10.出戻りました
あの後、お花組の持っていたポーションで女神官・アンを治し、起きたアンに仲間達を癒させて夜明け前に出発となった。
二人も潰した事に、なにか言われるかな? と身構えていたけれど、大人組は苦笑して「相手が悪かったな」とギルに忠告して終わりだった。
テリオって、某アニメの戦闘民族扱いか、なにかですか?
……そうですか、そうなのですね。これからも多少の常識はずれは『テリオ族だから』で済みそうだ。
およそ二時間馬車を走らせて、境界の森の入口に着くと、そこで小休止をとる。
大人組の話し合いはギル達をどうするのかについてだ。
今、お花組は馬車の後ろに数珠繋ぎに繋がれて、ケビンさんパーティーに交代で見張られている。道中、馬車の後ろに繋がれ歩かされた花組は辛そうに肩で息をしている。
花組を森の中に連れていくにしろ、ここに残すにしろ、頭の痛い問題だ。どちらにしろこれ以上、やられないように見張らなくてはならない。
しばらく話し合い、捨て石として森の中に連れていく事にしたらしい。
ギル達の武器は返すが、前衛メンバーは先頭を歩かせ、魔法使いのマリアはケビンさんの脇、神官のアンは錬金術師クレフさんの脇で、それぞれの指示でのみ魔法を使うことを約束させられていた。
本来は即殺される、もしくは奴隷落ちでもおかしくないところを、この働きによっては、私に対するアレコレと大人組にやったアレコレを忘れてもいい。と言ってお花組の目の前に人参をぶら下げることも忘れない。
お花組はレベル差もあって、ケビンさんたちに逆らうのは諦めているらしい。暗い顔のまま頷いていた。
私は実家のある森の入り口で、渡された魔物避けの香を焚いてぼーっと立っている。
森の中に入らなければ、これで魔物から襲われるのとはない。と、私にそういって冒険者たちは夜明けと共に森へと入っていった。
時々小鳥が鳴きながら飛んでるし、日差しも暖かい。
……長閑だなぁ。
のんびりと周りを見ているだけでは芸がないから、道々集めた薬草で薬を作ることにする。
この世界の薬は技能保持者が原材料に魔力を注ぐと出来上がる簡単設計だ。
もちろん、技能の足らない者や魔力が足らない場合は煎じたり、煮出したり、入れ物を準備することによって作ることも出来る。
完全に魔力で作ったものと、一部魔力で作ったものの違いは、色々あるが大まかに分ければ、重さと品質だ。
入れ物を準備すれば、その入れ物は薬を消費しても消えず、持ち歩くときもその重さが加算されるし、かさ張る。
完全魔力作成の入れ物はそもそも重さがなく、薬を消費すれば消え去る。
ついでに、魔力で作った入れ物に入った薬の劣化は遅いが、現実に準備した器に入れた薬の劣化は早い。それが品質のちがいに直結する。
これは、器自体の気密性の問題と、殺菌技術の未熟さ、内部を真空にする技術がない事に起因してるんじゃないかな。と勝手に考えている。
そんなことをとりとめなく考えながら、近くに誰もいない事を確認してアイテムボックスから薬草束を取り出す。
100本で1束にしておいた下級回復薬の材料は、束で600以上ある。
自分で使う分だけなら、一生採集しなくてもいいかもしれないな。
……少々乱獲し過ぎた気もしなくもない。
まぁ、死後の不思議空間で手に入れたものがほとんどだし、生態系に問題はないだろう。
ちなみに、中位、高位回復薬用の薬草もこれほどではないが、それぞれ束で3桁はある。魔力回復薬系統は倍以上。
うん、認めよう! 自重しなかった!
とりあえず、レベルアップで大量に増えた魔力でどの程度の数が作れるのか、お試しだ。
束から1つ薬草を抜き、両手で持つ。魔力を注ぎ始めると浮き上がり、薬草の回りに球体の膜が出来る。
遠くから見ていたら、よくテレビでお笑い系マジックでやっていた、宙に浮くステッキとか、そういった風景に見えるだろうなぁ。ハンドパワーです!
