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102.バター飽きた!

「え? 何? トリリン何か変なこと言った??」


 ハルトと私が目を見合わせているのに驚いたトリープが慌てている。


「……ババァ、お前、テリオ族に転生したのか?」


 これは日本語での質問。それに私も日本語で肯定を返す。ただし、家族と森で過ごしていたから、本当のテリオ族ではない旨も付け加えた。テリオ族って有名なんだね。


「……俺はテリオじゃない。コイツとは、昔、同じ国で暮らしただけだ。ただ暮らしていた場所は違うから、直接面識はない」


「そうなの? ならハルトは何でそんなに、ティナちゃんと仲悪いの? トリリン、てっきり昔何かあったのかと思ったよ」


「……それは。共通の知り合いの部下から、コイツの噂は聞いていたからな。初めてとは思えなかっただけだ」


「共通の知り合いの部下?」


 近そうで遠いよね、それ。

 誰だろ? あー……共通の知り合いはちょい悪オヤジか?

 なら、その部下はハロさん? 一体何を吹き込んだらこんなに敵愾心溢れる子になるのやら。ハロさん、何してくれてんの!


「思念体6号、クスリカだ」


「シネータィ・ロキュゴー・クスリィカ?」


 トリリンが言いにくそうに繰り返している。そう言えば、あの時死んだメンバーには一人ずつ思念体がついたんだっけ。なら、私について何か言ったのは、ハルト担当の思念体さんかぁ。何か恨まれるようなことしたっけか?


 考えても思い当たる事はないし、何でその思念体さんが私の事を嫌っているのかは謎だけれど、コイツが出会った途端に突っかかってきた理由は分かった。モニュメントが、ハロさんに会う機会があったら聞いてみよう。


「……マスター・トリープ。冒険者の過去を掘じくり返すのは、マスターとして恥じるべき行為です。お止めください。

 ハルト殿、ダンジョン公・闇月姫よりの依頼、メデューサ退治とその魔石の納品、確認いたしました。こちらが達成報酬とお預かりしていたギルドカードになります」


 ラピタさんが執務室内に入ってきつつ、そう話し、手に持っていた小袋とギルドカードをハルトに渡す。ラピタが入ってくる前に、ジルさんが慌てて抜き身の剣を鞘に戻していたから、何だろうとは思っていた。


「煩いなぁ。それよりも、トリリンにノックしろって言うクセに、自分はズカズカ入ってきてさぁ。いけないんだよ?」


 ラピタの顔を見て、途端に不機嫌になったトリリンは、身を乗り出してそう責めている。さっきまでハルトに詰め寄っていたアルも元の位置に戻り、静かに佇んでいる。これは、切り替えが効いていると思うべきなのか、外面がいいと嘆くべきなのか微妙。


「……ノックは何度か致しましたが、お話に夢中でお気づき頂けない様でしたので、入って参りました。そうしたら、マスター・トリープが冒険者の過去を興味本位に問いかけていたので、お諌め致しました」


 ソファーの近くに控えて、ラピタはそう言うと、謝罪するように一礼する。私にもノックは聞こえなかったから、悩んでいたら、後ろからジルさんが小さくノックしていたと教えてくれた。だから慌てて剣を仕舞ったんだね。


「さて、マスター・トリープ。次の予定もそろそろ迫っております。ハルト殿、ティナさん、そろそろ」


「あ、はい。それじゃこれで」


 ちょうどいいやと思って、席を立ったら、ハルトに呼び止められた。まだ何か用事なの? ウチの同居人達がキレそうだから、さっさとお別れしたいんだけど!!


「ババァ、お前も未踏破狙いか?」


 視線はジルさん達の首もとをさ迷っている。ウチの同居人達の首輪は、ガッチリしたのが多いから、目立つんだろう。


「そっちも?」


 同じように美少女達の控え目な首輪に視線を流しつつ、問いかけた。


「あぁ、俺たちは南の遺跡だ。俺が先に攻略を始めた。被らせるなよ」


「約束は出来ないけど、考慮はする。やっぱり、踏破報酬は初めの一組だけなの?」


 なら同じ日本から来て、自称チート野郎なハルトと同じダンジョンは避けるべきだろう。


「あぁ、もし俺たちの邪魔をするなら、覚悟しろよ」


「了解。覚えておく。

 なら、これでお別れでいいね?」


「あぁ」


 ジルさん達の怒りは収まっていないのか、火花でも散らしそうな視線を向けながら、執務室をそれぞれ後にしようとした。


「少しお待ち下さい。ティナさんの所有奴隷ども、冒険者同士の刃傷沙汰は禁止です。貴方達が何かをすれば、所有者であるティナさんが責任を負うことになります。その人殺しでもしそうな目はおやめなさい」


