104.束の間の日常
ジルさん達を連れて、貸家の中に戻る。備え付けのリビングに思い思いに掛けて、アルオルが調べてきてくれた資料を確認した。
「……南のダンジョンは攻略はしやすそうだけれど、パーティーのバランスが整ってないと辛いか」
「なら、西は?」
「こっちは水系だからな、ハニーバニーがいれば問題はないだろうが、もし分断されれば最悪呼吸を失って死ぬ」
「えっと、東はどうですか? お嬢様は虫があまりお好きではないから、鉱物系ダンジョンなら……」
「それも、このパーティーではキツイだろう。ティナ以外は物理特化だ。どうする、いっそのことしばらく何処かのダンジョンに潜って金を貯めて、武器の魔法化を進めるか?」
皆、自分の命がかかっているからか、今まで以上に真剣に考えている。
「北は? 何かいいダンジョンはなかったの?」
「申し訳ありません。北のダンジョンは未踏破が多く、情報が少ないのです。安全のため排除しておりました。……ですがひとつ、それなりに情報がある遺跡がございます。
こちらをご確認下さい」
ー……へぇ、階層ダンジョン『強欲祭壇』ねぇ。どれどれ。詳細は?
階層ダンジョン『強欲祭壇』
全階層数不明。一層毎に下層へ下る階段の前に祭壇有。そこに指定のアイテムを置くことで先に進める。また、5層毎に一体のエリアボス有。エリアボスを倒すと、次の5層に続く為の祭壇が現れ、そこに正しいアイテムを置くと次の階層への入口及び、階層入口へ飛ぶワープポイントが解放される。捧げるアイテムは完全にランダム。
そして深層に進む毎に必要となる捧げ物は多くなる。捧げ物は強欲祭壇内の何処かでとれるアイテムである。ただしアイテムを所持しておらず、祭壇が現れた部屋から出次第、第1層に飛ばされやり直しとなる。なお、階層内の配置は毎回ランダムで変化する。
最終到達階層 84層。
うわ、面倒だわ。でも、これなら、いけないか?
いや、流石に階層が全部で1万ありますとか言われたら無理だけど、マップあるし、アイテムボックスでどんなに沢山のドロップでも所持出来るし。
真剣に悩みだした私を、ジルさん達は静かに待ってくれている。アルオルから他の資料も見せてもらったけれど、話し合いで出ていた様に、ウチのパーティーには専門職の盗賊はいないから、罠関連は少ない方がありがたい。
その点、『強欲祭壇』ならば、難しい罠はないみたいだし。資料によれば、最終階層到達パーティーも面倒になってやめたみたいだ。ウチ向きだね。
「ジルさん、ダビデ、アルオル」
「決めたのか?」
先を制して聞いてくるジルさんに頷いた。明日もう一度、ギルドでアルオルの確認してくれた資料に漏れがないか調べるとしても私はこの北にある『強欲祭壇』が一番良さそうだと思う。
全員にさっき私が考えた事を伝えたら納得してくれたみたいで反対はなかった。明日、ギルドで再確認。アルオルとダビデの防具購入、そして食料を買い込んだら、ダンジョンに試しに潜ることにした。
翌日、予定通りギルドに向かい資料を確認し、やはり北の『強欲祭壇』を攻略することに決まった。丁度受け付けにいたラピタさんにその事を話し、攻略証の発行をしてもらった。これがあると優先的にそのダンジョンに潜れるようになるそうだ。
その足でダビデとオルの防具を新調しに向かう。アルの装備については本人から、愛着もあるしこのままでいきたいと言われ、私の支援魔法をガチガチに掛ける事になった。
混沌都市の名前は伊達じゃない様で、すんなりとダビデとオルの新しい防具を買えた。昼近くにはなってしまったが、食料を買い込んで、ダンジョン入口に向かう。もちろん、長丁場になった時に備えて、隠れ家はアイテムボックスの中にしまってある。
「次! おう、攻略証があるのか。……ん、お嬢さんは今噂のスキュラ殺しさんかな? ようこそ、強欲祭壇へ。最近、何処の遺跡も魔物が多くなっている。少しでも狩れるように頑張ってくれ!!」
入口で入場料を払って中に入った。
「さて、私のスキルが何処まで通用するかな?」
『強欲祭壇』の第一層だけはマップが変わらない。そして、浅い場所では、入口に強制帰還させるダンジョンの特性を生かして、素材回収が盛んに行われているらしい。ただ、第六層からはほとんど冒険者がいなくなるという噂だから、私のスキルを本格的に試すなら、そこからだろう。
マップ作成技能を使い、他の冒険者と魔物の分布を確認する。下り階段の位置は分からないけれど、祭壇だと思われる場所の目星は着いた。
そのまま、下へ下へとスキルを使っていく。
深層へ行けば行くほど、マップの精度は落ちる。今の私の能力では、ギリギリなんとか第百層が見えた。これで少し降りても、これより下が表示されなければ、ここは百層ダンジョンだって事になる。
「ティナ?」
「問題なさそう。進もう。ただし、どんな魔物が出るか分からないし、慎重に行こうね」
そう話して、強欲祭壇の中へと足を進めた。
***
「そろそろ85層の祭壇に入るよ。
ここが終わったら、今回は終わりにして外に出ようね」
この『強欲祭壇』を攻略し初めて半年近くが過ぎた。思いの外広いダンジョンと、ランダムで決まる祭壇への捧げ物に苦戦しつつも、危なげなく深部へと進めた。今回の攻略で、初到達階層まで攻略出来た。このペースなら後2ヶ月程で、クリア出来るだろう。
そろそろここの情報をまとめて、ギルドに報告し、クリア推奨なのか、資源回収用にするのか判断して貰わなくてはならないだろう。
今回の外に出たら、ギルドに行って確認する予定。
「あ! お嬢様!!
