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117.聖人 善人 ただの人?

「よう! どうした?」


 クルバさん達と共に物見櫓に上がったら、ジョンさんに見つけられて挨拶をされる。アンナさんが同じく尋ねてきた冒険者達に実験だと伝えていた。


「……うむ、スカルマッシャーのジョン。ちょうど良い。すまんが、ちと、コレを着けてみてくれんかね?」


 そう言ってクレフおじいちゃんが差し出したのは、私のサークレットだった。


「ん? 何だ、こりゃ。黄金地に水晶? いや、金剛石(ダイヤモンド)の細工か? ずいぶん豪華な装飾品だなー。中央の石はルビーの様にも見えるが……うんにゃ、こりゃ魔石だな。これだけの純度と色あいは珍しい」


 盗賊のジョンさんは、職業柄か価値を確認しようと、受け取ったサークレットを日に翳している。


「ほれ、さっさと被らんか」


「呪いのアイテムじゃないだろうな?」


 そう言いながらも、ジョンさんはサークレットをつけた。自動で装備者のサイズに調整されるから、落ちたり入らなかったりする心配はない。盗賊のジョンさんに豪華なサークレット。違和感が凄い。


 ジョンさんが被った瞬間に、サークレットは一瞬ピカっと控えめに輝いた。でもそれだけで、特にゾンビ達に変化はない。


「?」


 顔を見合わせている私たちに、ジョンさんは不満げだ。これは何だと質問するジョンさんに、マスター・クルバが説明をした。


「そりゃ、無理だ! ジョンだぞ? しかも盗賊。善人のはずがない。よしんば効果があったとしても、城壁から外まで広まるはずかない」


 周囲の冒険者達から、全否定されてしまった。ゾンビの撃退に忙しい冒険者達も、手は止めずに笑っている。


「まぁ、わしもジョンがどんなヤツかは知っておる。その上で、まぁ、普通より少し悪人寄りの場合はどうなるのかの実験じゃな。ほれ、他にも被ってみたい者はおらんか?」


 ジョンさんから回収したサークレットを軽く振りながら、クレフおじいちゃんが尋ねる。周囲の手が空いている冒険者たちは、あからさまに視線を逸らした。


「クレフ老、そんな客観的人生の判定装置のようなものを身につけたい者がいると思いますか?

 我々は生き残る為に手を汚すこともある冒険者ですよ。聖人君子ではいられない。それこそ、どこぞの神官にでも頼めば良いでしょう」


 渡した霊薬で怪我が治ったマイケルさんが、マスター・ジュエリーと一緒に合流しつつ、クレフおじいちゃんをたしなめる。マスター・ジュエリーは試したそうにしていたけれど、ギルドマスターと言う立場上、アンナさんに止められていた。


「ならティナはどうじゃね? 持ち主として、着けてみてくれんかね?」


 苦笑しながら、首を振る。私だって転生してから、善人として生きている訳ではない。ジョンさんと大して変わらないだろう。


「お呼びですか?」


 物見櫓の上が沈黙で支配されている所に、サーイ神官がニッキーと一緒にやって来た。


「お、待っておったぞ。サーイ殿、ちとコレを身につけて欲しい」


 待ってましたとばかりに、サーイさんにサークレットを突きつける。


「これ、何だ? スゲェ豪華」


 サーイさんと一緒に来たニッキーが、ヒョイとサークレットを受け取る。


「あ、そうね。ニコラスでも良いわね。少しそれを装備してちょうだい」


 ポンと手を叩き、アンナさんが提案する。驚く二人に、クレフおじいちゃんも急かしていた。


「なぁ、ティナ。これ、何なんだよ?」


 手渡されたサークレットを恐々と持ちつつ、ニッキーは私に尋ねた。うん、私に問いかけるなんて、やっぱりニッキーは感がいいね。これがギルマスさん達なら、適当に誤魔化されかねない。


「ん? 破邪のサークレット。善人であればあるほど効果が高いの。さっき実験でジョンさんが犠牲になったところ。ニッキーは一般人枠代表?」


「な?! そんなのお前が!! ……いや、うん、駄目だな。一般人(ふつう)じゃないものな。だから、俺かよ。確かに普通の住人を物見櫓に上げる訳には行かないから仕方ないか」


 ニッキーはブツブツ言いながらも、サークレットを被った。ジョンさんの時よりは強く輝く。


「おい! 下を見ろ!!」


 冒険者に促されて城壁の下を見た。数匹のゾンビが必死に逃げていっている。


「おー!」


 誰からともなく、パチパチと疎らな拍手が沸き起こった。


「もういいだろ?!」


 そう言ってニッキーはサークレットを乱暴に脱ぐと、サーイさんに押し付ける。次は待ちに待った真打ちの番だ。サークレットを持ったサーイさんに周囲の期待に満ちた視線が集中する。


「え、あの、私がコレを着けるのですか?」


 動揺したサーイさんが嫌がっているけれど、クレフおじいちゃんもクルバさんも逃がす気は無さそうだ。もっと高位の、それこそ豊穣神の神官長であるミールおばあちゃんでも、実験台にした時の危険性をこんこんと説いて説得したようだ。


「……確かに私でしたら、既に神殿より破門された身。効果が低くても当たり前でしょう。では」


 覚悟を決める様に一度深呼吸をすると、サークレットを嵌めた。


 オオオォォォォ!!