また、思考がずれながらも作業を続ける。
中の薬草が回転し始めたと思ったら、一度膜が光り下級回復薬が浮かんでいた。
使用した魔力は6。所要時間はおよそ30秒。
私の現在の魔力は5桁だから、下位回復薬ならいくらでも作れる。複数同時作成は出来るのかが、次に気になりやってみる。
実験の結果、一度に作れるのは9個までだ。時間は1つ作るのと変わらない。
ついでに、中位、高位回復薬も作ってみる。魔力消費量は上がるが作成時間は変わらない。
ハーフで魔力80消費。
フルで魔力200消費だ。
魔力回復薬系統は、およそそれぞれの消費魔力は倍。
高位魔力回復薬で400。9個一気に作って魔力3600の消費だ。
ケビンさんパーティーの魔法使い・マイケルさんで魔力500ちょい、花組の魔法使い・マリアで350前後だという事を考えると、回復薬が市場に出回らないのも納得かな。
魔力値等は今後の私の参考にするために、こっそり移動中に再度鑑定させてもらった。
そんな考察を続けている間にも、魔力は回復し続けている。
元々あった魔力保持量増加(特大)に、魔力回復量増加(大)を(特大)に変えて、魔力消費軽減(特大)、回復速度増加(特大)、魔力成長力増加(特大)の魔力系技能をフルコンプリートした結果進化した『魔導の愛し子』と言うスキルのお蔭だ。
ちなみに、体力は四桁前半しかない。それでも、ケビンさんパーティーの前衛メンバーよりも多いけどね!!
……うん、もう何も言うまい。正直やりすぎた感は半端なくしている。
ポーションが品薄と聞いたからではないが、所有魔力の半分位をキープする速度で、薬を作り続ける。
昼近くなってお腹が空いてきたなぁ、と森を伺う。
マップ表示は草原までで、フィールドが違うという判定なのか、森の中は表示されない。
さっきから、森のあちこちで鳥型の魔物が飛び立っていて少々騒がしい。
無性に嫌な予感がする。
作った回復薬を急いでアイテムボックスに格納した。
ポーション、マナポーションともに、各種50以上。
下位のポーションとマナポーションは魔力調整の為に数が増えて100近くある。転生前に溜め込んでいた分も含めれば、予備は潤沢にある。
万一を考えて、無限バックに下位回復薬を20、下位魔力回復薬を同じく20、中位回復薬を10、最後に高位回復薬を1個だけ入れておく。
マナポーションは魔力の回復割合だけだから、まぁ、最悪本数を使えばいいが、回復薬は欠損の回復範囲が違う。
下位回復薬は欠損した箇所は治らない。ひきつれたような跡が残る。
中位回復薬は抉られたような小さな傷、一部失った指等なら修復可能だ。
高位回復薬なら、手足の一本二本くらいなら簡単に修復させる。ただ、瞳とか脳みそとか、重要臓器等は損傷状況によっては治らないものもあるらしい。
それ以上の怪我を治そうと思ったら、霊薬や秘薬、神薬と呼ばれるものを頼るしかない。ちなみにこれは私は作れるけど、一般流通していないから現実的には高位神官が行う奇跡を頼るらしい。治癒魔法を使える神官の数もご多分に漏れず少ない。およそポーション作成は技能者の100分の1の割合でしか生まれず、高位神官となれるのはその中の一握りだ。
私は最高位治癒まで使えるが、これ以上目立ちたくないし公開するつもりはなかったりする。目立つなという方が無理なスペックじゃないの?
しばらくは、ポーションで十分。万一のときは、親に渡された事にして、霊薬を出そう!
そんな決意を新たにしている間にも、森のざわめきが近づいてくる。
いつでも走り出せるように、馬を馬車に繋ぎ(何故か出来た)、御者台に立つ。
装備は昨日のままだ。飛び道具がないのは失敗したが、最悪は魔法を使おう。初級までなら、使えるのはバレている。
魔力は現在六割まで回復している。なんとかなるさ!
最初に飛び出してきたのは、ケビンさんパーティーの大剣持ちの戦士・ロジャーさんと盗賊のジョンさんに守られたクレフさんと、そのクレフさんに抱えられている、花組のマリアだった。
「ティナ! そのまま御者台におれ!! 合図をしたら、馬を走らせるんじゃ!!」
息を切らせながら、馬車によじ登りクレフさんが指示を出す。
「どうしたんですかっ?!」
そのただならぬ形相に、叫び返した。
「キャサリンだ! あの女狐っ! わざと魔物をけしかけやがった!!」
ジョンさんが叫び返す。手には小型のダガーをもち、腰の後ろにいくつかの袋を下げた軽装だ。怪我はなさそう。
「ケビンさんたちは?!」
「ケビンは残った! 魔物を牽制しつつ戻るはずだ!!」
森の中から爆音と共に、マイケルさんが飛び出してくる。
そのあとに転げるように出てくるのは、甲冑姿のギルとキャサリンだ。
二人を見る周りの目は何処までも冷たい。視線で人を殺せるなら簡単に息の根を止めそうだ。
「馬車に乗れ! 逃げるぞ!!」
狩人のカインさんが飛び出し様に叫ぶ。牽制するように森に矢を放った。吸い込まれる様に森に飲み込まれ、甲高い獣の悲鳴が響く。
「ケビン!」
最後に、魔物ともみ合うように出てきたケビンさんを見て、ロジャーさんが飛び出した。
敵の返り血なのか、自分の怪我なのかわからないが全身真っ赤だ。
それでも足を止めずに馬車を目指す。
「ティナ、わりぃ! 何でもいい、魔法を放ってくれ。少しでも牽制を!! マイケル、おめぇもだっ!!」
御者台に飛び乗り、私から手綱を取り上げたジョンさんの声をあげる。冒険者の獲物を横取りしたと言われるのが嫌で今まで我慢していたんだけど、これで免罪符が手に入った!
