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118.真夜中の再会

「さてと、アルオル、準備はいい?」


 夜の静寂に私の声が響く。

 今日の夜勤は免除してもらった。その代わりに、豊穣神殿から派遣された平神官が、サークレットを装備して夜勤に参加してくれている。


「はい」


「あぁ、大丈夫だよ、ハニーバニー」


 いつものペースを取り戻したオルランドが笑いかけてくる。


 オルランドがもたらした情報をみんなで検討した結果、アルフレッドが誘いに乗ることになったのだ。やはりビフロンはヤハフェだった。特殊個体を追ったオルランドは、拠点を特定。そこで彼らに発見されたらしい。


 会話で意志疎通が出来たという、彼らからの要求は、アルフレッドの解放。デュシスに彼らからの伝言を伝えるために、オルランドは無事に戻ることが出来たのだ。


 アルフレッドが彼らと合流しても、デュシスが助かるとは限らない。それでもどうしても話してみたいと懇願するアルフレッドに押しきられる形で、情報収集ならとマスター組から許可がでた。出なくても、こっそりと接触させるつもりだったけれど、面倒がなくて良かったわ。


「ティナ、では悪いが……」


 ここには私達の他に、スカルマッシャーさん達もいる。アルフレッドの接触と情報収集が終わり次第、残りのメンバーで奇襲する予定になっていた。アルフレッドもその点は納得済みだ。


 ちなみにダビデは本人も含めて満場一致で足手まといという判断が出て、マリアンヌの所でお留守番をしている。ダビデが来たら、私のやる気がとっても上がるんだけど、流石に今回は危なすぎるから駄目だと説得された。


「アルオル、私達は上空、高度をとって追いかけるから、何かあったら通信機で伝えて」


 彼らは魔物だ。何処でアルオルが殺そうと思うか分からない。この誘いが全て罠だって可能性もある。それより何より、何故アルフレッドの解放にそこまで執着するのか分からない。一応の用心に、アルオルを武装させた上で通話状態の通信機を持たせ、更に防御魔法をかけた。


「アル様、ではこちらへ。リトルキャット、城門の外まで我々を飛ばしてくれ」


「了解。いつもの丘に移転させる。後は何とかしてよね」


 頷くアルオルを移転させた。自分以外のモノを移転させることも、この半年で出来るようになっていていた。まぁ、慣れた所限定だから、自分が跳ぶ程の汎用性はないんだけどさ。


「さて、では我々も行きましょうか」


 呪印はなくなったから詳細な場所はわからない。でも奴隷紋があれば、おおよそのアルオルの居場所はわかる。近づいてマップを表示させれば、詳細に特定できるだろう。移転は魔力が大きく動くから、ヤハフェ達に私達が追ってきているのがバレる可能性も否定できない。ギルティでの打ち合わせで仕方なく、消費魔力の小さい飛行呪で後を追うことにした。


 ジルさんとスカルマッシャーさん達に高速飛行をかけて、デュシスの夜空に舞い上がった。


 美しい夜空を楽しむ余裕もなく、一直線にアルオルの居場所を目指す。通信機からはまだ何も聞こえない。接触までには十分追い付けるだろう。


 私はいつもの闇色のローブ姿、他のメンバーは闇に溶け込む深い藍色のマントで全身を隠している。よほど上空に注意を払っていなければ、私達を見つけることは難しい。


 眼下に広がるゾンビの群れを飛び越え、丘の上空に到着する。アルオルは移動を開始したらしく、森に向かっていた。周囲には、疎らだがゾンビがいる。光点から判断して何故か、アルオルには攻撃していないようだ。


 進行方向を指差し、スカルマッシャーさん達が頷くのを確認して飛行を続行する。



 ー……しゅうございます。若様。


 しばらく飛んだところで通信機から声が漏れた。枯れた老人の声、おそらくはヤハフェだろう。


 森の中で視界が通らない。障害物も多く、速度も出せなかった。イラつきながら、一度森の上に出て距離を稼ぐ。その間もアルオルと老人の会話は続いている。私達以外には漏れないように風を使い、スカルマッシャーさんとジルさんにアルオル達の声を届けた。


