111.それぞれの半年
「軍神殿が機能していない?」
「はい。少し色々ありまして」
言葉を濁すサーイさんは何処か決まり悪げだ。城壁に向かおうとニッキーに言われて、移動を開始する。
「失礼ですが、サーイ様。先程の軍神殿が機能していないと言うのは、どういう事でしょう。軍神殿は戦神。その神官である彼らが戦いを放棄するなど」
後ろからついてきていたアルが、話に割り込んできた。ジルさんは周囲に油断なく目を配っている。
「この半年、本当に色々ありました。ですがそれだけでは御納得頂けないのでしょうね」
溜め息混じりに、どうせ誰かに聞けばすぐ分かることだと言いつつ、サーイさんはこの半年でこの町の軍神殿に起きた様々な出来事を教えてくれた。
「え? 牢番を中心に自殺者が出た?? 前線神官が狂い、派遣していた神殿騎士団と神官騎士達が全滅?」
「それは……何と言うことだ」
「ええ、そんな訳でデュシスの軍神殿は、王都にある中央神殿より監査を受け、閉鎖されています。その監査で見逃しがたい不正も見つかったとか。私も破門になった身。詳しいことは分かりませんが、尋問は受けたので、余程の事なのでしょう。
ティナ嬢にも七色紋事件では大変なご迷惑をかけましたが、それだけではなかったようです。それに関わっていたと思われる牢番達が次々と自殺していき、しばらく軍神殿は騒然としておりました」
道に溢れる避難民達を見ながら、サーイさんは悲しそうにしている。そっか……そんなことがあったんだね。さっぱり知らなかったよ。
「えーっと、サーイ神官は大丈夫なんですか?」
「はい? 私ですか? 軍神殿を出た当初は、悪夢に魘されることも多かったのですが、今はそんな事もなく、最近は魔力の所持量も増えました。心配して頂けたのですね。ありがとうございます」
私の方を向いて微笑むサーイさんを、微妙な気持ちで見つめた。
切実にサーイさんを鑑定したい。
私が気にしているのは、坩堝さん達を救出するときに居合わせた、この人とその他軍神殿関係者に掛けた『因果応報』だ。
魔法の内容は呪いに近く、対象が欲にまみれ堕落していれば気力体力が尽きるまで、責め立て精神を疲弊させる。普通の人なら一週間位、少し夢見が悪くなる程度。そして逆に、高潔な人だと『レムレスの祝福』とやらで、その人のポテンシャルを引き出す。文字通りの因果応報魔法。あの時はいい選択だと思ったんだけどな。
万一、私が掛けた『因果応報』が原因で軍神殿が機能不全に陥っていたら、どうしたら良いのか。人を呪わば穴二つとも言う。あー、あの時は怒りであんな魔法を選択したけれど、やっぱり実行犯だけを、サクッと殺した方が良かったのかも。
「どうされました?」
私がぐるぐると考えていたら、心配そうに顔を覗き込まれた。
「何か心悩ます事があるなら、相談してください。私が途方に暮れていた時、ティナ嬢は助けてくださいました。遠慮は無用です」
慈悲に溢れる微笑みを浮かべ、そんな事を言われて、ますます困ってしまう。サーイさんは間違いなく善人の部類だと思う。だからこそ、あの時あの場所に居合わせ事も疑問だし、私がやった魔法はやり過ぎだったのではないかと、良心が痛むんだよ。
「いえ、何でも。それより今は城壁から外を確認させてください」
謝るわけにもいかず、かと言って忘れることも出来ないから、笑って誤魔化した。そのまま、無言でデュシスの町中を歩き続ける。
城壁に近づくにつれ、焦げ臭い臭いと生物が腐った異臭が漂いだす。道に座り込んでいるのも、避難民ではなく、手傷を負った冒険者達に変わっていった。
「サーイ神官!!」
正門近くで、サーイさんは負傷者の手当てをしていた冒険者に呼ばれ、治癒魔法を使う為に挨拶をして去っていく。私達はニッキーに先導されて正門近くの物見櫓のひとつに上がった。
「悪辣娘!」
「チビッ子女王サマか?!」
私が上がってきた事に気がついた冒険者達の一部が、私を見つけて挨拶してくる。ただ、外に向かって投石や弓矢で攻撃している最中だから、片手を上げる程度だ。
「本当に来たのか」
バリスタを扱う冒険者の中から、見覚えのあるスキンヘッドが歩いてきた。