 サーイさんからそよ風を感じたと思った瞬間、目が開けていられない程の光が辺りを満たす。それでも何とか薄目を開けて、周りを見ていたら、サークレットの光に誘われるように天使が現れた。


 金茶の髪に赤い甲冑、純白の1対の羽。表情はなく、光の中舞うように螺旋を描いて、城壁からゾンビのひしめく外へと翔んでいく。


「こりゃ……」


「……凄い」


 私と同じ様に薄目を開けて外を見ている人達から、そんな呟きが漏れる。サーイさんから発せられた光は、城壁に取りついていたゾンビの半分近くを飲み込んでいる。輝きが去った後には、綺麗な死体と必死に逃げ去るゾンビの群れがいた。


 有効範囲は、私の魔法とトントンか。即効性としてはサーイさんの方が上。確実性は私の魔法の方が上。

 小円を重ねる様に有効範囲が拡大していく私の魔法に対して、サークレットを中心とした正円を描くから、使用者の防御力が低くても何とかなるだろう。


 そして何より、このサークレットの発動に魔力はいらない。つまりは装着してそこに要れば良いだけ。これは、何にも増す利点だろう。


「お見事!!」


「え?! は?! 何故?!」


 動揺し、涙目のサーイさんを笑顔の冒険者達が絶賛している。誰も私の方に注目していない事を確認して、こっそりサーイさんを鑑定した。


 ー……やっぱりあったよ。レムレスの祝福。滅多にくっつくものじゃないのに。やっぱりサーイさんは善人だったようだ。


「聖者さまだ!!」


「救い主様!!」


「おお、我々の聖人様!!」


 誰が最初に言ったのかはわからないが城壁の上では、サーイさんを讃える声で溢れている。


「皆さん、落ち着いて下さい。どうか落ち着いて!!

 私はそのような者ではありません!!」


 サーイさんが悲鳴を上げて否定しているけれど、誰も聞いてない。それどころか、胴上げを始める勢いだ。


「……サーイ殿と勇者、それとティナか。これなら何とかなるがのぅ? よし、ギルドに戻るぞ。サーイ殿、同行して頂きたい。それと、誰か勇者を呼んで参れ」


 クレフおじいちゃんが周囲に指示をして、ギルドへの帰路につく。今、サーイさんが広域でゾンビ退治をしたから、少しは余裕が出たのだろう。


 ついでに、ゾンビがいなくなった城門の前に残された住人たちの死体の回収に、冒険者たちが外へと出ていく。サークレットで退治されたアンデット達は、生前の姿を残していたのだ。


「……お嬢様、オルランドが戻りました」


 そんな混乱の最中、アルが私へと耳打ちをする。示されるままに視線を動かせば、出入りする冒険者に交じり、オルランドが町の中へと滑り込んで来ていた。


 私達に見られていた事に気がついたオルランドは、一瞬動揺したけれど、大人しく物見櫓の下で合流した。オルランドが外に出ていた事を知る、クレフおじいちゃんとクルバさんの冷たい視線が痛い。


「……何か言うことはある?」


 まだ聖人だ、聖者の誕生だと騒がしい周囲を気にしつつ、小声でオルランドに話しかける。


「アル様が話したのか?」


「うん。勝手なことをしてくれたね」


 何故と言う表情を浮かべるオルランドへ、アルフレッドは哀しげに首を振る。


「オルランド、我々の立場を考えるんだ。それに、彼らは死んだ。それは分かっているだろう?」


「それでも!」


「ああ、それでも私だって彼らを助けたい。もしも、彼らの為になるなら何でもしよう。償いになるのならば、この身を生きながら喰われてもいい。だが、この地の人々は無関係だ」


「無関係なはずがありません。この地で我ら一族は滅ぼされました。この地の者達が、我が血族を、そしてマイ・ロードを!」


「だからと言って、魔物となるのか? しかも、普通では考えられないレアな魔物だ。確かにヤハフェは高レベルだったし、人生経験も豊富だった。しかし、自力でビフロンへと至れるはずがない。そんな生き方はしていなかったはずだ。

 何が起きているのか、冷静に判断しなくては」


 珍しく感情的になっているオルランドと、元味方で罪の意識を感じる相手ではあっても、冷静に状況を判断するアルフレッド。そんな二人をオロオロと見守るダビデ。珍しいなぁ。


 迷う素振りを見せ始めたオルランドへ、痺れを切らして話しかけた。


「オル、報告を。外に出て何を見聞きしたの?

