113.爆誕 勇者サマ!
私たちが戻ろうとしていたら、ジュエリーさんとハルトも同行すると言い出した。いや、正しくは、ハルトを片手で確保したジュエリーさんが、ギルドに帰ると言い出したんだけど……。
「さ、ティナちゃんも行きましょうね」
有無を言わせぬ笑顔のジュエリーさんに連れられて、ギルドに向かって歩き出した。
「なぁ、ティナ。こいつ、誰?」
首根っこ捕まれて連行中のハルトが私に問いかけてくる。ハルトを救出しようと、女の子達が頑張っているけれど、ジュエリーさんの年の功か太刀打ち出来ていない。
「この人はマスター・ジュエリー。ケミスの町のギルドマスターさん。絢爛なる爆撃って二つ名もある武闘派マスターさんらしいよ?」
さっき見たあの火力なら、そんな二つ名がついてもおかしくないだろう。
「へぇ、絢爛なる爆撃ねぇ。なら、なんでそんな強い人間がいたのに、ケミスは落ちたんだよ」
「ケミスは落ちたんじゃないわ、坊や。
……廃棄されたのよ。勝手にね。
でも領主も住人達も怯えていたし、ケミスは守りにくい地形だから、無理は出来なかったの。今にして思えば、そのお陰で魔物に襲われる前に、希望者は王国側に脱出できたから良い選択だったのかもしれないわね。
その後、私は有志を募って、デュシスに救援に来たのよ。そこのところ忘れないで頂戴」
ハルトを見て、ジュエリーさんは冷静に話している。
さっぱり知らなかったけれど、ケミスも大変だったんだ。
「それよりも、私は貴方の事を知りたいわ」
「俺?」
「ええ、何故聖属性の攻撃が使えたの? しかもあんなに強力な。混沌都市は、貴方達みたいな隠し玉を他にも持っているのかしら。本当に驚いたわ」
視線で私に助けを求めるから、さっき教えられた聖属性を使える条件を教える。
「当たり前だ! 俺は主人公だからな!!」
いや、歯キラリンとかやっても、引くだけだから。
何なのよ、その主人公って。前から言ってるけど、ここはゲームじゃないんだから、主人公も何もなかろうに。
「そうなのね。
ならハルト君、貴方、勇者様なのかしら?
この世界を救ってくれるの?」
ジュエリーさんも呆れ顔だったけれど、気を取り直した様に、艶然と笑いかけた。
「同然! その為に、俺はこの世界に来たんだからな!! ってぇ!! 何しやがる、このババァ!!」
『世界』って単語に反応して、思わず手が出た。
あんたが異世界人だってバラすのは勝手だ。
ただな、お前と同郷だと知られている私まで、バレるだろうが!!
「お嬢様はババァじゃありません!
もう二度と、味噌は手に入らないと思ってください」
私がババァと呼ばれて、瞬時にダビデがキレた。強くなったよ、この子も。
「そんなぁ、こいつが手を出したのが原因だろ? 勘弁してくれよ、ダビデ」
私に殴られたのも忘れて、必死にハルトは謝っているけれど、ダビデは完全無視だ。
「ねぇ、貴方達はどういう関係なの?」
顔中、疑問符でいっぱいにしたジュエリーさんに尋ねられる。ハルトではなく私に問いかける辺り、ジュエリーさんの中でのハルトの評価は決まってきたのだろう。
「ハルトが好きな、滅多に手に入らない調味料を持ってまして。
管理はダビデ、あ、この子なんですけど、ダビデが行っています。だから、友達? いや、知人……いやいや、面識はあります」
「オイ! なんでどんどん遠くなる!」
「当たり前でしょ。胸に手を当てて、よぉく考えてご覧なさいな」
文字通り、胸に手を当てて考えるハルトを、半眼で眺めた。
「わかんねぇよ!」
「世界を救うとか、主人公とか言う人とは、お友だちになりたくありません。分かりましたか?」
今度は、ぐぬぬとか言ってるし。全く、表情豊かでいいねぇ。ここまでくると、溜め息しか出ない。
「……ハルト様が申し訳ありません」
そんなハルトを放っておいて、従順系美少女が謝っている。この子の名前はステファニー。精霊術士で、ハルトパーティーの良識枠だ。
「もういいわ。聞いても理解できない気がする。
ほら、行くわよ」
らちが明かないと思われたのか、ジュエリーさんが先を急かしてくる。道を歩いている間に、サーイ神官とニッキーが合流してきた。どうやら、サーイさんもこの後の会議に呼ばれているらしい。
******
「帰ったか。ジュエリー、お疲れ様じゃった。ティナちゃんも、どうやら凄い活躍だったようだのぅ。鼻が高いわい」
ギルドに戻ると、すぐに先程の部屋に通された。そして、クレフおじいちゃんから誉められる。既に正門防衛戦の報告は上がってきているようだ。
「おぬしは、栄光の輝きだったかの?
今回の働き、見事じゃった。名前はなんと言う?
