きるのは、誰ですか!?

 この土地の為に血を流してくれているのは、誰ですか!?」


 感極まった様に声を震わせながら、イザベルは続ける。


「立ち上がりましょう!

 未来の為に!!

 血を流しても、例え、その道が厳しくても!!

 私は、領主として、この地に生き、そしてこの町と運命を共にする者として、ここに誓い、宣言します!!

 デュシスは、今この時をもち、ゲリエの国の支配下を逃れ、独立都市国家となります!」


「イザベル!」


「イザベル様!!」


「我らが領主よ!!」


「見ろ! ゾンビ達が逃げていく!!

 特殊個体が、滅びているぞ!!」


 特殊個体が倒れた後には、干からびたような死体が残る。その上を黒い靄が北に向かって高速で流れていった。


 勝利に沸く住人達へと、視線を送りながら、イザベルは悲しげに溜め息をついた。


「イザベル……」


「パトリック、ごめんなさい。茨の道に貴方を巻き込んでしまったわ」


 パトリックの方を見ることもなく、イザベルは謝罪する。折りを見て、婚約は解消すると言うイザベルをパトリックは抱き締めた。


「解消なんかさせない。もう逃がさない。俺を選んだのは、イザベルだろう? ならば地獄だろうが、茨の道だろうが、喜んで共に歩いてやる」


 一筋の涙を流すイザベルを、パトリックはより強く抱き締めた。


「……イザベル、パトリック」


 そんな二人に、怒りを押し殺した声がかかる。兵士と住人達に取り押さえられていたアンナだ。


「叔母様、ごめんなさい。これしか、思い浮かばなかったの」


「ティナをこの地の旗頭にでもする気かしら?

 そうはさせないわよ」


「ええ、ティナが本気になれば、どんなに拘束しようとも逃げられてしまうのも分かっています。それでも、町の人々に希望をもたらすのに、他に方法が……」


「それは私達の勝手な都合。ティナには何の関わりもない。

 おそらく怒り狂うわよ。当然よね? これだけ助け続けて、こんな風に利用されたんだもの。覚悟なさいな。

 そして、私達、冒険者ギルドも許しはしないわよ」


 怒りに燃える瞳のまま、アンナは可愛いがってきた姪っ子を睨んだ。良かれと思って教えた情報を最悪の形で利用された。その悲しみと怒りが溢れ出そうだった。


 怒りを散らす為に視線を空に流せば、遠く北の空から、ティナとその仲間達が帰還してきていた。




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