祭壇の間です!!」
ダビデが祭壇を示し、声を上げる。さて、ここからエリアボス戦だ。今回はどんなのが出るのやら……。
祭壇の前の空間が黒く渦巻き、邪気が高まる。戦闘配置につく私達の前に、巨大な足が現れた。
「え? なんで2体??」
今まで情報通りに1体だったエリアボスが今回は2体出ていた。
それも、緑色の右足と左足。いや、まぁ、足は二本で一組だと言われればそれまでなんだけど……。
太腿から先はなく、本来の足の付け根からは、蛇の様に動く赤黒い何かがうねりながら垂れ下がっている。その沢山ある赤黒い何かの下からは、血走った縦に裂ける無数の瞳が覗いている。
キモッ!!
初見の魔物は鑑定だ!
堕落せし落ちたる地母神の右足&左足:詳細不明
役に立たない!!
「ティナ! どうする?」
今までも初めて戦う魔物が相手の時には、私が鑑定し、指示を出していた。でも今回は何も分からない。どうしたものか。
「敵、詳細不明。弱点も分からない。ごめんなさい。
防御優先。私も支援魔法から行きます!!」
誤魔化しても仕方ないから正直に話して謝った。私が何も分からない事に、微かな動揺を見せつつも、ジルさん、アルオルは前線で足の前に立つ。
防御力アップ、魔法抵抗アップ、力アップ、すばやさアップ、魔法効果増大、持続性治癒、思いつくままに、援護をかける。それと同時に、ダビデを中心に、絶対防御の結界も張った。絶対防御結界の中では、味方も攻撃出来なくなる変わりに、全ての敵対攻撃を防ぐ。
出入り自由だから、ダビデはポーションを準備して中で待機。怪我をし次第結界内に撤退し、癒して前線に戻る。これが私達の強敵を相手にするときの基本布陣だ。
「……来るぞ!!」
足が膝を曲げて、一足跳びにジルさんとアルを目指してくる。足の裏に大きな口があり、鋭い牙からは涎を垂らしている。
警戒していたジルさんは直線的な攻撃の左足を危なげなく避け、アルはミスリル製の盾で受け止めている。70層突破記念に、要らないと断るアルに、盾を持たせたのは正解だったね。
今のアルは、デュシスで手に入れた全身鎧に兜、金属の盾、長剣という重装備で全く肌の露出がない、立派な重戦士だ。鎧の下は、相変わらずのキラキラ王子様で、その美貌にやられたら迷宮都市の貴族令嬢から絡まれて大変だった。
「ティナ! 何をぼんやりしている!!
攻撃を!!」
つい意識を逸らしていたら、ジルさんにバレたらしくお叱りが飛んできた。見れば、両足とも元気に跳ね回っている。
足の裏にある口以外にも、血走った瞳からはレーザー光線を放ち、付け根から垂れ下がった赤黒い紐状の何かは高速で振り回され、当たった全てを切り裂いていた。
「ファイアボール! ウインドカッター! アイスコフィン!! え?! なんで?!」
慌ててトリプルスペルを使い魔法を放つ。でも、足に当たる前に、霧散した。なに、コイツ、魔法無効?!
「クソッ、硬い!! どうする? 撤退するか?!」
鎖分銅で戦うオルランドが、足の防御力に文句を言いつつ、確認してきた。
「もう少し戦う!
せめて攻略の糸口を掴まないと!! 悪いけど付き合ってもらうよ!」
「承知!」
「仕方ない!!」
「畏まりました」
「怪我をしたらすぐにこちらに」
仲間達の返事を聞きつつ、考える。よくあるゲームの設定だと、地母神に四大元素系は効かない、もしくは効きにくい。なら、無属性か聖属性、もしくは闇だけど、この足は"堕落せし落ちたる”地母神のものだ。なら、闇には耐性があるかも。それどころか、回復してもおかしくはないだろう。
「虚無塵!!」
初手は無属性にした。私の影から産み出された虚無の塊は、足を目指して高速で進み、その存在を喰らおうとしている。
ー……よし! 効いてる!!