聖属性攻撃を持つらしいが、職業は何だね?」
私たちに向ける顔を一変させ、ハルトに声をかけた。まだ室内にいた、先鋭冒険者たちからも注目を浴びている。いや、どちらかと言えば、値踏みされている。
そんな全員から値踏みされているにも関わらず、ハルトはいつも通り、自信満々に胸を張った。
「俺の名前は、ハルト。職業は剣士だ!」
「そうか。なら何故その剣士が、聖属性を使えるのかね?」
「俺は世界を救う為に、ここに来たからさ!
さっきのは、必殺技、シャイニングブレードだ。
良く効いただろ?」
頭痛い。何なの、この警戒心の無さ!
得意気に笑ってる場合じゃないでしょうが!!
「そうか、そりゃ凄い」
ほら、クレフおじいちゃんも呆気にとられてるし!!
一呼吸おいて、部屋にいた冒険者たちが笑い出した。どうやら傍若無人なハルトの挨拶は、好意的に受け止められたみたい。
「そうかい、世界を救ってくれるのか。なら、この町を救うのなんか簡単だな! よろしく頼むぜ」
とか言われている。まぁ、ハルトパーティーの女の子達はみんな恥ずかしそうだけどね。
「おう、任せとけ!! 勇者ハルトが来たからには、もう魔物の恐怖には怯えさせないゼ!!」
ハルトが勇者だと名乗った途端、部屋の中が静まり返る。
「勇者、とな?」
慎重にクレフおじいちゃんが問い直す。
「あぁ、さっき聞いた。聖属性が使えるのは、神官か聖人か勇者なんだろ? 俺は神官でも聖人でもない。
しかも、世界を救うんだから、最後に残った勇者しかない!!」
サムズアップすんな!!
あー、周りが狂人を見る眼で見始めてるよ。全くもう。
「ハルトは、マスター・トリープの友人ですので……」
オロオロとするハルトパーティーに任せてられなくて、つい話に割り込んだ。
「マスター・トリープ? 何カッコつけて話してんだよ。
あいつはいつも、トリリンと呼んでくれって言ってるだろ?!」
ハルトの反論を聞いて、周囲の空気が少し緩んだ。
「トリリン……のう。そうかい、おぬし、マスター・トリープをトリリンと呼ぶ仲か」
どうやら、この人たちのトリリンに対する評価も、残念な物らしい。納得した! って頷いているし。トリリン、実は有名人だったのか。
「……クレフ殿」
「なんじゃね、クルバ」
「では、本人の申告でもありますし、ここは『勇者』と言うことに致しませんか? 士気も上がります」
「ほう、それも面白いかもしれんの。
あの馬鹿娘の友人だと知られなければ、何とかなるか。ギルドを託児所にした愚か者……」
勇者と言うことじゃない! 俺は勇者!! と叫ぶハルトを無視して、大人達は打ち合わせを開始した。
まぁ、魔物に囲まれた町に、突如現れる勇者様。王道と言えば、王道だ。
そして、トリリンは何をやらかしたんだろう。マスター経験者が全員、眉間を揉んでいるんだけど。一般の精鋭冒険者達も苦い顔だ。
突然の勇者爆誕に計画の変更がいるとかで、一時解散になる。ただし、決まり次第再開するから、遠くには行かないようにと念を押された。
「……そう言えば、泊まるところも決めてなかった。どうしよう」
ジルさん達を振り向いて言えば、クルバさんが、家の庭を使うようにと声をかけてきてくれた。そこで普段使っている夜営道具を使えばいいと言われる。
やっぱり、獣人や罪人であるウチの同居人達が一般の宿泊施設を使うのは問題があるらしい。特に今、宿泊施設は足りないから、下手をしなくても襲われる事や、追い出される事もあるらしい。
言われてみれば、ハルトとウチ以外、獣人を連れているパーティーはいない。この地は相変わらず、人間が優先なんだろう。
全部終わったら、クルバさん家に案内してもらうことになって外に出る。ギルド内で食事を取るという、ハルト達と別れた時だった。サーイ神官が、遠慮しながら人の疎らな方へと私を誘導する。思い詰めた表情をしていたから、心配しながら後を追った。
「どうしました?」
「ティナ嬢、お願いがあります。
魔力回復薬を融通しては頂けませんか?」
「ポーションならギルドに納めましたけど?」
戦闘で必要になる分については、ギルドから分配させると思うんだけど。
「個人的に売って頂きたいのです。
私の魔力は尽きましたが、道にはまだ癒しを求める民がいます。どうか、お願い致します」
祈るように手を組んで頭を下げられる。どうやら、ギルドは戦える人員の治療を優先しているらしい。
「……少しなら。
でも、サーイさんもあまり遠くに行くなと言われてましたよね?」
「私は数少ない軍神官として、会議に立ち会っているだけです。居なくても問題はありません」
哀しげに否定するサーイさんに、とりあえず下位魔力回復薬をひとつ渡した。私用を除いて、全てギルドに卸しちゃったから、今は在庫が少ないんだよね。