 何かあったと判断したのか、ラピタがジルさん達に釘を刺している。ジルさん達が同意するように、無言で頭を下げたのを確認して、執務室を後にした。


「あ、そうだ。忘れてた。

 ハルト、外でぺルルとロルルの姉弟が貴方を待っているよ。昨日もギルドに来ていて脅されてたのに、貴方に会いたくて来たみたい」


「あ? なんでババァがペルル達のことを……。まさか?!」


「ん? 昨日、弟君(おとうとくん)を助けた。スキュラの所にいてビックリした」


 あんのクソガキィとハルトは歯軋りをしつつ、足を踏み鳴らしたかと思ったら、走り去っていった。慌てて追いかける美少女達だけれど、ただ一人従順系の少女が残る。


「あの、ティナ様。我が主人、ハルト様の事、代わってお詫び申し上げます。お許し下さい。ハルト様も私達を助けようと必死です。それに先日ハルト様に『シュージンコーゾ・クゥセ』なるスキルを届けにきた妖精に何かを言われたらしく、それ以来あのようにイライラされていて。

 普段は私達にも、スラムの子供にも万人に優しい人なんです。でも何故ティナ様だけにはあのような態度なのか、分かりかねます。私からのお詫びでお気持ちが晴れるとは思いませんが、何卒(なにとぞ)ご容赦ください」


 深々と頭を下げると、足早に仲間達を追いかけていく。


「何だったんだろうね」


「さぁ? 結局何がしたかったのやら」


「ハニーバニーに喧嘩を売りたかったのかな?」


「許さん」


 とりあえず一番怒っているジルさんに落ち着いてほしいと伝えて、ギルドの外に向かう。久々にダビデと手を繋いで歩く。


「……それで、アルオルの方はどうだったの? 目ぼしいものはあった?」


「いくつか御座いました。後はお嬢様がお決めいただければと思います」


「うん、詳しく中身を聞いて、私達に向いているところに向かおうね。それで、こっちも無事に貸家が決まったから、今日はこれで帰ろうか。資料は?」


 私たちがギルドに着く前に、書き写して返却済みだと答えられて、そのままギルドから出た。帰りにも居合わせた冒険者達から、スキュラ殺しと囁かれたけれど、コイツらに他の話題はないのか?


「こんのバカがっ!! あれほど姉ちゃんに心配かけるなって言っただろ?!」


 外に出た所に、ハルトに叱られているペルロルがいた。ロルルは涙目で「でも、でもぉ……」とぐずっている。


「でもなんだ! お前の"でも”は姉ちゃんや俺との約束より、大事かッ!」


「ハルトッ! ロルルも反省してる。わたいだって、弟から目を離したもいけないんだ。そんなに怒らないで」


 必死にハルトと弟の間を取り持とうとするぺルルと、目があった。


「あ、ティナ。ハルトにわたいらがいることを伝えてくれてありがと」


「どういたしまして。で、何事?

 ギルドの出入り口でやると、通行妨害になって、またラピタさんに怒られるよ?」


「ティナ!」


 弟君(ロルル)が私の方に駆け寄り、背後に隠れる。そのままハルトとぺルルに対する盾にされた。


「ロルル! 逃げるな!!」


「こら! ロルル!!」


「嫌だ! おれだって、俺だって、ハルト兄ちゃんが戻ってくるまでに!!」


 若者と子供の喧嘩に挟まれて、さて、どうするか。ダビデと繋いでいた手を放し、ロルルに向き直った。

 出来るだけ柔らかな口調になるように心がけつつ話しかける。


「ロルル、私に助けられた時も、もうハイエナはやらないって話してたよね。どうして、スキュラ退治に向かう冒険者の後なんてつけたの?」


「俺、……ハルト兄ちゃんに、プレゼントがしたくて」


「なんだと?! 俺がッ!」


 怒鳴りそうになっているハルトを周りの美少女軍団が全員で羽交い締めにして黙らせた。グッジョブ!!

 視線でお礼を言いつつ、ロルルに先を促す。


「市場で前にハルト兄ちゃんが欲しがってた、ダイズを見付けたんだ。でも、すっげぇ高くてどうやっても買えなくて。でも盗んだら、姉ちゃんも兄ちゃんも怒るだろ? だから、これっきりと思って……冒険者(あいつら)の後を尾行(つけ)た」


 ダイズ?


 また懐かしい音を聞いて、フリーズしている間に、ハルトは女の子達から抜け出て、大股でロルルに近付くと、その脳天に拳を振り下ろした。


 ゴチンと鈍い音がする。そのまま蹲ったロルルを見下ろし、ハルトはため息をつく。


「あのなぁ、たかが他人の飯の為に、命張るなよ。

 大豆は確かに、俺が欲しい味噌の材料だけど、それだけじゃ駄目なんだ。長時間の発酵が必要なんだよ。だから、もうやるな。いいな? 次はげんこつじゃ済まさない」


「ゴメン、ハルト兄ちゃん」


 感動的なシーンだけれど、その次の瞬間、台無しになった。ハルトが頭を抱えて、同じように蹲ったのだ。


「あああぁぁぁぁ!! 味噌! 味噌ラーメン喰いてぇ。100歩譲って醤油でもいい! バターはもう飽きた! ラードは胃もたれする!! 中華風野菜炒め! 餃子に醤油とラー油!!

