116.ギルドでの打ち合わせ
ギルドで人払いをお願いして、クルバさんとクレフおじいちゃんにのみ、アルが持ってきたヤハフェからの手紙を見せた。ついでにオルランドの件も話したら、頭を抱えられたけど。報告してから動けってことらしい。
ちなみにもう一人のマスター組、ジュエリーさんは城門の防衛戦に参加中で留守だった。
「ティナ、それでお前はどうする気だ?」
ダメージから回復したクルバさんに話しかけられて、首を傾げる。
「どうするって、どっちに対する質問ですか?」
「どっちとは、どんな事じゃね?」
「いや、手紙への対処なのか、勝手な事をしたオルランドへのお仕置きなのか分からなくて」
「……両方だな。お前が制御出来ないのであれば、オルランドを一時ギルドに預けろ。こちらで教育してやる」
イラついた顔のまま、クルバさんが提案する。それにクレフおじいちゃんも深く頷いた。
「そうじゃの。確かにティナちゃんの手に余っている様だ。こちらで少ぅし、教育してやっても良いのぅ」
えーっと、二人とも恐いです。殺気とまではいかないけど、怒気が部屋の中を渦巻いてる。その証拠にダビデとジルさんの尻尾がピンと立っている。怯えているのは私だけじゃないらしい。そんなお怒りの二人に預けたら、どんな教育をされるか分からない。少し宥めておこう。
「流石に今回は少し腹が立ったので、こちらでやります。対応に困ったら、相談しても良いですか?」
任せろ、と快諾してくれる二人にお礼を言ってから、ようやく本題に入る。
「さてと、問題は手紙の方です。
これを好機だと思うのは私だけですか?」
二人に問いかけると興味を引けた様で、先を続けるように言われる。
「今、戦況は拮抗しています。ただし、こちらは物資の補充もなく、疲労も蓄積しています。日がたつにつれ、どんどんキツくなるでしょう。そこまでは問題ないですよね?」
「ああ、だからと言って、現状では反撃に出ても攻撃力が足らん。敵の全貌も分からん。今は耐えるしかない」
悔しそうにクルバさんは話す。ギルド上層部の会議でも、戦力不足で大規模な反撃は不可能だと、判断されていた。
「でもこのままじゃ、じり貧です。各地のギルドから来た人達だって、いつまでもここに居てくれるわけではない。
そもそも、この地のギルド職員の救出と言う名目で集められた人達です。実質は違うと分かって来たとは言え、長引けば撤退も視野に入る。違いますか?」
これは、夜勤の精鋭さん達に聞いた話だから、間違いはないだろう。少しずつだけれど、そろそろリミットだって声が出始めている。
「そうじゃのぅ。確かにそろそろ限界じゃな。ここまで囲みが厚いとは思っておらなんだ。ワシの見込みが甘かったと言わざるをえん」
「だからこその、コレです。この手紙に乗れば、少なくとも特殊個体と複数接触出来るでしょう。何を目的に囲んでいるのかも分かるかもしれません。上手く利用すれば、特殊個体の幾つか狩り、全容の究明が出来るかも知れません。この機会を逃す手はない」
「じゃが、危険だ」
「ええ、危険です。アルオルが寝返る可能性も捨てきれない。アルオルだけでは危ないので、私も同行する予定です。でもギルドとしては、私の同行は認められない。
違いますか?」
なんたって、昔の仲間だからね。私との天秤なら、あちらに傾いてもおかしくはない。
それに今、聖属性の広域攻撃法を持つのは二人だけだ。ギルドとしても、危ない橋は渡らせなくないだろう。
「そうじゃな」
「それで、お前はどんな提案をしてくる気だ? さっさと本題に入れ」
おや、クルバさんにはバレたか。なら、単刀直入に言おう。
「同時攻撃を。少なくとも、私たちが接触している間、幾らかの特殊個体は動けません。少しでも数を減らしましょう。
後はオルランドの情報と、接触した時の対応次第ですけどね」
「不許可だ。現状で、勇者もお前も無理はさせられん。せめてもう一枚、手札があれば別だが……」
「しかし、このままではじり貧じゃ。ティナの提案に乗るのもひとつの手じゃよ。賭けになるがのぅ」
クルバさんとクレフおじいちゃんが揉め始めた。ネックはやはり攻撃力か。確かにね。
「聖水を使うにしろ、アレは普通の聖属性を持たない冒険者達の切り札です。聖属性を付与するにしても、人が足らない。幸い武器はスミス殿が残ってくれたので、補修が出来てはいますが」
あ、スミスさん、この町に居るんだ。なら、ジルさんの武器の手入れをお願いしたい。本気でそろそろ限界だし。
でも、どうするかな。私がアルオルに同行するのは確定だけど、どうやって説得しよう。
それに、何か、ひっかかる。何か、忘れてる気がする。
考えろ、思い出せ。
思い出せ!!
