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112.聖女? いいえ、女王サマです

「あれを見て」


 ジュエリーさんに指差された辺りを見ると、何か大きな三角形の建造物が引き出されていた。ゾンビに抱えられて、ゆっくりとこっちに近づいてきている。


「あれは……破城槌?」


 同じく目を凝らしていたアルが呟く。聞けば城門を壊すための専用兵器だそうだ。


「ええ、そのようね。あれが城門に使われたら大変よ。全く、今回の魔物はどうなっているのかしら。ゾンビやグールにそんな知恵はないはずなのに」


「どうされますか、マスター・ジュエリー」


 お伺いをたてるマイケルさんの顔にも、焦りがある。


「マスター?」


 って事はあれか? 私の紹介状にサインをくれた、会ったことないケミスの町の冒険者ギルドマスターさんか。そっかぁ、この妖艶美女がギルドマスターさんか。


 言われてみれば、首筋に少し年齢が出始めている。年齢不詳の美女なんだろうけれど、いくつ位なんだろうね。


「うふふ、ようやく気がついたのかしら? 初めまして、ティナちゃん。お噂はクレフ老からかねがね」


 目の笑っていない笑顔で挨拶される。怖いんだけど。


「いや、なんでここに」


「あー……すまんがティナ、とりあえずアレを片付けてからにしてくれ。マスター・ジュエリー、マイケル、魔法は届くか?」


 ケビンさんが割り込んできて、話を元に戻す。確かに今はそれどころじゃないか。


 距離があって無理だと言う二人の返事を聞き、ケビンさんは考え込んでいる。


「来るぞぉ!!」


 5つに増えた破城槌が、ゾンビ達に抱えられ、突進してくる。


「ファイアーランス!!」


「ファイアーボール!!」


 マイケルさん達、魔法を使える人達が、城壁の上から攻撃を開始した。一度や二度の突撃で、城門が崩れるとは思えないけれど、何度もぶつかったら危ない。


「ファイアーストーム!!」


 ぶつぶつと呪文を唱えていたジュエリーさんから、特大の魔法が放たれる。


「なんで火炎系のみ?」


「ゾンビは火属性か聖属性、後は水か風の浄化系が弱点だからな。効率的に倒すなら炎一択なんだとよ。

 だがこれだけ数が多いと、さすがにキツいか」


 目を細めて戦況を見守るジョンさんの視線を追う。荒れ狂う炎から破城槌を守るように、ゾンビ達は折り重なって炎を防いでいた。確かに、炎のダメージが弱点とはいえ、一撃で倒せる数は限られている。それに本命の破城槌も壊せていない。やはりこれだけ敵が多いと大変なんだろう。


「ダビデ、マントを預かって」


 動きにくいマントをダビデに預ける。私のマントを受け取ったダビデはこんな時なのに、丁寧に畳んでいた。


「手伝います」


「助かる」


 簡潔に言う私に、ケビンさんも状況を確認しながら短く頷いた。


「朝靄の中 一人佇む

 穢れなき その姿

 祝福せしは 生まれいでし陽光

 歌うは 始まりの賛歌

 鳴り響け スベートの鐘よ!」


 炎で削りきれないなら、聖属性の魔法で戦えばいい。ノーマルゾンビの浄化くらいは、簡単な事だ。運び手が居なくなれば、破城槌だってただの箱。


 過剰なまでの魔力を注ぎ込んで、範囲と効果を拡大した。荘厳な鐘の音が城門を中心に、デュシスに広がっていく。


 私の考えは間違っていなかった様で、スベードの鐘が鳴り終わる頃には、広い空間が出来ていた。城門を中心にゾンビが使っていた武器だけが散乱している。破城槌もその中にあった。


「さすが……」


「スタンピードをひとりで抑えたって噂は、伊達じゃねぇか」


 呆然と居合わせた冒険者達が私を見ている。にっこり笑いながら、親指を立てる。周りにいた冒険者達も、親指を立て返してくれた。


「今のうちよ! 火矢を放ちなさい!!」


 そんな冒険者達に喝を入れるジュエリーさんの指示の声が響いた。慌てた様に次々と火矢が破城槌へ向けて放たれる。


 何とか弓矢が届く範囲にあった破城槌から、炎が上がるのを確認して、ジュエリーさんが私に向き直った。


「ティナちゃん、貴女、聖女なの?」


 真剣な瞳は私を貫いている。


「ジュエリー殿?」


「え? なんで??」


 マイケルさんや私の動揺を受けて、ジュエリーさんは説明をしてくれた。


「聖属性の攻撃魔法は、神官か聖騎士、後は聖人くらいしか出来ないのよ。それも範囲魔法だなんて、余程の高位の使い手じゃなければ無理。

 貴女の年で、そんなに高位の神官だとは思えないもの。なら、聖女しかあり得ない」


 さて、どうやって誤魔化そうかな? せっかく偽装情報(∞)でバレない様にしてたのに、思わぬところから感付かれちゃった。


「……え、いや」


「こいつが聖女? 有り得ねぇ。ジュエリー殿、こいつは規格外薬剤師のチビッ子女王サマだ。俺たちは、ティナの神殿での鑑定にも居合わせた。間違いねぇよ」


 しどろもどろな私に助け船を出すように、ジョンさんが割り込んできた。ただ、魔法職らしいジュエリーさんは、納得出来ないみたい。ぶつぶつと呟きながら、記憶を漁っている。


「昔、勇者と呼ばれた者も聖属性を使いこなしたらしいけれど……」


 悪化した! 勇者はゴメンだ。うーん、こりゃ認めた方が楽か?