 チャーハンでも可!!!!」


 立ち上がりシャウトしつつ叫ぶハルトの奇行に、周囲の人目が集まる。


「え? ミソとショーユですか? お嬢様、あの、お嬢様がおも……」


 ダビデの口を力ずくで閉じた。でも一瞬遅かった様でハルトが狂気を宿した瞳で私をヒタと見据える。


「ババァ、今、お前の犬が何を言いかけた?」


「……」


「犬、おい、お前、お前の主人はまさかと思うが、味噌と醤油を持っているのか?!」


 掴みかかってきたハルトをジルさんがいなしている。あはは、コイツは転生特典で、生きるのに便利系のアイテムを全制覇してないな。特にちょい悪オヤジのオススメシリーズは、滅茶苦茶、役立ってるぞ。


「味噌! 醤油!!」


 ジルさんに捕まったまま、調味料の名前を叫ぶだけの生き物に変化したハルトを、連れの女の子達やペルロルはドン引いて見ている。まぁ、だろうねぇ。同じ日本人だけど、コイツのこの反応は私でもどうかと思うし。


「……また貴方達でしたか。ギルドの入り口を塞ぐのは許しません。騒ぐならどこか他所でやってください」


 あまりにも騒ぎすぎたのか、ラピタが外に出て来て注意されてしまった。流石にこれ以上ここにいるのは不味いと判断して歩き出した。


 そそくさと逃げてしまおうと思ったけれど、ダビデや私に絡み付くようにハルトがついてくる。味噌! 醤油! と騒ぐのがうっとおしい。


「……もう、面倒臭いなぁ。あるよ、味噌も醤油も。赤、白、田舎、各種各地方の取り揃えて。薄口、濃口、減塩、出汁入り、鮮度保持もね」


「くれぇぇぇぇ!!」


 お前は墓場のゾンビかと突っ込みたくなるほどの声量で叫ばれた。この街は基本他人には干渉しないのか、放っておいて貰えるけれど、日本なら通報されるぞ。


「ヤダ。なんであげなくちゃならないのよ」


「なら、売ってくれ! 言い値で払う!!」


 メデューサ退治の報酬だと渡された小袋を取り出して迫ってくる。これ、味噌の重さの10倍の金貨を払えって言っても払いそうな勢いだなぁ。


「ハルト様?!」


「主は以前より、そのミソとか言うものを探しておられた。小さいことを咎めるな」


 女の子達もハルトの行動に賛否両論あるみたい。

 まぁ、日本人だから味噌と醤油と出汁が恋しくなるよね。なら仕方ない。ここは大人の余裕で少し譲ってあげようかな。

 そう考えている時だった。意外な所から拒絶が聞こえる。


「嫌です! ミソもショーユも、お嬢様のモノです。貴方になんか、あげません!!」


「ああ"ぁ?」


 ハルトに怒りを向けられて、ダビデが怯えている。勿論すぐに割って入ろうとしたけれど、それよりも前にダビデがしっかりハルトを見据えてもう一度拒絶を伝える。


「嫌です!! なんでお嬢様に対し、暴言を放つ相手に、お嬢様の調味料を分けなくてはならないのですか! 貴方には、味噌一粒、ショーユ一滴渡しません!! お嬢様、早く帰りましょう!」


 そう言うとダビデは私の腕を取って、足早に貸家に向かう。


 昨日のスキュラ戦もそうだったけれど、ダビデって怒ると怖い?

 ハルトから向けられる殺気に動じることなく、足を早めている。


「だぁ!! 悪かったよ! 謝る! この通りだ!!

 だから、味噌、分けてくれよ。頼むよ」


 ハルトが脅そうがすかそうか、高額の報酬を提示しようが完全無視で歩いている私達に痺れを切らしたのか、とうとう謝罪してきた。


 私の方をすがるように見てきたから、ニッコリ笑ってひとつ教えてやることにする。


「ウチの料理番はダビデだから。この子がOK出さなせれば、食材や調味料の持ち出しは出来ないよ」


 逆に言ってしまえば、ダビデさえOKすれば、私は別にどっちでもいい。転生時に手に入れたオススメシリーズのお陰で、調味料は勝手に湧いてくるし。


 私の笑顔に絶望した表情を浮かべるハルトを見て、少し溜飲が下がった。


「なぁ、犬、じゃない。コボルド、ダビデか?

 悪かったよ、謝罪する。どうしたら許してくれる?」


「……ボクに謝らないで、お嬢様に言ってください。それと、暴言は全て取り消すこと。お嬢様をババァと呼ばないこと。

 今度、ほんの少しでもお嬢様を馬鹿にする様な事を話したら、二度と許しません。もう永遠に、お嬢様のミソもショーユも手に入らないと思ってください」


 ピンと尻尾を上げたまま、言い切るダビデを見詰めてから、おもむろにハルトは私の方に向き直ると、勢いをつけて地面に両手足をつけた。


 そのまま、完全に地面に額を擦り付けて、謝罪を始める。見事な土下座だった。


「悪かった! これからは、ティナを姉貴と思って生きる!

 暴言は謝罪する、今までの態度が許せないなら、好きに殴るなり踏むなりしてくれ!! だから、許してくれよぅ。味噌……」


 最後はそれかい!!

 コイツ、本当に味噌が欲しいんだね。




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