109.救援要請
切羽詰まった声のマリアンヌは、先を続ける。
「デュシスは今、魔物に包囲されているの。これじゃ、陸路を逃げる事もできない」
「え、ちょっと、待って」
矢継ぎ早に状況を伝えるマリアンヌに待ったをかけた。酔っ払いの頭ではキツすぎます。何とかして酒を抜かなきゃと思っていたら、ジルさんがいつか渡した万能解毒剤を差し出してきた。まだ持ち歩いてたのか。
イッキ飲みして噎せ返りつつ、通信機に意識を戻す。酒酔いも状態異常判定なのか、スッキリしてきた。
「マリアンヌ、どういうこと?
ゲリエの国が大変なのは、こっちでも噂になってる。でもデュシスは比較的マシだって聞いたよ!」
「うん、ここは他に比べればマシだったよ。でも去年の冬、いつも程は、罪人の谷を討伐できなくて……。そこでかなり高位の魔物が生まれちゃったの」
「マモノ?」
ダビデが呟いた。それに反応してマリアンヌが答える。
「もしかして全員そこにいるの??」
「うん、今、夕飯だったから」
「そっか。邪魔してゴメンね」
「いやいや、それどころじゃないでしょ。
魔物が生まれてどうしたの。私は何をすればいいの?」
律儀に謝るマリアンヌに、先を続ける様に促した。通信機も延々喋れる訳じゃない。魔力を消費するから長くなるなら、私からかけ直そう。
「……昨日、国から公式の声明が出たの。まだ他国には広まってないと思うけど、ゲリエの国は、デュシス及びその周辺地域を放棄した。国から派遣されていた騎士や他に拠点のある商人達は前々から逃げ出していたよ。領主様達も逃げたみたい。空路を強力な使役獣や魔物に乗ってなら、まだ辛うじて逃げられるから」
「え、なら住人は? 冒険者ギルドのみんなは?」
通信機の向こうで鼻を啜る音がする。
「私達は逃げられないよ。空飛ぶペガサスやワイバーンなんて、貴族様しか所有出来ないから、この地で戦うしかない。ねぇ、お願い、ティナ。助けて」
「出来ることならする。何をすればいいの?」
「どうか……、あ、お父さん」
どうやらクルバさんが来たらしく、言い争う声が通信機の向こうから漏れてきている。しばらくして、マリアンヌが啜り泣く声をバックにクルバさんが話し出した。
「ティナか」
「はい。私に何が出来ますか?」
「何もない。ここには決して戻るな」
きっぱりと言い切るクルバさんの後ろで、マリアンヌの抗議の声が聞こえる。いや、私だって不服ですからね!
「お断りします」
「な?! 迷惑だと言っている。決して戻るなよ」
「だから、嫌ですって。私はデュシスにも、冒険者ギルドにも、クルバさんにも、マリアンヌちゃんにも、アンナさんにも、恩も借りもあります。それを忘れて、のうのうとひとり平和で安全な所になんている気はありません。馬鹿にしないでください」
マリアンヌ! と大きな声で通信機に向かって叫ぶ。
「待っててね。何が出来るか分からないけど、精一杯動いてみる! 最悪持てるだけの物資をかき集めて、デュシスに行くから!!」
「だから、来るなと!!」
「待ってる!!」
正反対のことを話す親子の声を聞いて、通信機を切った。折り返しですぐにまた鳴ったけれど、無視してアイテムボックスに放り込む。
「ジルさん、ダビデ、アルオル」
「やれやれ、休暇は取り消しかな?」
「お嬢様、何をすれば良いですか?」
「ティナ、どうする気だ?」
「ギルドに向かわれるのですか?」
口々に私に問いかける同居人達に頷く。
「うん、アルの言うとおり、一度ギルドに向かうよ。オル、休暇は延期。ゴメンね。
ジルさん、ダビデの護衛をお願いします。ダビデ、食料を買い込んできて。出来るだけ多く、命を繋ぐ主食を中心に」
ダビデに以前マスター・クルバから渡された両親のマジックバックから、金貨を掴み出して渡す。正直、これは一生使う気なかったけれど、こういう時に使わなくてどうする。狂愛の妖精王と血塗れの聖女と言われた両親だって、昔の仲間のピンチに遺産を使うなら怒りはしないだろう。
デュシスが混乱した状況なら、食料はいくらあっても足らないはず。
「夜間に開いている商会になります。高くなるかもしれません」
「構わない。それで買えるだけ買ってきて。もし出来るなら、塩漬けの肉や野菜も。ポーション類は私が出す。足らなきゃまだまだお金はある。惜しまないで、買い占めてきて。朝には移動したい。終わったら急いでギルドに来てね」
分かりましたと返事をして、ダビデは皿を片付けだした。それを一度止めて、浄化を唱え、皿や食べ残しは全てアイテムボックスに格納する。
ここが混沌都市で良かった。普通の都市なら、夜間は全ての店が閉まるけれど、ダンジョン攻略は昼夜を問わない。数は少ないけれど、夜間営業の商店もあった。買い占めれば、かなりの量になるだろう。
全員で外に出て、隠れ家をしまう。そのまま、ジルさんとダビデは市場へ。私達は、冒険者ギルドへと向かった。
「あら、オルランド様。お急ぎですか?」
時間短縮で、歓楽街を突っ切っていると、方々からオルランドに声がかかる。かなり色っぽい服装のお姉様方だ。店の看板を背負っている人も中にはいるらしく、二階から手を振り、投げキッスを送っている。
「ああ、リトルプリンセスがお急ぎでね。また寄らせて貰うよ」
