119.デュシス防衛戦
移転でデュシス上空に出る。ちょうど夜勤と日勤の交代の時間帯だから、襲われたデュシス側の混乱も助長されている。
「女王サマ! 嬢ちゃん!! こっちだ!!」
いつもの夜勤組が私を見つけて、上空に手を振る。そこを目指して着地した。
「状況は?!」
「見ての通りだ!! アンデット系はまだ何とかなっているが、数が多過ぎて、サークレットでも狩りきれん! そこに生きた大型魔物の襲撃だからな。いつ落ちても不思議はない。
正直に言えば、来てくれて助かった」
早めに上がった夜勤組もいるらしく、現場は混乱している。日勤組と夜勤組。指揮官が複数いる戦場ほど、やりにくいものはない。
「次が来るぞ!!」
反対側の物見櫓から警告の叫び声が上がる。
「取り付かれるなよ!」
「火矢持ってこい!!」
「魔法使いは何処だ!!」
反対側の右往左往する冒険者たちの真ん中に、魔法が撃ち込まれた。一撃で物見櫓が半壊している。反対側では、魔法で犠牲になった人が起き上がり、近くにいた辛うじて生き残った人たちに無差別に襲いかかり始めていた。
「オイ、何なんだよ、アリャ」
阿鼻叫喚の地獄絵図。その表現がぴったり当てはまるデュシスに、百戦錬磨の冒険者達も流石に腰が引けてきている。
「む、無理だろ、これ……」
日勤の若い冒険者が逃げたのを皮切りに、城壁から逃走しようとする人間の波が出来る。
「おい、嬢ちゃんは逃げないのか?」
恐怖で顔をひきつらせながらも、武器を外に向けている夜勤組に問いかけられた。
「逃げる? ご冗談!!
逃げて何になるんですか? 第一、何処に逃げると?!
私は逃げない。
アルオル! 手伝いなさい!!
勇者と聖人様がここに来るまで、保たせるよ!!」
私だけなら移転で何処にでも逃げられるけれど、あえてそう言って勝ち気に笑う。だって同居人の元身内のせいでこんな事になってるんだもの。逃げるわけにはいかないじゃないか。
夜勤組の冒険者達も、勇者が来るまではと気合いを入れ直した様だ。
「嬢ちゃん、悪いが反対のやられた連中を無力化したい!!
運の悪いことに、神官殿もやられた様だ。早くサークレットを回収しなくては死活問題になる。魔法でどうにか出来んか?!」
城壁に取りついてきたゾンビを落っことしつつ、夜勤組が私に問いかける。反対の物見櫓に目をやれば、確かに神官の姿が見えない。しかも、ゾンビ達も活発に襲ってきているし、これは死んだと思って間違いないだろう。
せめてもの救いは、さっきのアンデット化魔法の追撃がないことか。あれを連発されたら、流石に対処不能だ。
「やってみます!」
「ハニーバニー、なら俺をあちらに飛ばせ。回収してくる」
オルランドの提案を考える。確かにあっちの魔物を倒したからと言って、サークレットを回収できる訳ではない。身の軽いオルランドが回収に行くのが一番良いだろう。
……トリプルスペル! スペードの鐘、高速飛行、ファイヤーアロー!!
結論が出たなら悩んでいる暇はない。
スペードの鐘でアンデットを狩り、高速飛行でオルランドを隣の物見櫓に突入させる。煙幕がわりに、ファイヤーアローを雨の様に降らせてみた。
「……リトルキティ!!」
オルの手にサークレットが見える。
「移転!!」
短距離移転で私の目の前にオルランドが現れた。
「お疲れ様。サークレットは誰が装備する? 早くサーイさんが来てくれると良いんだけど……」
そう言って城壁の上から町をみる。城壁の近くから、我先にと逃げていく人波に逆らって、領主館のお仕着せを着た兵士達が走ってきていた。その先頭に騎乗した小柄な人影を見つけて、驚いて物見櫓から飛び降りる。
「ティナ!! 遅れてごめんなさい!
