101.この世界の主人公は俺だ!
アルオルに今度住む場所を知らせにギルドに向かっていたら、大通りで昨日の姉弟に出会った。
「あれ? 昨日の、ぺルルとロルルだっけ?」
「あ、昨日の」
そう言えば弟の方には名乗ってなかったなと思い出して、ティナだと改めて名乗った。
「どうしたの? このまま行けばギルドだよ?」
昨日ラピタさんに脅されていたのに、懲りずに今日もいくつもりなのかと尋ねる。
「危ないのは分かってるよ。でも、ハルト兄ちゃんが戻ってきたって町で聞いて……」
姉のぺルルがそう言うと、私の顔を窺いながらモジモジし始めた。そんな姉の顔を見たロルルが、背中を押している。
「なぁ、ティナ、一緒にギルドまで行ってくれないか?」
意を決した風にそう言われて、別に構わないと頷いたら驚かれてしまった。
「あの、わたいらはハイエナだよ?」
「うん、だから? 別に何をされたって訳でもないし、一緒に歩くくらい何でもないよ。私もギルドに人を待たせてるし、早く行こう?」
先頭に立って歩き出す。ペルロルも手を繋いで私の後ろをついてきている。姉弟仲の良い事は良いことだ。微笑ましい。
しばらく歩いて、ギルドの前に着く。流石に中には入りたくないと言うペルロルと入口で別れて中に入った。ハルトなる冒険者がいたら、外でペルロルが待っていると伝えてあげよう。
ギルドの受付周辺にたむろしていた冒険者達の視線が一斉に私に向く。中には私に向けて、「誰だ? あの小娘」等と呟いている人もいる。
「あいつはスキュラ殺しだ」
「え? あんな若い娘が?」
ザワザワと周囲が騒がしい。早くここを抜けて、アルオルを迎えに行こうと足を早めた所で、カウンターにいた少年が私を指差した。
「見つけた! お前が『逆ハーババァ』か?!」
「?」
ぎゃくはぁばばぁ? とっさに何を言われたのか理解できずに、固まってしまった。でも、初対面のはずの少年の指は、私を指している。試しに1歩脇にずれたら、ご丁寧にまた私の顔を指してきた。
「はい?」
「俺は陽翔だ。ババァが、クスリカが話していた、俺以外の『日本人』だろ?」
にほん……え?
ニホンって、日本?!
と言うことは、ぎゃくはぁばばぁは、逆ハーレム婆ぁか?!
言うことに事欠いて、この小僧は。レディに対して失礼な!
今の私は15歳。ピチピチだぞ?! ……言ってて悲しくなってきた。
私に失礼なことを言い放った少年を観察する。確かに黒い髪、黒い瞳、東洋人の象牙色の肌。この世界の住人としては低めの身長。日本人としては高い部類だろうけれど、居ないわけではないか。現代人のイケメンに分類されそうな、濃い目の顔立ちの、間違いなく私と同じ『日本人』がいた。
「ハルト、この子、誰?」
「主様、こやつは主様と縁がありんすのか?」
「主、敵であればご命令を」
「ハルト様、理由はどうあれ、他人を指差すのはいけません。落ち着いてください」
私と睨み合っている少年の後ろから多種多様な、美女、美少女が現れた。小柄だけどボインの美少女、気位の高そうな狐っぽい尻尾の獣人美女、高身長で良く日焼けしたワイルド系美女、そしてふんわりとした従順な雰囲気をまとった美少女。
いや、あんたこそ、ハーレム野郎じゃん。
「あれれ? ティナちゃんじゃん。今日も来てたんだね。
ほらハルト、さっき話してたスキュラ殺しだよ」
更に後ろからトリリンが声をかけてきた。今日もアラビアンな踊り子のようだ。
「こんにちは、トリリン。今日は資料の確認です」
「無視するな! 俺が日本人だろって聞いただろ、ババァ!」
「うるさいなぁ。
ひとつ、他人を指差すな。
ふたつ、はじめましては挨拶から。
みっつ、礼儀は守ること。
私がばばぁなら、貴方は何よ?」
氷点下以下の視線を向けつつ、日本人にそう言った。もう日本じゃないとはいえ、同じように義務教育は受けたんだろうから、最低限の初対面の礼儀くらいは守ってよね。恥ずかしい。
「うるっせぇよ! この尻軽!!
