120.ヤハフェ戦
ヤハフェは何処だ?
そう思いながら、戦場を見渡す。ハルトは特殊個体と接触したらしく、遠く魔法が乱打されている。
「魔物だ!! くそ、城壁、西!」
いつも南にある城門に向かって突撃してきていた魔物達が、城壁の西側に向かってきていた。気がついた冒険者の警告で主力の一部が、城壁の上を走る。
「ティナ?」
「私は行きません」
移動しないのかと問いかけるクルバさんに否定する。
マップを見る限り、ヤハフェのような反応はない。ならば、これも陽動だろう。
本命は東か北か……?
魔法で飛び上がって、戦況を確認する。ハルトは相変わらず無双をしているみたいだし、サーイさんは城門にアンデット達を寄せ付けない。城門の見える所に、ドリルちゃんが立ち、住人達の動揺を押さえているようだ。
西側の城壁で、魔物と冒険者達の戦闘が開始された。あっちに行ったのは、クルバさんとマスター・ジュエリー。それと、精鋭冒険者達だ。
……マップに敵対反応か現れる。場所は北。領主館の更に北だ。あちらに配置になっている兵力は少ない。
「北に敵対反応!」
城壁に着地しつつ、クレフおじいちゃんに警告を発する。それと同時に、遠く領主館がある区域から煙が上がった。
「何事じゃ?!」
「あの辺りには、住人が避難している。マズイぞ」
「……アルオル! 同行して!!
私が行きます」
「ティナ! お待ちなさい!!
私も行きます!!」
反対側の物見櫓からドリルちゃんの叫び声がする。聞こえなかったふりをして、アルオルに高速飛行呪を掛けた。
「誰か同行しますか?!」
「おぬしらが行け!!」
クレフおじいちゃんに指示された二パーティーと共に、北側に向かう。
「おい、嬢ちゃん! あの辺りで下ろしてくれ!!」
貴族街を抜ける辺りで、ゾンビを見かけるようになった。町人の格好をしているから、町の中でアンデット化したのだろう。見境もなく周囲の人達を襲っている。避難していた人達と少しだけいた領主館の兵士達が必死に反撃している。
冒険者パーティーの一組を、ゾンビの目の前に下ろした。危なげなく戦う彼らに、ここは任せて、煙を上げる領主館へと向かう。
「おい! ありゃあ!!」
領主館の背後を中心にアンデットが群がっていた。城壁の一角が酷く損傷している。さっき物見櫓に撃ち込まれた魔法か?
「嬢ちゃん! 俺達をあそこに!!
嬢ちゃんはどうする?!」
「一度、一緒に降ります。
大元を叩かないと、終わらない」
怪訝な顔をする冒険者達と共に、一番戦闘が激しい場所に降り立った。
「何者だ!!」
領主館のお仕着せをきた兵士が、私達に向けて誰何してくる。
「我々は城門から来た! 何が起きている?!」
兵士への対応は冒険者達に任せ、私はスペードの鐘を唱えた。
「……薬剤師殿?」
「悪辣娘さん!」
魔法が発動して、私達の方を見る余裕が出来たのだろう。兵士に交じり戦っていた人達から、私を呼ぶ声がする。
「今、ここを防げば、何とかなります!
勇者様は、特殊個体を狩るために単身戦っています! イザベル様も、こちらの苦境はご存じです!! 遠からず兵士達が戻ってくれるでしょう!!
さぁ、皆さん、この町を守りましょう!!」
注目を浴びているし、何か言わなくては駄目だろうと思って、何とか形になりそうなことを叫んだ。
「おう!!」
「もうひと踏ん張りだ!!」
気合いが入った人々が、怪我人を領主館の中へ運び入れ、変わりの人員が城壁の守りにつく。
「嬢ちゃん、じゃあな! また会おう!!」
冒険者パーティーは、城壁の中でも特に激しく壊れた場所を守ることになったらしく、走り去っていった。
「アルオル、離れないでよ」
「はい」
「ティナ様」
「あ、執事さん」
「こちらに来てくださり、ありがとうございます。お恥ずかしい話ですが、ポーションはございませんか?」
アルオルに声をかけて、移動しようと思っていた時に、領主館で何度か会った執事さんに声をかけられる。いつもピシッと整った格好をしているのに、今日は執事服を白く埃に汚していた。
「ポーションですか? 少しならあります。
それと、もし軽傷者が多いなら、アルに魔法を使わせますか?」
怪我人の手当てが終わっていないなら、ポーションだけではなく、アルの魔法が役に立つ。
「そうして頂けると助かります。
神官殿達の一部もこちらへ避難しては下さっておりますが、魔力切れで」
「なら、魔力回復薬も出します。
負傷者は何処に?」
館の中だと言う、執事さんに導かれて、中に入る。負傷者が並べられた広間で、アルは治癒魔法を、私はポーションを出していった。
その間もマップは開きっぱなしだ。そろそろアンデットが復帰してきている。戦線に復帰しないと不味いだろう。
「……とりあえずはこれくらいで。
アルオル! そろそろ、外に戻るよ!」
アルオルに声をかけて外に出る。負傷者の手当ては、魔力回復薬を使った神官達が行っているから問題はない。
「ティナ様、お恥ずかしい話ですが、魔力の残量があまりありません。治癒魔法でしたら、二発、属性付与ならば、五発が限界です」
申告してきたアルへ、魔力回復薬を渡す。
「……来た。
アルオル、覚悟は決まった?