「ティナお嬢様?」
頭を抱えて悩む私に気がついたのか、小さくダビデが名前を呼んでいる。手を振って何でもないと答えながら、悩み続ける。
「クルバよ、この地に残ったアイテムは後どれ程だ?」
「聖水複数と聖属性を持つ武器が5本ほどです。後は聖属性の守護を持つ装飾品、腕輪や首飾りが……」
「ああああぁぁぁぁぁ!!! すっかり忘れてた!」
「ティナ?!」
「お嬢様?!」
「ティナ!! どうしたの!」
記憶が繋がって、立ち上がり絶叫してしまった。驚いた全員が、私に注目する。声は外にも漏れていた様で、慌てたアンナさんも飛び込んで来た。
「クルバさん、装飾品!! サークレット、あります。どうして忘れてたんだろう! そうだよ、サークレットを使えば、一枚増えるもおんなじじゃん!!」
「ティナ、落ち着きなさい。どうしたの、きちんと話して!!」
クルバさんに掴みかかる勢いで話したら、アンナさんに後ろから羽交い締めにされた。そのまま振り向き、興奮ぎみに語る。
「私は『破邪のサークレット』を持っています!!
すっかり忘れてた。ごめんなさい。
確か、使用者によって効果が変わるはずだから、いい人……この町で一番の善人って誰ですか?!」
そうだよ、転生前のドロップ品に、アンデットや邪神に有効なサークレットがあったじゃないか!!
「善人? 普通なら、神官様の誰かだと思うけれど……」
驚きながらも、律儀にアンナさんは答えてくれた。
「ティナちゃんや。少し落ち着いてくれ。まずはそのアイテムを見せてくれんかね?」
一瞬迷ってからアイテムボックスを開いて、破邪のサークレットを出した。クレフおじいちゃんは私がアイテムボックス持ちだとは知らなかったらしく驚いていた。そしてサークレットを見て、更に目を見開いた。
「こりゃぁ……凄い。クルバよ、鑑定用のアイテムを」
「こちらです」
何度かお世話になっている使い捨ての鑑定アイテムで、クルバさん達は詳細を確認した。そのまま、悩みだす。
「マスター・クルバ?」
アンナさんが控えめに声をかけた。悩みながらも、クレフおじいちゃんはアイテムの詳細を話し始める。
「このアイテムの表記は、こうなっておる。
破邪のサークレット:アンデット系、邪神系を弱体化、滅する効果があるサークレット。弱いながらも邪気を払う効果もある。効果は使用者に左右される。もちろん、良い人の方が効果は高いぞ!」
「何なのですか、その解説は……」
転生前にみた説明にアンナさんは頭を抱えた。やっぱりこの説明文は、この世界の人もどうかと思うのだろう。
「アーティファクト系特有の、ふざけた説明じゃな。このレベルのアイテムであれば、よくある事じゃ。
それよりも、良くもまぁ、こんなアイテムを持っておったな。迷宮都市で見つけたのかね?」
「いえ、昔から持っていて……。使わないからすっかり忘れてました」
いや、使ったのは緊急ミッション一回だけだし……。あの時も効果が高くて、助かったじゃないか。なんで私は忘れてたんだ!