アルケミストのクレフさんも荷物からフラスコを出して、ケビンさんの後ろに投げつけ牽制を続けている。
「ファイア・ウォール!!」
炎の壁をケビンさんの背後、魔物と分断する様に出現させる。
壁を魔物が迂回する間に、ケビンさんは馬車にたどり着いた。
「よし、逃げ……ッ?!」
森から黒い犬が飛び出してくる。一匹、二匹、三匹……まだまだ続々と出てくる。多くない?!
「地獄の番犬じゃと! しかも、これはっ!」
「キャサリン、何て事を、こんなことになるなんて、何て事だ」
「なぜだッ! 魔物はテリトリーの森から出ないはず!!」
「うわっ、囲まれたぞ! くそっ、やるしかねぇ、クレフのじぃさん、指示を!!」
なんだ、ヘル・ハウンドかと内心突っ込みを入れていたけれど、現れた数を見て気を引き締める。普段は多くても5,6匹の群れなのに、これは一体何事か。
始めに20頭前後の群れが現れ、そして左右から馬車を囲むように更に30頭位が飛び出してきた。
一気にのどかな草原は戦場になる。
「ギルパーティーの足らない面子、神官と軽鎧戦士はどうしたんですかっ?!」
馬車を拠点に防御陣を作り始めた大人組に尋ねる。ケビンさんが最後なのに、二人が見当たらない。
「お嬢ちゃん、あの二人なら、そこのクソイヌに食い殺されたぜ! 女狐が魔物寄せの香を隠し持って、更に興奮剤を撒いたせいでな! 人には無味無臭なんて、えげつねぇ毒を準備していたもんだ!!」
馬を守る為に、御者台に陣取ったままのジョンさんが教えてくれた。手元に持っていたダガーは御者台に差し、投擲用の細いナイフを準備している。
荷台で怯えていたギルと、何処か嘲笑う様な顔をしていたキャサリンは無理やり正面に引き摺り立たされた。ギルが持った剣はいっそ滑稽なほど震えている。
二人の間を埋めるように、(もしくは逃げようとしたら一刀の元切り捨てられるように?)大剣を担いだロジャーさんが仁王立ちで魔物たちと睨み合っている。
荷台にケビンさんを無理やり押し上げたカインさんは、弓をつがえて牽制し、マイケルさんは味方に次々と強化呪文を唱えている。
打ち合わせなどほとんどない。流れる様に行われる準備は、ケビンさんパーティーが越えてきた荒事の多さを予感させる。
クラブを杖に立ち上がろうとして失敗したケビンさんに、クレフさんが駆け寄り、思わず呻いた。
「こりゃ、ひどいのぅ……」
荷台の中央で守られていた私は、ケビンさんに近づいて息を飲む。ひどい怪我。部位が丸々切断されている箇所はないが、噛みつかれて、肉が抉り取られている箇所は沢山ある。
「これをっ!」
呼吸に合わせるように血を噴き出す傷口の多さに、中位回復薬では間に合わないと判断して、一本だけ入れていた高位回復薬を押し付ける。
「ティナちゃんや、これは!」
私が渡した薬の種類がわかったのだろう。クレフさんが本気かと言うように聞き返す。
「大丈夫!! 使ってください! 早く、ケビンさんが戻らないと、前衛が崩壊します。せめて、脱出ルートを作らなきゃ!」
今は迷ってる暇はない。私の手持ちで助かる人がいるなら、言い訳は後から考えればいい!