昔の仲間を殺す覚悟がないなら、私一人で行く」
武器を構えながら、マップを睨み付ける。今までにない大きな反応。森で見たヤハフェの反応だ。周囲をそれよりは小さい反応が囲んでいる。本命が来たのだろう。
初めての人殺しか……。
「見つけたのかい?」
「うん、城壁の外にいる。どうする?」
無詠唱で、能力値アップ、状態異常耐性、継続治癒魔法と次々と強化の為の魔法を掛ける。
「どうかお供を。決してお邪魔は致しません」
「マイ・ロードに害をなすなら、身内でも敵だ。覚悟も何もないな」
悲しげなアルと、迷う事なく言い切るオルランドを連れて、城壁を越える為飛び上がる。
「おい、嬢ちゃん!」
「特殊個体を見つけました! このまま城壁まで来られると困ります。狩れるかどうか、やってみますね」
気楽に手を振りながら、後は一直線にヤハフェだと思われる反応を目指した。
「お嬢様」
「何? アル」
「ヤハフェは私にやらせては頂けませんか?」
「何故?」
「送るなら、せめて我が手で」
悲しい中にも、決意を込めてアルフレッドが言い切った。
「オルランドはどうするの?」
「オルランドに身内殺しをさせるわけには」
「ハニー・バニー。俺もじぃさまと戦う。一度も勝てた試しがなかったから、楽しみだ」
にやりと笑いながら、オルランドがそう言った。
「なら、ヤハフェ以外は私が殺る。アルオルは、ヤハフェに集中して」
特殊個体の待つフィールドに降り立つ。
「ようこそ、おいでくださいました。アルフレッド様。
さぁ、このじぃの手を取って下さいませ」
つい先ほど、アルを殺そうとしたことなど忘れた様に、笑いかけるヤハフェは狂気に満ちている。そして、その姿もまた、更に人離れしている。
身長の二倍程度に伸びた腕。反対に短くなった足。骨と腐肉で作られた翼からは、刺激臭のする液体が滲み出している。
「ヤハフェ、もうやめてくれ。お前達はよく仕えてくれた。我が家の者は皆、お前達に感謝している。
だから、これ以上手を汚さないでくれ」
アルがヤハフェに話しかけているけれど、聞く耳を持っていないようだ。アルがヤハフェの手を取ることがない事に気がつくと、目が裏返り、真っ赤に輝いた。
「者共! アル様を捕らえよ!
他の者は殺してしまえ!!」
実の孫がいるのにも関わらず、オルランドの事は完全無視だ。
「マイ・ロード!」
アルを庇う位置にオルランドは陣取った。
「アルオル! 無理しないでよ。こっちが片付いたら手伝うからね」
声をかけて、私はヤハフェとアルオルが孤立するように、その他の特殊個体に電撃を放つ。
「さあ、お前達の相手は私だよ」
内心の恐れを押し込めて、ふてぶてしく笑う。挑発する為に弓を剣に変えて突きつけつつ、先を続けた。
「生前の記憶がどれくらいあるのかは知らないけれど、お前達が捕らわれたのは、私のせいだ。お前達の主を所有し奴隷として働かせているのも私だ。
恨みを果たしたくはない? さぁ、かかっておいでよ!!」
特殊個体達の瞳に殺意が宿る。煽るのはこれで十分かな?
異形となった特殊個体達が、連携して責め立ててくる。一対多数の殺し合いは久々だ。しかも、異形とはいえ、元人間。
何度か決定的なチャンスがあったが、もう一撃が出せなかった。
「グッ!」
アルオルがいる辺りから、押し殺した苦痛に漏れる声がする。
「オルランド!」
アルフレッドを庇ったオルランドが、ヤハフェの翼に殴られたらしい。オルランドの軽磑が煙を発し、溶け落ちている。
「浄化!!」
特殊個体達の攻撃の間隙を縫って、オルランドへ浄化を飛ばす。これで鎧に付着した毒も消えるだろう。
オルランドの鎧から、煙が発たなくなったのを確認して、安堵のため息をついた。さっさとこっちを片付けて、加勢に行かないと、駄目そうだ。
「ティナ様!」
戦闘中に気を散らしたのが悪かったのか、アルの警告で、意識を特殊個体達に戻した時には、目の前に鋼の輝きがあった。
それまでの躊躇を忘れて、夢中で剣を振るう。硬い物を斬った澄んだ音が響いた。
「あれ?」
目の前には、頭をかち割られた干物もどきの死体が一つ。
「……サークレットで滅ぼすと、死体もドロップも残らない。聖属性攻撃や普通の攻撃だと、ドロップ品が残る。額の宝石を壊せば、元に戻る?」
見間違いかともう一度見ても、確かに干物もどきの死体がある。つまりはそう言うことだろう。
「なら、出来るだけ宝石を狙うか」
私の心の安定の為に。一度殺して踏ん切りがついた。多数の連携も少しずつ削って行けば、楽になるだけだ。
暗器の攻撃をかわしつつ、一体、また一体と宝石を壊していく。何体かは失敗してドロップ品となってしまったが、頑張った方だろう。
「はい、おしまい!!