「こいつの職業はレアものだからな。ジュエリー殿も知らなかっただけなんじゃねぇのか? こいつは職業:女王サマだ」


「女王サマ? 初めて聞くわ」


 訝しげに見られて、視線が泳ぐ。


「神官長は、テイマー系の様なことを言っていました。ならアクティブが聖属性攻撃で、パッシブが仲間の能力の底上げなのでしょうか?」


 悩みながらも、マイケルさんもジョンさんの予想を補足してくれている。誰も知らない職業『女王サマ』あの時居合わせた皆に大爆笑された代わりに、詳細は誰も知らない。それがここにきて私を助けてくれるとは……。


「そう、聖属性を使えるそんな職業もあるのね。覚えておくわ」


 世の中の、職業:女王サマの皆さん、ごめんなさい。変な誤解がギルド上層部で広がりそうです。そして誤解を解くつもりもありません。


 何となく誤魔化せた感じになって、安堵にため息をつく。


「危ない!!」


 気を抜いた所で、ジルさんに腕を引かれ、背後に庇われた。

 ジルさんの肩越しに、盾を構えたアルの背中も見える。


 私たちが話し込んでいる間に、またゾンビ達が押し寄せてきたらしい。どうやらさっきの攻撃で、私たちがいる物見櫓を重点的に攻撃する事にしたらしく、猛攻にさらされる。


「おい、女王サマ! さっきのもう一発出来ねぇか!!」


「誰が女王サマですか!!」


 ゾンビの攻撃を防ぐ間に、ジョンさんが叫んでくる。反射的に答えながら、魔力の残量を確認した。

 魔力残量も、まだまだあるし余裕だね。詠唱を始めると同時に、私を中心に冒険者達で防御陣形が組まれる。


「今、一番火力があるのがこの子よ!!

 詠唱キャンセルをさせてはならない!

 気合いを入れて守りなさい!!」


「「「おう!!」」」


 ジュエリーさんの命令が飛ぶ。それに合わせて、ケビンさんも的確に冒険者を割り振り始めたようだ。


 私たちが猛攻に晒される中、正門の反対側にある物見櫓から、純白に輝く太い光の帯が放たれた。驚いて視線だけをそちらに向ければ、物見櫓の一番高い所にハルトが立ち、剣を構えている。その剣から光の帯は出ているようだ。


 なるほど、ハルトも転生特典で、何らかの聖属性攻撃をゲットしてきたのか。


 そのまま剣を振り抜き、城門周辺と後続を分断させる。物見櫓から「シャイニングブレード!!」ってハルトが絶叫する声が聞こえてきた。あれはシャイニングブレードって技らしい。ベタだねぇ。


 親指を立てるハルトに、私も拳を上げて答えた。そのまま、スベードの鐘を発動させる。今回も効果は抜群だ。


 殆どのゾンビがなす術もなく、魔法の餌食になっていく。ただ1体だけ明らかに動きの違う魔物がいた。妙に身の軽いその魔物は、額の宝石を輝かせて、ネズミ返しの様に湾曲した城壁を斜めに駆け上がってきている。


 それに向かって、火矢や魔法が放たれるが、全く苦にした風でもない。避け、弾き、瞬く間に駆け上がる。


「すまん! 城壁に上がられる!!」


 攻撃に参加していた冒険者の警告と同時に、飛び出してきた。どこにでもいそうなブラウンヘアの二十歳くらいの若い男だ。ただ、どんな死に方をしたのかは知らないが、痩せ衰えている。ゾンビと言うよりは、干物(ミイラ)だ。そんな外見なのに、あの強さ。生前はどんな職業だったのやら。


 額の宝石だけが、不自然に爛々と輝いている。


「特殊個体だ!」


「囲め!」


「動きを止めろ!」


「逃がすなよ!!」


 冒険者達は口々に叫びながら、その魔物を取り囲んでいる。


「……イスナン?」


 その魔物の顔を見て、オルが誰かの名前を呟いた。

 魔物もそのオルの声に反応して、私達の方を見、混乱した様に視線をさ迷わせる。


「知性があるのか?」


 そんな魔物を見て、ジルさんが疑問の声を上げた。知性ある不死者って、かなりの強者だ。勘弁してよ。


「あの魔物は特殊個体のひとつよ。弱点は額の石。あれを破壊すればいい。囲んで始末なさい!」


 ジュエリーさんを初め、冒険者達は決して人とは認識しない様に、常に魔物と呼んでいるようだ。干物(ミイラもどき)に対する包囲の輪がジリジリと狭められる。その圧力に屈したのか、魔物は囲みの一角を破り、城壁の外へと身を踊らせ逃げ去った。


 冒険者達から安堵の息が漏れる。どうやら、特殊個体は強いらしい。


「アルオル、大丈夫? 顔色悪いよ?」


 食い入る様に、魔物が身を踊らせた場所を見つめ続けるアルオルに声をかける。


「あの、今の……」


 躊躇いがちに、ダビデが口を開いた。


「どうしたの? 何か気になることでもあった?」


 私とアルオルの顔を交互に見て、ダビデは首を振る。


「勝利だ!!」


 城壁の外では、ゾンビ達が撤退し始めていた。反対側の物見櫓では、ハルトコールが沸き上がっている。


「帰ろっか」


 とりあえず、現状把握は出来た。今は戻って、クレフおじいちゃん達が考えた反撃計画の詳細を聞こう。








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