冒険者の皆様も、ここを支えて下さって感謝致します」
兵士達を引き連れ、自慢のドリルを靡かせながら現れたドリルちゃんは、動きやすい乗馬服姿だった。傍らには、兵士の格好をしたパトリック君もいる。
「なんでここに! 危ないよ!!」
「あら、この状況です。何処にいたって一緒。私だって、城壁から油や火種を落とす位は出来ますわ」
にっこり笑ったドリルちゃんは、兵士達に指示をして、半壊した方の物見櫓を守るつもりのようだ。
「ああ、もう!! なら、これ付けてて。
サーイさんは知ってる? 軍神殿の神官なんだけど、彼がきたらサークレットを渡して。その人が装備するのが、一番効果が高いから。
少し待ってください!! 半壊したままじゃ危ないので補強します!!」
最後は恐る恐る物見櫓に登ろうとしていた兵士達に向かって叫ぶ。そのまま、久々に精霊魔法を発動した。
「な?」
「え?」
パトリック君とドリルちゃんの驚いた声が聞こえて、苦笑する。まぁ、私は精霊魔法はほとんど使わないから、致し方なし。
今回は、地霊に語りかけて、物見櫓から城壁の外にかけて地面を凹ませて、余った土を高圧縮。半壊した物見櫓を取り巻き、補強しただけ。大したことはしてないんだけど、この発想自体が珍しいのかもしれない。
「嬢ちゃん!!」
さっきまでいた物見櫓から、私を呼ぶ声がする。仰ぎ見れば、特殊個体が貼り付いていた。
「イザベル様、無理はしないで! 荒事は冒険者の仕事だからね! パトリック君、ちゃんとドリルちゃん守ってよ!!」
それだけ言って、飛行呪で慌てて物見櫓の上に戻る。
あー、くっそ忙しいぞ!!
特殊個体を倒し、ドリルちゃんのサークレット効果でゾンビを浄化する。もちろんサーイさんには及ばないが、ドリルちゃんの善人ぶりでも、反対の物見櫓周辺位はカバー出来ているらしい。まぁ、悪どいことに手を染める領主令嬢は少ないか。
それでも手が足らずに、何度となくゾンビどもに、物見櫓へ上がられた。
「くそっ! 手が足りない!!
勇者と聖人殿はまだか?!」
冒険者達の疲労の色も濃い。油断した一瞬をついて、死角からゾンビが上がってきていた。
「危ない!」
警告を発するけれど、間に合いそうもない。怪我するのは避けられないと判断し、ポーションを投げようとバックに手を入れたときだった。
ゴン!! と鈍い音を発てて、ゾンビが落ちていく。
「え?」
「は?」
攻撃を受ける覚悟をしていた冒険者も、それを周りで見ていた私達も目が点だ。
「何をしてるんだい! しっかりおしよ!!」
動きを止めた私達に、おばちゃんが一喝する。うん、ゾンビを殴り倒したのはおばちゃんだ。片手に厚底の鉄鍋を持ち、でっぷりと太ったお尻をふりふり、鍋の蓋を頭上に上げる。貫禄十分なおばさま。
「ふん! あんたらだけに、任せてられるかい!!
あたしゃ、この町生まれのこの町育ちさ。自分の町を守るためなら、戦ってやろうじゃないか!! そうだろ! みんな!!」
わらわらと、城壁に一般人達が上がってくる。若い人は少ない。みんなおじさんかおばさん、一部老人に片足突っ込んでいる世代もいた。上がってきた人々の手にはすりこぎやフライパンやスコップ等の、武器になりそうな日用品を持っていた。
「え、危な……」
とっさに反論した冒険者を、最初のおばさまが睨み付ける。
「五月蝿いよ! あんた達だけじゃ手が足りないんだろ? なら、あたしらだって何かは出来る。指示しておくれ!!」
反対側の物見櫓にも、一般人達が上がっていた。向こうはすぐに、防衛線に組み込まれているようだ。
「感謝する! ならこちらへ。直接攻撃は我々がする。何処に魔物が上がってきているか、確認して声を上げてくれ。余裕があれば、準備してある石を投げ落として速度を落とさせてくれると助かる!」
素早く気を取り直した冒険者の一人が、おばさま達を呼んだ。
「ふん! 石を当てて、撃退してしまっても構わないんだろ?!」
ニヤリと笑ったおばさまは、見事なお尻を重そうに振りながら、城壁に張り付いた。何だろう、この安心感。安心する要素はひとつもないんだけど。
「アルオル、私達も、もうひと頑張りしようか」
奴らはデュシスを落とすと言っていた。今になっても姿を現さないのは、タイミングを見ているのか、それとも何か切り札があるのか……。
ゾンビを撃退し続ける。サークレットの効果で、ドリルちゃんの物見櫓も陥落せずに頑張っているけれど、兵士達は魔物相手の戦いに慣れていない。少しずつ押され始めている。それに、あちらには治癒魔法の使い手もいない。ポーションは持っている様だけれど、このままではその内、守りきれなくなるだろう。
「……アル! あっちに移って!!
