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110.合流

「ここがデュシスか」


 私の右手にはハルト達パーティーがいる。彼らも順調にランクアップして、もう少しでAランクに手が届く所まで来ているらしい。


「あら、薬剤師さんじゃないの。お帰りなさい」


「ミール神官長!」


 次々と移転してくる冒険者達の中から私を見つけ出したおばあちゃんは、豊穣神殿の神官長のミールさんだ。


「来てくれたのね。突然ここを去ったと聞いて、悲しかったわ。

 クレフ老から貴女が着いたら、すぐに案内するようにと言われているの。外で、冒険者ギルドのお迎えも待っているし、急いでちょうだい」


 ハルトと共に、追いたてられるように神殿の外に出る。今回の移転は少人数と言うことで、祈祷所の中に出た。てっきり中庭に出るのだと思っていたから少し驚いた。


「ティナ!!」


 外に出た所で、マリアンヌが駆け寄ってきた。泣いた名残がまだ目が腫れている。


「マリアンヌ、お待たせ!! 来たよ!」


「ありがとう。お父さんにもチーフにもおじいちゃんにもすっごく叱られたけど、私はティナが来てくれて嬉しいよ。本当にありがとう」


 マリアンヌに抱きつかれたまま、周囲を確認する。見える範囲では建物に被害はない。ただ、城壁の方向からは複数の黒煙が上がっている。


 神殿の中庭は野戦病院状態だ。手当てしきれない負傷者達が、露天に寝かされている。


「……薬剤師殿?」


「……悪辣娘さん?」


 どうやら私に気がついたらしい住人達から、声がかかる。このままだと私はここから移動できなくなりそうだ。トリリンに頼んで手配してもらった、ふた周りほど大きなフード付きマントを目深に被る。合図をして、全員同じようにマントで顔を隠した。怪しいてるてる坊主集団の出来上がり。


「マリアンヌ、とりあえず移動しよう。こっちは同じく混沌都市から来たハルト。腕は確かだよ。メデューサ退治やら、混沌都市でのダンジョンの活性化を抑えた立役者の一人。

 ハルト、こちらはマリアンヌ。デュシスの冒険者ギルドマスターの娘さんで、冒険者ギルドの受付嬢も兼務してる」


 言葉少なく挨拶するマリアンヌに、ハルトはいつものように自信満々に、俺が来たからにはもう大丈夫だと語りかけている。


 マリアンヌに先導された町を歩く。道には避難民だと思われる人達が座り込み、道の端で煮炊きをしている。包帯を巻いている人も多い。やはり、ポーションも足りてないし、治癒魔法も追い付いていないのだろう。


 ー……どうして連絡を寄越さないのよ!


 マリアンヌに言っても仕方のないことだけれど、こんなになるまで隠していたマスター・クルバとアンナさんに怒りが沸いた。双方の宝箱の存在は、マスター・クルバくらいしか知らない。でもアンナさんなら、通信機で現状を知らせるくらいは出来たはず。


 知らず知らずの内に、歯を食い縛っていた。そっと手を握られて驚いて視線を巡らすと、ダビデが心配そうに私を見ている。


「大丈夫」


 ここからだ。ここから私が出来る最大の事をやればいい。


 ギルドに着くと、そのまま会議室のひとつに案内される。マリアンヌはこの後も、救援の冒険者達への説明があると、去っていった。


「来たか」


 部屋に入ると、クルバさん、クレフおじいちゃん、それに知らない冒険者が数人地図を囲んで話し合いの最中だった。クルバさんは立ち上がって、私たちを迎え入れてくれた。


 この場でクルバさんに文句は言えないかな。もう、後で覚えててよね。


「混沌都市からの救援だ。予定通りの2パーティーか。パーティー名は?」


 これはハルトに対しての質問。室内に陣取る、見るからに高レベルで経験も積んでそうな冒険者達からの視線が集中する。


「栄光の輝きです」


「よく来てくれた、栄光の輝きの諸君。君達の勇気に感謝する。状況は知っているか?」


「はい、マスター・トリープから聞いてきました」


「では、早速で悪いが防衛戦に参加してくれ。この町が落ちれば終わりだ」


「ハッ!!」


 ビシッと姿勢を正したハルト達は、入ってきた冒険者に案内されて出ていった。あれ? 私は??


「ティナ、いい加減それを脱いだらどうだ? まったく、来るなと言っただろう」


 呆れた様にクルバさんに指摘されて、慌ててフードを脱ぐ。冒険者達が一瞬息を飲んだのは何でだろう? 私、何処か変かな?


