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107.活性化する迷宮 下

 とんぼ返りで『強欲祭壇』に向かう事になった。道の途中で、食料と水を仕入れて、先を急ぐ。今回、ジルさんやアルオルの武器の手入れもする予定だったんだけど、こうなったら後回しだ。仕方ないとはいえ、完全な状態ではない武器で戦ってもらうのは、やはり気になる。どうしようかな。


「ジルさん、アルオル、本当は武器の手入れの時期でしょう?

 なんなら私一人で『強欲祭壇』に行ってくるから、武器の手入れを優先する?」


 魔法を使えば、大量破壊は得意技だ。逆に言えば、周りに人がいると使いにくい技もあるってことだけど。


「却下だ」


「おや、ハニーバニー、一人でなんとかなるのかい?」


「ティナお嬢様、危険です」


「まぁ、ねぇ。魔法を使えば、一人でも何とかなるかなとは思うよ。雑魚でも、散らせば良いんでしょ? 下層とは違うもん。そんなに危険はないはず」


「なら、キティに戦って貰うことにして、我々は後ろからのんびり同行しようか」


 軽く話すオルランドにジルさんがキレる前に、珍しい所から文句が出た。


「オルさん、そんな事をするなら、ゴハンは抜きです。働かざるもの食うべからず。そうですよね? お嬢様!」


 尻尾を振りながら問いかけるダビデは可愛いけれど、あまりに予想外の反応で、少し面食らってしまった。


「あ、うん。そうだね。でも、まさかダビデからそんな単語が出るとは思わなかったよ」


「おや、恐ろしいな。リトルキティもダビデには甘いから、本気で飯抜きにされかねない。これは真面目に戦わなくてはならないかな?」


 苦笑しつつ、オルはダビデに謝っている。


「なら、武器も万全じゃないんだし、無理しない程度に狩ろうか」


 そんな話をしながらさっき出たばかりの『強欲祭壇』に戻った。


「おや、嬢ちゃん、どうした?

 忘れ物か?」


 さっきのおっさんに、不思議そうに問いかけられる。苦笑ひとつで、ギルドマスターに頼まれ事をしたのだと話したら、同情された。それと同時に、実は……と切り出されて、さっき話せよ!! と突っ込みを入れるハメになる。


「いやぁ、嬢ちゃん達は下層だから大丈夫だと思ってな。何だか最近入った連中は、害虫大繁殖を思い出して痒くなると言って、さっさと出ていくんだ。お嬢ちゃんも気を付けるんだぞー」


 そんな風にお気楽に応援されて、迷宮の中に入った。


「さて、何事なんだろうね?」


 降りた所にある移転陣を無視して、久々に第一層に足を踏み入れようとした。


「?! ファイヤーストーム!! トリプル!!!」


 入口の扉を開け、真っ先に目に飛び込んできたのは、蠢く黒い壁だった。記憶では道が続くはずなのに、黒い壁が目の前にある。目を凝らして確認すると、ひとつひとつは小さい元々ここにいた魔物だった。それが折り重なり、層となって壁の様に見えていた。それを確認するとほぼ同時に、扉に向かって、つまりは私の方に向かって雪崩を起こして魔物が押し寄せてくる。


 トリプルスペルで、ファイヤーストームを3倍にし、荒れ狂わせた。


「な、なにこれ!!」


「魔物だろうな」


「これでよくスタンピードが起きないものだ」


 叫ぶ私に、妙に冷静なジルさんとオルの返答があった。アルとダビデは目の前の風景に圧倒されているみたい。そうだよね、これ、生理的嫌悪感があるレベルだよ。


「……これ、倒さなきゃいけないんだよね。私達以外の冒険者って、いるのかな?」


「突然どうした? 見張りの言葉を信じるなら、ほぼいないだろう」


「なら、いいか。少し本気になる。この先は見たくない、気持ち悪い。うぞうぞと」


 マップは敵対反応で真っ赤だ。一体どれだけいるのやら。


「前にスタンピードと遭遇した時にやったのをやるね。前に使ったこともあるから大丈夫だと思うけど、あんまり離れないで。制御が大変なんだ。分かってると思うけど、他言無用だよ」


 恐る恐る迷宮の中に足を踏み入れつつ、ジルさん達に釘を差した。前回のスタンピートでは、誰も同行してなかったから、少し驚かせちゃうかもしれないけれど、一番効率よく行こう。少なくとも第一層に他の冒険者はいない。


「原始の混沌 始まりの終わり

 全てを飲み込む 貪欲なる静寂よ

 我が意に従い 今ここに

 姿なき虚無塵(イネインダスト)!」


 私の足元から無数の黒い綱もしくは蛇のような形をした、虚無が貪欲に魔物を喰らい消滅させつつ、先へと進む。


 もちろん同時に、吝嗇家の長腕も発動させた。せっかく倒した魔物のドロップ品を見逃す手はない。


 絶え間なくアイテムボックス内の、ドロップ品と硬貨が増えていく。それを確認しながら、狩り残しがないようにゆっくりと進む。あまりに私から離れると、魔法が暴走しかねないから、それも考慮しなくては……。