魔力回復薬を持っていって、怪我をした人達の回復を!!」
こちらには私と聖騎士として治癒魔法が使えるアルフレッドがいる。サークレットがない分、敵の攻撃に晒されやすいのは今いる物見櫓だ。なら、広域破壊も出来る私がこちらに残った方がいい。
「しかし! それでは護衛が!」
「いいから! オルはどうする?!」
「無論、マイ・ロードと共に」
「オルランド! ティナ様を!!」
口論が始まりそうなアルオルを、問答無用で隣の物見櫓へ飛ばす。その後を追うように、魔力回復薬も移転させた。
「私なら大丈夫!! そっちは任せたよ!」
叫んだ私に、アルオルは武器を掲げて挨拶をした。
その後、戦況は一進一退を繰り返す。ゾンビや魔物は相変わらず城壁の突破を目指し戦っているけれど、町の人達も含め私達だって必死に防ぎ続けた。
「勇者だ!」
「聖人様!!」
どれくらいたったか。すぐだったようにも、長く待ち焦がれた様にも思う。待ちに待った知らせを受けて、双方の物見櫓の中から、歓喜の声が響いた。
襲撃の波が落ち着いた合間に振り返れば、大通りを冒険者達の一団が走ってきていた。よく見れば冒険者だけではなく、町の住人の中でも戦える人達が集まっているようだ。
パッと見ただけでも、マダムの所の黒服さんやスミスさん達鍛冶屋連合。元冒険者だと思われる人もいる。これは集めるのに時間がかかっても仕方ない。
「イザベル様!」
ドリルちゃんが前線にいることに気がついたアンナさんが、驚いた様に叫び声を上げ、城壁に駆け上がった。戦えない姪っ子が、まさかこんな最前線にいるとは思わなかったのだろう。
「サーイさん! サークレットは領主令嬢が持ってます!!
ハルト、遅い!! 何やってたのよ!!」
最後の距離を飛行してきたハルトに、食って掛かる。
「主人公は遅れてくるもんだろ?」
ポーズを決めながら言い切られて、つい足が出た。
「痛てぇな!」
「うっさい! さっさと戦え!!」
「そんなに元気なら、こっちはババァに任す! あっちの方が不利そうだ」
手を振り反対側の物見櫓に勇者は移動した。確かにサークレットを無効化するために、あちらの方が苛烈に攻め立てられている。ならば、ハルトがあっちに行くのが筋だろう。
「頑張ったのぅ、ティナちゃんや」
「よくやったな。お前が城壁にいるとの報告を受けたから、準備に時間を使えた。感謝する」
こっちには、マスター組が来てくれた。マスター・ジュエリーは挨拶もそこそこに、アンデットに対し、爆撃を開始する。到着した新しいメンバーに場所を譲って、長く戦っていた冒険者達は休憩をすることとなった。
「はい、ポーション屋ですよ。魔力回復薬もあります。今だけ出血大サービス! 無料提供です。欲しい方は挙手!!」
冗談めかして、そんな事を言う余裕も出来た。アルオルもあちらが落ち着いて、合流してきた。
「ティナ、スカルマッシャーとジルはどうした?」
現場の指揮を取りつつ、クルバさんに問いかけられる。
「特殊個体の足止めに、森の敵拠点で戦ってます。私達はデュシスへの警告をと言われて、こっちに来ました。結局は間に合わなかったですけど」
「そうか。それで?」
「ヤハフェが頭の様です。ウチのアルを殺しても、青い石をつければ力を得られる。アルを助けるのだと、アルを殺すために襲いかかってきました。……何かと契約をしたらしいです。私はアレらが狂っている様に思いました」
「……契約? 魔族か?」
「さぁ? 私に分かるのはそこまでです」
アルオルは悲痛な表情を浮かべて待機している。クルバさんは悩んでいたけれど、今はそれどころじゃないと思い直した様だ。
「ともあれ、ご苦労だった。悪いがもう少し頑張ってくれ」
「ええ、勇者も来たし、何とかなりますよ。頑張りま……?」
言い切る前に、思いもかけない光景を見て、先を続けることが出来なくなった。
「どうした?」
「アレ」
私が指差す先には、勇者が浮いていた。
「我は勇者・ハルト! 我が剣にかけてこの地を救わん!!」
そう言うと、管理者から渡された剣から聖属性の攻撃を放つ。一直線に進む、その攻撃に先導される様にハルトは奥を目指して飛び去った。
「見ろ! 勇者様は、特殊個体をどうにかしようと、戦いに行かれた!! 我らが今少しここを支えれば、勝利だ!!」
物見櫓から一人の兵士が叫んでいる。指差す先に、確かに特殊個体の集団があった。
でも、見る限りヤハフェはいない。
ー……さぁ、どこから仕掛けてくる気だ?
魔法主体で使っていなかった弓を握る手に力が入った。