そんだけの男を侍らせて、何を言う。お前、ケモナーかよ。連れは獣度高いな」
私をバカにする口調で、続けて囀ずる少年を見ながら、呆れ半分諦め半分で口を開こうと思った。その前に、受付の奥にある廊下の扉が開いてアルオルが顔を出す。揉めているのに気がついたのか、合流してきた。
「ティナお嬢様?」
「ハニーバニー?」
何事かと問うアルオルに答えることが出来なくて、首を傾げる。何の用件なんだろうね。ホントに。
「ハルト! ティナちゃんも。
ここじゃ目立つし、トリリンの執務室においでよ。ハルトの達成登録が出来たら、ラピタに持ってこさせるからさ」
受付で騒いでいる私達に不味いと思ったのか、トリリンがそう言って少年の服の裾を引いた。まぁ、良いけどさ。
「……来いよ、ババァ」
私を睨んでから執務室に向かうハルトを警戒した様に見ながら、ジルさんが問いかけてきた。どうやら言葉が一部日本語だったから理解できなかったみたいだ。
「ティナ、知り合いか?」
「いえ、直接は知らない。ただ、恐らく共通の知り合いはいそう。少し話してきます」
会った途端に敵意を向けてくる小僧と話したいとも思わないけれど、一応話くらいは聞いてやるかとハルトの後を追う。当然の様に同行するみんなをどうしたもんかと考えたけれど、本気でマズイ話題は、日本語で話せば良いかと思い直して歩みを進めた。
「えーっと、ハルト、ティナちゃんと知り合いなの?」
執務室の立派な応接スペースで向かい合って座った所で、トリリンはハルトに確認している。
「あぁ、俺の出身地と同じだと思う」
「ハルト様は、簡単には辿り着けない遠い国から来られたんでしたね」
ハルトの右手に座った従順美少女が確認するようにそう言った。左手にはボインで小柄な女の子。背後からは、狐美女がしなだれかかり、アマゾネスさんはピンと背筋を伸ばして立っていた。そのハーレム人員全員に、目立たない物だが首輪が嵌まっている。この子達も奴隷か。
その後も内輪で話している小僧に向けて口を開いた。
「……日本語で」
低く私がそう言うと、ようやくハルトの視線がこちらを向く。
「やっぱり日本人か」
「ええ、元ね。今はここの人間。それで、何の用?」
「特に用はない。ただ、これだけは言っておく。
この世界の主人公は俺だ!!」
アニメとかなら、ビシィイ!! とかって効果音でも付きそうな身振りで言いきられる。
「俺はここのギルドの覚えもめでたい。トリープにも信頼されている。ババァが何しにここに来たのか知らないが、俺を喰えると思うなよ!!」
あー……ハイハイ。どうぞご自由に。しかし、主人公って、ナニ、コイツ、厨二病? こっち来たとき、いくつよ。
私が呆れて沈黙しているのに、何を勘違いしたのか、小僧の一人語りは続く。
「ババァはその見た目なら、転生だろ? つまりは元ババァだ。俺は未来ある若者だったからな。そのままでこっちの世界に来られた。それに、訓練も頑張ったし元々才能もあったから、滅茶苦茶スキルも身に付いたぜ?」
「へぇ」
敵か味方か分からない私に、能力を自慢するってバカじゃないの?
「モチロン、鑑定、地図作成なんかの、定番チートは全制覇。剣技も魔法も出来るぜ! ババァはその見た目にポイント割り振ったんだろ? けっ、寂しい女。いや、前世男、おっさんって事もあるか。なら、誰からも好かれなかった中年が、美少女になるってか。最低だな」
うん、コイツ、嫌いだ。日本の職場にいたら、力一杯カワイガッテやるものを。
「とりあえず、私は元から女。見た目は不可抗力。ポイントは振ってない。能力は秘密。と言うか、元、年長者として、忠告する。聞くか聞かないかはそちらの勝手。
この世界で自分の能力をペラペラ話さない方がいい。日本みたいに、人の権利が守れてる訳でもないし、法治国家って訳でもなさそうだからね。危ないよ」
嫌いだけれど、元同郷の若者だと思って、一応の忠告はした。私が警戒しすぎているのかもしれないが、この世界をあまり信頼しない方がいいと思う。個別にはいい人も多いけど、人権や法律からみは弱すぎる。
「うるせぇ。そんなのは分かっている。
俺は奴隷娘を助けて、ヒーローになるんだ。俺のパーティーメンバー、全員凄いだろ? 日本でこんなことは出来ない。
ババァだって、さっきまでいた獣人以外にも、そんなキラキラ王子様やら、エロい兄ちゃんやら侍らせて楽しんでるんだろ。
説教は聞かねぇよ」
「……好きにすれば?