マイケルさんの所に行き隣に立つ。手持ちのマナポーションを10個無理やり押し付けた。
クレフさんに運ばれて、荷台に転がっていたマリアにも、中位回復薬をぶっかけて叩き起こすと、マナポーションを10個渡し、ジョンさんの援護に行くように指示を出す。
裏切られたら? そんなん知るか! 今は一手でも手数が多くほしい。
私たちが準備を整える間にも、戦端は開かれた。初めの一匹が噛みついて来たのを皮切りに、次々とヘル・ハウンドたちが前衛に殺到してくる。
ロジャーさんが、剣を大きく振り回し牽制しているが、いつまでもつか。馬を狙ってきている犬はジョンさんが巧く撃退している。
「ティナちゃん、無理はしないでくれ! 魔力切れで気絶される方が厳しい!! いいね?!」
ヘル・ハウンドが近づいてきて、怯えを感じる声でマイケルさんが指示を出す。マリアはこちらの事などお構い無しで、攻撃魔法を連打している。馬が怯える! とジョンさんの罵声が聞こえてきているし、あちらは問題ないようだ。
「ファイア・ボール!!」
頷くだけで答えにかえて、私も攻撃魔法を連打し始めた。使う魔法は初級のみ、強化は威力のみ、スキルを使い、同時にいくつかの魔法を同時発動させることも禁じ手にしたが、予想ではなんとかなるはず!
ケビンさんに薬を使い終わったクレフさんも、得意のフラスコ爆弾で参戦してきた。前衛に傷が入りはじめているが、流れは少しずつこっちにきている。
残りのヘル・ハウンドが10匹を切った所で、一斉に犬達が遠吠えをする。
森の中から、野太い遠吠えがユニゾンで響いてきた。
現れたのは、双頭の犬・オルトロス。地獄の番犬の次男だ。こいつが進化すると、最初に森で戦ったバクベアードと同等のレア度を誇る、三頭の地獄の番犬、ケルベロスに進化する。
接敵すると厄介だからとりあえず、ヘル・ハウンドの残りを片付けながらクレフさんに質問する。
「クレフさん、あの敵、倒せるんですか?」
「ケビン達が万全で、ワシも手伝えばあるいは……ってところじゃの」
「大丈夫だ、倒す。クレフ殿、御助勢を。」
迷いながら答えるクレフさんの足元から、ケビンさんの声がする。ようやく意識がはっきりしてきたのか、クラブを握る手にも力が入っている。
身軽に起き上がり首を回す。
「ティナ、お嬢ちゃん、ポーションをありがとう、助かった。礼は後で」
ケビンさんが復帰して、馬を守っていたジョンさんが合流するとおっさんたちは本来の動きを取り戻した。オルトロス戦の邪魔になるギルたちは、荷馬車まで下げられた。
「使って」
短く言い手傷を負ったギルとキャサリンにローポーションを投げ渡す。ギルは一瞬呆然として、キャサリンは睨み付けてからポーションを使った。
二人の後ろから、マリアがすごい顔で睨んでいる。
とりあえず、下がったメンバーがおっさん達になにもするつもりがなさそうだから、一度意識から抜く。
クラブで肉を潰し、大剣で叩き切る。
炎が舞い、氷が降り注ぎ、雷が走る。
合間でフラスコが飛び、牽制するようにナイフが飛んだ。
「あと少しだ! マイケル、援護をかけ直せ!! ジョン、牽制を! 片付けるぞ!!」
そのケビンさんの掛け声をスタートに、おっさんたちがラッシュをかける。
ズシン!!
と言う重い音をたてて、オルトロスが倒れ込むと誰ともなく歓声をあげる。近くにいたクレフさんと抱き合って喜んでいると、ケビンさんが戻ってきた。
「お疲れ、クレフ殿、ティナ嬢ちゃん、助かった。すまんが、手持ちのポーションが尽きた。ローポーションでもいい。回復薬があれば売ってくれないか?」
オルトロスが塵と消えてドロップ品を回収しているパーティーメンバーを見ると皆怪我をしている。大剣使いのロジャーさんの怪我が一番ひどい。
「もちろんです、どうぞ。ハーフがあと少しだけあります。人数分はありますから、使ってください」
薬を出して渡そうとしていたとき、マリアから詠唱が聞こえた。
「危ないっ!!」
ケビンさんがとっさに私たちの前に出て庇おうとするが、マリアから打ち出された炎の矢は私たちには来ず、仲間だったキャサリンを目指した。
キャサリンが避けたことによって炎の矢は荷台に当たって、火をつける。
かけ戻ったマイケルさんが水球で消火活動に勤しみ、気配なく戻ったジョンさんが、マリアを後ろから羽交い締めにした。
「キャサリンっ! あんたのせいで! 殺してやるっ!!」
わめき散らすマリアを殴り気絶させると、乱暴に担ぎ上げジョンさんが戻ってきた。