さて、アルオルはどうなった?」
ようやく全て片付けて、アルオルの方を観察する。ヤハフェとの激戦が続いていた様で、二人とも満身創痍だ。アルの鎧も半壊している。
「手伝うよ!」
「いえ、どうか、今少し!!」
アルがそう言うと、オルランドがヤハフェを鎖鎌で拘束した。上手く羽を避けて、絡み付かせている。
「じぃさま、その首、貰った!!」
オルランドがヤハフェに飛びかかり、鎌を振るう。それをヤハフェは爪で受け止め、防御したようだ。
うわー……、また人間放れしてるよ。もう、元人間と言うよりは、レッサーデーモンって言われた方が納得できる見た目だ。
「アルフレッド様、何ゆえでございますか。
何故、このじぃの手を取ってくださらぬのですか?!」
声だけは人間のまま、ヤハフェは訴えている。体にまとわりつく鎖は身体を振るだけで千切れ、飛び散る。
「……つぅ!」
「オルランド!」
破片に直撃されたオルランドは膝をついた。それを見てアルがヤハフェに斬りかかる。盾は既に駄目になって、地面に投げ捨ててあった。
斬りつけ、なぎ払う。ヤハフェも負けておらず、爪や足、そして小太刀で斬りつけている。
「クッ?!」
アルの剣が途中で折れ、空中に舞う。絶対絶命なのに、何故かヤハフェは迷う素振りを見せた。そこに、回復したオルランドが残った鎌の部分を持って斬りかかる。
不意を突かれたヤハフェだったが、すぐに立て直して反撃に出てきた。祖父と孫での殺し合いが続く。
力はヤハフェが上、速さはオルランドが有利。観察しつつ、アルフレッドに予備の武器を渡した。
「ヤハフェ!」
オルランドが押しきられて膝をついた。ヤハフェの興味を引こうと、アルフレッドが声を上げる。
ー……ここまでかな。
持っていた武器を弓に変えて、狙いを付け放つ。
光の矢は狙い違わず、ヤハフェの額へと吸い込まれる様に進み、その青い宝石を砕いた。
「ティナ様?!」
「キティ!」
咎める二人に、肩を竦める。
「時間掛かりすぎ。待ってられない」
言い切れば、悔しそうに唇を噛んだ。
視線をヤハフェに戻せば、そこにはバラバラ死体が一つ。そして、砕かれた宝石から、黒い靄が立ち上ぼる。それと前後して、私が倒した特殊個体達からも、黒い靄が立ち上った。
「な、何?」
驚いて、煙が上がっていく先を見る。上空を見れば、城門や西側の城壁、それに森からも集まってきていた。
「何者だ?!」
オルランドが何かを見付けて、上空、何もない所に投げナイフを放つ。
「あら、見つかってしまいましたか。
ここはこれでお仕舞いですわ。ご安心下さいませ」
ふわりと現れた、黒い細身のドレスを纏った、妖艶な美女は私達の近くに降り立つ。
「終わりだと?」
「貴様がヤハフェを?」
オルランドとアルが殺気だっている。話す間も、指に付けた青い宝石の指輪に、黒い靄は吸い込まれている。
「何をしているの? 何故、ここへ?」
「あら、ワタクシは何も。ただ我が主人の望みのままに動いているに過ぎません。
美しいお嬢様。運命のイタズラを一身に纏った姫君様。次にお逢いできる時を我が主人共々、楽しみにしております。
……娘も大変お世話になっているようですし、おもてなしさせて頂きますね」
赤い唇を、三日月型に吊り上げて笑う、貴婦人に向けて無詠唱で魔法を放つ。私の本能が、この人は危険だ。今すぐ殺せと叫んでいた。
「……ふふ、お転婆ですこと。さぁ、ワタクシはこれで失礼いたしますね」
私の魔法を苦もなく無効化した貴婦人は、闇に呑まれるように消えていった。
「何だったのですか、アレは」
「少なくとも、生きた人ではないでしょう。寒気が止まらない」
アルオルも今の貴婦人の魔力に当てられて、顔色を悪くしている。
「……とりあえず、今はここまでだね。
町に帰ろう」
貴婦人が戻るかと警戒していたけれど、何処にも変わりはない。諦めて町に戻ることにする。
町にいるダビデも心配だし、ジルさんとスカルマッシャーさん達の戦闘結果も心配だ。
みんな、どうか無事で。