「よう来てくれた。ティナちゃんや」


 上座に座ったままの、クレフおじいちゃんから声がかかる。


「クレフ老、この少女が、先程話をされていた……」


 冒険者の一人が確認するようにクレフおじいちゃんに問いかけた。それに迷うことなく頷きつつ、クレフおじいちゃんは私を手招きする。


 クレフおじいちゃんは私の背中に手を回し、冒険者達の方を向けた。ジルさん達は安定の壁際だ。


「防衛戦で鍵を握る、広域破壊の使い手じゃよ。名前はリュスティーナ、通称ティナじゃ。ついでに言えば、ポーション作成技能者でもある。

 このティナと、絢爛爆撃のジュエリーを主軸に反撃を開始する」


「え?」


 当然の如く話すクレフおじいちゃんに、私だけが疑問の声を上げた。周りの冒険者達は予め説明を受けていたのか、全く動揺していない。


「トリープからはどの程度聞いてきたんじゃ?」


「デュシスが包囲されたとだけ」


 全く、あの小娘はと、クレフおじいちゃんは文句を言いつつ、詳しく説明してくれた。


 罪人の谷で生まれた魔物は不死者、ビフロンと呼ばれる食人鬼(グール)の上位種、それも特殊個体だった。谷の死体や魔物を操り、谷の外へと侵攻を開始したソレは、当初デュシス等の大きな町は襲わずに、小さい村やフィールドの魔物を狩ったそうだ。そして、殺した魔物や人間をアンデットにし、使役して頭数が揃った所で、濁流の様に近隣の町や村を呑み込んだ。


 ひとつの町が呑み込まれ、またヤツラの軍勢が増える。そしてまた次の町へ。冒険者ギルドと領主軍が、その危険性に気がついた時には、既に遅く黒い津波の様に膨れ上がった軍勢は、このデュシスを包囲した。


 命がらがら逃げ込んできた近隣住民をまとめ上げ、何とか反撃の糸口を掴もうとしていた所で、ゲリエの王がこの土地の廃棄を宣言したと言うことだ。一度は崩壊した士気だけれど、何とクルバさんや、クレフおじいちゃんが立て直しているところらしい。


「この後、城壁から外を見れば分かるが、辺り一面魔物だらけじゃ。少し数を減らさねば、打って出ることも叶わんよ。全く忌々しいことじゃて」


 頭を撫でられながら、現状を説明された。私とジュエリーさんと言うもう一人の魔法使いには、正面で広域破壊魔法を力の限り連打して、数を減らすことを期待しているらしい。


「分かりました。あの、クレフ老」


 何と呼び掛けていいか分からずに、迷いながら口を開いた。いつも通りおじいちゃんで良いと話すクレフおじいちゃんに、周囲にいる人達が凄い驚いてるんだけど。


「いや、流石に指揮下に入るのに、おじいちゃん呼びは不味いと思います」


 私の反論に、クルバさんが大きく頷いている。残りの冒険者達は、まさか口答えするとは思わなかったのか、更に目を見開いていた。


「それで、どうしたのかの? 何か話したいことでもあるのかの?」


「作戦開始は何時からですか? 手持ちのポーションで余剰分は供出します。マナポーションもあるので、そのジュエリーさんって方にも渡して頂けますか?

 後、混乱してるなら食べ物も必要かと思って、出来るだけ買い占めてきました。まぁ、個人で買ったので、焼け石に水かと思いますけど……。余計なことならすみません。何処か、置いていい場所があれば教えて下さい」


 矢継ぎ早に、私の希望を伝えた。ポーションは毎日寝る前や、時間があるときに作り貯めていた。特にゲリエの国が大変だって聞いてからは、万一を考えて本気で作ったから、ローポーションなら数百個ある。これで少しは治療出来ていない人たちもマシになるだろう。ハーフは昨日クルバさんに送ったから、百個程度しかないけどね。


「……流石じゃのぅ。何故、ポーションと食料なんじゃね」


 感心した様に、私に問いかけるクレフおじいちゃんに苦笑を向けた。


「私がデュシスにいた時ですら、ポーションは不足気味でしたから。暇を見つけて作り続けていたので、ローポーションなら数百はあるはずです。

 それに、ここは近隣最大の都市。何かあれば、最後の砦となる場所だって聞きました。なら、着の身着のままで逃げてきている人たちもいると思いました。商人で逃げられる人は逃げるでしょう。なら、食料も備蓄を切り崩すしかないだろうと思いました。

 お腹が空けば、普段のポテンシャルは出せなくなります。思考だって心だって暗くなります。だから持ってきました」


 私がポーションの数を申告した所で、冒険者達からどよめきが起こった。まぁ、そりゃそうか。規格外薬剤師の面目躍如かな?