鮮やかな笑みを浮かべつつ、オルランドは慣れた様にあしらっている。
「……オルランド、急いで」
不機嫌にオルランドを急かし、ギルドへと急いだ。
「失礼します!! ラピダさんかトリリンはいますか?!」
挨拶をしつつ、ギルドに飛び込んだ。
夜間とはいえ、冒険者達もまだ疎らにいる。何事かと私を見つめているけれど、今は構っていられない。
「何事ですか?」
奥からラピダさんが出てきた。私服姿だから、帰る所だったのだろう。
「少しお話があります。内々で」
チラッと周りの冒険者たちを示しつつ、ラピダさんに頼む。
「こちらへ」
私の血相が変わっていたのだろう。最低限だけ話して、ラピダさんは奥に案内してくれた。道を歩きながら、ラピダさんは問いかけてくる。
「それで、何事ですか?」
「デュシスが包囲されたと。何故教えてくれなかったんですか?」
怒りと恨みで、声が低くなるのを止められない。つい先日、ここのギルド情報で、デュシスは大丈夫だと聞いたのに!!
「なッ?! どういう事ですか!!」
私の肩を掴み、詰め寄るラピダさんの反応に嘘はない。
一体、どうなってるんだ?
「こちらへ!!」
応接室に向かっていたラピダさんは踵を返して、トリリンの執務室に向かっている様だ。
「マスター・トリープ! 失礼致します!!」
トリリンの返事も待たずに、ラピダさんは扉を開けて、中に飛び込んだ。
窓際に立っていたトリリンは、驚いた風でもなく、ゆっくりと振り返る。その手には通信機が握られていた。
「ラピダ、どうしたの? 帰る所だったよね。あれ、ティナちゃんも一緒だ。昨日は来てくれなくて寂しかったよ。オルランドから、お礼は受け取ってくれたかな?」
月光の下で、トリリンの瞳は妖しく輝き、いつものアラビアンな踊り子の格好のままなのに、何処か近寄りがたい雰囲気を感じる。
「マスター・トリープ。ティナ様が、デュシスが包囲されたと」
「うん、そうらしいね。今、ギルド間の緊急通信で連絡が来たよ。
ゲリエの国はデュシスからケミスの町までの国土北部の放棄を決定。今後は何が起きても関知しないそうだ。残った戦力は王都に向かっているってさ。防衛線を築くらしいよ。
あの地域にまだ残っていた冒険者達と住人達は置き去りだ。ゲリエの国力は低下していたけれど、ここまでとは誰も予想してなかった」
えーっと、トリリン、キャラ変わってませんか? なんか真面目で有能っぽいですよ?
「いかがなさるおつもりですか?」
「クレフ老の名前で、各ギルドから精鋭がギルドの職員達の救援に行くことになったよ。ウチからは出さなくて良いってさ。どうせ邪魔になるだけだって言われた」
膨れっ面のまま、トリリンはそう話すと執務室の椅子に歩みより、飛び乗った。
「……確かに混沌都市の冒険者のレベルは低い。弱っちぃヤツラばっかりだ。でもさ、この扱いはムカつくよね」
「どうやって冒険者達を送り込むのですか?」
アルが静かに尋ねた。確かに空路しかないなら、大量のしかも世界各地から、手練れの冒険者を送り込むなんて無理だよね。
「神殿だよ、しーんでん。こんな時のために、トリリン達と神殿は仲良くしてるんだ」
「あぁ、神殿間移転。あれ、なら逆にデュシスの住人を神殿間移転で逃がせば良いんじゃないの?」
「ブッブー。それは無理だよ、ティナちゃん。何処の土地も、これ以上余剰の住人を受け入れる余裕はないんだ。だから、冒険者達を送り込んで、土地を救う手助けはしても、なんの利益にもならない農民を助けることはしないよ。
今回だってそうさ。クレフ老が動かなかったら、神殿間移転でギルド職員と神殿関係者、あとはAランク冒険者のみが逃げておしまいだったんだよ。悔しいけれど、あの妖怪、やっぱり力があるよ。ギルド内部もゴタゴタしてるらしいのにさ」
「でも、ここからは移転出来ない?」
私も救援に行きたいんだけど。最悪自前の移転で向かうから問題はないけれど、デュシス周辺の状況が分からずに移転するのは避けたいな。
「……そっか。そうだよね。確かにウチの子飼にはBランク以上の冒険者はいない。でも、ティナちゃんとハルトがいるじゃないか。
ラピダ! ハルトを呼んできて!! 大至急だよ!!」
何かを思い付いたのか、トリリンはポンと手を打ち鳴らしてラピダさんに指示を飛ばしだした。
「ティナちゃん、デュシスに行きたいよね?」
「もちろん。駄目と言われても行きますよ」
「なら、トリリン達、混沌都市からの救援として行ってよ。神殿間移転は、もし妖怪が駄目だって言っても、トリリンか姉様の影響力で何とかする。そうだよ、何でこんな簡単な事に気が付かなかったんだろう」
トリリンは、まだ握りしめていた通信機を作動して、話始めた。
「あ、本部? クレフ老に繋いで。
クレフ老、混沌都市から二パーティー出すよ。両方ともAに近いBランクだ。ここにはAランクが残るから都市防衛に問題はないよ」
「何をゆうておる。混沌都市に、そんな実力のある冒険者はおらなんだろうに。お前さんのプライドを守る為に、足手まといを寄越されても困るわ」
吐き捨てる様に通信機から聞こえてくる声は何処か懐かしいものだった。
「クレフおじいちゃん?」
小さく呟く。そう、この声、この口調、ケミスまで一緒に旅をしたクレフおじいちゃんだ。
「ん? 今の声はティナちゃんか?