どうせ、ここだけの関わりだからね。私と貴方は、元日本人と言う共通項はあっても、それ以外の利害関係はない。問題はないでしょ。
ただし、私の事を不用意に広めたら、許さない」
「フン、どうする気だよ。逆ハーババァ。お前ご自慢の王子サマ達に泣きついて、ボコらせるか? ババァは嫌だねぇ」
完全に私をバカにした口調で話される。いや、そろそろ限界かも。キレていいかな?
「夜だって、俺に忠告しながらも、自分だって好きに楽しんでるんだろ? 俺もこっちに来て、楽しんでるけどな。……この尻軽で異常精力のババァが。欲求不満はヤだねぇ」
後ろの狐美女と見せつける様にキスをして、こちらにニヤリと笑いかける。そこには、法治国家日本の若者はいなかった。コイツはもう、この世界に染まりきってる。なら、私も遠慮は無用かな?
「ティナ、少しいいか?」
日本語で言い合いをしていたと思ったら、突然のキスシーンを見せつけられたジルさんが、不快そうに眉をひそめながら私に問いかける。ちなみに、ウチのメンバーは相変わらずの背後に1列だ。
「どうしたんですか?」
「そいつがさっきから、『ぎゃくはーババ』や『しり・がーる』とご主人様を呼んでいるが、どういう意味なんだ? あまり良い雰囲気は感じないが……?」
あー、流石に名詞を繰り返せば、少しは聞き取れるか。でも、どっちも罵詈雑言に近いスラングだからなぁ。
「……ただの、呼び掛けに使う名詞。あまり好意的じゃないもの。差別用語に近いから覚えなくていい。他人に対しては、絶対に言ってはいけない単語。そんな感じ」
「具体的にはどのような?」
今度はアルが尋ねてきた。うーん、どう説明したら分かってもらえるんだろう。
「うーん、ハーレムは分かる?
高貴な男性の血族を残すために作られた美女が沢山いる後宮」
この単語を説明するなら、ここから話さなきゃならないんだよね。面倒だなぁ。
「ええ、存じ上げております。西にそう言った形を取る王族がおります」
「そう、つまり女性版ハーレムが逆ハーレム、略して逆ハー。
自分の好みの男を複数侍らせて、悦に入る女って貶してる。そして、ババはお婆ちゃんのこと。つまり、高齢女性であるにも関わらず、若くて格好いい男を複数囲い、男性の意思によらず、ハーレムの様に自分を無理矢理チヤホヤさせているっていう、非難かな?」
おぅ、気温がっ!
アルとジルさんの機嫌が急転直下、悪くなってるよ!
「え、お嬢様、ならシリ・ガァールは?」
なんかお洒落なカフェみたいになってるよ、ダビデ。場も弁えず、少し吹き出しちゃった。癒されるわぁ。
「ん? しりがるは、直訳すると、お尻が軽いって事。
つまり、下半身の守りが緩い女って、侮蔑語だね」
私の認識だとそうなんだけど、本当の日本語としてはどんな意味なんだろう? 使ったことも使われたこともないからなぁ。
キンッ! と澄んだ音を立てて、ジルさんが抜刀した。
合わせてアルも身構える。
「取り消してもらおうか」
聞いたこともない、低く不快感も露にしたジルさんの声に驚いて立ち上がる。ハルトもイチャついていた手を止めて、ジルさんを下から睨んでいる。
「へぇ。犬、いや、狼か?
誇り高いって聞いたけど、大したことねぇのな。お前は何を取り消せって?」
「ティナお嬢様に対する侮蔑語を取り消して頂きましょう」
アルも1歩前に出てハルトに詰め寄っている。うーん、私は気にしないからいいんだけど。
「……おい、ババァ。一体、お前、何やったんだよ」
「何も。常識的に暮らしてきただけ」
「ハルト様、先程そちらのお嬢様が話された事が本当なら、ハルト様が謝罪なさるべきでは?」
従順系美少女がやんわりと、ハルトの腕つねりながらそう進める。
「うん、そうだね。トリリンも、今回はハルトが悪いって思うなー。だって、ティナはまだ若いよ。ハルトが何でババァって呼ぶのか、トリリン疑問♪」
私たちが日本語で話始めた時には大人しくしていたトリープが割り込んでくる。そう言えば、この子ギルドマスターだっけ。なら下手打ったかな? ニホンって単語を覚えられるとマズイかも。
「でも、トリリン、ハルトが他の弱っちぃ冒険者と違う理由が分かって、スッゴク興奮してる!!
そっか、ハルトって、テリオ族だったんだね!!」
ー……そう来たか!!