 祭壇の間では、前回は一体だったエリアボスが部屋中に散らばっていたけれど、特に問題なく倒せた。そのままどんどん下に向かう。


「あれ? 人がいる。複数だ」


 15層に降りた所で、真っ赤なマップを見るともなしに確認していた所でその光に気がついた。色は黄色。中立だ。


「冒険者ですか?」


「助けるのかい」


「通り道だし、祭壇の間の近くみたい。袋小路の先にある小部屋に籠城中? そこだけ魔物の反応が薄いね。私達が行くまでもてば、祭壇の間から外に逃がそう」


 まぁ、どっちでもいいなら、助けてもいいよね。死なれても寝覚めが悪いし。そう思いながら、サクサクと魔物を倒して袋小路に着いた。ここから歩いてすぐに祭壇の間があるのに、何故攻略して逃げようとしなかったのやら。


「誰かいるか?!」


 扉の中にジルさんが声をかけている。


「助かった!! 冒険者か?!」


 細く扉を開けて、隙間から私達を確認し、大きく扉が開いた。それと同時に、濃厚な血の臭いが押し寄せてくる。中には、10人近くの冒険者がいる。装備もきちんとしているし、中堅どころの冒険者かな?


「大丈夫ですか?」


 こういう時は私が動くよりも、アルオルやジルさんに任せておいた方がスムーズにいく。私は魔物の襲撃を警戒しながら、扉に背を向けて立った。


「すまない。まだ大丈夫だと思って、探索を進めこのザマだ。助かった」


「ポーションは?」


「使いきった。予想を遥かに超える魔物の数でな。生き残りとここに籠るので精一杯だった」


 アルが一番年長だと思われる冒険者と情報交換をしている。マップの端に魔物の反応。再ポップし始めているようだ。普段よりも随分早い。やはり活性化しているのだろう。


「アル、魔物の復活が早い。同行するか聞いて」


 廊下の先を見据えたまま、後ろに向かって声を掛ける。


「はい、ご主人様」


「主人? 奴隷か?!」


「はい。それでどうされますか? 我が主人は同行するなら、それでも構わないと申しております。祭壇の間から外に逃げるのが、一番安全かと思われます」


 動揺する事なく、自身を奴隷と認めながら、アルは問いかけている。


「そっちの嬢ちゃんが主人……ン? 嬢ちゃん、もしかして『スキュラ殺し』の『女王サマ』か?」


「ブッ、ゴホッ!」


 予想外の単語を聞いて、振り向き様に噎せてしまった。ダビデが背中を擦ってくれる。スキュラ殺しはよく聞くけれど、女王サマは久々だ。何でこの人知ってんのよ!!


「な、なんで」


「あー……、悪徳都市まで商隊の護衛をしてな。そこでデュシスで嬢ちゃんに助けられたって冒険者パーティーと意気投合した。酒の肴に、最近売り出し中のスキュラ殺しの話をしていたら、それはチビッ子女王サマだ! と叫ばれたんだよ。今度は何やったんだ、あの非常識娘! と大反響だった。

 まぁ、その後、あいつは周りにいた女達から殴られてたが……。そうかい、心当たりあるんだな。なら、リックが話していたのは本当か。チビではないと思うが……出会ったのは随分前なのか?」


 リックさぁぁぁん!! 何、ヒトの噂を広めてんのよ!!


「護衛任務が終わって、懐が寂しいからとここに潜ったが、まさかチビッ子女王サマの規格外薬剤師に出会えるとは思わなかった。ン? なら、ポーション持ってないか? 俺たちは壁役が怪我をしてこれ以上進めなくなったんだ」