そこにいるのかの?」
トリリンは私の鼻先に通信機を突き出した。
「はい。ケミスの町まで一緒に旅をしたティナです。
クレフおじいちゃんは、本当にあのクレフおじいちゃんなんですか?」
「そうかい、そうかい。今は混沌都市にいると聞いていたが、トリープとも面識があるのじゃな。ん? ならトリープがゆうておる救援はティナちゃんかの?」
「クルバさんからは、来るなと言われました。でも、私は行きたい。駄目と言われても行きます。私では足手まといですか?」
「いや、ティナちゃんの実力なら何の問題もないわい。それどころか、ポーション作成技能も持つ広域破壊呪の使い手など、我々から頭を下げて来てほしいくらいじゃ。じゃが、良いのか?」
私の顔色を伺うように、クレフおじいちゃんは問いかけてきた。
「何がですか?」
「お主の両親の件はワシも知っておる。その上で、良いのか? 下手を打てば巻き込まれるぞ? その覚悟はあるのかのぅ」
「だから何ですか? 私に、保身のためにお世話になった人を見捨てろと? 私は成人したテリオの冒険者、リュスティーナです。私の力が少しでも役に立つなら、己の望みなど、一時棚上げですよ」
本当は目立つのなんか御免だけれど、それでも、後悔するよりはマシ。
「そうか、では、おぬしの勇気に甘えよう。安心せい。デュシスにはワシも手練れを率いて、救援に向かう。ティナちゃんにばかり負担はかけん。
マスター・トリープ、まだそこに居るか?」
「なんだい、妖怪爺、目覚めたキマイラ殿」
「ふん、口の減らない小娘じゃて。先の我らギルドの失態がなければ、お主ごときに混沌都市冒険者ギルドを任せたりはせんかったわ」
なんだか険悪な雰囲気のまま、トリリンとクレフおじいちゃんは打ち合わせを続けている。
「ティナは2陣じゃ。出発は明日の朝。もうひとつのパーティーにもそう伝えぃ。ワシは先陣を切る。抜かるなよ」
フンと鼻を鳴らしてトリリンは通信機を切った。そのまま私の方に向き直る。
「話が簡単について良かったよ。ティナちゃん、詳しい条件はハルトも来てから話すけど、今回の救援要請に応じた冒険者に対する報酬は全てのギルドで一律なんだ。だから、安心してね」
あんまりなトリリンの変わりように、私もアルも目が点だ。こんなに有能そうな子じゃないのに。普段のあの対応は何?
「トリリン、その口調……」
「あは♪ トリリン、夜行性だから。夜の方が頭も働くし、キレイでしょ? リュスティーナちゃん、他のメンバーも同行するの? 二人ほど足らないようだけど」
ダビデとジルさんには買い出しを頼んだ事を伝えて、ギルドに着いたら私のところに通してもらえるように頼んだ。快諾してくれたトリリンは、足音も軽くギルドの受付に向かう。
その後、濃厚な酒の匂いを漂わせたハルト達パーティーと、ジルさん達が合流して、詳しい説明を受ける。デュシスに行ったら、クレフおじいちゃんの指揮下に入ることになるそうだ。
「トリリンはまだまだヘーキだけど、ハルトもティナちゃんも少しでも眠りなよ。後、何か必要な物資があったら言ってね。朝までに用意させる。キミ達二人は、混沌都市の名前を背負って行くんだ。協力は惜しまないよ」
忘れていた欲しいものを告げ、トリリンが準備させたベッドで、各自仮眠を取った。