「昔? フェーヤかヴィアが手に入れたのか? 確かに大人が使うよりも、無垢な子供が装備した方が効果は高そうだが……」
クルバさんは悩みながらも、そう言って納得してくれた。出所を探られたらどうしようかと思ったけれど、親が高レベル冒険者だとこういう時に相手が勝手に納得してくれて便利だわ。
「貸すだけです。売りませんし、寄付もしません。一応、思い出の品なので。
でも、これを使えば、足らない攻撃力、どうにかなりませんか?」
「実験してみないと何とも言えぬが、可能性はあるな。
誰か、サーイ神官は何処にいるか分かるか。ギルド所属ならば、恐らくサーイ殿が一番の染まっていない。善人かどうかは知らんが、協力要請するなら妥当だろう。……それ以上の大物は、失敗したときの影響が大きすぎる」
「ティナ、お前も同行しろ。いいな?」
「分かりました。あの、ジルさんの武器がそろそろ限界なので、スミスさんに手入れをお願いしたいんですけど、優先してやってもらえるように、口を利いて貰えませんか?
単体攻撃ですが、ジルさんも聖属性攻撃持ちです。戦えなくなるのは、損失でしょう」
「ん? そうか、言われてみれば、ジルもか。
良く考えれば、お前のパーティーは聖属性が豊富なのだったな。聖騎士は武器に属性付与できる。ティナは広域攻撃。そして狼獣人か。流石は夜間を任せるに足るパーティーだ。夜番の冒険者達からの評判も良い。
分かった。最優先で手入れをして貰えるように、こちらから連絡する。今から行くか?」
私はジルさんを見て、眠らなくても大丈夫なら、このままスミスさんの所に行って欲しいと頼んだ。アルオルに同行するなら、武器の手入れは必須だろう。
最初は難色を示したジルさんも、アルオルが接触する時に、同行したいならと説得したら納得してくれた。
内勤の職員がギルドの武器を依頼するついでに、ジルさんと同行してくれる話になり、一度別れることになった。
「心配するな。ティナの護衛は我々だ。
ほら、早く行け」
マスター・クルバに、急かされてジルさんは出ていった。私の護衛はマスター・クルバ&クレフおじいちゃん。そしてアンナさんらしい。超豪華ラインナップ。いいのか、それで?
一応、ジルさんに予備武器の剣を渡したけれど、危ないから無理して戦わない様にと念を押した。帰りは何時になるか分からないから、各自隠れ家に戻ることにする。
「では、サーイ神官と合流したら実験開始だ」
クレフおじいちゃんがサークレットを持ち、全員で移動し始めた。気になっていた事を確認したくて、アルへと声をかける。
「ねぇ、アル。今さらだけど、これで良かったの?
アルは昔の仲間を助けたいんじゃ……」
「確かに助けられるものならば、助けたいと思います。ですが、目の前で死んでいった者達です。彼らが生き返るはずがない。どんな方法であのような姿になったのかは予想もつきませんが、一度魔物に落ちたなら人族の敵。せめて一度だけでも話したいとは思いますが、お嬢様が今回の件を利用しようとするのも分かります。
ですからどうか、ご心配なく」
「うん、分かった。必ず一度は話せるようにするから。多分チャンスは一度きりになると思う。だから後悔しないように動いてね。
……早くオルランドが戻るといいけど」
「オルランドでしたら、何かを掴んでくるでしょう。ティナ様、オルランドへの叱責は、どうか最低限でお願いします。あれも滅んだ仲間を目の前にして、動揺し混乱しているが故の暴走なのです」
周りでクルバさんとクレフおじいちゃんが咳払いをしている。最低限で済ますのは許さないと言う意思表示だろう。
「掴んできた情報次第かな? まぁ、お説教はするけど。ジルさんも同席するけど。スリッパ乱舞になりそうだけど。怒ってない訳じゃないからさ」
苦笑しつつ、アルに釘を刺す。アル自身も分かってはいたようで、似たような苦笑を返してきた。
「さぁ、そろそろ城壁だ。上手くいくと良いね」
戦いの音が近づいている。道端に負傷者も寝かされ始めていた。
アンナさんが道行く冒険者に、サーイ神官の居場所を聞いている。冒険者ギルドのお偉いさんが集団で現れた事に驚いた人達が、サーイ神官を呼びに行ったみたい。
「城壁の上で待つ」
クルバさんはそう言うと、先日と同じ物見櫓へ上がった。
さて、実験をしてみよう。