 視線の先には、腹から血を流す戦士がいた。鎧は近くに放り出されている。


「我が主人の手を煩わせる必要はありません。ティナお嬢様、お許し頂けますか?」


 何の事か分からないまま頷いた。アルは仰向けに倒れている戦士に近づき、聖騎士達が使える治癒を発動させる。


「な?! お前、聖騎士か!」


 治癒も使える騎士職は少ないから、驚かれているけれど、本人は気にせず他の負傷者達を治している。


「お疲れ様。はい、これ、飲んでね」


 戻ってきたアルに、中位魔力回復薬を渡した。まだ余裕があると渋るアルに、万一の治癒と壁を両立して欲しいと説得して飲ませた。


「さて、なら行きましょうか。私達は更に下層に向かいますけど、皆さんは入口に戻って外に避難してください」


 前後を私達で挟みつつ、足早に祭壇の間へと向かう。袋小路に入る前に一度殲滅したとはいえ、まばらに魔物が復活している。


「おい、本当に大丈夫なのか?」


 心配する冒険者達に、オルが普段は80層以降を攻略していることを話し、落ち着かせていた。


「さて、では皆、戦闘準備。陣形は強敵バージョン。ダビデは冒険者さんたちと一緒に待機ね。アル、護衛は任せた。お客さん達とダビデを守って」


「畏まりました。ご命令のままに」


「ジルさん、オル、おそらく祭壇の間のエリアボスも複数いると思われる。15層は何だっけ? 食人植物だっけ? 油断はせずにいこう」


 全員が体勢を整えたのを確認して、祭壇の間の扉を開いた。


「……うわッ! 危なっ!!」


 扉を開けた途端に一斉射撃をされて、反射的に結界を展開する。金属が打ち付けられる様な音を発てている正面に目を凝らした。


「これは……」


「予想以上だな」


 部屋中、天井に至るまで一面にびっしりと、赤紫の花が咲いたチューリップのような植物が生えている。種と見せかけた、爆発物を飛ばしてきていた。そうそう、15層はこんな感じのボスモンスターだったよ。一体なら余裕だけど、流石に一面だと反撃の糸口すら掴めないなぁ。


「おい、どうするんだ?」


 リックさんと知り合った冒険者は冷静に私に尋ねてきている。にやりと笑って、魔法を発動させた。


「同時発動?!」


 外野の冒険者達が驚いているけれど、これくらいなら大したことないよね。


「ダイダルウェーブ」


 塩水が祭壇の間に満ちる。これで水を吸った爆発物は、飛ぶことも爆発することもない。


「ジルさん、オル、あとはお願い」


「承知」


「任せろ」


 爆発する種さえなければ、ジルさんやオルの敵じゃない。私も後ろから魔法で援護したし。あまり時間もかからずに、エリアボスの殲滅が完了した。


「さ、ワープポイントはあそこです。目の前の階段を上がれば、外ですから気を付けて帰ってくださいね」


 口々にお礼をいう冒険者達を見送って、私達は更なる下層に向かった。


 次に変化があったのは、50層のエリアボス戦の後だった。ここのボスは、シルバーゴーレムだ。やはり数は多かったけれど、魔法が有効だからあまり苦労せずに倒すことが出来た。


 ギルドから持たされていた通信機が鳴り響く。慌てて出たら、冷静なラピダさんの声で、迷宮の沈静化が確認されたらしい。報酬を払うから一度ギルドに戻って欲しいと話をし、切れた。


「ミッション成功。お疲れ様でした」


 にっこりと笑って、皆の方向を見た。


「お疲れ様でした」


「さて、改めて休暇だ」


「沢山戦ってお疲れですよね。外に出たら、何か甘いものでも作ります」


 口々に挨拶を交わしていたけれど、ジルさんだけから返事が来ない。どうしたんだろうと思って、顔を覗き込んだら、視線が定まっていなかった。


「ジルさん?! どうしたんですか?」


 私に何かを話そうとしつつも、声にはならずそのまま、前のめりに倒れ込んだ。抱きしめる様にジルさんを支えつつ、耳元で叫ぶ私に、ダビデが話しかけている。


「お嬢様、落ち着いてください。あの、ジルさんは多分、種族進化の眠りについたんです。だから、少しそのまま眠っていたら大丈夫です」


「種族進化?」


「はい。ボクは2回も経験したので分かります。ジルさんは種族進化の眠りについています。

 目覚めたら、お祝いですね」


「へえ、狼獣人が進化か」


 オルが興味深そうに、ジルさんのほっぺたを摘まんでいる。アルはその後ろから観察していた。


「え、でもなんで? ジルさんよりも私の方がレベル高かったんだよ? なのになんで、ジルさんの方が早く進化するの??

 本当は病気じゃないの??」


 疑る私は、ジルさんに久々の鑑定を掛ける。状態:進化の眠りとなっている。


「恐れながら、ティナお嬢様はテリオ族と聞きました。テリオは成長が早い反面、進化に必要となる経験が多くなるという伝説があります。進化した時の強さも、かなりの規格外らしいのですが、文献でしか存じ上げません。ですから、お嬢様よりジルの方が早く進化したのではありませんか?」


「それで、キティ、上に戻るのかい? それともここに隠れ家を設置して犬ッコロが起きるのを待つか?」


 ジルさんは丸1日は目覚めないだろう。なら、すぐのところに、入口に戻るワープポイントがあるから、外に出よう。貸家に戻ってジルさんの目覚めを待てばいいさ。


「帰ろう」


 短くそう話した私に頷き、オルがジルさんを背負うと、ワープポイントに向けて歩き出した。



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