 アルオルの真上に到着して、夜空と森の幻影を纏いながら、ゆっくりと高度を落とす。


「……何故だ!!」


 木々の間から、アルフレッドの激昂した叫びが聞こえてきた。驚きながらもスカルマッシャーさん達に合図して、各自、木の枝や幹に隠れるようにスタンバイする。


「何故とは?」


 魔法を使って声を集めて、話を盗み聞く。見える範囲でアルオルとヤハフェ以外に10体近い魔物がいるようだ。マップで敵対反応の確認もする。近くにいるのも含めて、戦闘になったら20体程度の敵を相手にすることになるだろう。


「何故生きている? どうして自由意志があり、過去の記憶を持っているんだ?!」


「若様をお助けする為に」


 無表情のまま言い切るヤハフェの額には、青い魔石が輝いている。残りの特殊個体達には赤い石だ。おそらくアレが鍵だろう。


「じぃ様、どうやってこんなにアンデットを率いているんだ? そんな能力はなかっただろう?」


 オルランドも不思議に思っていたのか、ヤハフェに尋ねている。


「……我々は、罪人の谷でドロップアイテムを狩るための魔物として利用尽くされ、滅する運命でした」


 淡々とヤハフェがアルフレッドに語り始める。


「その時、声が聞こえたのです。力が欲しいか。望みを叶えたいか。契約をするなら、力をやろうと……」


 枯れ木じみた全身が、蠢き始める。それは人で可能な動きではない。


「アル様」


 警戒するように、アルフレッドとヤハフェの間にオルランドが立った。武器に手をかけ、いつでも攻撃できるように準備している。


「若様、アルフレッド様、どうか我らと共に。こちらをお付けください。さすれば力を得られます。世界が変わります。

 先代様が不興を買い、一族も王家に滅ぼされ、我らも若様も辛酸を嘗めました。それも、もう終わりです。さぁ、こちらを額に。

 力を得、仲間を増やし、この地を足掛かりに国を滅ぼしましょうぞ!」


 ヤハフェの手には、青く光る何かがある。


「ヤハフェ、何故そこまで思い詰めてしまったんだ。

 私には確かに力がない。今、お前たちの無念を晴らすことも出来なければ、王都に戻り汚名を晴らすことも出来ない。

 だが、だからと言って、これは!!

 ヤハフェ、どうか、もう止めてくれ。

 いつの日か必ず、お前たちの無念は晴らす。我が一族にかけられた汚名も晴らそう。約束する。だから、無辜の民を巻き込むような事だけは……」


 哀しげに叫ぶアルフレッドを、特殊個体が囲み始めていた。これは不味いか?


「……それでは間に合わない。デュシスを贄に。我らが導き手に捧げよ。

 者共、アルフレッド様を拘束せよ!

 我らと同じになれば、きっと分かって下さる!!」


 ヤハフェの命令と共に、特殊個体達がアルフレッドに襲い掛かった。それをオルランドが防いでいる。


「オルランド、我が孫よ!! 何故だ! なぜ邪魔をする!!」


 ヤハフェがそう叫ぶと同時に、その背中が爆散した。現れたのは骨と腐肉で作られた赤黒い翼。コウモリの羽のようなそれは、産まれ出でた汚れを落とすかのように、肉と血を辺りに振り撒いている。


 そろそろ限界と判断して、スカルマッシャーさん達と視線を合わせる。スカルマッシャーさん達も同じだったようで静かに武器を抜いていた。


「じぃ様、長よ! これはアルフレッド様の御為にならない!!

 皆を止めろ!!」


 防戦一方に追い込まれながらも、オルランドはヤハフェに向かって叫ぶ。


「我らの願い。我らの悲しみ。我らの恩義。そう、これは、正義……コレハ……」


 ぶつぶつとヤハフェは呟き続けている。


「ヤハフェ、どうか止めてくれ。お前たちの悲願は私が必ず果たす。他国でも裏切られたそなたらを、私の母が拾い救った。それはこんな事をさせる為ではなかったんだ。どうか、残されたオルランドの為にも止めてくれ!」