「……まったく、お前は」


 やれやれとクルバさんは首を振っている。その後で、廊下に合図して、アンナさんを呼んだ。


「ティナちゃんや、なら食料やポーションはギルドの倉庫に運んでおくれ。今は少しでも備蓄が増えるのは有難い。それに、それだけあれは、町の者にもポーションが行き渡る。こちらで手配しておくとしよう」


「分かりました」


 その後に、戦況がわかるように城壁を案内すると言われて、廊下に出た。残ったメンバーは本格的に反攻計画を練るらしい。廊下では顔色の悪いアンナさんが待っていてくれた。


「アンナさん! 大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。それよりもどうして戻ったの! 貴女は安全な所にいたんでしょう。わざわざ危険に頭から突っ込むなんて」


「……アンナさん、私は怒っています」


 クルバさんには、人目もあって言えなかった文句を言うために、唇を尖らせた。


「ティナ?」


「どうして教えてくれなかったんですか! せめて教えてくれていれば、もっと早くにここに来られたのに。私の技能が役に立たないとは言わせませんよ!!」


 膨れる私を見て、アンナさんは悲しそうに微笑んだ。


「そうね、もっと早くティナに連絡をしていたら、助かった犠牲もいたかもしれないわね。でも、まさかここまでになるとは思わなかったのよ」


 ごめんなさいと素直に謝られて、これ以上文句を言うことが出来なくなった。クルバさんもアンナさんも、顔色が悪い。今回の件をどうにかしようと必死に行動して、ほとんど寝ていないのだろう。


 ここに置いてねと、ギルドの地下倉庫の一角に案内される。ダビデとジルさんに指示をして、私達用の食料を約二週間分残し、残りは全てそこに置いた。いつも隠れ家を出しているせいか、調理済のものではなく、日保ちしそうな小麦等の素材がほとんどだ。稀に堅焼きパンやら、保存食用のビスケットもあったけどね。食べ物はいくらあっても助かると言うアンナさんの声を聞きながら食材はダビデ達に任せて、同じくポーションも取り出して、空になっていた壁際の棚に並べていく。


 下位回復薬(ローポーション)下位魔力回復薬(ローマナポーション)がほとんどだ。中位以上のものはアンナさんが別の鍵のかかる特別な倉庫に保管するといい、通りすがりの内勤職員が木箱に入れて運んでいった。


「あの、アンナさん。スカルマッシャーさん達は?」


 確かこの国がマズイ事になった頃に、王都にいたはずの、私の元世話役について控え目に尋ねた。アンナさんとスカルマッシャーのリーダーケビンさんは付き合っている。例えこの町に戻っていなくても、何かは知っているだろう。


「 ……王都から脱出した冒険者ギルドの人員を護衛して、この町に辿り着いたわ。今は城壁の防衛戦に出ているはず。ティナが帰って来たと知れば喜ぶわよ、きっと」


 アンナさんとしては歯切れが悪い。何かあったのか?

 会ったときに確認すればいいか。


「なら後で会いに行きます。……私がここから去るときにいた竜騎士(ドラゴンライダー)はどうなったんですか?」


 聞きたいと思いつつも、聞けなかった事をようやく口に出せた。気にはなってたんだよね。私を捕らえに来たらしいし。


「実は私、お尋ね者だったりします?」


「ふふ、何を言ってるの。ティナは法を犯すような事はしてないでしょ。マスター・クルバがレントゥス団長と話をつけたと言っていたから大丈夫よ。それ以来一度もこの町には来てないし」


「なら良かったです」


 あぁ、安心した。お尋ね者なら顔晒しちゃ駄目かなと思って、フードを被っていたけれど、無駄になったね。


「ティナ、本当に良いの? 今から城壁の外を見れば分かると思うけれど、かなり危険よ」


 外に誘導されながら、アンナさんに問いかけられる。もう、しつこいなぁ。


「良いんですよ。ほら、早く状況を確認させてください」


「ええ、なら私はギルドから離れられないから、道案内をつけるわね。デュシスの町中でも、封鎖している道もあるから、貴女達だけじゃ大変よ。安心して頂戴、道案内はティナの友達だから」


 ようやく少しだけ憂いの取れたアンナさんの笑顔が見られた。しかし、私の友達って誰だ? 


 悩みながら、ギルドの入口まで戻った時だった。懐かしい声を聞く。


「よう! ティナ、お帰り!! お前、薄情だよな。何も言わずに出発するんだからよ」


 見違える程身長も伸び、装備も充実し始めたニッキーがそこにはいた。ニッキーの側には元軍神殿の青年神官、サーイさんもいる。


「お久しぶり。見違えたよ。すっかり冒険者してるね。ま、そう言わないでよ。こっちも訳アリだったんだからさ」


「ニコラス、ティナを正門まで連れていってね。

 サーイ神官、正門での負傷者への治癒をお願いします」


「はい、お任せください。今、軍神殿は機能しておりません。せめて私だけでも力の限り、働きましょう」


 ん? 軍神殿が機能してない?

 こんな時こそ、軍神殿の出番なんじゃないの??






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