「ケビンさん!」
少し疲れは見えるが、そこには変わらぬケビンさんがいた。邪魔になるからか、いつも背負っていたクラブは壁に立て掛けているようだ。
「よー、ティナ。それとジルベルトとダビデも来たのか。ここはたまーに攻撃されっから気を抜くなよ」
物見櫓の屋根に上がっていた盗賊のジョンさんも身軽に降りてきてくれる。腕には血の滲んだ包帯を巻いていて、痛々しい。
「おや、ティナ、来たんですね。ジュエリー殿、これがティナです」
そう言いながら、物見櫓の上に建てられた待機所から、妖艶な美女と一緒にマイケルさんが出てきた。ただ、妖艶な美女は怪我をしているみたい。マイケルさんの片目も眼帯で覆われていた。
「お久しぶりです」
私の挨拶に合わせてジルさん達も頭を下げた。そのまま、ケビン達に護衛されて、ジュエリーさんと呼ばれた妖艶な美女と一緒に、物見櫓の縁まで歩く。ニッキーはここにいても邪魔になると判断したらしく、サーイさんと合流すべく下に降りていった。
「うわぁ……」
眼下に広がるのは、一面の黒い蠢き。ゾンビを中心としたアンデットの群れだ。一つ一つの動きは決して早いものではないが、腐った顔に虚ろな眼窩をデュシスの城壁へと向けて、思い思いに攻撃をしている。
飛び道具が少ないのがせめてもの救いだけれど、気を抜くと、折り重なったゾンビが階段の役割をして、城壁を越えてきそうだ。
今のところ、石やバリスタ、後は油壺を落とした後に火種を落とす等して撃退している。
「気を付けろ。奴ら、自分達の弱点が分かっているようでな、魔法使いから狙ってくる。目立てば狙われるぞ」
今もジュエリーさんを狙って射られた矢を防ぎつつ、ケビンさんが教えてくれる。殆どのゾンビは村人だが、中には冒険者が原材料になった者もいる。その中には、生前の技能を残し、魔法や飛び道具で攻撃してくるのもいるそうだ。
「ゾンビが魔法攻撃?」
オルが不思議そうにしている。
「ああ、普通はゾンビなんて雑魚が魔法を使うなんて事はねぇ。だが、今回はおかしな事に使ってくる。油断すんじゃねぇぞ」
「まぁ、生前の技能を使うゾンビは額に赤い宝石が埋め込まれています。それで能力の底上げをしているのだろうと言うのが、我々の見解です。かなり特殊な事例ですが……」
「そうなんですね。所でロジャーさんとカインさんは別行動ですか?」
眼下の風景を観察しつつ、足りないスカルマッシャーのメンバーについて尋ねた。怪我をして戦線離脱しているなら、治しに行かなきゃ。
「……おそらくあの中だ」
しばらく沈黙が続いた後に、モンスターの群れを指差しながら、ケビンさんは暗い声でそう答えた。
「え?」
「ロジャーとカインは死んだぜ。弔うことも出来なかったから、恐らく今頃はあん中だ」
補足する様に、ジョンさんも口を開く。マイケルさんは何かを堪えるように目を閉じた。
「なん……で?」
呆然としながらも、何とか質問を絞り出す。
「近隣の住人をデュシスに護衛する撤退戦でな。死体を連れて戻る余裕はなかった」
「そ、んな」
「俺たちゃ冒険者だ。ロジャーもカインも覚悟はしていた。そんな顔、するんじゃねぇよ。ほら、大丈夫だからな」
ケビンさん達は私を労るように、笑っている。自分達の方が辛いだろうに、何故。
「本当は話さずに済むなら、もう少し落ち着くまで待ちたかったのですが、戦況がそれを許してはくれません。
いいですか、ティナ。例え敵にカインやロジャーがいたとしても、それはあの二人ではありません。魔物です。躊躇いは禁物。手加減などせずに、全力で滅して下さい。それを伝えたくて、この話をしたのです」
残った片目に決意の光を宿して、マイケルさんは武器の杖を握り直した。
しばらくそのまま、デュシスの周囲を観察した。この何処かにカインさん達が……。
「もう十分だろう? 下に降りるぜ」
私の二の腕に手を触れ、ジョンさんが下に降りるように促してくる。確かに戦わない私たちがいても、邪魔なだけだろう。
「あら、残念ね。そうもいかないみたいよ?」
それまで静かに私達の会話を見守っていてくれたジュエリーさんが、蠢く魔物達の一角を指差した。