「アル! オルランドの武器に聖属性付与!
その上で攻撃してみて!! 効かないようなら私が解除する!」
明らかに動きが鈍った足を見つめつつ、アルに指示を出した。接近攻撃のジルさんよりも、様子見ならオルランドの方が向いている。
ヒュンヒュンと音を発てて鎖を回していたオルランドは、タイミングをみて足の片方に攻撃を仕掛ける。
苦鳴を上げる足を見て、さっきの私の攻撃よりも効いているのは確実だ。これなら、聖属性で攻めた方がいいね。
「ジルさん! 属性を……」
付与しますと言おうと思ったら、その前にうっすらとジルさんが持つ剣が輝きだしていた。
正眼に構えた剣を斜めに動かしつつ、完全に獣相化したジルさんは口を開いた。
「これの銘は聖呀だからな。元々聖属性はついている。
発動させるのに、かなりの負担を覚悟しなくてはならんから、切り札だがな」
確かに、体力気力魔力共に消費しているみたい。なら、短期決戦でいきましょう!
有効打撃を入れられて、高速で動き回るようになった足を、ダビデを中心に背中を合わせで陣を作る。
果敢に攻めるジルさんとオルランド。防御からの反撃を主とするアル。そして、広域破壊で両方の足を一気に削る私。
ジルさんの顔に疲労の色が濃くなる頃、何とか両足共に倒すことが出来た。ドロップ品をダビデが拾う間に、オルランドが祭壇を調べ罠がないことを確認する。
「祭壇に捧げるのは17個か。全部あるといいね」
オルランドの後ろから覗き込んで、祭壇を確認する。5層毎にひとつずつ増えた捧げ物は今では17個も必要になった。確かに面倒になって投げ出す気分もよく分かる。そして、最初に確認した時から、マップは変わっていない。100層のままだ。これ、私もマップがなかったら、やってられるかッ!! って投げ出してたよ。
問題なく所持アイテムで足りた、捧げ物を祭壇に置くと同時に、下へと繋がる階段と、ワープゲートが開いた。
これでいつでもここに戻ってこられる。
「……今回は本気で疲れましたね。帰ったら少しゆっくりしましょ」
頷く仲間達を見ながら、地上へと戻った。
「おう! スキュラ殺し!
今回は長かったなぁ。1週間か?
ギルドから、伝言が届いてる。ほら、これだ」
強欲祭壇の前で、門番をしている顔馴染みのおっさんから、手紙を渡された。
「何だろうね?」
「さぁ? 開けてみるしかないでしょう」
アルに促されつつ、飾り気のない手紙を開いた。差出人はハルトからだ。また味噌が無くなったから、分けて欲しいって内容だった。
「……高血圧で死ぬぞ」
身構えた分脱力感が凄い。この半年でもう4回も壷で味噌を渡している。どれだけ塩分を取れば気がすむのやら。
「ハルトか」
私がこんな口調で毒つくのはハルトしかいないから、内容を話す前に、ジルさん達には分かったみたいだ。苦笑を浮かべている。
「あー……なぁ、スキュラ殺し。お嬢ちゃんはゲリエの方から流れてきたって噂だが、本当か?」
この半年、めったに話しかけてこないおっちゃんが言いにくそうに、声をかけてきた。
「え、はい。ゲリエの国からの来ましたけど……?」
「そうか……。なら、親兄弟や親戚はゲリエにいるのか?
心配だよな。詳しいことが知りたいなら、ギルドに行けよ。ギルドには各地の情報が集まるからな。お嬢ちゃんやハルトの様に、次期エースクラスの冒険者からの頼みなら、ギルドも動いてくれるからな」
「は? なんの話ですか??」
シマッタと言う顔をしたおっちゃんは、渋々口を開いた。
「そうか、スキュラ殺しのお嬢ちゃんは久々の地上だもんな。まだ知らなかったのか。……ゲリエの国が隣国と戦争をしているだろう? 隣国に大敗したって話だ。死者も多数出て、阿鼻叫喚の地獄絵図だったそうだ。あそこは嬢ちゃんが来た頃から、冒険者ギルドとの関係もおかしくなっていたしな。みんな心配してるよ」
ちらりとジルさんの顔色を伺いつつも、ゲリエの噂を教えてくれた。
ハイ?! ちょっと待って!!
何度か冬の間にクルバさんに、ポーションを納品した時にはそんな話は出なかったよ?!
しかも、春先のこの時期って、確か、デュシスからの出兵も終わって本格的に戦争を再開する頃だよね?
初手で大敗して、阿鼻叫喚の地獄絵図?
しかも冒険者ギルドとの関係悪化って……。
何が起きてるのよ!!
今日はこのまま休むつもりだったけど、ギルドのラピタさんか誰か、もしくは通信機でデュシスのクルバさんに連絡取って、確認しなきゃ!!
マリアンヌ達冒険者ギルド組は、ま、無事だろうけれど、ドリルちゃんやパトリック君は無事なの??