 目の焦点が合わなくなっているヤハフェの注目を引こうと、アルフレッドが声を上げている。


「……ふふ、そうか。若様が我らにこの様な事を言うはずがない。

 若様、今、じぃが御身を自由にして差し上げます。

 皆の者! アルフレッド様は奴隷紋に操られておる!! 一度は死してもコレさえあれば大丈夫だ!! 若様をお救いせよ!!!」


 ヤハフェの命令を聞き、それまでは拘束する事に主眼を置いた囲みだったものが、明確に変化した。


「アル!!」


 殺す気だと咄嗟に判断して、隠れていた枝から飛び降りる。私に引きずられる様に、ケビンさんとジルさんも飛び出してきた。ジョンさんとマイケルさんは隠れたままだ。


 全員の武器に聖属性を付与する。

 そのまま、ヤハフェとアルオルの間に着地した。


「……何者? 貴様、小娘か!!」


 私の正体に気がついたヤハフェは絶叫してきた。生前かなり殴りまくったから、覚えられていたらしい。

 額の魔石が輝いて筋肉が盛り上がり、腕が伸びる。瞬く間に、更なる異形へと変わった。


「枯れ木じじぃ、久し振りだね。良くもまぁ、これだけのことをやってくれたもんだよ。……覚悟は出来てるんだろうな?」


 わざと馬鹿にした口調で挑発する。


「小娘!! アルフレッド様を解放しろ!!

 少しお待ち下さい、若様。

 この娘を殺し、貴方様を自由に!!」


 斬りかかってくるヤハフェの攻撃を、ポイズンナイフで受け止める。反撃をと思ったら、思いもかけない方向から、打撃が来た。身を屈めてなんとか避ける。見れば、羽の先にある突き出した骨で殴られかかったらしい。


「ティナ!!」


「大丈夫!!」


 心配してこちらに来ようとするジルさんに叫び返す。ジルさん自身も2体の特殊個体の相手をしている。下手に気を抜けば、逆にジルさんが危ない。


「クソッ!!」


 ケビンさんもまた特殊個体に囲まれていたけれど、毒づきながら、クラブを一閃して距離を稼いだ。私以外の地面に降りたメンバーは背を合わせる様にして陣形を作る。


「ティナ! どうする?!」


 撤退するのかと尋ねるケビンさんに、笑いかけた。その間もヤハフェからの攻撃は止まらないから、避けながらだ。一瞬笑顔を向けるのが精一杯。コイツ、強くなってる!


「ッ!!」


 悲鳴を圧し殺した呼吸の漏れる音を聞いて、ヤハフェに一撃入れて距離をとった。そのまま振り返れば、ケビンさんの肩に矢が刺さっている。


「そこか!!」


 木の上からジョンさんの声がして、ナイフが投げられた。でもそれは"敵"には当たらずに、甲高い音を発して弾かれる。


「……カイン、ロジャー」


 肩の矢を折り捨てたケビンさんの口から、苦痛に歪んだ声が漏れる。


 額に赤い石を付け武器を構えているのは、壊れた防具に身を包んだカインさんとロジャーさんだった。虚ろな眼窩は何も映さず、ただケビンさんの方に顔を向けている。


 倒すべきなのは分かっていても、仲間に武器を向けることに逡巡するケビンさんに向かって、ロジャーさんが突っ込んできた。

 生前同様、大剣を軽々担いでいる。カインさんは少し離れた所で、弓を引いていた。


 パッと見は変わらない二人の姿を見て、私ですら動揺している。ケビンさんはどれだけ辛いか。


「この、馬鹿野郎が!!」


 ジョンさんが枝から飛び降りて、ケビンさんを庇う。大剣と短剣だ、力で敵う訳がない。ジョンさんは無理に逆らわずに、弾き飛ばされながらも、体勢を整え着地した。ジョンさんに大きな怪我はなさそうだ。


 ジョンさんが稼いだ僅かな時間で、ケビンさんは立ち直り、武器を構え直している。ケビンさんとロジャーさんはにらみ合い動きを止めた。


 足を止めたロジャーさんを、マイケルさんの魔法が襲う。そのマイケルを狙ってカインさんの矢が放たれた。矢を避けようと、地面に飛び降りたマイケルさんが、ケビンさんと合流する。


 つい先日まで味方だった者達が、殺しあいをしている。どうしてこんな事に……。


「ケビン! 我々がティナに話した事を忘れたのですかッ!!