過剰な程お礼を言うサーイさんは、ニッキーに護衛されて、急ぎ足で外に出ていった。
「神官の鏡の様な方ですね」
物見櫓からずっと考え込んでいたアルが、久々に口を開く。
「さて、私たちも、何処かでご飯にしよう」
緊急事態と言うことで、ギルドでは炊き出しが行われている。ダビデに作って貰うにしても、焚き火から作るのは面倒だったから、その列に並んでご飯を貰った。かなり混みあっている廊下を抜け、何処か座れる場所を探した。
直接文句を言われた訳ではないけれど、ジルさん達への視線が気になって中庭に出て食事を取る。デュシスで獣人と同席での食事はNGだったから、つい気になってしまう。
「ご飯が終わったら、ポーションの作成をしようと思うの。ちょうどあんまり人もいないし、井戸の陰で作れば見つからないかな。
悪いけど、騒ぎにならないように、警戒しておいて貰える? あと、ギルドからのお迎えが来たら、早めに教えてね」
簡単なスープとパンだったから、すぐに食べ終わった。そのまま、ポーション作成に入る。魔力は全回復済みだから、気にせずに作れる。高位回復薬と同じく高位魔力回復薬を作り、マジックバックに放り込む。追加で霊薬も作った。
マイケルさんにこれは渡そう。これを使えば、眼帯で覆われていた目も治るだろう。
眼帯姿のマイケルさんの姿が頭に過る。せめてもう少し早く気がついていれば。意味のない後悔が頭を過った。
「ティナ」
小さな声でジルさんに呼ばれる。顔を上げれば、ブラブラとハルトがこっちに歩いてきていた。周囲にパーティーメンバーの姿はない。手早くポーションを隠す。
「よう! こんな所で食ったのかよ」
「静かでいいよ」
「なぁ、少し話したい。時間もらえっか?」
珍しく殊勝にハルトが頼んでくる。頷いて、ハルトが座る場所を作る。
「なぁ、味噌……」
またそれか?!
「味噌に中毒性は無かったと思うけど」
「だってよ! 活性化のせいで、ずっとご無沙汰なんだよ!!
もろキュウ食いてぇ」
呻く様に言われて、乾いた笑いが漏れてしまった。下から睨まれて、慌てて謝る。
「ダビデ、味噌分けてあげて」
デュシスにいる間、最悪隠れ家を設置することは難しいと思って、マジックバックに食料は移してきた。ダビデはその中からしぶしぶ味噌壷を出して、私に手渡した。
「おいっ!!」
「お嬢様に謝ってからです」
プイと他所を見て、少し離れたところで、警戒を始めた。
「私が手を出したのが原因だからね。謝る必要はないよ。
でもそうだね。ひとつ教えてくれない?」
「何だ?」
「何でそんなに一生懸命なの?」
「はあ?」
「いや出会ってからずっと、勇者だとか、世界を救うとか、世界の主人公だとか。わざわざ苦労を背負って立たなくても良いじゃない」
ついつい、しんみりと呟いてしまった。基本他人の人生には不干渉を貫いているんだけれど、ハルトの生き方は私には理解不能過ぎる。
「いや、何、マジに聞いてんだよ。こっ恥ずかしい」
しばらく頭を掻いていたハルトは、覚悟を決めたのか、日本語でと、呟いて話し出した。
「俺だって最初は本気でこの世界を救おうなんて、思ってもなかった。口だけのつもりだった。だけどよ、皆に出会って、それで色々回ってさ、こう思ったんだ。
この世界は、俺を待っていた!
だから、世界が望むなら、勇者にでも何にでもなってやる!!」
「は?」
「何言ってんだって、顔に出てるぞ。
特に、クスリカ、俺の思念体からあるスキルを貰ってからは、強くそう思う様になったんだ。
だから俺は勇者になる。俺達がなんでこの世界に来たのか、それが理由じゃないのか?」
自信に満ちた笑顔で言い切られてしまった。こんな真っ直ぐな瞳を、私が浮かべたのはいつだろう?
「……私には分からないよ。年取るとさ、そういう、夢とか希望とか、自分は何にでもなれる。何でも出来るとは思えなくなるんだ。私は、私の身の丈にあった幸せを求めたい……かな?」
中年女はこれだからと、ハルトに言われている時に、ギルドから呼び出しが来た。
明日の朝、神殿で勇者の御披露目をすることに決まったらしい。今日の戦闘で大勝したから余裕ができたと、改めてお礼を言われる。私も明日の御披露目に同席を求められて、嫌々頷いた。
翌日、神殿に足を踏み入れ、至高神のモニュメントの前に跪いたハルトを、純白の光が包む事になる。
光が消えた後ハルトは立ち上がり、それまで手にしていなかった剣を天に向かって掲げた。
「この剣の銘は、カラドボルグ!!
至高神より、俺に与えられし剣! 世界を救う牙である!!」
ー……本気で勇者になりやがった!! 何考えてんのよ! ちょい悪オヤジ!!