 嘘や隠し事は許さないよ」


 いつもの軽口すら出ずに、睨み付けられる。アルとダビデも、オルランドへ話すようにと説得しているけれど、それに聞く耳も持っていない。


「おい、いい加減にしろ」


 低くジルさんが警告を発する。


「俺が話さなかったらどうする気だ」


 ジルさんの警告は逆効果だったようで、意固地になったオルランドが挑みかかる様に私に問いかける。


 揉みくちゃにされているサーイさんを救出に行っていたクルバさんもそろそろ戻る。これは早く片付けないと、ギルドでのお説教コースだ。


「……オルランド、選ばせてあげる。なに、簡単な事だから、心配しないで。

 何を見てきたのか、何を知ったのか、何を予測したのか。全て包み隠さず報告するか。もしくは、不服従で久々にお仕置きか。

 勿論どっちを選んでも奴隷紋で詳しく話させるけど、好きな方を選んでね」


 あくまで軽く、何でもない事のように。オルランドの忠誠心が、私にないことは良く分かっている。だからこそ、一度は本人に選ばせる。どうせ苦痛の末に話させられると分かっているなら、オルランドの性格上、自分の意思で話すだろう。


「オルランド!」


 悩むオルランドへ、アルが咎める様に名前を呼んだ。


 全く人が悪役になっても、話しやすい様に誘導しているのに、それでもまだ悩むか。面倒だな……。


「時間切れ。私に話すことはないってことでいい?

 アルフレッド、覚悟は良い?」


 いきなり話がアルフレッドへ飛んで、オルランドが驚いている。


「何故、そこでアル様の名前が出る?」


 警戒するオルランドへ、苦笑を向けた。


「あのねぇ、自分の主の性格くらい予想しようよ。

 アルフレッドはね、オルランドが戻っても、叱責は最低限で済ませて欲しいって頼んでたの。しかもヤハフェが私にやった事の謝罪もしているし、その分の罰も受けるってさ」


 オルランドが驚いた様にアルフレッドを見つめている。でもアル自身は何でもないことの様に無表情だ。目も合わせない。


「オルランドは、拷問に耐える訓練なんかもしてきたんでしょう。ならお前を責めるよりも、とばっちりでアルフレッドを責めた方が、ダメージが大きいんじゃないかと思うのよ。時間もないしさ。

 だから、ね? アルフレッド、覚悟はいいかな?」


 まぁ、アルが話したのは、ヤハフェの分だけで、オルランドの分を肩代わりするなんて、話してはいないんだけど。アルが嫌がればそこからまたオルランドと話し合いをすればいいやと思ってアルに視線を移したら、当然だと言うように頷いていた。


「はい。どのような事でも。

 オルランドが自主的に全てを話すまで、喜んで耐えましょう。

 元々は私の指導が行き届かなかった為に、この様な事になったのです。如何様(いかよう)にも責めてください」


 跪きそうな勢いでアルフレッドに同意されて、内心ドン引く。確かに話を振ったのは私だけれど、ここは嫌がる所でしょう。まだ病んでるのか、コイツは。最近落ち着いてきたと思ってたのに。


「分かった! 全て話す!!

 だから、アルフレッド様へは手出しをしないでくれ」


 慌てた様に、オルランドが私に頼んできた。もう、最初っからそう言ってくれたら、私だってこんなダメージ受けるような芝居を打たなくて済んだんだよ!


「そう、まぁ、良いけど。嘘ついたら酷いよ?」


 信じていなさそうな顔のまま、オルランドを見つめる。お仕置き変わりだから、これくらいは追い詰めてもいいだろう。


「信じられないなら、奴隷紋でも、隷従の首輪でも好きに使ってくれ。だから、頼む。アルフレッド様には手出しをしないでくれ」


 必死に頼むオルランドへ、ため息しか出ない。それをどう判断したのか、オルランドは唇を噛み締めた。


「……次はないからね?」


 私がそう言うと、慌てて頷く。そんな私たちに、こっそりとアンナさんが近づいてきた。


「ほら、ティナ、そろそろ移動するわよ。

 オルランドの話をマスター・クルバとクレフ老も聞きたがっているの。同行して貰えるかしら?」


 ますます大きくなり、町へと広まっていく聖人誕生の一報を受けて、町の人達が続々と集まってきていた。


 そんな中、ここに留まるのは危険と判断したクレフおじいちゃんに連れられて、ギルドへと戻った。





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