 貴方が迷ってどうします! 指示してください、リーダー!!」


 凄い剣幕でケビンさんを怒鳴り飛ばし、マイケルさんは一人単独でいるジョンさんの合流を助けるために、特殊個体に魔法を放った。


「……すまん。マイケル、魔法で能力値を上げてくれ!

 ジョン、大丈夫だな?! ロジャーを抑えるのは俺がやる!!

 カインを倒せ!!」


 覚悟を決めたケビンさんは、矢継ぎ早に指示を出す。


「……ここだけに、固執するわけにはいかぬか。

 アルフレッド様、どうか、もう少しだけお待ち下さい。先にデュシスを落として参ります」


 戦況が拮抗したのを確認したヤハフェはそう言うと、うっすらと明けてきた夜空に向かって咆哮を響かせた。


 耳に響くその音に顔を歪ませていると、ヤハフェに答えるように、大型の魔物が次々とデュシスに向かって突撃していく。


 アンデットかと思って確認したら、生きた魔物のようだ。


「ふふ、使役出来るのはアンデットだけとは限らん。どうやらアンデットだけでは城壁を落とせないようだからな。準備をした。

 さて、我が一族よ、ついて参れ。今日こそ、デュシスを贄に。我らに力を」


「待て!!」


 上空に飛び上がったヤハフェに向かって叫ぶ。私に視線を固定してヤハフェが嗤った。


「小娘よ、お前はどうやらあの町が余程大事だと思われる。まあ、ここで、町が滅びるのをゆっくり見ているがいい。その後でアルフレッド様を使役した事、後悔させながら、ゆっくりと苦しませて殺してやろう」


 ヤハフェ以外の特殊個体達にも、次々と肉と骨で作られた羽が生えた。そのままデュシスに向かって魔物と一緒に飛んで行く。


「ティナ!! ここは俺達に任せて、お前はデュシスに警告を!!」


 スカルマッシャーさん達は、ロジャーさんを初めとした5体の特殊個体と戦いながら、そう叫んできた。


「でも!! 私が抜けたら不利すぎる!!」


「何とかする! 町が落ちたら終わりなんだよ! つべこべ言わずに行け!!」


 短剣で押し合いをするジョンさんに怒鳴られた。それでも悩む私に、マイケルさんも叱りつける。


「ティナ! 世話役の言うことは聞くべきです!!

 我々は死にません! 一刻も早くデュシスへ」


 それでも悩む私に、獣相化したジルさんが顔を向けた。


「アルオルを連れて、デュシスへ行け。ここは俺が引き受けた」


 輝く剣を持ったジルさんは覚悟を決めた顔だ。


「死ぬ気ですか?!」


 嫌な予感そのままに、ジルさんに向かって叫ぶ。


「死なん。俺は種族進化している。この程度、敵にはならない。安心しろ、お前が大事なモノは俺が守ろう」


 遠くデュシスの方向から、悲鳴が風に乗って聞こえてきた。城壁に魔物がもう到着したのか?!


「信じますよ! 死んだら怒りますからね!!

 アルオル! 私の肩に手を!!」


 悩んでいる暇はないと、私も覚悟を決める。

 無詠唱でトリプルスペルを作動させた。弱いが一定時間持続する治癒魔法と、先程よりも更に協力な聖属性の防御力向上、そして特殊個体へ全能力値低下だ。


 マイケルさんが自分にかけられた魔法の種類に気がついたらしく、驚きに目を見開いている。あー、こりゃ、私が治癒魔法を使えるとバレたな。


「アルオル! ティナを守れ!!」


 ジルさんがアルオルに向かって怒鳴った。二人とも神妙な顔で頷いている。


「至高神メントレ! ちょいワルおやじ様!! どうか彼らに武運を!!! 

 アルオル、行くよ!!」


 唯一、知り合いの神様に残る全員の無事を祈る。神頼みはガラじゃないけれど、それでも今は祈る事しか出来ることがなかった。

 そして、私はアルオルを連れて、デュシスへと移転した。






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